第3話 私の前世は黒い犬 2
ここはコンラッド侯爵家の離れ。
本邸にはコンラッド当主であるアーティーのお父さんと愛人のバロッサそして息子でありアーティーの異母弟のガルベスが住んでいる。アーティーとは数か月しか年が違わないとか。……最低。
アーティーのお母さんが亡くなったら、アーティーをこの離れに追いやって平民だった愛人と息子を連れて来たらしい。
今ここにいるのは、アーティーのお母さんの実家からついてきた侍女ノーラ。亡くなった先代当主に仕えていた使用人のトムと料理人のレイ。
そしてアーティーの4人だけだった。
トムは元護衛騎士をしていて、レイは優秀な執事だったらしい。
アーティーが追い出されると3人がついてきてくれたようだ。
「ルナ、ここから先へは行ってはいけないよ? 約束な?」
アーティーと庭で遊んでいると、ボロボロになった柵の傍まで来た。
すると、私を抱き上げてそう言った。
「ワン!」
(うんっ)
なんでか分からないけれど、アーティーがダメというなら私は行かないよ。
そう約束したのに……
ある日夢中になって蝶を追いかけていた私は、ボロボロの柵の扉をすり抜け、大きいお屋敷の方へ向かっていた事に気づかなかった。
そこには…庭にあるテーブルを囲むように人がいた。
アーティーと同じ髪色のおじさん…あの人が…アーティーのお父さん?
その隣にいる赤い髪のおばさんが愛人のバロッサってヤツ?
そしておばさんの隣にいる赤毛の男の子。
あれが…アーティーの異母弟っていうガルベス?
ふんっ! アーティーの方がずっとずっとず―――――――――っと! かわいいじゃん!!
「ル、ルナっ こっちに来ちゃだめだよっ」
アーティーが慌てて走って来て、私を抱き上げた。
その気配に気づいたおじさんが、こちらを見てやって来た。
「こんなところで何をしている」
「…も、申し訳ありません…父上…」
(アーティーの声が震えている。このおじさんがアーティーを怖がらせているんだ!)
「ウウウゥゥ~…ッ」
私はおじさんに向かって呻り声を上げる。
「まあ、この犬! 旦那様を威嚇しているわっ」
おじさんに続いてバロッサとガルベスもやって来た。
「ウウウゥ~ッッ」
(うるさいっ 愛人!)
「だ、だめだよっ ルナっ」
アーティーが私を諫める。
(どうして? アーティーを怖がらせる人間は許せないよ!)
「…その犬を捨ててきなさい、アラン」
「え…っ い、いやです…っ ルナは僕の友達です!」
「友達?! 人間の友達がいないから動物を友達にするなんてっ 気持ち悪ぃ~ッ」
「ワンッ ワワワン!」
(こいつ! アーティーをバカにした! 許せん!)
「わあっ!」
ガルベスが慌てて、おじさんの後ろに隠れた。
ふんっ 弱虫!
「だ、だめだよっ ルナ!」
アーティーは腕から飛び出しそうな勢いで吠える私を、必死で抑えている。
「父上っ 申し訳ありません! ここに連れて来た僕が悪いんです! どうかお許し下さい!」
膝を付き、頭を下げておじさんにお願いしているアーティー。
「…チッ…場所を変えよう」
おじさんが席を立つと、おばさんがニヤニヤ笑いながらその後を付いていく。ガルベスがテーブルに飾ってあった花瓶を取ると、その中身をアーティーの頭にかけた。
バシャバシャッ
「……っ」
アーティーは濡れたままじっとしている。
「アーウン!」
(アーティー!)
アーティーの髪はびしょ濡れになっている。
ついでに私も…
「ワワワン!」
(こいつ! アーティーに何すんのよ!)
「な、なんだよっ こいつ!」
ガルベスが後ずさりをする。
「ダメだっ ルナ! 静かにしてっ」
アーティーが、ぎゅっと私の身体を抱き締める。
その時、気が付いた。
私が吠えるとアーティーに迷惑がかかる事を。
「…クゥ…ン…」
私はアーティーの腕の中でじっとした。
「そ、そうだよっ! おとなしくしてろっ 僕を怒ったら父上に言いつけるからな! 父上が大事なのは僕の母上と僕なんだからっ あはははっ!」
耳障りな笑い声を上げながら、ガルベスはおじさんとおばさんの後を追いかけた。
「大丈夫かい? ルナ」
びしょ濡れになっているのに、アーティーは私の事を気遣ってくれた。
「クゥン…クゥン…」
(アーティーっ ごめんなさいっごめんなさいごめんなさい!)
私は濡れたアーティーの顔を舐めた。
「ふふ、僕は大丈夫だよ。ルナっ おまえまで濡れちゃったねっ」
どうしてアーティーがこんな目に遭わなくちゃいけないの?!
私はさっきの人間たちの喉笛に、おもいきり食らいついてやりたかった!
でも…私が怒ると大好きなアーティーが辛い思いをする。
だから…我慢するしかなかった…




