第五話「カラビーニア城に迫る怪しい影」
夜の闇に染まった魔法界。
カラビーニア家の大きな城の上空には、臣従達やその主達の心境を思わせるような、黒く重たい雲がかかっていた。
ティーセットを盆に乗せて運ぶ一人の少年が、城の重たい空気に疲れた様子で、長く続く暗い廊下を歩いていた。
緑色の長い髪を後ろに束ね、歩くたびにそれを左右に揺らしている。
カラビーニア家の臣従の一人、【パントラ・レクシオン】だ。
パントラは、廊下の中央にある部屋まで来ると、深呼吸をして、片手で扉を三回ノックした。
「ジュセ様。お茶をお持ちしました」
「……どうぞ」
中から魔力が放たれ、部屋の扉がひとりでに開いた。
「………」
パントラは、部屋の中央で凛とたたずんでいる、長いストレートヘアーの女性をじっと見つめた。
【ジュセ・カラビーニア】。カラビーニア家の三女で、パントラの主だ。
なかなか部屋に入ろうとしないパントラを、ジュセは不思議に思った。
「…?どうしたの…?」
ジュセに声を掛けられ、パントラはハッとした。
「あっ…、いえ、すみません…」
パントラは慌てて部屋の中に入り、扉を閉めた。テーブルにティーセットを置くと、お茶の準備をし始めた。
ジュセはベッドに座り、パントラの様子を黙って見ている。
「……疲れているわね」
「…えっ?」
ジュセの言葉にパントラは手を止めて、彼女の方を向いた。
「い、いえ、そんなことありませんよ」
パントラは急いで笑顔を作って、ジュセに返した。だが、ジュセには見透かされているようで、彼女は表情を変えずに黙っていた。
「ジュセ様の方が、お疲れになられているでしょう。ここ最近、城内の空気が妙に張りつめていて…。新しく入った者がなかなか慣れずにいるのでしょうか」
パントラは冗談交じりに笑いながら、お茶の入ったカップを持って、ジュセの方へ歩み寄った。カップを受け取ったジュセは、視線を落とし、眉間にしわをよせた。
「…また、現れたらしいわね…」
ジュセの言葉に、パントラは驚いた顔を見せた。
「お、お聞きになられたのですか?」
ジュセは頷いた。
「…誰から…?」
「……ランバダ姉様よ」
パントラは苦い顔をした。噂好きの長女ランバダが、きっと臣従たちをとっ捕まえて、聞き周ったのだと察した。
(お嬢様方には言ってはいけないはずなのに…!)
城内で起きた事件は不安を仰ぐため、滅多なことがない限り、上の者には口外してはならない決まりになっていた。
「申し訳ございません。私どもが不甲斐ないばかりに…」
パントラは、頭を下げた。
「いえ。…正体は、わかったの?」
ジュセは、お茶を飲みながら聞いた。
「見張りが対応したそうですが、顔を確認出来ず、逃げられてしまったそうです」
中途半端なままでは、事を知ってしまったジュセには不安が残るであろうと、パントラは、自分の知っている限りで真相を話した。
「何が目的なのかもわからないの?」
「…はい」
二人はうつむいて、しばらく黙っていた。
すると、ジュセは静かに口を開いた。
「…バラノアの亡霊と、何か関係があるのかしら…」
ジュセの言葉に、パントラは顔を上げた。ジュセも顔を上げ、パントラの方を見た。
「だって、あの時から城の様子が変だわ。城が、何かに覆われて…まるで見えない何かに囚われているような…」
ジュセは下を向き、グッと自分の腕を強く抱いた。意味深な事を口にするジュセに、パントラは慌てて彼女の足元に両膝をついた、
「だ、大丈夫ですよ、ジュセ様。バラノア様の霊だって、見張りが見たというだけで、ただの作り話かもしれません。昨夜の侵入者とは、関係ありませんよ」
視線を合わせて、必死に言い聞かせるパントラの目を、ジュセはじっと見つめた。
「……っ」
パントラは、かぁっと赤くなり、気持ちをごまかす為に立ち上がった。
「きょ、今日は、ゆっくり休んで下さい。見張りの者も増やしていますので、心配いりません」
パントラは、ジュセの顔を見ることが出来ず、そそくさとテーブルの方へ向かった。ジュセはパントラをじっと見ている。
「……パントラ」
ジュセは、部屋を出て行こうとしているパントラに声を掛けた。パントラは、振り返って、ジュセの方を向いた。
「はい。何でしょう?」
パントラは、先程の気持ちが抜け切れていないようで、緊張した面持ちで、ジュセに返事をした。
ジュセは、パントラを真っすぐ見つめて聞いた。
「…コルザは、どうしてる?」
パントラはハッとして、暗い顔で下を向いた。
「…まだ、具合が悪いようで…。お部屋にこもったきりです…」
パントラの心境に共感したジュセは、彼を見つめたまま聞いた。
「…部屋に入れてもらえないのね」
パントラは頷いた。
「心配でお医者様にも来てもらったのですが、それも拒んでいて…。強力な魔力が掛けられていて、部屋の扉を開けることが出来ないんです。なぜ、あんなに心を閉ざしてしまったのか…。僕には、いろいろ話をしてくれていたのに…」
パントラは、片手で顔を覆ってうなだれた。その様子を見たジュセは、何も言えず、ただパントラと同じ気持ちで、彼を見つめるしかなかった。
パントラは、直ぐに気を取り直し、涙をぬぐった。
「…いずれ、心を開いてくれる時がくると信じています。今はそれを待って見守ることしか、僕には出来ません」
パントラの強い気持ちに、ジュセは少し微笑んで、彼に言った。
「私も同じ気持ちよ。あなた一人で悩まないで。私も一緒に待つわ」
パントラは、ジュセの笑みにつられ、笑顔に戻った。
「ジュセ様…。ありがとうございます」
ジュセの部屋を後にしたパントラは、ティーセットを運びながら、先程より気持ちが少し楽になった様子で、廊下を歩いた。
階段を降り、居間へ向かう途中、一つの大きな影が、こちらへ近づいてくることに気付いた。
「…!」
パントラは、一瞬、表情を強張らせた。
「………お疲れ様です…」
パントラは、その人物と顔を合わせたくなかったようで、しぶしぶ挨拶をした。
「ジュセ様はお休みか?こちらも今日は、珍しく静かにお休みになられた」
巨漢な男が、暗闇からヌッと姿を現した。
彼はパントラと同じく、カラビーニア家の臣従の一人、【バーロン・ランシス】だ。
「そうですか。ランバダ様もお休みに…。お早いですね」
バーロンは、長女ランバダに仕えている。ランバダは自由気ままな性格で、特に夜は、臣従の男を選んで、夜遊びをするのが日課だ。しかし、今夜はもうベッドに入り、バーロンも部屋に入れずにいる。
(…侵入者の話を聞き出す為に、城中を回って疲れたんだろうな…。その時に獲物を一人絞ったのか…)
パントラは、そう察した。
「ああ。昼間は私を連れず、どこかに行かれていたから、疲れが出たのであろう」
「………」
バーロンは、言葉や表情から感情が読み取りにくい。だが、ランバダに仕えている彼は、彼女の性格を良く把握している。きっと、全てお見通しなのだろうと、パントラは黙って聞いていた。
「今宵も現れるだろうか…」
バーロンは、大きな窓の向こうの月夜を見上げて呟いた。彼の右目は、前髪で隠れているが、じっと月を見る左の瞳は、何かを内に秘めているように力強かった。
「あなたは目撃したことがあるんですか?」
このところ、城内を騒がせている侵入者について、少しでも多く情報を仕入れたいパントラは、バーロンに聞いた。
バーロンは、ゆっくりパントラの方に顔を向けた。
「…いや。…だが、いずれ分かるだろう。必ず捕えねばならない。われらの主の為に…」
バーロンの言葉に、パントラは頷いた。二人はそのまま互いの向かう方向へ歩きだした。すると、バーロンは足を止め、パントラの方へ振り返った。
「……コルザ様は、良くなられたのか?」
パントラはハッとして、バーロンの方へ振り返った。
「………」
バーロンは、じっとパントラを見つめた。パントラはうつむいて、首を横に振った。
「…そうか……」
バーロンは、遠くを見つめた後、暗く染まる奥の廊下へと消えて行った。
パントラは、その様子を見つめていた。
人間界。
