第四話「大変!危険?コルザと莉々のデート!?」
「魔女ばあさん!おはよう!」
開店前のラビアン・ローズに、通学カバンを背負った新志と、彼の頭に乗ったコルザが顔を出した。
「あら、新志君にコルザ、おはよう。朝早くにどうしたの?」
リィーズは、カウンターで店の開店準備をしながら、そちらに顔を向けた。
新志は、テクテクとリィーズの元へ歩いた。
「魔女ばあさんに頼みがあるんだ」
リィーズは頭に「?」を浮かべた。
「学校が終わるまでの時間、コルザを預かってくれない?」
「え?コルザを?…お家においてはおけないの?」
いつもは家で留守番させているのに、何故、今日はそんなお願いをするのか、リィーズは疑問に思った。
「うん…。今日は母さんが同窓会で家にいないんだ。コルザを一人にすると、また外へ出るかもしれないからさ…」
「絶対出ないって言ってるのに、僕、信用無くって…」
新志の言葉に、コルザはムッとして返した。
「だって、昨日も僕が帰ってきたら、庭に出てたじゃないか!目が合った瞬間、あからさまに「マズイ」って顔してたぞ!?」
「うっ…。あ、あれは、日向ぼっこしてた猫があまりにも気持ち良さそうだったから、どんなもんなのかなぁと…」
「ほらぁ!言わんこっちゃない!今度は、飛んでる雀の声に誘われて~とか言うんだろ!?」
「そ、そんなこと言わないよ!」
新志とコルザはリィーズの前ということを忘れ、言い合いを始めた。だんだん仲良くなっていく二人を、リィーズはクスクス笑って眺めた。新志とコルザはハッとして、頬を赤くして互いを見合った。
「わかったわ。いいわよ。新志君が帰って来るまで、コルザはここにいなさい」
「よ、よろしくお願いします」
コルザはリィーズに頭を下げた。
「ありがとう!」
新志はコルザを頭から降ろし、カウンターの上に乗せた。
「じゃあコルザ。僕が帰って来るまで、ここでおとなしく待っててね。…知ってると思うけど、魔女ばあさん、怒らせると怖いから気をつけて」
新志がコルザにコソっと言ったのを、リィーズは聞き逃さなかった。
「あら、新志君。何か言った?」
新志は慌てて店の外まで走った。
「魔女ばあさん、コルザの事お願いね!コルザ、行ってくるねー!!」
新志は店の中の二人に向かって言うと、学校の方向へ走って行った。
「行ってらっしゃい!」
コルザは手を振って、新志を見送った。
「まったく…」
リィーズは、腰に手を当てて呟いた。
リィーズはコルザに目をやった。
「…莉々が来るまでに、新志君、戻ってくるかしら?」
リィーズの言葉を聞いたコルザは、彼女を見上げた。
「僕、犬のフリしてますから、大丈夫ですよ。なんか慣れてきちゃいました。…そういえば、莉々さんって、いつも新志君たちより先にここに来てますね」
「ええ。あの子、小さい時から花が好きで、よく遊びに来てたのよ。中学に入ってからは、進んで店番をしてくれるようになって。学校が終わると、すぐにここに向かってるみたいなの」
リィーズは、花活けに水を加えながら言った。
「…でも、ちょっと心配なのよね」
「え?」
少し表情を変えて言うリィーズに、コルザは気になって聞き返した。
「愛莉と違ってあの子、おとなしいし、自分の事、あまり話してくれないのよ。仲のいい友達もそんなにいないみたいだし。…お店を手伝っている時間を、もっと自分の時間に使わせた方がいいんじゃないかなって思うこともあって…。莉々に魔力があったら…もっと自信を持っていたのかもしれないわ…」
リィーズは手を動かしながら、どこか悲し気に言った。
「で、でも、莉々さんには、たくさんのファンがいますよ?いつもお店の前で彼女を見守ってます」
コルザは、莉々が一人ではないという事を訴えたかった。
「うーん。実を言うと、それも心配なのよね。彼らは悪い人たちじゃないとは思うんだけど…。莉々はまだ…そういうことを見極められないし、妙な人に誑かされても、はっきり断れないと思うのよ」
リィーズは内心の想いを、淡々とコルザに打ち明けた。
