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ドラゴンマスクより  作者: 福本 美憂


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3/7

俺 1996

サッカーは誰がやったっていい。そう思ってた。

 俺はサッカーが好きだ。

死ぬ前に想い出が走馬灯のように蘇るなら、俺の走馬灯はスーパーゴール集だろう。家族には申し訳ないが、ゴールキーパーの悔しそうな顔を見たらその時点で死んでもいい。まあ、今回は死ぬような怪我ではないので、しっかりリハビリしよう。ちゃんと無理せず段階を踏まなきゃいけないのはわかってる。でも、好きで好きでサッカーしかやってこなかったから、大人しくしてろと言われてもどうしていいかわからない。その間、みんなしっかり練習して、連携が取れて、チームになっていってるのに、俺はその外側にいる。それが俺を急かせる。よくなってきている、けど、まだ練習に入れない。どうやってじっとしてりゃいいんだろう。軽く走るならいいのかな。近所の公園に行こう。と、なぜかボールを持った。

 ボールが使えるこの公園は、通学途中に横目で見ていた。踏み込むのは初めてだけど、適度な硬さの土で、芝より負担はなさそうだった。これで悪化させたら俺はクラブから外されるかもしれない。うちのクラブは自己管理には厳しいから。俺もこれ以上の怪我は嫌だし、何よりいい状態でボールを蹴りたい。

そんなわけで、バンテージをぎっちり巻いて足首を守った上での軽いステップ練習をすることにした。マーカーを歩幅を確認しながら置いていく。「軽く走るんじゃなかったのかよ。」というツッコミは家に置いてきた。高校のジャージを脱いで軽装で屈伸した。俺の高校は野球部が強くて、サッカー部はそんなには強くない。でも、昼休みには、野球部もサッカー部も帰宅部も関係なくサッカーをする。これがなかったら、俺はきっと高校に行った意味とかわからなかったと思う。そりゃ、勉強もするけど放課後サッカー部の練習を見ながらクラブチームの練習に向かう俺に「頑張れよー」と手を振ってくれる友達ができたことが、俺にとって高校に行った意味なんだと思う。律はサッカー部なんだけど昼休みサッカーでいつも俺に勝負を仕掛けてきた。「お前に勝ったら、俺もレッズに入れるってことだよな?笑」「負けねーよ・笑」とちょっと福田正博風に言って交わすが、結構本気でくるので油断はならなかった。同じチームで戦うことも、対戦することもなかったが、俺にとっては信用できるチームメイトだ。早く昼休みサッカーも復活したい。俺に勝った得意げな律の顔は見たくないし。そう考えると勝てる状況で復活したいな。無理せず、無理せず。と、思ってるところに思わぬお客さんがきたんだ。サッカー選手って「自意識過剰」みたいに言われることがあるけど、当たり前なんだよね。自意識過剰じゃないと上手くなれない。どこに誰がいるか、どこにスペースがあるか、いつも首振って目から情報入れているから、ピッチサイズだったら、こっち見てるヤツがいたらすぐわかる。まあ、でも、自意識過剰って思われるから「なんで見てんの?」とは聞かないけどね。視線はわざと外しておいた。でも、首を振るついでに情報を入れる。うちの制服じゃないな。駅の向こうのもうちょっと頭のいい学校だ。なんだよ。近づいてきた。だるまさんが転んだかよ。じゃ、隙を見せてやるかと後ろを向いてから振り返ると、アイツは俺のマーカーをひとつ踏み潰して仁王立ちしていた。そのマーカーには、以前取材で練習を見に来た坪井さんのサインが入っている。なんでそんな大切なーマーカーを練習で使うんだって言われるけど、このマーカーを坪井選手のディフェンスだと思って抜くと達成感が半端ない。でも、他人に踏まれるのはイラっとする。大切なマーカーだ。