新志達のクラスは図工の時間で、図工室で四人一組の班になり、木材を使って、それぞれ好きなものを作っていた。
隣どうしに座る新志と愛莉は、妙な居心地の悪さを感じていた。
その原因は向かいの席だ。二人の向かいには、怪訝な顔をした槍と顕影が、黙々と作業をしていた。
「…まさか、お前と一緒の班になるとはな」
槍は顕影をジロッと睨んで言った。
「ま、まぁまぁ。でも、四人で班を作らなきゃいけなかったんだし。僕ら三人で、困ってたんだからさ」
新志は、槍を宥めた。
「だからって、なにもコイツじゃなくてもいいだろ」
槍は親指を顕影に向けて新志に言った。顕影はムッとして槍に言い返した。
「僕だって仕方なく同じ班になってあげてるんです!そんなこと言われる筋合いはありませんよ!」
顕影の言葉に、槍は怒って、持っていた金づちを顕影に向けてブンブン回した。
「なんだその言い方!仕方なく入れてやったのはこっちの方だろ!いつも上からもの言いやがって!やる気か!?」
身を乗り出して怒る槍と、それを防ごうとする顕影の間に、新志は慌てて割って入って止めようとした。
「や、やめなよ!」
「すぐに物を使って相手を威嚇する仕草!知識の無さの証拠ですね!」
新志が間に入ったのをいいことに、顕影は興奮する槍に挑発するような言葉を吐いた。
「なんだと!てめぇっ!!黙って聞いてればっ!!」
「そ、槍っ!だめだよ!」
案の定、槍は頭に血が上り、立ち上がって顕影に掴みかかろうとした。それを新志は必死にとめた。
しばらく黙っていたが、しびれを切らした愛莉は立ち上がった。
「もう、いい加減にしなよ!みんな見てるよ!!」
愛莉の言葉に、三人はハッとして周りを見た。クラスメイトはみんな手を止め、新志達を見ている。
「図工の時間は楽しいし、元気なのもいいけどね。度が過ぎるとケガをするよ。それと、工具は振り回さないでね」
図画工作担当の優しそうな先生は、自慢のひげを指で触りながら、三人に注意した。
「…は、はい…」
三人は赤くなって、席に着いた。周りはクスクス笑っている。
「君のせいで恥をかきました。この罪は重いですよ」
顕影はコソっと槍に言った。言われた槍は、キッと顕影を睨んだ。
「城君!もうやめときなよ」
新志は、また挑発しようとする顕影に釘を刺した。
(全く…。なんでこんなに仲が悪いんだか…)
愛莉は呆れて作業を続けた。
二人の間がそんな空気の為か、新志達の班はしばらく沈黙が続いた。
気まずくなったのか、愛莉はみんなの様子を覗った後、新志に目をやった。新志は黙って作業をしている。
新志は、こういう時に一番に話題を振り始めるムードメーカーなのだが、今日の彼はどこか元気が無い。
空気に耐えられないのもあり、愛莉は新志に話しかけた。
「どうしたの?新志君。今日はなんだか元気ないじゃんか」
「…えっ?」
新志はハッとして、愛莉の方へ顔を向けた。
「そうだよ。お前らしくない。なんかあったのか?」
槍も新志の元気が無いことに気付いていたようで、手を止めて聞いた。
「…う…ん…」
やはり何か理由があるようだったが、新志は言い辛そうに愛莉の方を見た。
新志の様子を見た愛理は、ここでは言いにくい、魔法関係のことだと察した。
そんな二人を見た槍は、茶化すように新志に聞いた。
「何だよ。花見さんとしか分からない秘密の話か?最近一層に仲がいいもんな」
図星の新志は、かぁっと頬を赤く染めて否定した。
「い、いや、そういうんじゃ…。コ、コルザのことなんだ」
あまり怪しまれてはマズイと思い、ある程度の範囲で、新志は悩みを打ち明けようとした。愛莉は少し驚いて新志を見た。
「コルザ?…ああ、お前の犬?」
槍は、以前に見たドラゴンのような犬の事を思い出した。
「…うん。昨日から元気なくて」
「え?昨日お姉ちゃんに返してもらってから?」
昨日コルザと会っていた愛莉は、コルザの異変に気付いていなかった。
「うん」
新志は頷いた。
昨日の件を知らない槍は、イマイチ理解出来ない様子だった。
「昨日なんかあったのか?」
「あ、いや。…昨日、コルザを一日莉々さんに預けたんだ。でも、返してもらって、家に連れて帰ってから、なんだか様子がおかしくて」
「莉々さんて、花見さんの姉さんだっけ?預けてる時に何かあったんじゃないのか?」
「それはないよ!だって僕たちが見張ってたんだから!」
新志の言葉に愛莉も「うんうん」と頷いた。
「…?何で見張ってるんだよ?」
「……あ……」
眉を顰めて聞く槍に、新志と愛莉は「しまった」という顔で慌てた。
「あ、その…、コルザと一緒に出掛けたいって駄々こねる割に、お姉ちゃん、動物の扱い慣れてないから、心配で…ねぇ?新志君?」
「そ、そうそう」
二人はなんとかごまかした。
「…ふーん。なら、新志が変な物食べさせたんじゃないのか?」
槍は、手元に目を戻し、作業しながら言った。
「新志君、コルザに何食べさせたの?」
愛莉は身を乗り出して、叱るように新志に言った。新志は慌てて否定した。
「へ、変な物なんて食べさせてないよ!僕と同じご飯だったよ!」
「お前っ!犬にフツーのメシ食べさせてんの?」
槍は驚いて手を止めた。
「コ、コルザは犬だけど、人間の食べ物を好むんだよ!」
新志は、慌てて言い訳をした。
「…。でも、それが原因じゃないのか?」
槍はあきれ顔で新志に言った。
「そ、そうかな…?」
新志はまさかと思ったが、ドラゴンの姿のコルザなら、確かにそれもありうるのではないかと、槍の言う事を半分真に受けていた。
「やっぱりコルザには、庶民の食べ物は合わないのかもよ?」
愛莉は新志にボソッと言った。愛莉の言葉に槍は反応した。
「高級な物しか食わない犬なのか?わがままな犬だな!なんでそんな犬飼ってるんだよ?」
「そんなことないよ!基本何でも食べるよコルザは」
新志は否定し、横の愛莉は「しまった」と、口を押えて視線を反らせていた。
「ペットは飼い主に似るって言いますからねぇ。きっと剣野君みたいに、後先考えずに食べて、お腹を壊したんでしょう。…はぁ、君たちの会話を聞いていると、頭の緩さがうつって捗りませんよ」
黙って聞いていた顕影は、作業をしながら言った。
言われた新志は、たじたじになり、槍と愛莉はムッとした。
「なら聞くなよ!」
「そうだよー。私たちのことは無視してて、無視!」
二人は顕影に言った。
「君たちの声が大きいから、僕の繊細な耳に勝手に入って来るんですよ!」
蔑ろにされた顕影は、三人に訴えた。怒る顕影の言葉を聞いた槍は、顕影の手元を見て言った。
「繊細な割に、いびつなもん作るんだなお前」
槍に指摘され、顕影は手元の不細工に組み立てられた木材を見た。
「それ一体何なんだよ」
ツッコミを入れる槍に、愛莉はケラケラ笑い、新志もつられて笑った。
「ほ、ほっといてください!」
顕影は顔を赤くし、プイッとそっぽを向いた。
負けず嫌いの顕影は、ジロっと新志に目を向けた。
「剣野君…。君の犬、やっぱり犬じゃないんじゃないですか?」
「えっ!?」
急に振られた新志は、ギクッとした。
「お前、まだそんな事言ってんの?しつこい奴は嫌われるぞ」
槍は頬杖を付いて顕影に言った。いちいち突っかかってくる槍が、顕影にはどうも苦手なようで、「フンッ」と顔を背け、作業を続けた。
新志はホッとした。横で見ていた愛莉は、新志を心配して言った。
「心配なら、今日、コルザを連れておばあちゃんのとこに行こうよ」
「えっ?」
新志は愛莉の方を向いた。
「花見さんのおばあさんって、花屋だろ?獣医でもあるのか?」
愛莉の言葉を疑問に思って、槍は聞いた。新志と愛莉は、きょとんとして槍を見た。
「…え?」
「ああっ!違う違う」
愛莉は手をひらひら振って、槍に言った。
「…?なら、なんで調子の悪いコルザを、花見さんのおばあさんのとこに持ってくんだ?」
会話の流れを理解できない槍は、素朴な質問をした。
「…あぅ……」
愛莉はどうも考えなしに言ったようで、答えに困って新志を見た。