「あっ!やだわ、コルザにこんな話をして。ごめんなさい」
リィーズはハッとして、コルザに謝った。
「い、いえ。…あの、何か手伝う事ありますか?」
コルザは翼を広げ、リィーズの元へ飛んだ。
「えぇっ!?そんな…、王子様のコルザに、仕事なんて頼めないわ」
リィーズは、掌をパタパタと動かしながら言った。
「今日一日お世話になるんです。何かさせて下さい」
コルザは一心にお願いした。そんなコルザの姿にリィーズは感嘆した。
(あの大魔王の息子なのに、こんなにいい子に育って…。やっぱりあの子が育てた子なんだわ…)
リィーズはコルザを見つめながら思った。
「…?あの、どうかしました?」
リィーズはハッとした。
「あ!いいえっ。…そうね…。じゃあ、私の代わりに花活けに水を入れてくれるかしら?」
リィーズはそう言って、じょうろをコルザに差し出した。
「はい!」
コルザはじょうろを受け取り、元気よく返事をした。
数時間後、仕入れの品を納品したトラックが引き上げ、開店の時間となった。慣れない仕事に疲れ果てたコルザは、奥の部屋のソファにパタンと倒れた。
「お店が開くまで、結構大変なんですね…」
「そうよ!王子様には少し重労働だったわね」
リィーズは笑いながら言った。
「私は店番をしているから、あなたは休んでいて。お昼に戻ってくるわ」
「はい…」
店に出て行くリィーズを見届けると、コルザは、疲れがどっと押し寄せたのか、ウトウトと瞼を閉じた。
しばらくすると、お店の電話が鳴った。
「はい。ラビアン・ローズです。……えぇっ!?」
リィーズが電話に出て、内容を確認すると、急に慌てた様子で対応しだした。
―ガチャンッ―
電話相手との会話をひとまず終えると、リィーズは電話を切った。
「……どうしようかしら…」
リィーズはチラッと奥の部屋に目を向けた。
(コルザに店番を頼むわけにはいかないし…)
リィーズは悩んだ。
すると、ちょうどそこへ、ひょこっと莉々が顔を出した。
「おばあさん、おはよう」
リィーズは、驚いて莉々を見た。
「えっ!!り、莉々!?どうしたの?学校は?」
莉々は店の中に入った。
「今日は創立記念日で休みなの。…慌ててるみたいだけど、何かあったの?」
「え、ええ…。追加輸送を頼んでる車が接触事故に遭って、商品も被害を受けたらしいのよ…」
「た、大変じゃない!運転手の人は?大丈夫なの?」
「それは、大丈夫みたいなんだけど。すぐ近くらしいから、商品を確認してくれないかって言われてて…」
「なら、ちょうどよかった!私が店番をするわ」
「えっ……!?」
莉々の言葉に、リィーズは驚いて、奥にいるコルザの方へチラッと目をやった。
「そ、それは…助かるんだけど…」
リィーズは躊躇した。その様子を莉々は疑問に思った。
「?なぁに?私が店番をしたら、商売にならないと思ってるんでしょ?」
莉々は少し悪戯に聞いた。
「そうじゃないのよ…。…じゃ、じゃあ、少しの間、お願いしようかしら…」
「まかせて!」
莉々は笑顔でリィーズに言った。
(少しの間だし、莉々も奥に入ることはないでしょう…)
リィーズは、エプロンを外しながら考えた。
「すぐ帰って来るから、その間、よろしくね」
そう言って、リィーズは脱いだエプロンを莉々に渡した。
「いつもやってることだから大丈夫!行ってらっしゃい」
リィーズは躊躇いながらも、店を出て行った。莉々は笑顔で手を振りながら見送った。
「………」
莉々は笑顔を消し、店の奥へ目をやった。すると、迷うことなく店内をつき進み、奥の部屋へと向かった。
部屋に入った莉々は、ソファに目をやった。彼女の目には、静かに眠るコルザの姿が映った。
「……」
莉々はソファに近づき、黙ってコルザを見降ろした。
数十分後、リィーズが店に戻って来た。
「ただいま」
「あ、おかえりなさい。大丈夫だった?」
詩集に目を通していた莉々は顔を上げ、カウンターの椅子に座りながら、店に入って来るリィーズに聞いた。
「確認してきたけど、今日の予約分の商品は、とても届けられるような物じゃなかったわ。でも、また別のトラックで来てくれるみたいだから、なんとか間に合いそうよ」
