僕 2025
キングカズがサッカーを続ける価値を変えてくれたと思う。
僕は、サッカーが好きなかあちゃんが好きだ。
僕は、かあちゃんがサッカーを始めてから、生活のリズムが変わったことに気がついた。
LINEの返信時間が変わったのだ。
以前は、仕事が終わるとすぐに「今日こんなお客さんがいてさー」とか、「コンビニでアイス買った」とか、どうでもいい連絡が飛んできていた。それが最近は、夕方に既読がつかない。二時間後くらいに、
「今、かえりー」だけ来る。
最初は残業かと思った。でも、送られてきた写真の遠くにサッカーボールが映っていた。
映り込んだ公園のライト。
ベンチ。
汗で濡れたジャージ。
全部、かあちゃんのサッカーだ。
律からも連絡が来る。
「お前のかあちゃん、練習後も残ってるぞ」
知ってる
「止めなくていいの?」
止まる人なら始めてない
「そりゃそうだ」
そうは言ったが、本当は少し心配だった。
かあちゃんは、努力の方向がおかしい時がある。
僕が小さい頃も、キーパー練習に付き合うために、自分でFWの本を読んでいた。GKに付き合うたためのシュート練習をする母親なんて聞いたことがない。しかも、僕より先に倒れ込んで手首を痛めていた。
「地面って硬いね」
じゃないんだよ。パートのレジ打ちどうすんだよ。
そういう人なのだ。
そして今、その情熱が、自分自身に向いている。
問題は、かあちゃんの体が二十代じゃないことだった。
僕はプロになってから、「休むこと」も練習だと知った。食事、睡眠、ケア、筋肉疲労、体重管理。好きなだけでは続かない。でも、かあちゃんはそこが雑だ。
練習後、夕飯がアイスだけとか普通にやる。
律に聞いた。
ちゃんと食ってるかな?
「微妙」
だろうね
「終わった後、なんか魂抜けてるわ」
想像できた。
全力でやって、電池切れみたいになるのだ。
「あとさ」
と律がとうちゃんの親友の顔で笑った。
「練習後、めちゃくちゃ足揉んでる」
あー……
「だるいんだろうな。乳酸溜まって」
そりゃそうだ。
今までプレーヤーとして使ってない体を、急に県リーグレベルで動かしてる。
筋肉も関節も悲鳴を上げる。
でも、かあちゃんはやめない。
やめるどころか、もっと上手くなりたいと思ってる。
どうする?ドラゴンマスク。
なんとかしなくちゃ。
まず、スポーツ用の食事本を送った。
『初心者でもできる疲労回復メシ』
とにかく、タンパク質を食え。
試合前には炭水化物だ。金曜の夜はパスタを1.5人前は食え。
そして、練習前は走って筋肉を温めてからストレッチをする。
30分前には500mlは水を飲め。
スポドリは薄める。
お茶は、利尿効果あるからダメ。
練習後は、必ず十分にストレッチ。
グレープフルーツジュースを飲んで、風呂でしっかり体を揉む。
普段、俺がやっていることだ。
キングカズはアップとダウンにそれぞれ2時間かけてるらしい。
その二日後、
「鶏むね肉を美味しく食べる方法はないか」
とLINEが来た。かあちゃんは「パサパサ」したものが嫌いだ。
よし、ちゃんと読んだな。簡単にできる低温調理や味付けのレシピを送った。
でも、ドラゴンマスクの話題には触れてこない。
次に、フォームローラーを匿名配送した。
最初は警戒していたらしい。
「ドラゴンマスクから変な棒きた」
と画像が送られてきた。
変な棒じゃない。「筋膜リリースだ」と説明した。
その数日後、律から動画が送られてきた。
体育館の隅で、かあちゃんがフォームローラーに乗って悶絶している。
「いっっった!」
「だから『それ痛いよ』って言ったじゃん」
「なんでこんな痛いの!」
「筋肉が張ってるからだよ」
「撮らないでよ!変態!」
律が大爆笑していた。
コントのようなやり取りに、僕も笑った。
でも、ちょっと安心した。
ちゃんとケアしてる。
それからドラゴンマスクとして、少しずつ“生活”を送り始めた。
『寝る前にストレッチ』
『練習後30分以内に補食』
『アイスだけで済ませるな』
『水飲め』
『前日のアルコールはNG』
これだけは文字を強調した。
数日後、かあちゃんから突然LINEがきた。
「最近ね、寝起きの体が違うのよ」
ドキッとした。
怪我かと思った。
調子悪い?
「ううん。前より軽い」
少し間が空いて、
「なんか、自分の体をちゃんと管理できてる感じ」と来た。
おーい。誰のおかげだよ。と突っ込みながら、その言葉が、なんだか嬉しかった。
かあちゃんは今、自分の体と初めてちゃんと会話しているのかもしれない。
今までは、誰かを支えるために使っていた。
僕を育てるため。
働くため。
生活するため。
でも今は、自分が走るため、ボールを蹴るために使っている。
そのことが、少し嬉しくて、少し怖かった。
好きなものに、本気になってしまった人は強い。
でも、壊れる時も突然だ。
だから僕は、今日もドラゴンマスクを続ける。
練習メモを作る。
動画を送る。
食事を調べる。
サプリメントのレビューを見る。
そして、正体を隠したまま、願う。
どうか、かあちゃんが、サッカーを好きなまま、続けられますように。
明日につづく