「えっ!?あ、その…。コルザは、魔女ば…じゃなくて、愛莉ちゃんのおばあさんからもらったんだ!だから、コルザの事を良く知ってるおばあさんなら、原因がわかるかもしれない…。だよね?愛莉ちゃん!」
愛莉は「そうそう」と頷いた。
新志の言葉に、顕影はぴくっと反応した。
槍は妙に納得していない様子だったが、それ以上聞くことはしなかった。
「…なら、俺も行こうかな」
槍はボソッと言った。新志と愛莉は驚いた。
「えっ!?槍も?」
「き、来てもつまらないよ。おばあちゃん家、何もないし」
慌てる二人を面白く思いながら、槍は二人を茶化した。
「そんなに来てほしくないか?ほんとお前ら、このところやけに仲がいいな。俺は邪魔ってわけか」
新志は顔を赤くして、隣で焦っている愛莉と目を合わせた。
新志は槍の方を向き、これ以上怪しまれないように彼を誘った。
「そんなことないよ。槍も一緒に行こ!」
新志は槍に笑顔で言った。
すると、横で聞いていた顕影が、話に割り込んだ。
「僕も行きます!」
新志、愛莉、槍は驚いた。
「ええぇっ!?」
「な、何で?」
新志は来る気満々でいる顕影に、顔を引きつらせて聞いた。
「魔女だと噂される花見さんのおばあさんが、あの妙な犬の持ち主とは…。これはなんと奇妙な繋がりでしょう!花見さんのおばあさんが、その犬の不調の原因とやらをどう対処するのか…。これは実に興味深いですね。この目で確かめなければなりません!」
顕影は眼鏡をくいっと上げて言った。
「………」
胸騒ぎしかしない新志は、頭がまっしろになり、返事が出来ずにいた。
「何考えてるか知ったこっちゃないけど、お前の期待するようなことはないと思うぞ?」
槍は呆れ顔で、諦めさせようと、顕影に言い聞かせた。だが、それに怯む顕影ではなかった。
「君が何と言おうと、僕はこの目で確かめない限り、諦めるようなことはしない主義です!」
何を言っても無駄だと思った槍は、新志を見た。
「…だとさ。どうするんだ?」
「うーん…」
新志は困り、悩んだ。ここで顕影を拒むと、もっと疑われることになると思った新志は、顕影が来ることも仕方なく承諾することにした。
「わ、わかった。いいよ」
新志の返事に、槍は「はぁ」とため息をついた。
愛莉は驚いて新志を見た。
「あ、新志君っ!?」
「大丈夫。二人の前ではちゃんと犬のフリをしてもらうから。二人が帰ってから、ちゃんと魔女ばあさんに相談しよう」
新志はコソっと愛莉に言った。愛莉は「なるほど」という顔で納得した。
二人の斜め後ろの席には、その様子を不快そうに眺める陽奈が座っていた。
放課後。
ラビアン・ローズへ向かう四人は、下足室に集まっていた。
「みんな先にお店に行っててよ。僕はコルザを連れて行くからさ」
新志は靴を履き替えながら、三人に言った。
愛莉と槍は目を合わせた。
「…いや、俺達もお前に着いてくよ。そんなに離れてないし」
新志のいない三人では、妙に気まずいと思ったのか、槍は言った。
「そうそう。二人にお店で待っててもらっても、退屈だと思うし」
愛莉もそんな槍の気持ちを察したのか、二人に気遣いながら新志に言った。
「わかった。じゃあ、まず僕ん家に行こう」
四人が下足室を出ようとした時だった。
「待って!」
廊下から、パタパタと音をたて、陽奈が走って来た。
「陽奈ちゃん!?」
新志は驚いて振り向き、他の三人も足を止めてそちらを見た。
「どうしたの?」
新志は、はぁはぁと息を切らせる陽奈に駆け寄って聞いた。
「あの、私も行ってもいいかな?」
陽奈は胸に手を当て、呼吸を整えてから、笑顔で新志に聞いた。
「えっ!?ぼ、僕らがどこに行くか、知ってるの?」
新志はもちろん、後ろで聞いていた愛莉は驚いた。
「…ごめんね。さっき、みんながラビアン・ローズに行くって話してるの聞いちゃって」
陽奈は舌をペロッと出して、新志に言った。
「私も…新志君達の仲間に入れてもらいたいな。…ダメかな?」
陽奈は、新志に上目遣いでお願いした。あからさまに新志にアピールしている事がわかった槍は、ちらっと愛莉の顔を見た。愛莉はなんとも思っていないようで、陽気に見ていた。
「だ、駄目じゃないよ!ねぇ?」
槍、顕影を誘っている時点で、断ることが出来ない新志は、他の三人に声を掛けた。
「うん!いいよ!みんなで行こう!って言っても、ほんとにおばあちゃんのお店、何もないからね…」
愛莉は、快く賛成した。
「神岡さんも、僕と同じ意思の持ち主でしたか!同志がこんなに近くにいたとは、僕は感激です!」
「多分違うと思うけど…。っていうか、お前は仲間じゃないだろ!」
顕影の言葉を、毎度おなじみとなった槍がツッコんだ。
「フフフ。敵を欺くにはまず見方からと言いますからね。あなたも剣野君の犬に目を付けたのでしょう?」
顕影は眼鏡を光らせて、陽奈に聞いた。
「えっ!?新志君、ワンちゃん飼ってるの?」
陽奈は、顕影の質問を無視して、興奮した様子で新志に聞いた。
スルーされた顕影は固まり、それを面白おかしく思った槍が笑った。愛莉はそんな二人を呆れた顔で見ている。
「うん。コルザっていうんだよ!」
新志は答えた。
「わぁっ!見たい見たいっ!」
陽奈は掌を合わせて言った。だが、新志は少し視線を落とした。
「でも、元気なくて…。今からラビアン・ローズのおばあさんのところへ連れて行くんだ。コルザはおばあさんからもらったからさ」
「…そうなの…。なら、元気になるといいね、コルザ」
陽奈は、新志と同様に寂しそうな顔をして元気付けた。
「…ありがとう!」
陽奈は、自然に新志を笑顔にさせた。陽奈の積極的なアピールを目の当たりにした愛莉は、「はぁ~」と感心していた。まだ固まっている顕影の横で、三人を見ている槍は、目を反らしてため息をついた。
五人は、新志の家の前までやって来た。
「ちょっと待ってて。コルザを連れて来るからさ!」
新志は玄関の前に他の四人を待たせて、急いで家の中に入った。
「おかえり新志」
新志のお母さんが、リビングから顔を出して声を掛けた。
「ただいま!これからコルザを連れて、愛莉ちゃんのおばあさんのとこに行ってくるよ」
「あら、そうなの。…でも、コルザちゃん…」
お母さんは、心配そうな顔で、二階を見上げた。
「まだ、元気無いの?」
新志も心配した顔で、お母さんに聞いた。
「うん。ご飯もあまり食べなくて…風邪でもひいちゃったのかしら?」
「………」
新志は急いで自分の部屋に向かった。
新志の部屋には、ベットの上に丸まっているコルザがいた。昨日の出来事が、頭の中をぐるぐる駆け巡って彼を悩ませていた。
(…莉々さんの叔母さんが、バラノア…?…でも、それなら、リィーズ様が教えてくれるはず…。やっぱり思い違いなのか…?あの莉々さんのいつもとは違う妙な雰囲気…、彼女は何かを知っているのか…。でも、彼女には魔力が無いし、魔法に関係することや、魔法界の事は知らないはずだ)
コルザは眉間にしわを寄せた。
「それとも、あのリィーズ様が、嘘を付いているのか?…二人は何かを隠している…」
コルザは目を閉じた。一日中そんなことを考えていたようで、疲れた様子でため息をついた。
すると、部屋の扉がガチャッと開き、新志が急いで入って来た。コルザはハッとして、そちらに顔を向けた。
「コルザっ!まだしんどいんだって?大丈夫?」
新志は心配した顔で、膝をつき、コルザに目線を合わせて聞いた。
「あ、新志君…。おかえり。…大丈夫だよ、ごめんね、心配かけて」
コルザは身体をゆっくり起こして、新志に笑顔を見せた。
「………」
新志には、コルザが無理して笑っている事がわかった。しんどそうなコルザを外に出すことは気が引けたが、新志は少し考えてコルザに話しかけた。
「コルザ。愛莉ちゃんも心配してるんだ。それで、君を連れて魔女ばあさんのとこに一緒に行こうってことになったんだ。もし、魔力が無くなって元気が無いのなら、魔女ばあさんに相談した方がいいよ!」
「魔女ばあさん」というフレーズを聞いたコルザは、ピクッと反応した。
「………」