「そう、良かった」
莉々は詩集に目を戻した。
「お客は来た?」
リィーズはエプロンを付けながら聞いた。
「ええ、十分ほど前に一人…」
莉々は詩集に目を通しながら答えた。
「…そう」
ちゃんとお客の対応をしたのだろうと、リィーズは安心して莉々に歩み寄った。
「……っっ!?」
すると、リィーズの目に驚きの光景が映った。先ほどまでは、カウンターに隠れて見えなかったが、莉々の膝の上には、静かに眠るコルザの姿があった。
「……あ……えっ…?」
リィーズは状況を理解できず、とっさの言葉が出てこなかった。
「……?…あ、この子?」
莉々は、困惑するリィーズに聞いた。
「え?ええ…。どうして?」
リィーズは、動揺を隠し切れない様子で聞いた。
「奥の部屋に入ったら眠っていたから、こっちに連れて来たの。でも、ずっと眠ってるわ…。この子、新志君の犬よね?どうしてここにいるの?」
莉々は、コルザを撫でながら聞いた。コルザが起きないか心配になりながら見ているリィーズは、落ち着きを取り戻して莉々に言った。
「今朝、新志君が来て、預かって欲しいってお願いされたのよ。今日は家の人が誰もいないみたいで…」
「そうだったの。じゃあ、今日来れて良かったわ。またこの子に会いたいと思っていたの」
莉々は笑顔でまたコルザを撫でた。リィーズは内心ハラハラしながら、その様子を見ている。
「店番には邪魔になるでしょう?奥の部屋で預かるわ」
リィーズは手を出して、何とか莉々からコルザを離そうとした。
莉々はとっさに体の向きを変え、リィーズからコルザを遠ざけた。
「いやっ!」
莉々が声を荒げ、リィーズは驚いて彼女を見た。いつもの莉々なら、素直に言う事を聞くはずなのに、彼女がこんなにはっきりと反発心を見せるのは初めてだった。
「私、この子といると安心するの。だから、このままがいい…。さっきもお客さんへの対応、上手く出来たのよ…?」
莉々はリィーズに訴えた。莉々の強い訴えに、リィーズは少し考えて、ため息をついた。
「…わかったわ。とりあえず、目を覚ましたら教えてちょうだい。ご飯をあげるから」
「ありがとう!おばあさん!」
莉々は笑顔で礼を言った。
(目を覚ましても、犬のフリを続けてちょうだいね…コルザ…)
リィーズは心の中でそう願った。
「ずっと眠ってるのね…。フフフ、可愛い」
莉々は微笑んでコルザを見つめた。
一時間後。
コルザは目を覚ました。
(………?…ここは…)
コルザは首を左右に動かした。
(…えっと、確かリィーズ様の所にいたはず…)
先程の光景と変わっていることに、コルザは疑問を抱いた。
「あ、やっと起きた!こんにちは、コルザくん」
頭上から声がし、コルザは上を向いた。
「っ!?」
コルザはぎょっとした。
「あなた、眠るのが好きなのね。もうお昼よ」
莉々はコルザの頭を撫でた。だんだん状況を理解してきたコルザは、とにかく声を発さないように犬のフリを心掛けた。
目を見ると、心を見透かされるような気がしたコルザは、莉々から顔を背けた。露骨に顔を背けられた莉々は、コルザを抱きかかえ、カウンターの上に乗せて視線を合わせた。
「っっ!?」
逃げ場を失ったコルザに、莉々は話しかけた。
「どうしてそっぽ向くの?今日は私と遊びましょ!…それとも、新志君じゃなきゃ嫌かしら?」
莉々はニコニコしてコルザに言った。妙な不安を抱いたコルザは、犬のフリも出来ず、固まったまま莉々を見ていた。
「莉々!コルザ、起きたの?」
話し声が聞こえたようで、奥からリィーズがパタパタと急いでやって来た。莉々は少し不満そうに、リィーズの方へ顔を向けた。
「…うん。でも、私には懐いてくれない…」
莉々はコルザを見ながら、寂し気な顔で言った。どうにかバレることなく、犬のフリを続けたコルザを見て、リィーズは安心した。
「きっと、お腹が空いているのよ。さ、コルザ、こっちへいらっしゃい」
カウンターへ歩み寄ったリィーズは、コルザを抱き上げた。莉々はとっさに立ち上がった。
