僕 2026
よく晴れたサッカー日和。
かあちゃんのサッカーデビュー戦。
ちょっと、遅くなったな。
僕は、ちょっとばかりドラゴンマスクを装い、グラウンドへ足を運んだ。
もちろん、素顔。
気分だけ、プライベートコーチが生徒の仕上がりをこっそり見に来た感じ。
そう、ちょっとそわそわしてる。
正直、心配だった。
かあちゃんは、頑張る。
頑張りすぎる。
最近なんか、ずっと疲れてるし。
夢中になって怪我しないか。
……って、どっちがかあちゃんだよ。
直接アドバイスはしてないけど、仕上がりも気になる。
あの、公園で見たリフティングから、どう成長したのか。
途中から律に預けた選手とはいえ、僕の選手だ。
ベンチに着くと、試合時間は残り十分を切っていた。
ピッチを見る。
ユニフォームを着たかあちゃんがいた。
「22」
こっちが照れくさくなる。
阿部勇樹と同じ番号だ。
……いや、そこ選ぶ?
でも、かあちゃんらしいや。
動きは鈍かった。
もう、ずいぶん走ったんだろうな。
でも。
それだけじゃない。
あれ?
律……あれって。
律は目を合わせない。
「おい、律」
返事がない。
「なんで止めねーんだよ!」
思わず声が出た。
怪我してるだろ!
かあちゃん、怪我してるよな?!
疲れてるだけの動きじゃない。
足元も少しふらついてる。
僕は、こんなかあちゃんを見に来たんじゃない。
「なんで止めねーんだよ」
怒りを込めて、もう一度言った。
でも、律は返事をしない。
いや、できないんだ。
律も。
瑠も。
みんな、ピッチの鈴に夢中になってる。
目が離せない。
最後まで、立って…いられるのか?
その時だった。
「左だ! 鈴!」
瑠が叫ぶ。
かあちゃん――鈴は、左を切った。
落ち着いてる。
ドリブルで左を抜けようとする相手を睨み、バックステップで下がる。
よし。
遅らせた。
瑠が奪いに来る。
鈴は、瑠側を空けて離れ、パスコースを作る。
空いたコースに入った相手は、まんまと瑠に捕まった。
速い!
奪った瞬間、瑠が鈴へパスを出す。
強くて、速いボール。
でも、鈴は慌てない。
真っ直ぐゴールを見たまま、奪いに来た相手の間を通し、勢いを活かしたワンタッチでボールを流した。
その瞬間にはもう、瑠が走り出している。
なんだこれ。
合ってる。
完全に。
GKと一対一。
構えを見た瞬間、僕には分かった。
即席キーパーだ。
ポジショニングが浅い。
瑠は、軽くかわしてシュートを打った。
ゴール。
「っしゃあ!!」
瑠が叫ぶ。
なんだこれ。
すげぇ「サッカー」じゃん。
瑠と鈴が連動してる。
かあちゃん、アシストじゃん。
「ひゅー!!」
ベンチで律が変な声を上げる。
でも、次の瞬間には監督の顔に戻っていた。
「鈴! ポジション!」
そして、ピッチを見たまま、ピースを作る。
「ちなみに、鈴、2アシスト」
こっち向けないのは、監督だからじゃない。泣いてるじゃん、律。
なんだよ、これ。
なんだよ、このサッカー。
これが律のサッカー?
てか。
かあちゃん、かっこいいじゃん。
サッカー、してるじゃん。
その時だった。
鈴が、ふらっと膝をついた。
額が、とんでもないことになってる。
うわ。
これ絶対ダメなやつだ。
なのに。
たぶん、腫れた顔の鈴は笑っていた。
サッカーしてる顔だった。
楽しそうだった。
僕は、そこでやっと気づいた。
僕が見に来たのは、「かあちゃん」じゃない。
サッカー選手の鈴だ。
だから、律は止めなかったんだ。
律も。
瑠も。
鈴を、プレイヤーとして見てる。
ホイッスル。
試合終了。
勝った。
ヨタヨタしながらベンチへ戻ろうとする鈴に、律が叫ぶ。
「鈴ー! あいさつ!」
「鬼だな、律」
思わず睨んでやった。
でも。
律は、号泣していた。
ぐしゃぐしゃの顔で笑っていた。
ああ。
こいつも、本気だったんだ。
「試合をする」じゃなくて
本当に、このチームで勝ちたかったんだ。
僕は泣いてる律を見ないふりをして、かあちゃんの荷物をまとめた。律はこれでまた、『泣き虫」とかあちゃんにからかわれ続けるんだろうな。
律。
鈴を最後まで試合させてくれて、ありがとう。
でも、後で一発殴るからな。
明日につづく




