僕 2025
家族はどこにいても何をしてても「似てる」んだろうな。
僕が、気がついた時にはとうちゃんはいなかった。
気づいたら、かあちゃんは当然のようにJリーグを欠かさず見るし、勝っても負けてもビールを飲む。代表戦も、好きな選手が出ると僕を連れてスタジアムに行った。大きな声は出さないけど、試合内容へのリアクションは大きい。これが当たり前の母親像ではないことを、僕はのちに知る。
僕がサッカーを始めると、かあちゃんは好きなチームのサポートから、親としてのサポートに回ってくれた。「代表選手になれ」とか、「とうちゃんみたいになれ」なんてことは一度も言われなかった。だから、とうちゃんのことは、外から知ることの方が多かった。
「お父さん、トップチームにいたんだってね」
「やっぱりFWやるの?」
チームメイトからそんなことを聞いて、僕は初めて、へぇ、と思う。かあちゃん、もっととうちゃんの自慢を僕にしてくれたらいいのに。ただ、僕のことは褒めてくれた。できたこと、できなかったこと、一緒に理由を考えてくれた。今思えば、僕にサッカーを好きでいてほしい。ただそれだけだったのだろう。
僕は高校に入る時、「高校サッカー」を選んだ。
Jのユースに入れなかったこともある。でも、それ以上に、高校サッカーへの憧れがあった。♩振り向くなよ〜ってあれだ。僕は正月には高校サッカーを見てたけど、かあちゃんは天皇杯やらカップ戦を見てた。だからかかあちゃんは高校サッカーには疎く、僕がサッカー推薦を受けた高校が県内でも強豪校なのに、
「ほー」
と言って笑っただけだった。それこそ、褒めてもいいでしょ。
大学の時もそうだった。
高校、大学とサッカー推薦だった僕はアルバイトができず、かあちゃんは、まったくよく分からない学校でサッカーをする僕のために、遠征費も道具代も小遣いも、文句ひとつ言わず出してくれた。
ただ、プロになった時だけは違った。
僕がJ2の地元チームに内定しそうだと話した時、かあちゃんは、
「そっちかぁ!」と悔しがった。
普通、喜ぶところでしょ。あなたの息子がJリーガーになるんだよ。
でも、かあちゃんの「そっち」は、J1じゃなくてJ2という意味ではなかった。地元にあるもう一つの、とうちゃんがいたチームじゃなかった、という意味だった。
いや、多分、とうちゃんがいたチームってことすら関係ない。
かあちゃんの好きなチームではなかったのだ。
そんな、かあちゃん的にはがっかりなチームに、僕は入団した。
意外にも、スタジアムが近いこともあって、かあちゃんはよく見に来てくれた。でも、決して僕のチームのユニフォームは着なかった。
「キーパーユニならいいじゃん」
と言っても、
「あのチーム以外は買わない」
と言われた。ユニは「尊い」のだそうだ。自分の練習にも、絶対に着ていない。
かあちゃん的に残念なチームで僕のポジション、GKは特別なポジションだ。
一つのチームの中で採用数は少なく、ポジションのコンバートはほとんどない。父は高身長、母も平均より身長は高め。その遺伝子をいただいた僕は、子どもの頃から周囲より頭ひとつ大きく、常に校内一の高さからみんなを見ていた。GKとしては好条件をもっていた。
でも、プロになれたのは身長だけではない。自分で言うのもなんだが、ロングフィードの精度は高い。世代別の代表にも呼ばれていたのは、その点を買われていたのだと思う。
しかし、僕には欠けているものがあった。
GKは、何か一つに特化していることより、すべてが整っていることが重要になる。総合力の高いGKがチームに一人いたら、もう一人はベンチを温めることになる。試合には、いつ出ることになるか分からない。だから、練習は常にトップと変わらない。プロチームなのでコーチの交代もあるが、単調になりがちな練習もプロのコーチはいつも変化があって、かあちゃんとやっていた自主練とは、当たり前だけどまったく違う刺激がある。楽しい。でも、楽しいだけじゃダメなんだよね。
ビルドアップを重視する監督は、まず僕を一番手には選ばない。コーチングに弱さのある僕より、総合力の高いもう一人を選ぶ。
紅白戦では、それが明確に出る。僕のBチームのメンバーは気持ちよくボールを回す。でも、それは僕の指示ではない。得点につながる策を僕が判断し、声を出すべきなのだ。
僕から指示されることがないと分かっているから、気持ちよく回しているだけだ。キーパーコーチは、僕の武器を知っているだけに歯痒く思っているらしい。檄が飛ぶ。
コーチング!
僕にGKに向いた身体とサッカーセンスがあるとしたら、それはかあちゃんの英才教育のおかげだ。
そして、「エゴ」を教えずにいなくなってしまったとうちゃんからのピースが、僕には欠けているのだろう。いや、いなくなること自体が、ある意味、とうちゃん最強のエゴかもしれない。
自分で考えてみ。
そう言われているみたいだ。とうちゃんがいたら、僕のサッカーは変わっていたのだろうか。考えることがある。チームメイトに言われたように、FWだったのだろうか。
もっと試合に出たいとか、ゴールネットにボールを突き刺す側になりたいとか、そういうことを迷わず言える人間になっていたのだろうか。
迷えるGKがベンチを温めるチームは、その年、J3に降格した。
母が「県リーグに入っている女子チームに誘われている」と、律から連絡が来た。
「そんなバカな」
と思ったが、どうやら人数のやりくりに困っているチームらしい。
「俺が監督やってるチームなんだ」
と律は言った。
内定じゃん。
「かあちゃんが、実力でスカウトされたと思ったら傷つくよ。それにまだ…」そのレベルじゃない。
とうちゃんの親友でも、許せない。
こんなことまで以前頼んだ「さりげなく」に入るわけがない。
「サッカー教室の試合を見たメンバーがね、DFにどうかって言うんだよ。やるかやらないかは、お前のかあちゃん次第だけどね。とうちゃんだったらって考えたらさ」
いいじゃん。やれば。
「そう言うと思ったんだ」
律は、僕よりとうちゃんを知っている。
でも、僕はかあちゃんを知っている。のめり込むに決まってる。僕より完璧を目指して、苦しむに決まってる。
サッカーを楽しめなくなるんじゃないか。
そう思うと、僕は簡単に「いいじゃん、やれば」とは言えなかった。でも、決めるのは律の言う通り、かあちゃんだ。
そして、答えは分かっている。
かあちゃんは、やりたいに決まっている。
そういう人だと、とうちゃんのDNAが言ってる。
ドラゴンマスクは辞められそうにない。かあちゃんの見たい景色を見せるまで。
明日につづく




