第16話 私の意味
「そう…不貞現場を押さえたんだね」
「うん、これであちらの有責で婚約破棄にする事ができる」
アーティーからの先触れが届いた時は、何か大変な事があったと思った。
応接室のソファに向かい合わせに座り、ここに来る前に起こった出来事をアーティーは話してくれた。
婚約者の不貞現場に遭遇したアーティーは、その場から裸同然に二人を追い出したらしい。当然ね、アーティーを裏切るからそうなるのよっ
「数日後には正式に婚約破棄が成立する。それがすんだら舞踏会を開こうと思うんだ」
「え? 舞踏会? アーティーのお屋敷で?」
「そう、今回の騒動でコンラッド家は好奇の目に晒されるだろう。それを払拭するために煌びやかで豪華な舞踏会を開き、威信を示すつもりだ。そこでルナに来て欲しくて」
「私、行ってもいいの? でも、アーティー婚約破棄したばかり…」
「そんな事気にしなくていい。 招待状を送るから、ね?」
「…うん、楽しみにしてるっ」
(本当にいいのかな?)
そう思いながらも、アーティーの誘いを断る事は出来なかった。
そしてその後、アーティーとヘリン・アルゲオの婚約は正式に破棄された。
ヘリン・アルゲオとロジュ・オドゥールの密会に関しては、社交界で知らぬ者はいなかった。
現在彼女は屋敷に軟禁状態だとか。
今後は修道院か訳アリの貴族と婚姻するかのどちらかだろうな。
オドゥール男爵家はアーティーから請求された法外な賠償額に困窮状態らしい。
どちらも自業自得よ。
◇
「いらっしゃい、ルナ」
「お招きいただき、ありがとうございます」
私はアーティーの前で腰を屈め、恭しく淑女の礼を取る。
「……」
アーティーの反応がない。
「どうしたの? 私の格好、変?」
実は招待状とともにドレス一式が届いた。
ブルーを基調にし、上質な生地に金糸の小花の刺繍があしらわれた豪華なドレス。
これが届いた時、皆驚いていたな。
せっかく送ってくれたから着て来たけど…
これって、『アーティーの色』だけどいいのかな?
私、婚約者でもないのに…
「いや、きちんと令嬢らしい振る舞いもできるんだなって感心してたんだ」
「何、それっ 失礼すぎっっ」
ぽかぽかぽかっと、アーティーをぶつ。
そんな私を面白そうに笑って見ているアーティー。
彼が包むように私の手を握ると…
「…きれいだ。とてもよく似合っているよ」
ふっと真面目な顔になり、私の姿を褒めてくれた。
「あ、ありがとう…」
一気に顔が熱くなる。
そう言えば…家族以外の男性からそんな風に褒められたのは、生まれて初めてだ。
「さ、行こう」
「うん」
アーティーの腕に手を回し、会場内へと入って行く。
天井には宝石を散らしたような輝きを放つシャンデリア。
テーブルには白を基調とした可憐な薔薇が、場内に華やかさを演出している。
そして会場内を彩る壮麗な音楽が、私達を包み込んだ。
「それしてもすごい舞踏会ね。オペラ歌手まで呼んで」
私は会場内の絢爛豪華な光景に圧倒されていた。
「これがコンラッド家の資金力」
アーティーがウインクしながら、冗談交じりに自慢する
「ふふふ」
アーティーすごいな。
きちんと当主としての務めを果たしている。
お父さんやおばさんたちの事も自分で対処して…
もう7歳のアーティーじゃない。
当たり前と言えばそうなんだけど…
「……」
私…なんで生まれ変わったんだろう?
アーティーのために、何もできていない。
それに、婚約破棄にはなったけど…侯爵家の当主であるアーティーはやはり結婚しなければならないよね。下位貴族の私が、傍にいていいはずがない…
…ツキン
まただ。
最近アーティーといると、胸が切なくなる。
なんだろう…これ。
「ルナ、悪いけど挨拶回りをしなければならないんだ。少し離れるけれど、ここにいて。何かあったらすぐに僕のところに来るんだよ?」
「大丈夫だよっ アーティー。私ここにいるねっ」
「早めに戻るから」
そして、アーティーは人込みの中に消えて行った。
アーティーの背中を見送りながら、その隣に並ぶのはどんな人だろうと考える。
貴族同士の婚姻は、確かに政略ありきかもしれない。けれど…それでも今度はアーティーを大切にしてくれる人だったらいいな…
そう思いながらも私は胸を押さえる。
「……また…っ…なんでだろ…あ、そっかっ! ここに来る前にお菓子食べてきちゃったからかな。コルセットしたらあんまり食べられないからって…ぎゅうぎゅうに締めるからっ……えっと、何か飲み物でも…」
私はきょろきょろしながら、一人の給仕係に目が行った。
こっちに来るかと思っていたら、グラスの乗った銀のトレーをテーブルに置いて私の横を足早に通り過ぎていった。
その瞬間 ―――――
ぞわっと総毛だった!
何…この嫌な感じ。
鼻に突くねっとりとした匂い。
さっきすれ違った給仕係からした。
私は振り向き、さっきの給仕係を探す。
ああっっ 皆同じ姿で分からない!
匂い匂い。
私は鼻をクンクン動かしながら、会場内を足早に歩き回る。
そういえばあの匂い…どこかで…
あっ 思い出した!
アーティーの元婚約者といた…ロジェ・オドゥール!
その彼が、どうしてここに…っ
嫌な予感がする。
早く見つけなきゃ!
どこ?
どこにいるの?
私は人込みを掻い潜り、オドゥールを探した。
「あ…」
見つけた!!
給仕係の姿に扮したオドゥールが、ナプキンで手元を隠しながら誰かにゆっくりと近づいている。
その先には……アーティー!
彼の手元から一瞬キラリと光るものが見えた。
ナイフ!?
さっき感じたのは ……
アーティーへの殺意だ!!
遠い!
けれど、私の足なら間に合う!!
私はアーティーに向かって走り出した。
「アーティー!!!」
私の声に、アーティーが振り返る。
ああ…そうか…私は…アーティーを助けるために生まれ変わったんだ。
あなたの未来を守るために…
だって私の願いはいつだってアーティーの幸せだもの――――…
ドッッ!!!
オドゥールの短剣が私の背中を突き刺す。
ピリリッと痛みが走った。
私……また…死ぬ…の………
「ルナ!!!」




