表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ドラゴンマスクより  作者: 福本 美憂


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

1/6

サッカーは、当然「やる側」だと思ってた。

 僕は、サッカーが好きだ。小さい頃からかあちゃんの膝の上で、Jリーグをみては大騒ぎをしていた。フェイントを決めた、縦パスが通った、インターセプトが決まった、選手の一挙手?一投?足にハイタッチしたり、クッションを叩いたり。どのプレイが「ハイタッチ」でどのプレイが「クッションを叩く」に値するプレイか、基準は全て膝の上で教えてもらった。この公園でもかあちゃんはサッカーの基本を教えてくれた。幼かった僕は、「止める・蹴る」を飽きることなくかあちゃんに要求した。まるで「高い高い」をせがむように、「ブランコを押して」と言うように。そう、僕にとってかあちゃんと公園でボールを蹴ることは日常で、かあちゃんにとっても習慣のようなものだったはずだ。かあちゃんが上手かったのかどうかは記憶にない。でも、そんなことはどうでもよかった。ボールを蹴ったら返ってくる。サッカーが好きな僕と僕のことが好きなかあちゃんは、ただただそんな楽しい時間を共有していたのだ。かあちゃんはプレイヤーではなかったけれど、本当によくサッカーを見ていて、海外のチームの試合を見ながら、華麗にディフェンスを交わすターンを見たりすると、「やってごらん」と、リビングでボールタッチを僕にやらせては、あーでもないこーでもないと指導してくれた。まぁ、指導というよりは、実験してるみたいなもので、できるまで研究は続いた。大抵、下の部屋の人に怒られて実験は終わった。懲りずに繰り返しやるもんだから、大家さんにも怒られた。怒られてもやっちゃう、僕とかあちゃんは共犯者として楽しんでいたが、下の階の方が何度も引っ越したという事実は、今となると本当に申し訳ないと反省している。かあちゃんはよくスタジアムにも連れて行ってくれた。雨の日も風の日もチケットが取れれば僕たちはスタジアムに足を運んだ。雨の日とか、今、さらって言ったけど、90分、豪雨の中で遠くにちっちゃく見える、テレビゲームみたいな試合は辛かったけど、そんな中でも、サポーターの作り出すスタジアムの雰囲気に圧倒された。知らない人と声を出して、歌って、ハイタッチしたり、悔しがったり。こんなに大勢なのに、タイミングが合って、気持ちが共有できるのも楽しかった。かあちゃんに一度「あそこで応援したい」とサポーターの中心地を指したことがある。そして長いこと並んで、その場に行くと簡単に追い出された。かあちゃんは「差別だ」と呟いて、また、いつもの上の方に登って行った。その頃、その中心地には「女、子どもは入れない」という圧があったらしい。かあちゃんが知ってて僕のためにチャレンジしたのか、何も知らずに行ったのかわからないが、かあちゃんは、そうやって少しずつ、サッカーに追い出されていったのかもしれない。僕はというと、当然のようにサッカースクールに入り、仲間とプレイする楽しさも覚えていった。かあちゃんは送り迎えをし、同じチームのママたちとも仲良くなって、試合のたびに分担された仕事や応援に休日を使ってくれた。当たり前のように使っていた、チームバッグやユニフォームはサッカーチームへの所属感を高めてくれて、僕は誇らしかったけど、高かったろうなぁと思う。ここまででわかったと思うが、僕のうち母子家庭だ。僕はサッカー選手だった父の顔もプレイも覚えていない。体の弱かった叔母、父の妹の容態が悪いと病院から連絡が入り、父は自分の両親と祖母を車に乗せ、病院に向かい、生まれて間もない僕は、かあちゃんの運転する車で病院に向かった。その途中、父の車に車線オーバーしてきた大型車が正面からぶつかった。全員、即死だった。病院に着くと叔母も亡くなっていて、かあちゃんは、五人の葬儀をひとりで行い、泣く間もなかったという。「嘘みたいでしょ?」と僕に話してくれたのは、中学生になった年だった。きっと、もっと早く「大変だった」と誰かに言いたかったに違いない。今ならわかることはたくさんある。みんな居なくなってしまった父の一族に遺産とか、保険金とか借金とか、あったのかなかったのか分からないけど、かあちゃんは気がついた頃にはパートをしてて、今のマンションに住んでて、贅沢はしないけど、サッカーにはお金をかけてもらった。どんどん伸びる背丈に大きくなる足。ソックスは穴が空くし、スパイクは小さくなる。スライディングができるようになった時は、調子に乗って何足もソックスの脛に穴を開けた。その度にかあちゃんは、新しいソックスを買ってくれた。ソックスは足を守るものだからと。それが、どんなに有難かったことか、あの頃の僕は、そんなこともわからずにスライディングができるようになったことを楽しんでいた。もし、あの時、三億円の遺産をかあちゃんが相続してたとしても、三億の借金をしていたとしてもかあちゃんはpumaのソックスを何足も買ってくれたのかもしれない。いや、三億の借金じゃ難しいか。でも、シャーペン失くすと鬼のように怒るかあちゃんの価値観は、明確な基準を持っていた気がする。