コルザは考えた。リィーズにも顔を合わせ辛かったが、ラビアン・ローズに行くとなると、必然的に莉々とも会わなければならなかった。二人に疑惑を抱いているコルザにとっては、今は拒まれることだった。
「…僕、今日はリィーズ様とは会いたくないな…」
コルザは視線を背けて答えた。
「…えっ?」
新志は、コルザの予想外の発言に驚いた。
「な、何でさ?魔女ばあさんと何かあったの?そんなことないよね。昨日は普通に話をしてたし」
「………」
「コルザ、どうしたんだよ。君の元気が無い理由は、魔力に関係することじゃないの?それとも何か別の事?」
「………」
心配そうに聞く新志に、コルザはゆっくり目を向けた。
「新志君…、僕に何か隠してない?」
「え?」
唐突な質問に、新志はきょとんとした。
「リィーズ様に、何かバラノアの事、聞いてない?」
「バラノアさんの事?…いいや。僕はバラノアさんの事は、君の口からしか聞いてないけど…。どういう事?」
新志は、コルザが何故そんなことを聞いてくるのかよくわからず、疑問の顔で聞き返した。
「………いや、なんでも…」
しばらく一緒に生活をして、新志が純粋で、嘘の付けない性格だと知ったコルザは、彼が本当の事を言っていると信じて、それ以上聞くことはしなかった。
「ねぇ、コルザ、頼むよ!愛莉ちゃん達が待ってるんだ。みんな君に会いたがってるんだよ?」
「愛莉ちゃんの他に、誰かいるの?」
コルザは驚いて聞いた。
「う、うん…。流れで僕のクラスメイトも一緒に行くことになって…。槍と城君。それと、陽奈ちゃん。槍と城君には、前に会ったことあるはずだよ」
新志は、少し申し訳なさそうに言った。
(…だとしたら、今日は妙な事はしないかな…。二人の様子を覗ってみるか…。何かわかるかもしれない)
新志の話を聞きながら、コルザは考えた。
新志は、黙っているコルザの足元に手を置いて続けた。
「…それに、僕、コルザの元気のない原因を知って、早く君に元気になって欲しいんだよ」
それを聞いたコルザは、一心に自分の事を気にかけてくれる新志を見つめた。
「…わかった。ごめん、わがまま言って。ありがとう!新志君」
コルザは新志に笑顔を見せた。
「コルザ…。よし!行こう!」
新志は安心した顔で、コルザを抱きかかえた。
新志はコルザを抱いたまま、扉を開けて玄関を出て来た。
門にもたれかかり、待ちくたびれた様子の愛莉が新志に言った。
「もう!遅いよ新志君!」
新志は、みんなを待たせていることもあり、パタパタと駆け足で門を抜けた。
「ごめんごめん。ほら、コルザ、みんな僕の友達だよ」
新志は、抱えたコルザを少し上げて言った。コルザは顔を上げて、全員を見回した。
「なんだ、元気そうじゃん」
愛莉はコルザに顔を近づけて、安心したように言った。
「この子がコルザなの。かわいいね。男の子?」
「そうだよ」
「へぇ…。瞳がどこか新志君に似てる気がするわ」
陽奈は近寄って、コルザを撫でた。
「え?そ、そうかな?」
新志はコルザと目を合わせ、エヘヘと笑った。
「うーん。やはり犬とは思えない容姿…」
愛莉と陽奈を押しやり、顕影はじーっとコルザを見た。顕影には、以前の印象が強く残っており、コルザは正体がバレないように顔を背けた。
新志も「マズイ」と思い、何気なく体の向きを変えて、顕影にあまり観察されないように心掛けた。
みんながコルザに群がる中、槍はその後ろで黙ってコルザを見ていた。
(…城の意見に賛同するのは癪だけど…、犬ではないよな。あれはどう見てもドラゴンだ。…新志は一体何を隠してるんだ…?)
槍は、以前からコルザに違和感を抱いていたようで、新志が何か秘密を持っていることも、彼には分っていた。
「っ!?」
コルザはハッとして、こちらをじーっと見ている槍に気付いた。
(…この子…前に会ったときは感じなかったけど…)
少しずつ魔力が戻ってきているコルザは、何かを感じ取り、コルザも槍をじーっと見つめた。
「……!?」
槍はハッとして、コルザに詰め寄った。
「なんだよ!俺に何か言いたそうだな!」
攻撃的な槍に、コルザは萎縮した。
「ど、どうしたの?槍。コルザは犬なんだよ。動物に感情的になるなんて、槍らしくないなぁ」
新志は槍を落ち着かせようと、笑いながら言った。
「こいつが睨んでくるからだ」
槍は腕を組んでコルザを見降ろした。
「君の事、ひねくれ者だと察したのではないですか?剣野君の犬のわりに、カンがいいですね」
顕影はニヤリと笑って、槍に言った。
「はぁ?」
ケンカを売ってくる顕影に、槍は睨んで返した。
「ケンカしないで!コルザはきっと、槍が気に入ったんだよ。だってコルザは人見知りで、初対面の人をじーっと見るなんて事、しないもん」
「よかったね。挿崎君!」
新志と愛莉は笑顔で言った。
「…え?…あ、ああ…」
納得させられた槍は、どこか不満げにコルザを見た。
槍の鋭い目つきに、コルザはためらいながらも、彼を見つめた。
ラビアン・ローズの前まで来た五人と一匹は、莉々目当てで来ているいつもの客に目をやった。
「なんだあれ?」
槍は、店の前で群がる青年達を、不思議そうに見ながら聞いた。
「あれはね…、うちのお姉ちゃん目当てのお客さん。毎日まいっちゃうよもう。待ってて、追い払ってくるから!」
毎度の事に愛莉は呆れ顔で、青年たちの元へ走った。
愛莉が青年達を追い払う様子を、槍、顕影、陽奈は呆然と眺め、新志は慣れた様子で見ていた。
「莉々さんは綺麗で可憐だから、みんなファンになっちゃうんだよ。僕もファンなんだ」
新志は顔を赤くして言った。
そんな新志の様子を見た陽奈は、顔をムッとさせた。顕影は「まったく」という顔で呆れている。
「にしても、凄い人気だな」
槍は陽奈の対抗心を煽るように呟いた。それを聞いた陽奈は、プイッとそっぽを向いた。
「………」
そんな中、コルザは深刻な面持ちで顔を伏せていた。
お客が全員退散し、店の中のカウンターにいた莉々は、椅子から立ち上がって愛莉に歩み寄った。
「おかえり、愛莉。新志君は、来てるの?」
「え、あ、うん」
愛莉は四人の方へ顔を向けた。莉々もそちらに顔を向けると、見たことのない三人に戸惑いを見せた。
「あ…、愛莉のお友達?」
莉々は愛莉の方を向いて聞いた。
「そうだよ。挿崎槍君に、神岡陽奈さん。んで、城顕影君」
愛莉は一人ずつ紹介した。
「どうも」
「初めまして」
「お見知り置きを」
三人は莉々に挨拶した。
「は、初めまして。花見莉々です。愛莉がお世話になってます」
莉々は緊張しながら挨拶した。
「もう、お姉ちゃんてば、そんな堅苦しい挨拶しなくても。みんな緊張しちゃうじゃん」
愛莉は笑いながら言った。
すると、奥からリィーズが出て来た。
「あら、新志君にコルザ」
コルザはハッとして、目を背けた。
「あ、おばあさん、こんにちは!」
新志はリィーズに挨拶をした。
「こんにちは。あらあら、初めてのお客さんね」
リィーズは新志の後ろにいる三人に目を向けた。
「うん!僕と愛莉ちゃんのクラスメイトで、槍に、陽奈ちゃんに、城君だよ。みんなラビアンローズに来たいって言うから、連れて来たんだ」
「え?みんながこんなところに?どうして?」
リィーズは、魔法に関係のない三人が、何故ここにやって来たのか分からなかった。
疑問に思うリィーズに、新志は彼女の手をひいて、三人に聞こえないように、コソっと言った。
「コルザが、なんだか元気無くて…。それで、魔力に詳しい魔女ばあさんの所に連れて行こうってことになったら、みんなコルザを見たいのと、魔女って噂されてるおばあさんに興味持っちゃって…。適当に話合わせてくれないかな?みんなが帰ってから、ちゃんと話をするからさ」
リィーズは納得して頷いた。すると、彼女の様子をじっと見ているコルザに、視線を向けた。
コルザはハッとして、目を反らせた。
「わかったわ。魔力が弱まってる様子は無いみたいだけど…。コルザ、少し待っててちょうだいね」
リィーズはコルザに言った。コルザは返事をせず黙ってうつむいた。
元気の無いコルザを心配そうに見た後、リィーズはみんなの方へ振り返った。
「…っ!」