「お前、何?」と聞いた。

変なヤツだと思った。俺は、サッカーしかしてこなかったからよくわかんないけど、ナンパされてんのかなとか。自分の容姿とか気にしたことはなかったけど、俺、かっこいいのかな?と思ってちょっと期待したら、アイツは、ただただ、サッカーをしたいだけだった。それならチームに入ればいいのに。でも、まあ、練習になるからいいか。ん?待てよ。このままだと足を踏まれて故障者リストにしばらくいることになる。でも、断れない目をしてこっち見てる。女の子ってよくわかんないんだよね。これって、動くマーカー?とか言ったら怒るの?泣くの?笑うの?とりあえず、怪我をしないようにさせないように、遊んでみることにした。期待はしてなかったんだけど、次の日もアイツは来てたのでサッカーの楽しさは伝わったのかもしれない。でも、一緒に時間を過ごせば過ごすほど、アイツはサッカーが好きでここにいるんだとわかってしまった。最初の「俺、かっこいいのかな?」は、てんで俺の勘違いだった。そりゃがっかりしなかった訳じゃないけど、こんな女の子は学校にはいないから、サッカーで対応するしかわかんなかった。チームに戻る時もあっさりと放課後、律と別れてクラブチームに向かうみたいに別れた。後で律に話したら「ばっかだなーなんでLINE交換しなかったんだよ」と言われて「!」が10個つくくらい「はっ」とした。そっか、律とはまた会えることがわかってるけど、アイツとはもう、会わないかもしれなかったんだ。これって好きってこととは違うかもしれないけど、気になったのは間違いなくて、後悔して、何もしないのに振られた感じになっていた。俺は、どんな女の子が好きかって聞かれたら「澤穂希」一択だ。理由は、山ほどあるが、あんな魅力的な女性はいないと思う。問題は、俺が隣に並んだ時にふさわしいい男かって言うと「サッカーが好き」以外は並べないと言うことだ。日本代表にならなきゃ。それは、澤穂希の魅力以上の課題が俺にはある。中学の時に澤穂希の本を書いたジャーナリストが進路の講演にきた。生徒から「澤選手を美人だと思いますか?」と笑いの漏れる質問があった。そのジャーナリストは「思いますよ。本当に素敵な人ですよ、澤さんは。あの輝きは世界一です。」と答えた。俺はその時、何、当たり前のこと聞いてんだ?と思ってたけど、このジャーナリストのように好きな人のことは堂々と言える男であろうと思った。かっこいいってそういうことだと学んだ進路学習だった。その後、結婚した妻は、澤穂希ばりの気の強さと輝きを放っていたってことにしておこう。

 話は、戻るけど。

あの日から、なんとなく公園の前を通る回数が増えた。別に約束なんてしてないし、いる保証もない。でも、いないかもしれないって思うと、通り過ぎるのがもったいない気がした。

いなかった日もあった。そりゃそうだ。毎日いるわけない。でも、いた日もあった。

その日は、ドリブルじゃなくて、ボールを足の上に乗せようとしてた。何度やっても転がって、しゃがみ込んで、また立ち上がって。見てるこっちが「それじゃ無理だろ」って思うやり方を、ずっと繰り返してた。

(あーあ…)って思った。でも、声はかけなかった。

俺は、誰かに教えるためにサッカーやってるわけじゃない。それに、あいつは「教えてほしい」って顔はしてなかった。ただ、やりたいだけの顔だった。

それが、一番厄介なんだよ。

やりたいだけのやつは、止まらない。教えなくても勝手に続けるし、教えたらもっとやる。

だから、その日はそのまま帰った。

次の日、またいた。今度は、昨日よりほんの少しだけ、ボールが足に乗ってた。

(あー…)

なんだよ、それ。

できてんじゃん。

それだけで、なんか嬉しかった。俺が教えたわけでもないのに。

そのうち、また一緒にやるようになった。約束はしてない。時間も決めてない。でも、なんとなく同じ時間に来るようになってた。

俺は、チームに戻ってからも、たまに顔を出した。正直、あんまり良くない。監督にバレたら怒られる。でも、あの時間は嫌いじゃなかった。

「今日なにやる?」

って聞くと、

「なんでもいい」

って言うくせに、できないと悔しそうな顔をする。

「じゃあ、リフティング」

って言うと、

「できない」

って言いながら、やる。

できないくせに、やる。できないから、やる。

そういうやつ、チームにもいるけどさ。あいつは、ちょっと違った。

勝ちたいとか、上手くなりたいとか、そういう顔じゃない。ただ、ボールに触ってる時だけ、満足そうな顔をする。

それ見てると、

(あー…やっぱ、サッカーってこれだよな)

