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ドラゴンマスクより  作者: 福本 美憂


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7/7

僕 2025

家族はどこにいても何をしてても「似てる」んだろうな。

 僕が、気がついた時にはとうちゃんはいなかった。

 気づいたら、かあちゃんは当然のようにJリーグを欠かさず見るし、勝っても負けてもビールを飲む。代表戦も、好きな選手が出ると僕を連れてスタジアムに行った。大きな声は出さないけど、試合内容へのリアクションは大きい。これが当たり前の母親像ではないことを、僕はのちに知る。

 僕がサッカーを始めると、かあちゃんは好きなチームのサポートから、親としてのサポートに回ってくれた。「代表選手になれ」とか、「とうちゃんみたいになれ」なんてことは一度も言われなかった。だから、とうちゃんのことは、外から知ることの方が多かった。


「お父さん、トップチームにいたんだってね」


「やっぱりFWやるの?」


 チームメイトからそんなことを聞いて、僕は初めて、へぇ、と思う。かあちゃん、もっととうちゃんの自慢を僕にしてくれたらいいのに。ただ、僕のことは褒めてくれた。できたこと、できなかったこと、一緒に理由を考えてくれた。今思えば、僕にサッカーを好きでいてほしい。ただそれだけだったのだろう。


僕は高校に入る時、「高校サッカー」を選んだ。


Jのユースに入れなかったこともある。でも、それ以上に、高校サッカーへの憧れがあった。♩振り向くなよ〜ってあれだ。僕は正月には高校サッカーを見てたけど、かあちゃんは天皇杯やらカップ戦を見てた。だからかかあちゃんは高校サッカーには疎く、僕がサッカー推薦を受けた高校が県内でも強豪校なのに、


「ほー」


 と言って笑っただけだった。それこそ、褒めてもいいでしょ。

 大学の時もそうだった。


 高校、大学とサッカー推薦だった僕はアルバイトができず、かあちゃんは、まったくよく分からない学校でサッカーをする僕のために、遠征費も道具代も小遣いも、文句ひとつ言わず出してくれた。


 ただ、プロになった時だけは違った。


 僕がJ2の地元チームに内定しそうだと話した時、かあちゃんは、


「そっちかぁ!」と悔しがった。


 普通、喜ぶところでしょ。あなたの息子がJリーガーになるんだよ。

 でも、かあちゃんの「そっち」は、J1じゃなくてJ2という意味ではなかった。地元にあるもう一つの、とうちゃんがいたチームじゃなかった、という意味だった。


 いや、多分、とうちゃんがいたチームってことすら関係ない。


 かあちゃんの好きなチームではなかったのだ。


 そんな、かあちゃん的にはがっかりなチームに、僕は入団した。


 意外にも、スタジアムが近いこともあって、かあちゃんはよく見に来てくれた。でも、決して僕のチームのユニフォームは着なかった。


「キーパーユニならいいじゃん」


と言っても、


「あのチーム以外は買わない」


 と言われた。ユニは「尊い」のだそうだ。自分の練習にも、絶対に着ていない。


 かあちゃん的に残念なチームで僕のポジション、GKは特別なポジションだ。


 一つのチームの中で採用数は少なく、ポジションのコンバートはほとんどない。父は高身長、母も平均より身長は高め。その遺伝子をいただいた僕は、子どもの頃から周囲より頭ひとつ大きく、常に校内一の高さからみんなを見ていた。GKとしては好条件をもっていた。


 でも、プロになれたのは身長だけではない。自分で言うのもなんだが、ロングフィードの精度は高い。世代別の代表にも呼ばれていたのは、その点を買われていたのだと思う。


 しかし、僕には欠けているものがあった。


 GKは、何か一つに特化していることより、すべてが整っていることが重要になる。総合力の高いGKがチームに一人いたら、もう一人はベンチを温めることになる。試合には、いつ出ることになるか分からない。だから、練習は常にトップと変わらない。プロチームなのでコーチの交代もあるが、単調になりがちな練習もプロのコーチはいつも変化があって、かあちゃんとやっていた自主練とは、当たり前だけどまったく違う刺激がある。楽しい。でも、楽しいだけじゃダメなんだよね。


 ビルドアップを重視する監督は、まず僕を一番手には選ばない。コーチングに弱さのある僕より、総合力の高いもう一人を選ぶ。


 紅白戦では、それが明確に出る。僕のBチームのメンバーは気持ちよくボールを回す。でも、それは僕の指示ではない。得点につながる策を僕が判断し、声を出すべきなのだ。


 僕から指示されることがないと分かっているから、気持ちよく回しているだけだ。キーパーコーチは、僕の武器を知っているだけに歯痒く思っているらしい。檄が飛ぶ。


 コーチング!


 僕にGKに向いた身体とサッカーセンスがあるとしたら、それはかあちゃんの英才教育のおかげだ。


そして、「エゴ」を教えずにいなくなってしまったとうちゃんからのピースが、僕には欠けているのだろう。いや、いなくなること自体が、ある意味、とうちゃん最強のエゴかもしれない。


 自分で考えてみ。


 そう言われているみたいだ。とうちゃんがいたら、僕のサッカーは変わっていたのだろうか。考えることがある。チームメイトに言われたように、FWだったのだろうか。

 もっと試合に出たいとか、ゴールネットにボールを突き刺す側になりたいとか、そういうことを迷わず言える人間になっていたのだろうか。


 迷えるGKがベンチを温めるチームは、その年、J3に降格した。


 母が「県リーグに入っている女子チームに誘われている」と、律から連絡が来た。

「そんなバカな」

 と思ったが、どうやら人数のやりくりに困っているチームらしい。

「俺が監督やってるチームなんだ」

 と律は言った。

 内定じゃん。

「かあちゃんが、実力でスカウトされたと思ったら傷つくよ。それにまだ…」そのレベルじゃない。

 とうちゃんの親友でも、許せない。

 こんなことまで以前頼んだ「さりげなく」に入るわけがない。

「サッカー教室の試合を見たメンバーがね、DFにどうかって言うんだよ。やるかやらないかは、お前のかあちゃん次第だけどね。とうちゃんだったらって考えたらさ」


 いいじゃん。やれば。


「そう言うと思ったんだ」


 律は、僕よりとうちゃんを知っている。


 でも、僕はかあちゃんを知っている。のめり込むに決まってる。僕より完璧を目指して、苦しむに決まってる。


 サッカーを楽しめなくなるんじゃないか。


 そう思うと、僕は簡単に「いいじゃん、やれば」とは言えなかった。でも、決めるのは律の言う通り、かあちゃんだ。


そして、答えは分かっている。


かあちゃんは、やりたいに決まっている。


そういう人だと、とうちゃんのDNAが言ってる。

ドラゴンマスクは辞められそうにない。かあちゃんの見たい景色を見せるまで。


                   明日につづく

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