 僕は、背が高いという理由でキーパーにコンバートされ、大喜びでかあちゃんに報告をした。「たったひとつのポジションだよ!コーチが、センスがいいから代表狙えるって!」かあちゃんも喜んでくれたけど、キーパーは他のポジションより、グッズが多い。練習メニューも違うので、かあちゃんは色々調べて自主練習に付き合ってくれた。ゴールがないと感覚も分からないので、早朝の小学校の校庭で練習に付き合ってくれた。早く出勤した先生によく注意されたけど、かあちゃんは深々と頭を下げて、次に日には「小学校行こう」と誘ってきた。僕のためならなんでもやっちゃうヤバいかあちゃん。今の今まで、そう思ってきたけど、どうやらそれだけじゃなかったらしい。キーパーというポジションと高身長、かあちゃんとの自主練習のおかげで、クラブチームでは試合に必ず出場して、県のトレセンまで選抜された。コーチングセンスを褒められると「これ、いつも試合見ながらかあちゃんが言ってることだよな」って思う。かあちゃんは決して命令型の応援はしなかった。まるでピッチにいるみたいに「右、スペースあるよー」「顔出ししよう」「左から追い詰めよう」と画面の向こうの選手に声がけをする。なんなら映っていない選手にも声がけしている。「テレビ中継は上から移してるから、わかるんだよねー誰か監督に教えてあげてー」と。僕はピッチに立つようになって「ピッチで試合してる側にしかわからないこと」も理解できるようになった。でも、逆に俯瞰で見ているテレビだからこそ分かるかあちゃんの呟きが刷り込まれている自分は、キーパーとしては少々、優しすぎる。蜃気楼が見えそうなピッチで何度もスプリントするチームメイトに「走れ!」とは言えない。僕はつい走ってほしいチームメイトの名前を呼んでしまう。わかってる。やって欲しいことは同じだ。でも、命令ができない。だから、微笑みのキーパー西川周作は自分にとって神だ。「後ろからの声は神の声」とか「守護神」とか、キーパーって神扱いされたりするけど、笑顔でコーチングして、しっかり守るって本当に難しい。ゴールされたどん底から、間髪入れずにチームを鼓舞しなくちゃならない。言った通りに動いてくれるって信頼あってのことだし、失点すれば信頼を失う。僕が現在サブである理由は、自分で言うのもなんだが、優しいからだ。いや、かあちゃんの影響だ。かあちゃんの影響で強いコーチングができずに、J3のサブキーパーに甘んじている。とかここまでの人生をまとめたら、かあちゃんは「人のせいにしないでよ」と怒るんだろうな。

