僕 瑠 律 私 今
2026年。
ワールドカップの年。
日本が優勝するなんて、世界中の多くの人は、まだ本気で信じていない。
でも。
仕事帰りの選手が集まる夜のグラウンドでも、
人数ぎりぎりの草サッカーチームでも、
子どもと大人が同じボールを追う街角でも。
仕事や家庭の隙間で、
ボロボロになりながら、
それでも笑ってボールを追いかける人たちが、
今日も日本のどこかにいる。
たぶん、
サッカーって、そういう場所から強くなる。
ー 僕 ー
運転しながら、かあちゃんの試合を思い出していた。
きっと、前半はもっと動けたんだろう。
あんなボールのやり取りを、もっといい状態で瑠としてたのか。
あー。
なんで、もっと早く来なかったんだ。
実は、ちょっと怖かったんだ。
本気でサッカーしてるかあちゃんを見るのが。
怪我するんじゃないか。
無理するんじゃないか。
傷つくんじゃないか。
――いや、違う。
本当は。
僕の知らない場所で、かあちゃんが「プレイヤー」になっているのを見るのが、少し怖かった。本気なのに、サッカーから置いて行かれてるんじゃないかと。
でも。
今日、グラウンドにいたのは、「かあちゃん」じゃなかった。
鈴だった。
瑠と怒鳴り合って、
律に振り回されて、
ボロボロになりながら、
それでも笑ってサッカーしてた。
なんだよ。
めちゃくちゃ楽しそうじゃん。
「かあちゃん、いいサッカーしてたじゃん。」
………
え?
ルームミラーで後部座席を見る。
寝てるんかい!
僕は、信号待ちで、口を開けて寝てるかあちゃんをスマホに収める。
明日、見せてやろう。
初試合後の、勲章みたいなたんこぶを。
たぶん、明日めちゃくちゃ怒られる(笑)
でも。
きっと、来週もサッカーするんだろう。
僕は少し笑った。
そして、前を向く。
僕は、僕のサッカーをやろうと思う。
ちゃんと。
逃げずに。
次は、僕がピッチに立つ番だ。
ー 瑠 ー
バツ出してるじゃん!
なんで、続けてんだよ!
律もバツ出してんのに!
審判も鈴も、なんで続けてんだよ!
確かにうちには交代選手も担架要員もいないけど、どう見たってサッカー続けられる状態じゃない。
鈴がこっちを向いて、にっと笑った。
やる気なのだ。
まさか……このバツ、鈴は勘違いしてる?
「やめねーよ」のサインとか?
いや、
やる気なんだ。
さっきの1点で勝つ気なんだ。
没収試合にはしたくない。けど
やばいヤツでしょ?
律!下げないと!
え?
もう監督の顔になってる。
やっぱり律はバカだ。
バカばっかり。
このチームはバカばかりだ。
勝ち点3のために、あと3分足らずのために。
一番バカなのは鈴だ。
審判が鈴に近づく。
「続けられますか?」
鈴は頷いた。
いや、頷くなよ。
ちょっとふらついてるし。
でも。
その顔は、なんか楽しそうだった。
……なんなんだよ。やるしかないじゃん。
「鈴! 左!」
私は叫ぶ。私もバカだ。
鈴が動く。
足はもう重いはずなのに、ちゃんとライン側へ追い込む。
縦を切る。
相手が迷う。
そこを、私が奪う。
また鈴が離れて、パスコースを作る。
反応が少し遅い。
でも、そこにいる。
私は強めにパスを出した。
鈴の身体が少し揺れる。
でも、逃げない。
ワンタッチ。
私の前のスペースへ流れる。
走れる。
ああ、これ。
気持ちいいヤツだ。
試合中なのに、なんか少し笑いそうになった。
最初、鈴は本当に酷かった。
ボールは止まらないし、ターンもできない。
私のパスを怖がってた。
いや、今も怖いとは思う。
でも、挑む。
逃げない。
そして、ちゃんと私を走らせる。
律は、最初からこれをやりたかったのか。
サッカーで壁になるって、「いる」だけじゃない。
怖がらずに、そこに立てることだ。
鈴は、それができる。
私が鈴にイライラしていたのは、自分の未来を重ねてたかもしれない。スピードに頼れなくなった、脚力の劣った自分は、サッカープレイヤーなんだろうか?それをみっともないサッカーと思うのだろうか。
鈴は、そんなん吹っ飛ばしてくれた。
サッカーバカは、バカらしく、サッカーに夢中になってりゃいいんだ。
残り時間は少ない。
相手も前に出てくる。
7人対8人。
広すぎるピッチ。
でも、誰も止まらない。
あっちもこっちも バカばっかり(笑)
DFが叫ぶ。
GKが叫ぶ。
「瑠!行け!!」
わかってるって。
あー!なんか、楽しい!