リィーズはハッとした。リィーズの視線の先には、顕影と話をしている槍がいた。
「あなた…」
リィーズは槍に声を掛けた。槍はリィーズの方を向いた。
「…?はい?」
「あなた、確か、槍君っていったわね?」
「…そうですけど」
槍はリィーズが何故自分に関心を抱いているのか分からず、戸惑った。
「おばあちゃん、どうしたの?」
リィーズの様子を変に思った愛莉は、駆け寄って聞いた。
「ああ、いえ…。愛莉、この子とはいつから仲良くなったの?」
「え?挿崎君とは、今年クラスが一緒になってからだよ。ねぇ?」
唐突な質問を疑問に思いながら、愛莉は槍に同意を求めた。槍は頷いた。
「挿崎君は新志君と、もともと仲が良かったから、そのつながりなんだよね」
愛莉は槍と仲良くなった経緯を説明した。
「去年からクラスが一緒になったんだ。僕のドジをよくフォローしてくれる、頼もしい親友なんだよ」
新志は愛莉の説明に補足した。
「そうなの…」
リィーズは、新志の言葉をホッとしたように聞いていた。
「でも、なんでそんなこと聞くの?」
愛莉はリィーズに聞いた。
「いえいえ、愛莉が新志君以外の男の子を連れて来るなんて珍しいから、ちょっと気になっただけよ。もしかしたら良い仲なのかな~なんてね」
リィーズは慌ててごまかすように愛莉を茶化した。
「違うよ~。挿崎君はかっこいいから、狙ってる女の子多いんだよ?私なんか入る隙もないよ~」
愛莉は冗談交じりにパタパタと掌を動かして、リィーズに返した。
そのことを初めて知った新志と顕影は驚いた。
「ひねくれ者の挿崎君が女子生徒に人気!?正気ですか?これだから女性の気持ちは理解しがたい!」
顕影は槍を指さして言った。言われた槍はキッと顕影を睨んだ。
「そうだったんだ…。羨ましいなぁ。でも、槍は女の子に興味無いもんね?そんな話聞かないもん」
新志は槍を見て言った。
「いや、お前が興味ありすぎるんだよ」
槍のツッコミに、愛莉と顕影が「うんうん」と頷いた。
「そ、そんなことないじゃないか!僕がいつ?」
油断していた新志は不意に痛いところを突かれ、顔を赤くして慌てて否定した。
「ついさっきだって、花見さんのお姉さんが好きだって言ってたじゃないか」
「そうですよ!つい三分ほど前ですよ。僕は確かに聞きました」
槍の発言に、珍しく顕影は賛同した。
後で顔を赤くして困っている莉々と、呆れた顔で立っている愛莉が、新志の視線に入った。
「ほ、本人の前で暴露しないでよ!もう!そんなことで二人の意見が合うなんて!もっとほかの事で仲良くしてよね!」
新志は真っ赤になって怒った。
新志の様子をずっと見ている陽奈は、面白くなさそうな顔をしている。
微笑しているリィーズは、本題に戻ろうと、新志の抱いているコルザに目をやった。
「まぁまぁ。…コルザの調子が悪いんだったわよね?診てあげるけど、お医者さんじゃないから、詳しいことは分からないわよ?」
リィーズに視線を向けられたコルザは、顔を伏せた。
すると、顕影が興味津々に前に出て来た。
「この動物に触れる瞬間を見ておきたいですね。何かが起こるかもしれません!」
「……?なぁに?」
顕影の様子を疑問に思ったリィーズは彼に聞いた。
新志と愛莉が冷や汗をかいて見守る中、見かねた槍が、リィーズのそばに来て言った。
「気にしないでください。こいつ変わりもんで。花見さんのおばあさんのこと、魔女だと思い込んでるんです」
「えっ!?」
核心をついた予想に、リィーズは驚いた。だが、幾年自分が魔女だということを隠し続け、この世界で暮らしているだけの事はあって、疑われるのは慣れていた。
「私が魔女?それは嬉しいわ。近所でもそう噂されているものね。魔法を使って、お花であなたの事、占って差し上げるわよ?」
自分はただの占いばあさんだと、リィーズは顕影に印象付けた。
「やはり簡単には正体をバラしませんか…。僕はあなたが本当に魔法を使うところを見たいんです!この動物も、あなたが作り出したものなのでしょう?早く治してみてください!」
あながち間違いではない顕影の推理に、リィーズは少したじろいだが、冷静さを装った。
「コルザは知り合いから譲ってもらったのよ。私は花屋の仕事があって忙しいから、新志君にもらってもらったの。魔法で治してって言われても…困ったわね…」
リィーズは困った素振りを見せた。
「お前!失礼だぞ!もうやめとけよ!」
槍はしつこい顕影の腕を引っ張って、リィーズから遠ざけた。
「な、何するんですか!簡単に正体をバラさないのは承知の上です!僕はこの目で魔法を確かめなければ気が済まないんです!」
「じゃあ、おばあさんが魔女じゃなかったら、お前のしてることはただの迷惑行為だぞ!」
「…なっ!」
槍の発言に、痛いところを突かれた顕影は黙った。
うしろで黙って話を聞いていた莉々は、ゆっくり近づいて聞いた。
「…コルザくん…、具合悪いの?」
みんなが莉々の方へ振り返った。
コルザは、その声にビクッと反応した。
「う、うん。昨日から、元気無くってさ…」
新志はコルザを見て言った。
「え?そうなの…。大丈夫?コルザくん…」
莉々は、新志に抱かれているコルザの元へ駆け寄った。だが、その瞬間、コルザは勢いよく新志の腕からピョンッと降りて、愛莉の元へ飛び込んだ。
「えっ!!わわっ!!」
愛莉は驚いてコルザを抱きかかえた。いつもと様子の違うコルザを、新志とリィーズは驚いて見ている。
「なんだよ、元気そうじゃないか」
「そうですね。並の動物の動きをしています」
「ほんと。…でも、花見さんのお姉さんには、なついてないみたい…」
槍、顕影、陽奈は、一連の様子を見て口々に言った。
露骨に避けられた莉々は、悲しそうな顔で、愛莉の腕に抱かれているコルザを見てうつむいた。
「………」
新志は不安気な顔で、黙ってコルザを見ている。
リィーズと目が合った愛莉は、彼女が何かを訴えたそうにしているのを察した。
「…あー。えと、コルザ大丈夫みたいだね。新志君、心配ないみたい」
愛莉は新志の方を向いて言った。察した新志は、みんなに言った。
「ご、ごめんね。僕の勘違いだったみたい。きょ、今日はこれで解散にしようか!」
新志の少し慌てている様子を見た槍は、彼に疑惑を残しつつ、素直に従った。
「…まぁ、間違いでよかったな。あんまり変な物食べさせるなよ」
「なんて人騒がせな。はっ!まさか、僕が見てないうちに魔法をかけたのでは?い、いつの間にそんなことを…」
「行くぞ!城!」
ブツブツ言う顕影を、槍は引っ張って退散させた。
陽奈は新志の前に駆け寄って言った。
「新志君。コルザ、本当に大丈夫?また何かあったら言ってね。私、相談に乗るから!」
「あ、ありがとう。大丈夫だよ」
圧に押された新志は、若干たじろぎながら礼を言った。
店の前に出た三人は、帰ろうとしない新志と愛莉の方を振り返った。
「…帰らないのか?」
槍は新志に聞いた。
「う、うん。僕はもう少しここにいる。あ、愛莉ちゃんを送って行かないと行けないし」
コルザの様子が気になる新志は、何とか三人をこの場から立ち去らせようとした。愛莉を気遣う新志の発言に、陽奈は表情をムッとさせた。だが、当の本人の愛莉は、きょとんとして新志を見た。
「え?私は送ってくれなくても大丈夫だよ?」
状況をイマイチ理解せず真に受ける愛莉に、新志は膝を落とした。
「い、いつも送ってるじゃないか!て、照れるなんて愛莉ちゃんらしくないなぁ!」
「…そ、そう?あ、ありがとう…」
必死な新志に押された愛莉は、素直に礼を言った。
新志が何かを隠したがっているのを黙って見ていた槍は、フイッと顔を反らせた。
「じゃあな。新志、花見さん」
槍は向こうを向いたまま、二人に手を振り、帰り道をスタスタ歩いて行った。
「う、うん!また明日ね、槍!」
「またねー」
新志と愛莉は槍に言った。帰っていく槍の姿を、コルザとリィーズは、じっと見つめている。
「まったく。自分中心な行動をする人だ…。剣野君、花見さん、今日は魔法を拝見することが出来ませんでしたが、次は必ずこの目で確かめますからね!」