 この日、僕はオフで実家に帰ることにした。今は練習場の近くに部屋を借りているので、実家に帰るのは、年に数回になっていた。それでも、かあちゃんには週に何度かLINEで会話はしていた。かかってくることが多かったが、お互いが元気でいることの確認みたいなもんだった。それが最近、LINEがこなくなった。こちらから送っても、返事がないことがあり、数時間経って折り返しが来るのだけれど、なんか様子がおかしい。話している様子ではなくて、んー親子にしかわからないかもしれないリズムかな。生活が変わってきているのが、なんとなく伝わってきた。それは、いいことかもしれないし、もしかすると悪いことかもしれない。でも、何かおかしいのは間違いない。それを確かめにきたのだ。勿論、いいことであることを願っている。いいことってなんんなのかは分からないけど、悪いことは具体的に思い浮かぶことがたくさんある。僕を突き動かしたのは、この悪い想像なのだろう。とにかく、会って確かめたい。そんな気持ちで実家に向かう途中に僕は見てしまった。


「おばさんがリフティングしてる」


 それはもう、必死だった。ボールと足のタイミングが合わずに、足がボールを追いかけていく、続くどころか一度めからボールを見失う、典型的な初心者のリフティングだった。

「かあちゃん?」

見慣れた僕のクラブチーム時代の練習着を着て、夢中でリフティングしているのは、見間違えるはずのない僕のかあちゃんだった。なんだか見ちゃいけないものを見た気がして隠れた。(なんでリフティングなんかしてるんだ?)混乱していた。普通、親の見ちゃいけないものを見たって状況から考えられるのは「かあちゃん、再婚するの」とか「かあちゃん、病気になってしまってね」とかだよね。なんでうちのかあちゃんは、公園で必死でリフティングしてんだ?聞かなきゃ分からないけど、なぜか僕は隠れてしまったわけで、ここから偶然のふりして「何してんの?」って出ていくほど器用ではない。状況をちょっと整理しよう。

 ①確かにかあちゃんはサッカーが好きだ。 

 ②僕の練習にも付き合ってくれていた。

 ③でも、プレイヤーではなかった

 考えられること

 ①町内会の運動会でリフティングをする

 これが、理由としては濃厚。

 ②僕のプレイに問題があり、その実験

 ありそうだ。なぜ、サブなのかとかあちゃんなりに考えて、その検証のためにやってる可能性はある。いやーそれでリフティング?分からないけど、それができたら僕に連絡が来るのだろうか?分からないけど、現実としてとにかくかあちゃんは、今、必死にリフティング(まだ、リフティングにはなってない)をしている。理由は分からないけど、僕のためにしてるなら、何か手伝わなきゃならない。でも、僕のために内緒でしてるなら、内緒で手伝う必要がある。そんなわけで、僕はこそっと実家に帰り、自分の部屋にあった一冊の本を封筒に入れて、自宅のポストに入れて、まだリフティングに夢中のかあちゃんを確認して帰ってきた。その晩、かあちゃんからLINEがきた。

「うちにきた?」

「行ってないよ。なんで?」

「ポストに封筒が入ってたの?」

「開けた?」

「開けてない。気持ち悪いじゃない。『ドラゴンマスクより』って書いてあるのよ!」

・・・やりすぎたか・・・

「ドラゴンマスク?草」

「警察に届けようかしら」

・・・いやいや、困る!

「開けて変なものだったら届ければ?」

「んーじゃ、開けてみるね」

と、飛んできたきり、かあちゃんからはその晩、何もメッセージがこなかった。警察に行ったのか、はたまたあの本にはまったのか。僕は時々、ふざけるのだが、普段、真面目なだけにふざけてるのが伝わりにくい。「ドラゴンマスクより」は余計だった。つい、ふざけたくなって人助けをする「タイガーマスク」のフリをして、かあちゃんの好きなゴールキーパー「都築龍太」の龍をモジって(都築龍太はリョウタでリュウタではないけど)「ドラゴンマスクより」とか書いてしまった。そのせいで、僕の大事な本は警察に行っているかもしれない。僕にとってリフティングができるようになった虎の巻だったのに。虎の巻だったら「タイガーマスク」で良かったのか。いや、そんな問題じゃない。それから数日「おーい」とか「どうした?」とかLINEを送ったがなんの返事もなく数日が過ぎた。仕方ないので、正直に話そうと思っていた時にかあちゃんからLINEがきた。