私は、ボールを蹴って前を見る。
いける。
その瞬間、相手GKが必死に止めに入った。
さんきゅ。
かわしてシュート。
「っしゃぁ!」
ゴール!
ホイッスル。
試合終了。
その瞬間、鈴がその場に膝をついた。
私は思わず走った。
ベンチに帰ろうとする鈴に
「りーん!あいさつ!」律が叫ぶ。
あいつ、鬼だな。
鈴はよろよろしている。
やっぱ限界じゃん。
2-0
審判が勝利の宣言。
あいさつをする。勝ち点をもぎ取った。
肩を支えてベンチに帰りながら、私は言った。
「だから止めろって言ったんだよ」
鈴は、はぁはぁ息をしながら笑う。
「やれって言ったじゃーん」
「バツ出した!」
「あれ、交代なしじゃないの?」
え。
律を見る。
律も固まってる。
「いや俺、止めろのバツ」
「え?」
三人で黙る。
なんだそれ。
バカじゃん。
いや、本当にバカしかいない。
でも。
私は、その瞬間、どうしようもなく笑えてきた。
サッカーって、こんなだったっけ。
もっと殺伐としてて、もっと苦しくて、もっと勝ち負けしかないものだと思ってた。そして、いつまでこのサッカーができるかという苛立ちとの戦い。
でも今は。
勝ったことも嬉しいけど、それより。
このバカたちとサッカーしてるのが、なんか面白い。
「おもしろかったー!!」
気づけば、グラウンドで叫んでいた。
律が笑う。
ベンチも笑う。
鈴も腫れた顔で笑ってるかな。
ああ。
たぶん私は、これからもこのバカたちとサッカーしていくんだと思う。
そうしたいんだ。
ー 律 ー
気がついたら、隣にすごい顔をしたでかい男が立っていた。
「なんで、止めねーんだよっ!」
吐き捨てるように言った。
だよな。
止めるべきだよ。没収試合だろうが、なんだろうが止めるべきだ。
「なんで、止めねーんだよ」
低い声を絞り出すように言った。
そうだよ。わかってるって。
なぁ、お前、止められる?
お前だったら止められるか?
死んでもいい。そんな笑顔でサッカーやってるのを止められるか?
「りーん!左!」
俺は叫んで――気がついた。
そうだ。
高校の時、俺は昼休みのサッカーで、親友を「りん」と呼んでいた。
俺しか呼ばないサッカーネームだ。
懐かしさが込み上げてくる。
消えてしまったりんがボールを追っている。
ピッチに向かって、もう呼ぶことがないと思ったあの名前を呼ぶ。
いけー!りん!