顕影は眼鏡を光らせて二人にそう言うと、槍の後を追いかけるように走って行った。
「バ、バイバイ…」
「…またね…」
顕影は諦めるどころか、余計に好奇心に火を付けたようで、そんな彼の様子に、新志と愛莉は若干呆れていた。
「新志君!仲間に入れてくれてありがとう。また明日もたくさんお話ししようね!」
駆け寄って来た陽奈は、新志の両手を握り、顔を近づけて言った。
「こ、こちらこそありがとう…。ま、また明日ね…」
新志は、積極的な陽奈に押されながら言った。
「お邪魔しました。また来ますね」
新志から手を離すと、陽奈は、リィーズと莉々の方を向いて挨拶をした。
「何のお構いも出来なくて、ごめんなさいね。どうぞ、また来て下さい」
挨拶をされたリィーズは、慌てて返した。莉々もペコッと頭を下げた。
陽奈は、今度は愛莉の方に近づき、抱いているコルザを撫でた。
「じゃあね、コルザ。また会おうね」
コルザは陽奈を見上げた。陽奈はコルザにニコッと笑顔を見せると、愛莉に目をやった。
「花見さん。あなたとも友達になれて嬉しいわ。いろいろ、新志君の事教えてね」
「…へ?新志君の事?うん、いいよ!なんでも聞いてちょうだいよ!」
陽奈の挑発に、愛莉は全く気が付いてないようで、いつものように悪気無く返した。だが、陽奈には「自分は新志の事を何でも知っている」と嫌味に聞こえたようで、笑顔を少し引きつらせた。
「あ、ありがとう。…じゃあね」
陽奈は、そのままクルッと向きを変えて、槍と顕影が行った方向へ走って行った。
「陽奈ちゃん、また明日ねー」
「またねー」
新志と愛莉は陽奈に言った。
陽奈と愛莉の様子を見ていたリィーズは、クスクスと笑い、横にいる莉々に目をやった。莉々は寂しそうな顔で、愛莉に抱かれているコルザをじっと見ている。
「…莉々、あなたも帰りなさい。今日は、配達もないし、私一人で大丈夫よ」
リィーズは、莉々の気持ちを察しながら優しく言った。莉々は、リィーズの方を振り返り、寂しい顔で再度コルザに目をやった。
コルザはずっとそっぽを向いている。
「……わかったわ……」
莉々はしょんぼりしながら、カウンターからかばんを持って、トボトボとお店を出ようとした。
「り、莉々さん。さようなら」
新志は、そのまま黙って出て行こうとする莉々に声を掛けた。莉々は新志の方へ振り返った。
「……さようなら新志君…」
莉々はまたコルザの方に目をやるが、コルザはずっと背を向けたままだった。
莉々はうつむいて、そのまま店を後にした。
「………」
莉々に疑いの目を持っているコルザは、彼女が帰っていく様子を背にして、複雑な表情で黙っていた。
「…とりあえず、中に入って」
リィーズはコルザを心配そうに見つめて、二人と一匹を中に誘導した。
リィーズの部屋のソファに移動した新志と愛莉は、間にコルザを座らせ、うつむいている彼を心配そうにのぞき込んだ。
「どうしたんだよ?コルザ?やっぱり今日の君、なんかおかしいよ」
「そうだよ。昨日はお姉ちゃんと一緒に出掛けてたのに、今日になって、いきなりあんな態度とっちゃって…。何かあったの?」
「………」
二人が心配して聞くも、コルザは深刻な表情で黙ったままだった。新志と愛莉は、何も答えてくれないコルザを不思議に思い、顔を見合わせた。
すると、お茶を運んできたリィーズがやって来た。
「……コルザ、二人が困っているわよ。何か言ってくれないと、私もあなたを助けることが出来ないわ」
リィーズは、それぞれの前にお茶を置きながら、コルザに話しかけた。
コルザはじっとリィーズの顔を見た。疑惑を抱いているものの、彼女は今まで自分の為に力になってくれて、頼れる存在であった。コルザとしても、彼女を信じたかった。
コルザは昨日の莉々の言葉を確かめようと、リィーズに問いただすことを決意した。
「…リィーズ様に、お聞きしたいことがあります…」
コルザはリィーズの目をじっと見て言った。真剣な目で見つめられたリィーズは、ちゃんとコルザの話を聞こうと、向かいのソファに腰を掛けた。
「…何かしら?」
リィーズは優しく聞いた。
「………あなた……バラノアを知っていますね?」
コルザに聞かれたリィーズは、途端に笑顔を消した。
「バラノアって、コルザのお母さんだよね?」
新志が愛莉に聞いた。愛莉は頷いた。
「確か、育てのお母さんって言ってたけど…。おばあちゃん、知り合いだったの?」
「………」
愛莉に聞かれ、リィーズは視線を落とした。
「…いずれはちゃんと、話さなければいけないとは思っていたわ…。二人に充分な魔力が備わってからと思っていたけど…」
リィーズは顔を上げ、新志と愛莉をチラッと見た。すると、すぐに視線をコルザに戻した。
「でも、どうして急に、そんなことを聞くの?」
リィーズはコルザに理由を聞いた。今度はコルザが視線を落とした。
「…莉々さん…。莉々さんが、バラノアの事を知っていました」
新志と愛莉は驚いてコルザを見た。
だが、リィーズの反応は二人と違い、驚くというよりも眉を顰めた。
「莉々さんは、バラノアが魔法界にいたことを知っていました。それに…バラノアが自分の叔母だと言っていました。だとしたら、バラノアとあなたは、親子ということですか!?莉々さんに魔力が無いっていうのは嘘なんですか!?」
コルザは、全てを知りたい気持ちが募り、矢継ぎ早にリィーズに質問した。
リィーズは複雑な顔で、うつむいている。
話をよく理解できない新志は、コルザとリィーズを交互に見た。
「…私、バラノアさんの事はよくわからないけど…、お姉ちゃんに魔力が無いっていうのは嘘だよ」
愛莉の言葉に、コルザと新志は驚いてそちらに顔を向けた。
「いいよね?しゃべっても。コルザ知りたそうにしてるんだし」
愛莉はリィーズに言った。リィーズは黙ったまま頷いた。
「まぁ、嘘っていうのも違うんだけどね…。お姉ちゃんはね、小さい頃は私より凄い魔力を持ってたんだよ」
愛莉が淡々と説明するも、新志とコルザはただただ驚いていた。
「え…、あの莉々さんが…?」
「どうして今は魔力が無いの?」
コルザは愛莉に聞いた。
「それは、私も知らないんだよね…。私が五歳くらいの時かな。気が付いたら、魔法が使えなくなってて…。それ以来、おばあちゃんにお姉ちゃんの前で魔法に関することは言っちゃダメって言われて…」
そう言って、愛莉はチラッとリィーズを見た。新志とコルザも、リィーズの方に目を向けた。
リィーズは「ふぅ」と息を吐いた。
「…あなた達に全てを話すわ。…だからコルザ、そんなに疑い深い目で私を見ないで」
コルザは頷いた。
「…お願いします」
リィーズは気を落ち着けるために紅茶を口にした。カップをゆっくりお皿に戻すと、静かに話し出した。
「…どこから話せばいいかしらね…。そう、まずはバラノアね。…コルザの言う通り、彼女は私の娘よ」
「えっ!?」
新志は驚いた。愛莉もバラノアの事は、ほとんど覚えていないようで、同様に驚いた。
「…バラノア…。人間界での名前は瑠莉。彼女は、成人してからは人間界で暮らしていたわ。その方が、彼女の性格には合っていたみたい。姪っ子にあたる莉々と愛莉は、よく遊んでもらってたのだけど、あなたは小さかったから、あまり覚えてないかしら?」
リィーズは愛莉に振った。
「えっ!…えー…と。んー。覚えてないや」
愛莉は「テヘへ」と笑って返した。リィーズは微笑んで続けた。
「彼女は時々、私のいる魔法界へ、私の仕事の手伝いをしに来てくれていたの」
「魔女ばあさんは、お城の侍臣だったんだよね?」
新志はリィーズに聞いた。リィーズは頷いた。
「…魔法界では、リィーズ様はもう一つ、重要な役割を担っていたんだよ」
コルザは新志に言った。
「重要な役割?」
愛莉はリィーズに聞いた。リィーズはカップに目をやった。
「…大魔王の補佐をする侍臣である一方で、私は魔力の研究と開発に力を注いでいたの。…いえ、実のところ、本業はそっちで、侍臣はお城で研究をするための口実だったのよ…」