「なら、私がご飯をあげるわ!」
リィーズとコルザは、「ゲッ」という顔で莉々を見た。犬のフリは慣れても、まだ食べ方まで習得していないコルザにとって、莉々の前で餌を食べるという行為は、自分が王族ということもあり、かなりの試練だった。
「莉々!あなたはコルザと遊ぶためにここに来たの?店番はあなたがやりたいっていうから任せてるのよ!?そんな軽い気持ちじゃ、今後任せられないわ!」
リィーズはなんとか莉々からコルザを遠ざけようと、莉々にきつくあたった。
莉々はシュンとして、ストンと椅子に座った。
「…わかった。ちゃんとお店を見てます…」
リィーズはコルザを抱いたまま、奥の部屋へと向かった。
サッとカーテンを引き、中の声が店にいる莉々に聞こえないように警戒した。
「…はぁ」
リィーズは深いため息を付いて、ソファにコルザを座らせた。
「いくらあなたを守らなきゃいけなかったからとはいえ…、莉々に強く言いすぎてしまったわ…」
リィーズは、莉々を叱ったことへの反省の意を示した。
コルザは申し訳なさそうに、リィーズを見上げた。
「…ごめんなさい…。僕、なんだか、お二人の仲を裂いてるみたいで…」
リィーズは首を横に振った。
「いいえ。いいのよ。…これがきっかけで、あの子もお店だけじゃなく、他に楽しいことを見つけてくれるかもしれないわ」
リィーズは台所に移動し、昼食の用意をしながら言った。
「…でも、あの子、動物が好きなのね。知らなかったわ。真紀さんはあんなに動物嫌いなのに」
「…まきさん?」
聞いたことのない名前に、コルザは疑問を投げかけた。
「ああ、真紀さんは、莉々と愛莉の母親の名前よ。私の息子のお嫁さん」
リィーズはパンを切りながら答えた。
「その方は魔女なんですか?」
コルザは聞いた。
「いいえ。普通の人間よ。私や息子、愛莉に魔力があることも知らないわ」
リィーズは昼食をお盆に乗せて、コルザの所まで歩いた。
「…莉々さんに魔力が無いのは、その方の血を多く受け継いだからなんですね?」
コルザは納得したようにリィーズに聞いた。だが、リィーズはすぐには答えなかった。
「……。…ええ、きっとそうね…。さ、早く食べて、あの子も呼んであげなくちゃ」
リィーズは話を変えるように、コルザに言った。
放課後。
ラビアン・ローズへの道を、新志と愛莉は急いで走った。
「なんで早く言ってくれなかったの!?莉々さんが今日一日ラビアン・ローズにいるって!」
「だって、そんな事情知らなかったもん!!お姉ちゃん、朝からお店に行くって言ってたから、もしかしたらもう…」
愛莉は青ざめて言った。
「ふ、不吉な事言わないでよ~っ!!」
冷や汗をかいた新志は、走りながら愛莉に言った。
お店の中へ勢いよく走りこんで来た二人は、慌ててカウンターに目を向けた。そこには、いつも通り座って詩集に目を通す莉々の姿があった。
「お、お姉ちゃん…」
「莉々さん…」
愛莉と新志はとっさに莉々に声を掛けた。莉々は二人に目をやった。
「あら、おかえり愛莉。新志君もこんにちは」
莉々はニコッと笑って言った。
「ただいま…」
「こんにちは…」
いつも通りの莉々を見た新志と愛莉は、ホッとして互いを見合い、すぐに奥の部屋へと向かおうとした。
「おばあちゃんは?奥?」
「ええ」
愛莉と新志が、莉々の横を通り過ぎようとした時だった。
「っっ!?」
二人は驚いて莉々の膝元を見た。そこにはコルザが丸まった姿で、ちょこんと乗っていた。
「コ、コルザ!?」
新志は驚いて言った。コルザは何かを訴えたそうに新志を見ている。
「お、お姉ちゃん…何で?」
愛莉はコルザを指さして、莉々に聞いた。
「おばあさんから、今日一日預かってるって聞いたから、少し遊びたいなと思って。…この子、すごくおとなしいのね。全然吠えないし。フフフ、私気に入っちゃった」
莉々はコルザを撫でながら言った。新志と愛莉は、驚いた顔のまま互いを見合った。
すると、奥からリィーズが静かに顔を出した。
