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ドラゴンマスクより  作者: 福本 美憂


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25/25

僕 瑠 律 私 今

2026年。

ワールドカップの年。


日本が優勝するなんて、世界中の多くの人は、まだ本気で信じていない。


でも。


仕事帰りの選手が集まる夜のグラウンドでも、

人数ぎりぎりの草サッカーチームでも、

子どもと大人が同じボールを追う街角でも。


仕事や家庭の隙間で、

ボロボロになりながら、

それでも笑ってボールを追いかける人たちが、

今日も日本のどこかにいる。


たぶん、

サッカーって、そういう場所から強くなる。

ー 僕 ー


 運転しながら、かあちゃんの試合を思い出していた。


 きっと、前半はもっと動けたんだろう。


 あんなボールのやり取りを、もっといい状態で瑠としてたのか。


 あー。

 なんで、もっと早く来なかったんだ。


 実は、ちょっと怖かったんだ。


 本気でサッカーしてるかあちゃんを見るのが。


 怪我するんじゃないか。

 無理するんじゃないか。

 傷つくんじゃないか。


 ――いや、違う。


 本当は。


 僕の知らない場所で、かあちゃんが「プレイヤー」になっているのを見るのが、少し怖かった。本気なのに、サッカーから置いて行かれてるんじゃないかと。


 でも。

 今日、グラウンドにいたのは、「かあちゃん」じゃなかった。


 鈴だった。


 瑠と怒鳴り合って、

 律に振り回されて、

 ボロボロになりながら、

 それでも笑ってサッカーしてた。


 なんだよ。


 めちゃくちゃ楽しそうじゃん。


 「かあちゃん、いいサッカーしてたじゃん。」


 ………


 え?


 ルームミラーで後部座席を見る。


 寝てるんかい!


 僕は、信号待ちで、口を開けて寝てるかあちゃんをスマホに収める。


 明日、見せてやろう。


 初試合後の、勲章みたいなたんこぶを。

 たぶん、明日めちゃくちゃ怒られる(笑)


 でも。


 きっと、来週もサッカーするんだろう。


 僕は少し笑った。

 そして、前を向く。

 僕は、僕のサッカーをやろうと思う。


 ちゃんと。

 逃げずに。


 次は、僕がピッチに立つ番だ。


ー 瑠 ー


 バツ出してるじゃん!

 なんで、続けてんだよ!

 律もバツ出してんのに!


 審判も鈴も、なんで続けてんだよ!


 確かにうちには交代選手も担架要員もいないけど、どう見たってサッカー続けられる状態じゃない。


 鈴がこっちを向いて、にっと笑った。

 やる気なのだ。


 まさか……このバツ、鈴は勘違いしてる?

「やめねーよ」のサインとか?


 いや、

 やる気なんだ。

 さっきの1点で勝つ気なんだ。

 没収試合にはしたくない。けど


 やばいヤツでしょ?

 律!下げないと!


 え?


 もう監督の顔になってる。

 やっぱり律はバカだ。


 バカばっかり。


 このチームはバカばかりだ。


 勝ち点3のために、あと3分足らずのために。


 一番バカなのは鈴だ。


 審判が鈴に近づく。

「続けられますか?」


 鈴は頷いた。


 いや、頷くなよ。


 ちょっとふらついてるし。


 でも。

 その顔は、なんか楽しそうだった。


 ……なんなんだよ。やるしかないじゃん。


「鈴! 左!」


 私は叫ぶ。私もバカだ。


 鈴が動く。

 足はもう重いはずなのに、ちゃんとライン側へ追い込む。


 縦を切る。

 相手が迷う。


 そこを、私が奪う。

 また鈴が離れて、パスコースを作る。


 反応が少し遅い。

 でも、そこにいる。


 私は強めにパスを出した。

 鈴の身体が少し揺れる。

 でも、逃げない。


 ワンタッチ。


 私の前のスペースへ流れる。

 走れる。


 ああ、これ。

 気持ちいいヤツだ。


 試合中なのに、なんか少し笑いそうになった。


 最初、鈴は本当に酷かった。

 ボールは止まらないし、ターンもできない。

 私のパスを怖がってた。


 いや、今も怖いとは思う。


 でも、挑む。

 逃げない。

 そして、ちゃんと私を走らせる。


 律は、最初からこれをやりたかったのか。


 サッカーで壁になるって、「いる」だけじゃない。


 怖がらずに、そこに立てることだ。

 鈴は、それができる。


 私が鈴にイライラしていたのは、自分の未来を重ねてたかもしれない。スピードに頼れなくなった、脚力の劣った自分は、サッカープレイヤーなんだろうか?それをみっともないサッカーと思うのだろうか。


