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ドラゴンマスクより  作者: 福本 美憂


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8/25

私 2025

ドラゴンマスクがJ3に降格した年、私に昇格の話がきた。

私は、サッカーが苦しいと初めて思った。


ネガティブな感情なら、今までも何度もあった。悔しいとか、辛いとか、恥ずかしいとか。サッカー教室の対外試合に出るようになって、試合の楽しさと同時に、判断の遅さから、脚力の弱さから、ボールを奪われる悔しさを知った。チームメイトに迷惑をかける、チームスポーツの難しさも知った。


なんで、一人で完結するスポーツを好きにならなかったのかと思う。


でも、それでも、私はサッカーが好きなのだ。県リーグのチームに入って、それはもっとはっきりした。人数が足りないから来ないか。誘いは、そのくらい軽かった。でも、練習は軽くなかった。サッカー教室とは違う。そこには「試合に勝ちたい人」がいた。当然だ。順位のつくリーグ戦なのだから。最初の練習の日、私は、あまりのスピードに何もできなかった。


パスが速い。

判断が速い。

そして、みんな、容赦がない。

当たり前だ。遊びじゃない。


分かっている。でも、分かっていたことと、できることは違う。


ボールを受ける。

止める。


その一瞬で、もう相手がいる。


焦って蹴る。

ずれる。

奪われる。


後ろから声が飛ぶ。


「切り替え!」


分かってる。


でも、次のプレーに頭が追いつかない。


サッカー教室では、「ナイス!」と言われていたプレーが、ここでは遅い。私は、自分が“初心者として褒められていた”ことを思い知った。


悔しかった。


練習後、ひとりで帰ろうとしていると、律に呼ばれた。


「大丈夫?」


監督の顔ではなく、昔から知っている人の顔だった。


「全然、大丈夫じゃない」


そう言ったら、律は笑った。


「うん。知ってる」


悔しかったので、笑い返さなかった。


「みんな、速い」


「速いよ」


「何考えてるか分かんない」


「考える前に動いてるからね」


そんなのズルいと思った。

こっちは、考えて、考えて、それでも遅いのに。


律は、少しだけ真面目な顔になった。


「でもさ」


「何?」


「お前、ちゃんと見えてるよ」


意味が分からなかった。

できてない。走れてない。奪われる。迷惑かけてる。

そんな自分の何が“見えてる”んだ。


「動けない人って、見えてないことが多いんだよ。でも、お前、状況が見えてるから苦しくなってる」


私は、グラウンドを見ながらため息をついた。


「なんかさ、壁にぶち当たってる気がする」


律は、その言葉に少し笑った。


「壁?」

「うん。全然できない。頭では分かるのに、体がついていかない」


律は少し考えてから、ペットボトルの蓋を閉めた。


「壁まで行けたら、大したもんだよ」

 え?

「ほとんどの人は、壁の手前でやめるから」


そっかぁ・・・私、まだ壁にも到達してないとこで踠いてんだ。

サッカーなめんなよってことね。


帰宅すると、足が重かった。ソファに座ったまま、しばらく動けなかった。

それでも、タブレットを開く。いつの間にか増えている動画を見る。


止める位置。

体の向き。

半身。

簡単な方。


何度も見た言葉が並ぶ。

その中に、新しい一行が増えていた。


『苦しいのは、俯瞰で見えてる証拠』


思わず、息が止まった。

私は、しばらく画面を見ていた。

そして、笑ってしまった。


本当に、嫌なタイミングで、欲しい言葉を置いていく。


ドラゴンマスクめ。なかなか言うじゃん。

でも、助けてはくれないんだな。


代わりに、考えろと言ってくる。

自分でやれと言ってくる。


それが、少しだけ悔しい。


でも、そのくらいじゃないと、サッカーは上手くならないことを、私はもう知っている。


数日後の練習で、またボールを奪われた。

悔しかった。


でも、壁はまだ遠くにあるはずだ。


                   明日につづく

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