「リィーズ様は、研究を重ねて、それぞれに宿っている魔力を具現化する「真の鍵」の開発や、それによって、自分の魔力をより引き出させる魔法の使い方を、魔法界に広げたんだ。僕の父様にも認められたリィーズ様は、その名を魔法界に轟かせたんだ」
リィーズが魔法界でどれだけ有名な存在かを、コルザは新志と愛莉に説明した。
二人は目の前にいる人物が、どれだけ偉大な者なのかを知り、「はぁ」とただ感心するだけだった。
「じゃあ、バラノアさんは、その研究の手伝いをしていたんだ」
新志はバラノアの事は当然知っているだろうと、コルザに聞いた。
「い、いや…。バラノアの昔の事は僕、よく知らなくて。自分の事を話すような人じゃなかったから…」
コルザは、全てを知るリィーズに話してもらおうと、彼女に委ねた。
「…そう、バラノアは研究の手伝いをしてくれていたわ。彼女は魔法界で一二を争う程の魔力の持ち主だったから、彼女は自ら進んで、自分の力を私の役に立ててほしいと頼んで来たの」
「……そんな人が私の叔母さんで、しかも昔遊んでもらってたんだ。おばあちゃんの事も驚きだけど、私って何か凄い家系の元に生まれたんだ…」
初めて知る事実に、愛莉は信じられない様子だった。
「だからあなたは、偉大な魔法使いになる素質を持っているのよ」
リィーズは愛莉に笑顔で言った。愛莉は緊張した面持ちでシャキッと姿勢を正した。
「…莉々も、本当はそうなるはずだったんだけど…」
リィーズは悲し気な表情になって言った。
新志、愛莉、コルザはハッとした。
「莉々さんの魔力が無くなった原因は何なんですか?」
コルザは、少し身を乗り出してリィーズに聞いた。
「………バラノアの死よ…」
「っ!?」
リィーズは鋭い目でコルザを見た。
「あなたが以前話した通り、バラノアはあなたのお父さん、カラビーニア大魔王に殺されたわ」
「………っ」
コルザは声を発することが出来ずにうつむいた。そんな彼の心境を察したのか、新志と愛莉は心配そうにコルザを見つめた。
「…いえ、正確には、彼女は自ら命を絶ったわ」
フッと目を伏せて言うリィーズの方に、新志、愛莉、コルザは目をやった。
「ど、どうして?」
新志は聞いた。
「話すと長いのだけど、あなた達には知っておいてもらいたいから、言うわね」
リィースの真剣な顔に、三人も真剣になって聞いた。
「…私はある研究の為に、城に秘密の部屋作ったの。…没頭して、数年そこから一歩も出ることが無くなったわ。…私の悪い癖なんだけれどもね…」
リィーズは、少し寂し気な表情で笑った。
二人と一匹は、笑顔で返した。
「その研究には、バラノアの魔力が必要だったの。私はその研究を始めると同時に、彼女を魔法界へ呼んだ。その研究にはかなりの時間を費やすことが予想されたから、私と一緒に彼女を秘密の部屋に住まわせるつもりだった。もちろん、大魔王に許可を得てね。……でも、それがいけなかったわ。大魔王にバラノアを紹介した途端、大魔王は彼女を自分の妻にすると言い出したのよ」
「え…っ!?」
新志と愛莉は、驚いて顔を引きつらせた。コルザは複雑な表情で顔を伏せた。
「…私は研究を諦めて、彼女を人間界に帰そうとしたんだけれども、彼女はどうしても私の役に立ちたいと言って、帰ることを拒否したわ。彼女の夢は、私の夢を叶えることだと…そう言ってくれた…」
リィーズは胸に手を当てて、その時の事を思い出し、目を閉じた。
「…それじゃあ、バラノア叔母さんは、魔法界に残って、大魔王さんのお嫁さんになったの?」
愛莉はリィーズに聞いた。リィーズは頷いた。
「ええ…。私は秘密の部屋で研究に明け暮れ、彼女は、大魔王の妻となり、必要な時だけ私のところに来る生活を送った。…けど、彼女は自分の意思を貫いたわ。常に自分を信じ、大魔王の考えが間違っていると思えば説得し、ちゃんと自分の意思を伝えた。…だから決して、身体を許すことはなかったわ…」
「か、身体を許す……」
刺激ある発言に、新志は顔を赤くして固まった。
「彼女は私以上に物事を考えていた。あの大魔王がそんな好き勝手な事を許すはずはないとわかっていたの。だから、嫁としての仕事を、自分から進んで提案したわ。…それが、まだ小さかった、三女のジュセ様と…長男のコルザ。あなた達を育てることよ」
リィーズはコルザを優しい目で見た。コルザはハッと顔を上げて、リィーズの目を見つめた。
「そうだったんだ。…おばあちゃんは、バラノア叔母さんが、どうして死んじゃったか知ってるの?」
愛莉の問いに、リィーズの眼差しはグッと強くなった。
「…あの子が死んだのは……、私の研究の末、あの子の魔力から生み出した、ジェムエレメントが原因よ…」
新志、愛莉、コルザは「ジェムエレメント」という言葉に反応した。
「ジェムエレメントって…、確か、コルザと最初に会ったときに、コルザが首に付けていたものだよね?僕の魔力を解き放つ時に使った…」
新志は思い出しながら言った。
「コルザがバラノア叔母さんの亡霊に襲われた時に現れたって言ってたよね?」
愛莉はコルザに聞いた。コルザはコクンと頷いた。
「そう。ジェムエレメントは、誰にでも存在するものではないの。強大な魔力を持った魔法使いにだけ存在するものなのよ」
リィーズはそう言って、コルザに目をやった。
「…コルザ。あなたはバラノアに匹敵する程の魔力を秘めているようね」
リィーズの言葉を聞いた新志と愛莉は驚き、もちろん当の本人であるコルザも彼ら以上に驚いた。
「そ、そんなはずは!…だ、だって、僕は普通の魔法使い並みで…。父様からも見放されていたんです!…あの時現れたジェムエレメントは、きっとバラノアの物です!」
コルザは必死に訴えた。だが、リィーズは微笑んで、ゆっくり首を横に振った。
「ジェムエレメントは何個も生み出せる物じゃないわ。力のあるものが、たった一つだけ生み出せる、とても貴重な物なの。バラノアはその生み出し方を知っていた。だから、彼女の亡霊と接触したあなたの前に、あなたのジェムエレメントが出現したのよ」
「………」
自分にそんな力があると初めて知ったコルザは、信じられない気持ちで、ただ、リィーズの顔をじっと見つめた。
「わぁ、凄いなコルザ!」
「さすが王子様!」
新志と愛莉は笑顔でコルザに言った。
「…でも、今の僕は、微かな魔力しか残ってない、ただのドラゴンだ…」
コルザはシュンとして言った。新志と愛莉はハッとして、コルザと同様にうつむいた。
見かねたリィーズは、話を続けた。
「……話を戻すわね。…ジェムエレメントはね、決して良い働きをするだけのものではないの。強大な魔力を秘めたジェムエレメントは、使い方次第では、とても危険なものになってしまうのよ。私はバラノアから生み出したジェムエレメントを、しばらくその能力性を観察するために、秘密に保管していたの。…でも、前々から私たちの事を良く思っていない大魔王の上二人の娘は、私たちの行動を怪しく感じて、彼女たちの臣従を利用して、ジェムエレメントの存在を突き止め、あろうことか大魔王に話してしまったのよ」
「ランバダ姉様と、スヴァイ姉様が…父様に?」
コルザは辛そうな顔で、リィーズを見た。リィーズは頷いた。
「案の定、大魔王はジェムエレメントを自分の物にしようとした。バラノアは、自分の手で、彼自身や、魔法界を変えたいと思っていたのだけれど、ジェムエレメントが大魔王の手に渡ってしまうと、その願いは全て闇に包まれてしまう。危機を察したバラノアは、すぐに私の身を案じ、私を人間界に匿って、自分一人で大魔王と決着を付けようとしたのよ。彼女の魔法にかかり、魔法界に戻ることが出来なくなった私は、あの子が人間界に置いていった水晶に魔法界の光景を映して、彼女を見守ったわ。…私には見守ることしか出来なかった…」
リィーズは、顔を覆ってうなだれた。新志、愛莉、コルザは、深刻な顔でリィーズの後ろに置いてある水晶玉に目をやった。
「バラノアは、ジェムエレメントをこの世界の為に有意義に使うべきだと何度も説得したのだけど、大魔王は聞く耳さえ持たなかったわ…。あの人の頭にあるのは、目の前にあるジェムエレメントをどうやって手に入れるか、そして、バラノアをどう黙らせて、どうやって自分の物にするか…。それしかないようだった…」