 鈴は、そんなん吹っ飛ばしてくれた。

 サッカーバカは、バカらしく、サッカーに夢中になってりゃいいんだ。


 残り時間は少ない。

 相手も前に出てくる。


 7人対8人。

 広すぎるピッチ。

 でも、誰も止まらない。

 あっちもこっちも バカばっかり(笑)


 DFが叫ぶ。

 GKが叫ぶ。


「瑠!行け!!」


 わかってるって。


 あー!なんか、楽しい!

 私は、ボールを蹴って前を見る。

 

 いける。


 その瞬間、相手GKが必死に止めに入った。

 さんきゅ。


 かわしてシュート。


 「っしゃぁ!」


 ゴール!


 ホイッスル。

 試合終了。


 その瞬間、鈴がその場に膝をついた。

 私は思わず走った。

 ベンチに帰ろうとする鈴に


 「りーん!あいさつ!」律が叫ぶ。

 あいつ、鬼だな。


 鈴はよろよろしている。

 やっぱ限界じゃん。


 2-0

 審判が勝利の宣言。

 あいさつをする。勝ち点をもぎ取った。


 肩を支えてベンチに帰りながら、私は言った。

「だから止めろって言ったんだよ」


 鈴は、はぁはぁ息をしながら笑う。


「やれって言ったじゃーん」


「バツ出した!」


「あれ、交代なしじゃないの?」


 え。


 律を見る。


 律も固まってる。


「いや俺、止めろのバツ」


「え?」


 三人で黙る。


 なんだそれ。


 バカじゃん。


 いや、本当にバカしかいない。


 でも。

 私は、その瞬間、どうしようもなく笑えてきた。


 サッカーって、こんなだったっけ。


 もっと殺伐としてて、もっと苦しくて、もっと勝ち負けしかないものだと思ってた。そして、いつまでこのサッカーができるかという苛立ちとの戦い。


 でも今は。


 勝ったことも嬉しいけど、それより。


 このバカたちとサッカーしてるのが、なんか面白い。


「おもしろかったー!!」


 気づけば、グラウンドで叫んでいた。


 律が笑う。

 ベンチも笑う。

 鈴も腫れた顔で笑ってるかな。


 ああ。


 たぶん私は、これからもこのバカたちとサッカーしていくんだと思う。


そうしたいんだ。


ー 律 ー


気がついたら、隣にすごい顔をしたでかい男が立っていた。


「なんで、止めねーんだよっ!」


吐き捨てるように言った。

だよな。

止めるべきだよ。没収試合だろうが、なんだろうが止めるべきだ。


「なんで、止めねーんだよ」


低い声を絞り出すように言った。

そうだよ。わかってるって。

なぁ、お前、止められる?

お前だったら止められるか?

死んでもいい。そんな笑顔でサッカーやってるのを止められるか?


「りーん!左!」

 俺は叫んで――気がついた。


そうだ。

高校の時、俺は昼休みのサッカーで、親友を「りん」と呼んでいた。

俺しか呼ばないサッカーネームだ。


懐かしさが込み上げてくる。

消えてしまったりんがボールを追っている。

ピッチに向かって、もう呼ぶことがないと思ったあの名前を呼ぶ。


いけー!りん!