涙が溢れちゃってる俺を「なんだよ、このおっさん」て顔して見てるドラゴンマスク君に言った。
俺さぁ、なんか、ちょっと本気でこのチームやってみようかなって思う。
いや、今でも本気だけどさ。
運営から関わらせてもらおうかなと。
今やってるサッカー教室から、リーグで戦える選手に育ててさ。
本気でサッカーやる選手、好きで続ける草サッカー選手を育てたい。
高校サッカーの監督は、候補がいっぱいいるけど、「楽しくサッカーを始められる場所」を提供して、誰でもサッカーを続けられる活動は、サッカーエリートじゃなかった俺みたいなやつしかできない。分母が大きければ、仕事や家庭の事情で休んでもらったっていい。いつでも帰って来れる場所を広げたい。
その絵が、今、ピッチに見えたんだ。
そこまで話したら、ドラゴンマスクが少し笑った。
ホイッスルが鳴った。
勝った!
でも、リーグ戦は始まったばかり。
俺の気持ちを選手に伝えて、俺の案を聞いてもらおう。
りーん!あいさつ!
トボトボと負けたみたいにベンチに帰ろうとする鈴に言った。
「鬼だな、律」
ドラゴンマスクに怒られた。
でも、最後まで選手として試合を終わらせたかった。
なあ、空にいる、りん。
お前とのサッカーより、長い付き合いになりそうだ。
ー 私 ー
試合は、そのまま終わった。
勝った。
笛が鳴った瞬間、その場に座り込みそうになったけど、瑠が「あいさつ!」と言うので、なんとか立ってあいさつに並んだ。あいつ、鬼だな。
結局、相手チームも人数は八人だったらしい。
女子サッカーは、どこも苦しい。
誰かが仕事で来られなくなって、誰かが怪我をして、それでもなんとか人数を集めて試合をする。今日の試合は、そんなチーム同士の試合だった。
でも。
ちゃんとサッカーだった。
それが、なんだか嬉しかった。
頭は痛いし、たんこぶは育ってるし、足ももう限界だったけど、変な高揚感が残っていた。
瑠に抱えられてベンチへ戻ると、そこに素顔のドラゴンマスクがいた。
「まったくもう! 医者行くから車乗って!」
そう言いながら、もう私の荷物をまとめていた。
来てたんだ。
「はいはい」
そう返して、車へ向かおうとした時だった。
「おもしろかったー!!」
グラウンドから、瑠の声が響いた。
思わず振り返る。
夕陽の中で、瑠が両手を広げて笑っていた。
ああ。
楽しかったんだ。
あの瑠が。
なんだか、それが嬉しくて、急に泣きそうになった。
「かあちゃん、すげー顔だぞ」
素顔のドラゴンマスクがタオルを投げてくる。
恥ずかしいから、そのまま鼻をかんでやった。
「うわっ、最悪!」
騒ぐ声を聞きながら、私は笑った。いてて。
来週は、水曜の夜に練習がある。
パートのシフト確認しないと。
金曜はちゃんと炭水化物食べよう。
土曜は練習。
日曜は熊谷で試合。
ああ、今日のあの場面、瑠と話したいな。また、怒るんだろうな。でも、瑠はどんなに怒ってても、私を「おばさん」とは呼ばなかった。あのワンタッチは、褒めてくれるかな。
それから――。
気づけば、頭の中は次のサッカーのことばかりだった。
痛いのに。
ボロボロなのに。
それでも、笑ってしまう。
ああ。
私、まだサッカーしたいんだ。
ドラゴンマスクのおかげかな。
ありがとう。
私のサッカーは、まだ明日へつづいていく
ドラゴンマスクより
サッカーは、
苦しくて、痛くて、
たまに、どうしようもなく楽しい。
だから今日も、
誰かがまたボールを蹴る。
それぞれの明日へ。
あとがき
最後まで読んでいただいたことに感謝します。
ファンタジーを楽しみにしてる方が多いのに、場違いな投稿をしたと途中で気がつきました。タイトルもファンタジーと勘違いされるようなもので、1話を読んでがっかりされた方もいたのではないかと思います。ゴメンナサイ。
私自身がサッカーを辞めた原因がこの中にあり、人に話せなかった本音を瓶に詰めて、大海に流せた気がします。だから、見つけてくれて、読んでくれたことに本当に感謝しています。