話を聞いていたコルザは震え出し、話の続きに耐えるように、ぎゅっと目を閉じた。
「…あの人にとっては、バラノアを自分の中に取り入れる…。それが一番手っ取り早い方法だった」
それを聞いた新志はぎょっとした。
「と、取り入れるって…、ど、どういう事?」
「…飲み込むのよ…」
リィーズは辛そうに話した。
「た、食べちゃうってこと…?」
愛莉は身震いを起こして聞いた。
「…ただ、食べるのではないのだけど…。あなた達には、まだ、理解が出来ないと思うわ」
リィーズは、まだ子供である新志達に、具体的な表現をすることは避けた。
リィーズはコルザに目をやった。コルザはずっと身体を震わせている。リィーズはソファから立ち上がり、コルザをそっと抱き上げた。そして、またソファに腰を落として、コルザを膝の上に乗せた。
コルザはゆっくり顔を上げて、リィーズを見上げた。目には涙を溜め、大きな粒となって、彼の頬をボロボロと伝った。
「…っ…ごめんなさいっ…ごめんなさい…リィーズ様っ…僕っ、なんてお詫びしたらいいか…」
バラノアの居なくなった経緯を初めて知ったコルザは、自分の父親の犯した行為に大きな罪の意識を感じ、リィーズに必死に謝った。そんなコルザの様子に、新志と愛莉は声を掛けることが出来ず、なんとも悲しそうな顔で彼を見つめた。
リィーズは微笑んで、コルザを撫でた。
「あなたのせいじゃないのよ。私はあなたがバラノアの意思を継いで、立派に成長してくれたことが、何よりも嬉しいわ。…それに、彼女の最期はとても彼女らしい、立派な判断だったと、私は思ってるの」
「………?」
コルザは疑問に思い、リィーズを見た。
「さっき、彼女は自分で命を絶ったって言ったでしょう?バラノアは最後まで、自分の意思を貫き、大魔王の体内に飲み込まれる前に、魔法で自分の身体とジェムエレメントもろとも、炎に包んだのよ。…自分を消すのは、決して大魔王に屈しないことを示す証。ジェムエレメントを消すのは、それを悪用した大魔王の支配する世界が存在しないようにと願ったから…」
リィーズは静かに目を閉じ、バラノアの最期を語った。
「バラノア…っ」
コルザは再度目をぎゅっと閉じて、バラノアを想った。
「……そんなことがあったんだ…。なんか僕、魔力の事や、魔法界の事を軽く考えてしまってた気がするな…」
「…私も。…でも、この間コルザ言ってたけど、バラノア叔母さんは、石碑に魂を封じられたって言ってたよね?」
愛莉の質問にコルザは頷いた。
「僕はバラノアが死んでしまった原因を知らなかったから。そう言われていただけなんだ」
「炎で焼かれたバラノア遺体を、そこに置いたんだわ。私もそのことがあって、魔法界を追放されてしまったから、まだ一度も行ったことがないけれど…」
リィーズは寂し気に言った。
「リィーズ様は、父様に魔力まで奪われてしまったんですか?」
魔力の少ないリィーズに違和感を抱いていたコルザは、今までの話でその訳を理解した。
「…バラノアが亡くなったのは、私がジェムエレメントなんてものを作り出してしまったのが原因だもの…。その罰だと思っているわ。…それでも、足りないくらいね…」
するとリィーズは、自分の掌を見つめた。
「今、ほんの少しだけある私の魔力は、人間界で少しずつ取り戻したものなの。…昔の魔力には、到底及ばないんだけれどもね…」
リィーズは遠い目をして言った。コルザは申し訳なさそうにうつむいた。
「……莉々にも、本当に悪いことをしたわ…。まだ七つだった莉々は、私からバラノアの死を知らされた途端、気を失うと同時に、体から抜けるように魔力が消滅していってしまったのよ…」
新志、愛莉、コルザは顔を上げた。
「…そうか、お姉ちゃん、それで魔法が使えなくなったんだ…。私にあんなに魔法を教えてくれてたのに…」
「……愛莉ちゃん…」
愛莉は涙ぐんで、昔を思い出していた。愛莉の涙する様子を見た新志は、悲しそうに彼女を見つめた。
「魔法使いが魔力を失う…。莉々にとってバラノアの死は、かなりのショックだったんでしょうね。…バラノアを実の母親みたいに思う程、なついていたから。魔法も、お花の事も、全部バラノアから教えてもらっていたわ」
リィーズの話を、コルザは胸を痛めながら聞いていた。
「…莉々さん…。本当に申し訳ない事をしてしまった……」
うつむくコルザに、リィーズは思い出したように聞いた。
「そういえば、あなたは莉々からバラノアの話を聞いたと言っていたわね。あの子はいつも、あなたにそんな話をしているの?」
物静かな莉々が、胸に秘めている出来事を、何故コルザに話したのか。それは、リィーズにとって不思議に思う事だった。
「…いえ、彼女がバラノアの事を語ったのは、昨日が初めてです…」
コルザはうつむきながら答えた。
「それにしてもねぇ…」
リィーズは、今になってバラノアの話をする莉々を不思議に思っていた。
「コルザを犬だと思ってるから、僕らには言えないことでも、話せるんじゃない?」
新志は、うつむくコルザと視線を合わせるように、のぞき込んで言った。
「そうだよ。お姉ちゃん、動物好きみたいだし」
いつもの笑顔に戻った愛莉も、コルザを見て言った。コルザはうつむいたまま、何かを考えていた。
「………僕…」
「…なぁに?」
いつまでも深刻な顔をしているコルザに、リィーズは疑問を投げかけた。
「…こんな事言ったら悪いんですけど…、僕、莉々さんの事、少し怖く感じる時があるんです…」
「え?」
三人は、コルザの言葉に反応した。
「莉々さんが怖い?なんでさ?莉々さんは優しくて、いつもみんなを癒してくれるよ」
新志はコルザに言った。
「まぁ、怒ると怖いけどね…」
愛莉は莉々に何度か叱られたことがあるようで、そのことを思い出しながら言った。
「そういうんじゃなくて…。なんて言ったらいいか…。彼女の視線が何か…全てを見透かしてるような気がして。時々、僕の正体が分かっているんじゃないかって思う時があるんです…」
そう言うと、コルザは顔を上げてリィーズの顔を見た。
「莉々さん、もしかしたら魔力が戻っているなんてこと…ないですか?」
コルザはリィーズに躊躇いながら聞いた。
「ええ?それは無いわよ。だとしたら、私やあなたは、彼女の魔力に気付くはずよ。…それに、彼女が黙っているなんて事ないと思うわ」
リィースは驚きながらもコルザの考えを否定した。
「…そ、そうですよね…。ごめんなさい。忘れて下さい…」
コルザは、何処か腑に落ちないようだったが、仕方なく諦めた。
魔法界。
夜の闇に染まったカラビーニア城。
城の内外には、警備の為に雇われた者が、それぞれの配置につき、辺りを見張っていた。
彼らの警戒しているものは一つ、近日、城の者達を不安に陥れている侵入者だった。
月明かりが差し込む部屋には、天蓋ベッドに横たわるジュセが、そして、彼女を見守るパントラの姿があった。
ジュセは静かに眠りについている。ベッドのそばの椅子に座っているパントラは、安心したように微笑んで彼女を見つめると、表情を一転させて、窓の向こうの満月に目をやった。
時同じくして、階段に一番近い部屋の前では、バーロンが、主のランバダを守るべく、警備にあたっていた。長く続く暗い廊下。月明かりに目を細め、妙な笑みを浮かべるバーロンは、待ち遠しそうに窓の外を見上げた。
不穏な闇が漂うカラビーニア城。
城の臣従達の気をもませる様子を悟ったような魔法使いが一人…。一番高い東の塔の屋根の上に凛とたたずんでいた。
暗い闇の中、長いマントをえんじ色に染め、帽子に付いた大きな花と共に夜風に揺らしている。
尖がり帽子のつばに隠れたその顔は、黒雲の切れ間に現れた満月に照らされた。
それは、芯を貫く朱色の瞳を持った、莉々の姿だった。
第五話、読んでいただき、ありがとうございます!
第六話「パニック!!元に戻ったコルザ」もよろしくお願いいたします!