って思う。

結果とか、評価とか、全部抜きにして、ただ、ボール蹴ってるのが楽しいって顔。

俺は、いつからそれ忘れてたんだろうな。

ある日、あいつが言った。

「試合、あるんでしょ?」

「あるよ。」

「行っていい?」

ちょっと驚いた。でも、なんとなくわかってた気もした。

「いいけど、つまんないよ。」

「なんで?」

「ベンチかもしれないし。」

「いいよ。」

あっさり言うから、なんかこっちが構えちゃった。

結局、その日はベンチだった。でも、あいつは最後までいた。

帰り道、

「出たかった?」

って聞かれて、

「そりゃな。」

って答えたら、

「でも、いたよ。」って言われた。

「何が?」

「さっきのプレー。右にスペースあるって顔してた。」なんだよ、それ。顔でわかんのかよ。笑えた。

「お前、変だよ。」って言ったら、

「知ってる。」って。

その時、思った。

(あー、こいつ、サッカーやればいいのに。)

そう、本気で思った。

やれるのに、やらないやつじゃない。やりたいのに、やれないやつだ。それが、なんとなくわかった。でも、それ以上は聞かなかった。聞いたら、終わる気がしたから。理由はわからないけど、なんとなくそれが理由で終わるのは嫌だと思ったんだ。

でも、そのあと俺はトップチームの練習に呼ばれるようになって、公園に行く回数も時間も減った。あいつも、顔を見せなくなった。

約束も決め事もなかったから、ふわっとした感じで。最後に会った日も、あいつは何も言わなかった。俺も、何も言わなかった。言えばよかったことなんて思うことは、いくらでもある。でも、その時の俺は、(また会えるだろ)って、どこかで思ってた。サッカーやってれば、どっかで。

 でも、それは甘かった。サッカーやってれば、どっかで会える。そう思ってたけど、現実はそんなに都合よくできてなかった。公園の前を通っても、あいつはいなかった。時間をずらしても、曜日を変えても、会えなかった。そのうち、俺も忙しくなって、公園に寄ること自体がなくなった。それでも、時々思い出した。あの、できないくせにやる気だけは満々の顔。ボールに触ってるだけで満足そうな顔。(あいつ、どっかで蹴ってるかな)

ふと、そんなことを考えることがあった。

 何年かして、試合を観に来ている人の中に、見覚えのある顔を見つけた。気のせいかと思った。でも、間違いようがない。あいつだ。スタンドの上の方で、試合に参加しているかのような表情でピッチを見つめている。

声は出してなかったけど、口は動いてた。

「右、スペースあるよ」たぶん、いや、間違いなくそう言ってた。笑えた。

(変わってねぇな)

試合のあと、声をかけようか迷った。でも、やめた。あいつはあいつの場所で、ちゃんとサッカーしてる顔してたから。そのあと、もう一度会ったのは、偶然じゃなかった。我慢できずに俺が、追っかけた。試合後のスタジアムの帰り道、あいつが歩いていく方向は、公園の帰り道と同じでなんとなく覚えてた。あいつは最後に別れたあのと同じ、真っ直ぐの背中を見せて歩いていた。このままじゃ、ストーカーだ。声かけなきゃ。そうだ。そのために追ってきたんだ。

「あのさ。」と声をかけると

「あ!」って顔をした。それだけで、十分だった。そこから先は、まあ、普通だ。連絡先を交換して、気がついたら、隣にいるのが当たり前になってた。サッカー以上に好きなものなんてありえねーとか思ってたけど、同じ方向向いてるあいつが隣に並んでるのは心地よかったし、ありきたりだけど強くなれる気がした。スタジアムの前で、記念写真だけの結婚式をした。あいつは、気が強くて、よく喋るやつで、サッカーの話になると、やたら詳しい。そして語る。テレビ見ながら「右、スペースあるよ」とか呟く。最初は笑った。

「お前も言うの?」って。

そしたら、

「前から言ってたけど?」って言われた。

その時、やっと気がついた。

(あー…お前か。)

遅すぎだろ、俺。本当に、バカだと思った。

でも、なんか安心した。ちゃんと、繋がってたんだ。あの公園の時間が。あいつは、プレイヤーにはならなかった。でも、誰よりもサッカーを見てたし、誰よりもサッカーを楽しんでた。それでいいと思ってた。

いや、

そう思うようにしてたのかもしれない。本当は、わかってた。あいつは、やりたかった側の人間だってこと。でも、言わなかった。言えば、変わってしまう気がしたから。あいつが選んだ今を、壊したくなかった。だから、もし今、あいつがまたボールを蹴ってるなら、それは、いいことだ。遅いなんてことはない。

サッカーは、いつ始めたっていい。やめない限り、プレイヤーだ。それだけは、俺が保証する。そして、それを誇りに思うだろう。


                   明日につづく

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