私 2025
ドラゴンマスクがJ3に降格した年、私に昇格の話がきた。
私は、サッカーが苦しいと初めて思った。
ネガティブな感情なら、今までも何度もあった。悔しいとか、辛いとか、恥ずかしいとか。サッカー教室の対外試合に出るようになって、試合の楽しさと同時に、判断の遅さから、脚力の弱さから、ボールを奪われる悔しさを知った。チームメイトに迷惑をかける、チームスポーツの難しさも知った。
なんで、一人で完結するスポーツを好きにならなかったのかと思う。
でも、それでも、私はサッカーが好きなのだ。県リーグのチームに入って、それはもっとはっきりした。人数が足りないから来ないか。誘いは、そのくらい軽かった。でも、練習は軽くなかった。サッカー教室とは違う。そこには「試合に勝ちたい人」がいた。当然だ。順位のつくリーグ戦なのだから。最初の練習の日、私は、あまりのスピードに何もできなかった。
パスが速い。
判断が速い。
そして、みんな、容赦がない。
当たり前だ。遊びじゃない。
分かっている。でも、分かっていたことと、できることは違う。
ボールを受ける。
止める。
その一瞬で、もう相手がいる。
焦って蹴る。
ずれる。
奪われる。
後ろから声が飛ぶ。
「切り替え!」
分かってる。
でも、次のプレーに頭が追いつかない。
サッカー教室では、「ナイス!」と言われていたプレーが、ここでは遅い。私は、自分が“初心者として褒められていた”ことを思い知った。
悔しかった。
練習後、ひとりで帰ろうとしていると、律に呼ばれた。
「大丈夫?」
監督の顔ではなく、昔から知っている人の顔だった。
「全然、大丈夫じゃない」
そう言ったら、律は笑った。
「うん。知ってる」
悔しかったので、笑い返さなかった。
「みんな、速い」
「速いよ」
「何考えてるか分かんない」
「考える前に動いてるからね」
そんなのズルいと思った。
こっちは、考えて、考えて、それでも遅いのに。
律は、少しだけ真面目な顔になった。
「でもさ」
「何?」
「お前、ちゃんと見えてるよ」
意味が分からなかった。
できてない。走れてない。奪われる。迷惑かけてる。
そんな自分の何が“見えてる”んだ。
「動けない人って、見えてないことが多いんだよ。でも、お前、状況が見えてるから苦しくなってる」
私は、グラウンドを見ながらため息をついた。
「なんかさ、壁にぶち当たってる気がする」
律は、その言葉に少し笑った。
「壁?」
「うん。全然できない。頭では分かるのに、体がついていかない」
律は少し考えてから、ペットボトルの蓋を閉めた。
「壁まで行けたら、大したもんだよ」
え?
「ほとんどの人は、壁の手前でやめるから」
そっかぁ・・・私、まだ壁にも到達してないとこで踠いてんだ。
サッカーなめんなよってことね。
帰宅すると、足が重かった。ソファに座ったまま、しばらく動けなかった。
それでも、タブレットを開く。いつの間にか増えている動画を見る。
止める位置。
体の向き。
半身。
簡単な方。
何度も見た言葉が並ぶ。
その中に、新しい一行が増えていた。
『苦しいのは、俯瞰で見えてる証拠』
思わず、息が止まった。
私は、しばらく画面を見ていた。
そして、笑ってしまった。
本当に、嫌なタイミングで、欲しい言葉を置いていく。
ドラゴンマスクめ。なかなか言うじゃん。
でも、助けてはくれないんだな。
代わりに、考えろと言ってくる。
自分でやれと言ってくる。
それが、少しだけ悔しい。
でも、そのくらいじゃないと、サッカーは上手くならないことを、私はもう知っている。
数日後の練習で、またボールを奪われた。
悔しかった。
でも、壁はまだ遠くにあるはずだ。
明日につづく