涙が溢れちゃってる俺を「なんだよ、このおっさん」て顔して見てるドラゴンマスク君に言った。

俺さぁ、なんか、ちょっと本気でこのチームやってみようかなって思う。

いや、今でも本気だけどさ。

運営から関わらせてもらおうかなと。

今やってるサッカー教室から、リーグで戦える選手に育ててさ。

本気でサッカーやる選手、好きで続ける草サッカー選手を育てたい。

高校サッカーの監督は、候補がいっぱいいるけど、「楽しくサッカーを始められる場所」を提供して、誰でもサッカーを続けられる活動は、サッカーエリートじゃなかった俺みたいなやつしかできない。分母が大きければ、仕事や家庭の事情で休んでもらったっていい。いつでも帰って来れる場所を広げたい。

その絵が、今、ピッチに見えたんだ。

そこまで話したら、ドラゴンマスクが少し笑った。


ホイッスルが鳴った。

勝った!


でも、リーグ戦は始まったばかり。

俺の気持ちを選手に伝えて、俺の案を聞いてもらおう。


りーん!あいさつ!


トボトボと負けたみたいにベンチに帰ろうとする鈴に言った。

「鬼だな、律」

ドラゴンマスクに怒られた。

でも、最後まで選手として試合を終わらせたかった。


なあ、空にいる、りん。

お前とのサッカーより、長い付き合いになりそうだ。


ー 私 ー


 試合は、そのまま終わった。


 勝った。


 笛が鳴った瞬間、その場に座り込みそうになったけど、瑠が「あいさつ!」と言うので、なんとか立ってあいさつに並んだ。あいつ、鬼だな。


 結局、相手チームも人数は八人だったらしい。

 女子サッカーは、どこも苦しい。

 誰かが仕事で来られなくなって、誰かが怪我をして、それでもなんとか人数を集めて試合をする。今日の試合は、そんなチーム同士の試合だった。


 でも。


 ちゃんとサッカーだった。

 それが、なんだか嬉しかった。


 頭は痛いし、たんこぶは育ってるし、足ももう限界だったけど、変な高揚感が残っていた。


 瑠に抱えられてベンチへ戻ると、そこに素顔のドラゴンマスクがいた。


「まったくもう! 医者行くから車乗って!」

 そう言いながら、もう私の荷物をまとめていた。


 来てたんだ。


「はいはい」


 そう返して、車へ向かおうとした時だった。


「おもしろかったー!!」


 グラウンドから、瑠の声が響いた。

 思わず振り返る。

 夕陽の中で、瑠が両手を広げて笑っていた。


 ああ。

 楽しかったんだ。

 あの瑠が。

 なんだか、それが嬉しくて、急に泣きそうになった。


「かあちゃん、すげー顔だぞ」


 素顔のドラゴンマスクがタオルを投げてくる。

 恥ずかしいから、そのまま鼻をかんでやった。


「うわっ、最悪!」

 騒ぐ声を聞きながら、私は笑った。いてて。


 来週は、水曜の夜に練習がある。

 パートのシフト確認しないと。

 金曜はちゃんと炭水化物食べよう。

 土曜は練習。

 日曜は熊谷で試合。

 ああ、今日のあの場面、瑠と話したいな。また、怒るんだろうな。でも、瑠はどんなに怒ってても、私を「おばさん」とは呼ばなかった。あのワンタッチは、褒めてくれるかな。


 それから――。

 気づけば、頭の中は次のサッカーのことばかりだった。

 痛いのに。

 ボロボロなのに。

 それでも、笑ってしまう。


 ああ。

 私、まだサッカーしたいんだ。


 ドラゴンマスクのおかげかな。


 ありがとう。


 私のサッカーは、まだ明日へつづいていく


ドラゴンマスクより


サッカーは、

苦しくて、痛くて、

たまに、どうしようもなく楽しい。


だから今日も、

誰かがまたボールを蹴る。


                それぞれの明日へ。


あとがき

最後まで読んでいただいたことに感謝します。

ファンタジーを楽しみにしてる方が多いのに、場違いな投稿をしたと途中で気がつきました。タイトルもファンタジーと勘違いされるようなもので、1話を読んでがっかりされた方もいたのではないかと思います。ゴメンナサイ。

 私自身がサッカーを辞めた原因がこの中にあり、人に話せなかった本音を瓶に詰めて、大海に流せた気がします。だから、見つけてくれて、読んでくれたことに本当に感謝しています。

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