私 1996
サッカーは好きだけど、やるものじゃなくて、見るものだとあきらめていた。
私は、サッカーが好きだ。子どもの頃から好きだったけど、チームに入る環境が周囲にはなかった。私の好きなサッカーは、ひとりでぐいぐいやるサッカーじゃない。だから、ひとりでボールを蹴って遊ぶことは考えなかった。ひたすらJリーグを見ていた。チームにしかできないボールがつながる攻撃や連携の取れた守備を見ると美しささえ感じる。勿論、泥臭いプレイも好きだ。シュートボールがポストに当たって跳ね返り、誰も反応しないチームを見ると「中山ゴンちゃんなら、絶対にあそこにいたのに」と毎回思う。ずっとJリーグを見てると、構想とか理念とか、自分もその一員になった気持ちで成長を見ていた。浦和レッズのサポーターになったのは、多分、その理念が刷り込まれているのも理由の一つだ。地元のチームを応援する。地元でサッカーを盛り上げる。そんな気持ちが強かった。でも、なんと言ってもあの赤の塊にいる時の気持ちよさは、色を変えればどのチームのサポーターも理解してくれるだろう。みんなで一つのボールを目で追いかけて、ゴールまで繋がれと願いを込めてチャントする。弱いヤツにこそ応援が必要。負けてる時こそ叫ぶんだ。私の青春はアオハルではなくてアカハル。私は、そこにいることがサッカーをしている自分だと思っていた。ソイツに出会うまでは。
学校帰り、公園の前を通ると、ソイツはひとり、サッカーをしていた。プロ選手がアップしてるみたいに、小さなスペースにマーカーを置いて、くるくると回転するように繰り返していた。しっかりと巻かれたバンテージから、遊びでやってるわけじゃないのがわかる。見ているうちに気がついた。今は、あのマーカーが敵のディフェンスなんだ。ボールを足から離さず交わしていく。ただのドリブル練習じゃない。私にも置き去りにされるディフェンスが見えた。私は、ソイツのそばにあるバッグの上に近隣の高校のジャージがあるのを見つけた。サッカー王国のサッカー都市にあって、サッカーが強いとは聞かない高校だった。プロチームが市内に2つあり、サッカーの強豪校やクラブチームも多いこの市は、チームも選手もライバルが多く、楽しむだけのサッカーをするには経済的にも大変なのだ。てっぺんに立って「推薦」とか「特待」とか取って、自分自身でサッカーのできる環境を作らなくちゃならない、ソイツは、きっと全てから外れた「サッカー小僧」に違いない。でも、それでもサッカーができるんだから羨ましい。ドラマのように見つめてみたが、ドラマのように目が合うことはなかった。ソイツは、サッカーボールに夢中だったから。私は、恋に落ちる気はなかったけど、私にも見える、あのマーカーになりたかった。ギドにはなれないけど、ツボイにはなれる気がその時はしていたのだ。(今、考えると本当にツボイには失礼な話だ)ソイツがボールを転がしながら背を向けているのを見計らって、マーカーを踏み潰すように立ってみた。(私はツボイ。こいつを絶対に止める)ソイツが振り向くのと同時に構えた。さあ、こい。抜けるもんなら抜いてみろ。右利きなのはわかってる。利き足を潰して動けなくしてやるんだ。振り返ったソイツは、一瞬、驚いたが、戦闘体制を理解してドリブルを仕掛けてきた。ワクワクが止まらない。足は簡単に出さない。じっくり構えて外に外にと追いやってやる。と、思ったら、もう抜かれていた。それも屈辱的な股抜きだ。
「お前、何?」と、聞いてきた。当たり前だ。知らないヤツがいきなり出てきたんだから。
「なんか、やりたくなっちゃって」としか言いようがない。
「やる?俺も人がいた方が練習になる。」
「やる!やりたい!」
「じゃ、お願いがある。左足は怪我明けなんで、狙わないで欲しい。それと・・・」
「わかった!それと?」
「構えを教えてもいい?それだと簡単に股抜きができて、俺の練習にならない。」
ぐっ。となった。そうだ、私は見る人でやる人ではなかったんだ。何をできる気になって飛び出したんだろう。恥ずかしかった。
「お願いします・・・」と頭を下げた。頭を下げても教えて欲しかった。この日、教えてもらったのは「半身に構えてバックステップすること」だった。これだけで、股を抜かれることは無くなった。(本当は、股抜きをアイツがしなかっただけだと思う)帰りは嬉しくて半身のバックステップでスキップしそうだった。次の約束はしなかった。面倒臭いヤツだと思われたくないし、怪我明けの自主練の邪魔をしたくなかった。次の日に行っていたら、お礼しよう。邪魔はしない。絶対にしない。誓う。そして「間接視野」を習った。絶対に邪魔しない。はずが「体の入れ方」を習った。邪魔はしない。でも、ジャージで公園に行ってた。アイツも教えることが楽しくなった様子で、要求が厳しくなってきた。でも、楽しかった。私はサッカーがしたかったことに気がついてしまったのだ。いろんな理由をつけて「できない」ことにしていた自分に気がついてしまったのだ。サッカーは見るよりやる方が楽しいことに気がついてしまったのだ。もう、そうなると「やらなかった頃の自分」に戻れない。アイツの左足、踏んでリハビリ期間を延長してやろうかと思った。少しでも永く続けたくて。アイツがチームに戻れないことを祈ったが、意外と早く、そしてあっさりとその時はきた。
「俺、明日からチームに戻るから。」
「そか。」
「女子チームとかに入るの?」
「入らない。」
「そか。」
「頑張ってね。」
「うん。ありがと。あのさ。」
「何?」
「やればいいのに。サッカー。」
「そだね。楽しかった。」
「やった方が楽しいよな。」
「うん。楽しかった。」
男子であること、できる環境があることが普通であると、見えない壁ってあるんだな、と思った。彼にとってそこは自動ドアなんだ。そして、もう一度怪我してくれないかなと本気で思った。やりたくないわけないじゃん。
あなたが好きって言ったら、ここで私とボール蹴りすることを選んでくれるだろうか。でも、そんな言葉でサッカーを捨てるヤツを私は好きにはならない。だから、きっと、一緒に蹴ってても楽しくないだろう。それに「好き」って言葉をうまく言えるとも思えないし、女としての魅力が自分で言うのもなんだけど「ない」。私の駆け引きなんか、一対一より簡単に見抜けるだろうな。いい。私の人生の楽しかった1ページを作ってくれたことに感謝する。でも、「試合、観にきてね」なんて言っても、絶対に行かないから。その時、私はそう思ってた。ソイツは、後に「ドラゴンマスク」の父ちゃんになるのだが。
ソイツは、ジャージの高校に確かに通っていたが、サッカーは高校ではやっていなかった。浦和レッズのユースに所属していた。私が思ってたより厳しい環境でサッカーをしていたのだ。年代別の代表に選ばれるような選手は、そのままプロになれるが、残れるかどうかは、実力と結果次第。体づくり、メンテナンス、怪我のリカバーも大事なのに、私に付き合ってくれていたのだ。後からそれを知って、すっごいズレたタイミングで「好きかも」って思った。「試合、観にきてね」と言われなかったけど、観に行った。トップチームと違って、個人の声が響く環境だったけど、「好きかもー!」とは叫ばなかった。でも、本気のプレイを観て「好きだな」と思った。
恋愛感情なのか、プレイヤーとして好きなのか未だに判別できないけど、阿部勇樹を好きなように「好きだな」と思えたので、恋に近いことのようにその時思えた。
明日につづく