「元気?」

・・・そりゃ、こっちのセリフ。

「うん。どうした?」

「この前のドラゴンマスクね。本をくれたのよ。」

「本だったんだ。どんなの?警察は?」

「警察は行かなかったよ。ありがたくもらっといた。」

「そうなんだ。ありがたい本だったんだね。」

「うん。間違ってうちに入れたのかもしれないけど、うちのポストに入ってたから。」

「ありがたいなら、貰っときなよ」

「そうするわ」

 よかった。とりあえず、警察沙汰にはならなかったと言うことだ。それにしても、その本にはヒントはなかったのか、かあちゃんは僕のプレイについては何も言わない。でも、有難かったんならいいか。本は「ワンバウンドリフティング」について書かれている。ノーバウンドは、初心者にはハードルが高い。ワンバウンドにすることで、ボールタッチのリズム感を覚えることができる。僕は公園で、正に先日のかあちゃんのように、ひとりでリフティングの練習をしていた。できなくてできなくて、悔しくて。ワンバウンドのコツを本で覚えて、それからリフティングができるまでは、あっという間だった。なんだか分からないけど、かあちゃんの必死さは一時の気まぐれには見えなかったので、コツを覚えられればと渡してみたものの、ちょっとどうなったか見たくなった。もう、こうなると「ドラゴンマスク」の正体は明かせないので、こっそりと見にいくしかない。五十を過ぎたかあちゃんの成長は期待しちゃいけないが、この連絡の滞り方は、また、リフティングをやってるに違いない。こっそり、公園に来てみた。パートのローテーションは確認ずみだ。

「ワンバウンドリフティングをしている」

おばさんがひとりで、必死にワンバウンドリフティングをしている。かあちゃんは今日も僕の練習着を着て、必死の形相でやっている。

(本、読んだのか)

ちょっと、嬉しかった。そりゃ、リフティングにはまだまだ遠いが、ボールの下に足を入れることができるようになっている。膝を使い出した証拠だ。

(あとはリズムかなー) 

僕は近くのシェアオフィスで、2つの練習メモを作った。

 ①片足ずつリズムよくボールの上を足裏でタッチする。その際に「イチ・ニ・イチ・二」と声に出しながらタッチするとリズムよく足を上げる練習になる。リフティングに効果あり。

 ②常に身近にボールを置いて、足で触っていると、足とボールが仲良くなる。

 勿論、最後は「ドラゴンマスクより」と締めた。そして、コンビニでプリントアウトしてポストに入れた。帰り道、流石に本と違ってちょっと「人間味」やら「観てた」感があって、気持ち悪いかもしれないと反省した。かあちゃんが長年守ってきた静かな生活を脅かしてはいけない。僕は家を出ている身だし、いつでも駆けつけられるわけでもない。かあちゃんが平穏に暮らしてくれているから、僕も安心して好き勝手できるわけだし。もうやめようと思いながらもちょっと反応を期待しながら数日が過ぎた。すると、かあちゃんから変化球的なLINEが飛んできた。

「iPadってどれがいい?」

・・・iPadの種類か?容量か?・・・

「どんなことに使うの?」

「Youtubeとか動画撮るとか」

「それなら、スマホでできるよ。テレビにも映せるし」

「外で観たいの」

「それもスマホでできる」と打って消した。そうか、なるほど。公園で見たいんだな。練習に使いたいんだろうな。そうなると、wi-fiに頼らない仕様がいい。毎月の支払いとか契約をうまくやらないと費用がかかるな・・・こりゃ、僕がやるべきだな。

「かあちゃん、僕が買ってセットしてから送るよ。」この時言った「おくる」が「贈る」なのは、秘密にしておいて、かあちゃん仕様のタブレットを用意することにした。これはドラゴンマスクではなくて、僕から堂々と渡そう。僕が準備したのは、こんな感じ。

 ①セルラーのタイプでwi-fiに頼らない。

 ②一人暮らしが心配な年齢だから、GPS追跡アプリを入れることを承諾してもらう。

 ③動画がストックできる容量は大事だな。

それと、

高校の同級生、律が始めた「大人のためのサッカー教室」のリーフレットをポスティングした。


                   明日につづく

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