俺 1999 暮れ
そんなことって突然起こるんだ。
俺はサッカーを一生続けたい。
しかし、そんな俺と違い妹は体が弱く、子どもの頃から入退院を繰り返し、俺と真逆の、太陽を知らない白い肌の穏やかな子だ。
俺はサッカーの遠征で好き勝手をしてるが、ばあちゃんも両親も家族旅行はしたことがない。妹の体調次第で予定は変わるし、長時間の移動も難しかった。
でも、妹は俺に不満を言わない。遠征に行く俺に
「いいなー。私の代わりにいっぱい走ってね」そう言って笑う。
走ってはいけないって、どんな気持ちなんだろう。子どもの頃から妹を見ると自分と重ねて考えた。
サッカーができないなんて、俺には我慢できない。
その日も妹の容態が悪化したと母さんから連絡があった。「俺が車を出すよ」そう答えると、妻が小さく頷いた。
「どうする? チビもいるから、家にいてくれてもいいよ」
「私も行く。実家まで送って。実家の車でこの子と追いかけるから」
「わかった」
その旨を母さんに伝えると、
「ちっちゃい子いるんだから無理しなくてもいいのよ。ほら、行ったら元気なんていつものことなんだから」と笑った。
いつものことならいいんだ。そう思った。いつだって俺は、妹がいつ消えてしまうかわからない状況に怯えている。屈強のDFには果敢に向かう俺が。
いつものことならいい。
それなら、みんなで顔だけ見て帰ってこよう。
みんな安心が欲しいんだ。
急ぐ必要もないと思っていた。妻の実家の前で車を止める。妻は眠っている子どもを抱き上げた。小さい手が、妻の服を握っている。
「着いたら連絡する」
「うん」
「お前も運転気をつけろよ」
「そっちこそ」
ドアを閉める直前、妻が少しだけ笑った。
「帰ったら練習するんでしょ」
「バレてる?」
「顔に書いてある」笑われた。
その笑い方が好きだった。
実際、父さんも助手席で新聞を広げていたし、ばあちゃんは「また怒られるわよぉ。みんなそろって大袈裟だって。」なんて言いながら、病院に持っていく荷物を気にしていた。
いつもの家族だった。
俺は運転しながら、帰ったからの練習プランを考えていた。チームはオフだったけど、ボールは触りたかった。練習して、もっと練習して、
絶対にトップに上がる。
俺のゴールで、一年で昇格する。
まずは、ピッチでサッカーをするんだ。
外で見てるなんて、ごめんだった。
信号待ちで、ふとバックミラーを見る。
父さんが何か喋って、後ろでは、ばあちゃんと母さんが笑っていた。
なんでもない景色だった。
俺は、その時、「今」を見ていなかった。
もっと先のことばかり見ていた。
トップに上がること。
試合に出ること。
ゴールを決めること。
家族のことだって、ちゃんと大事に思っていたはずなのに、どこかで、「この時間は続く」と思っていた。
その瞬間だった。
正面に、
車が見えた。
おかしいと思った。
近い。
いや、
違う。
こっちに来てる。
誰かが声を上げた。
ハンドルを切った。
多分。
そこから先は、
覚えていない。
ゴールシーン特集の走馬灯は見る余裕もなく
一瞬
チビとあいつの笑顔が見えたような気がした。
明日につづく