「…この子ったら、コルザと一緒に店番するって言って、ずっとこの調子なの」
新志と愛莉に向けて、申し訳なさそうな顔をしながら、リィーズは言った。
「り、莉々さんがそこまでコルザの事を気に入ってくれるとは、思わなかったなぁ」
「わ、私もいがいー。そんなに動物好きだったなんて、知らなかったぁ」
新志と愛莉は、冷や汗をかきながら言った。
コルザは困った表情で二人に訴えている。新志、愛莉、リィーズは顔を見合わせて頷いた。
「じゃあ、莉々さん。僕もう帰るから、コルザを返してもらえますか?」
新志は手を出して莉々に言った。莉々はうつむいて黙った。三人は、そんな莉々の様子に、疑問と若干の不安を混ぜて互いを見た。
「莉々、どうしたの?早く新志君に渡して」
「お姉ちゃん?」
すると、莉々は顔を上げて、新志の顔をじっと見つめた。新志は心臓を「ドクンッ」と鳴らした。
「新志君、お願い!この子と今日一日、一緒にいさせて!!」
その場にいた三人と一匹は固まった。
「…え…??ええーっ!?」
新志と愛莉は驚きを隠せず、思わず声を発した。リィーズとコルザも、驚いた表情で莉々を見ている。
「…ダメ…?」
二人の驚きようを見て、莉々は悲しそうな顔をした。
「い、いや、ダメっていうか…その…」
新志は焦ってなんとかごまかそうとした。
「わがまま言うなんて、お姉ちゃんらしくないなぁ。なんでそこまで?」
愛莉の質問に、莉々は躊躇しながらコルザを見た。
「…この子といるとね…、なんだかホッして」
莉々はそう言うと、リィーズの方を見た。
「今日、配達があったわよね?私、この子と行きたいの」
リィーズは驚いて莉々を見た。新志と愛莉も同様に驚いている。
「…え?あなたが?」
配達はいつも運送業者か、近ければリィーズが自ら行っている。
リィーズは、莉々がそれを希望することに疑問を抱いた。
「私…将来お花屋さんになって、自分のお店を持てるように、出来ることをしてみたい。配達はずっとやりたかったけど、なかなか勇気が出なくて…。でも、この子と一緒なら出来ると思うの」
莉々は恥ずかしそうに、勇気を振り絞って、自分の気持ちを打ち明けた。
「莉々…あなた…」
「お姉ちゃん、お花屋さんになりたかったんだ…」
リィーズと愛莉は、莉々の気持ちを初めて知り、どこか嬉しさを抱いた。
「莉々さんならきっと大丈夫!!」
新志もそんな莉々を応援した。コルザは黙って莉々を見つめている。
新志の言葉を聞いた莉々は、椅子から立ち上がった。
「じゃあ、この子を少しの間、借りてもいいのね?」
「…えっ?」
新志は動揺してコルザを見た。コルザはじーっと新志を見ている。
「ちょ、ちょっと待ってて!」
新志はそう言うと、コルザを連れて奥の部屋へと走って行った。
「あ!ちょ、ちょっと待ってよ~!」
愛莉は慌てて新志の後を追いかけた。莉々は「?」を頭の上に浮かべて、その様子を見ていた。
リィーズは莉々と少し距離が近づいたと、安心した表情で彼女を見つめた。
奥の部屋へと移動した新志は、コルザをテーブルの上に乗せた。
「コルザ。莉々さんの話、聞いただろ?あのおとなしい莉々さんが、勇気を出して自分の気持ちを言ってくれたんだ!」
新志は強い眼差しで、コルザに訴えた。
「う、うん…。…?」
コルザは、新志の熱のかかった言葉に困惑しながら返事をした。
新志はコルザの肩をガシッと強く掴んだ。
「僕は、彼女に協力したいと思ってる」
「………。」
コルザには、新志が何を訴えたいのか察しがついていた。だが、返事をせず黙っていた。
すると、愛莉が後ろからやって来た。
「新志君にとって、お姉ちゃんは運命の人だもんね!お姉ちゃんを助けて、好感度アップってわけだ!」
新志は顔を赤くして、振り返った。
「そ、そういうんじゃっ…。あ、愛莉ちゃんだって、妹なんだから、お姉さんの力になってあげるのは当然なんじゃないの?」
新志は腕を組んで、愛莉をじろっと見た。
「まぁね。私も協力したいよ。あのお姉ちゃんが、自分のこと打ち明けてくれるなんて、ほんとびっくりだもん」
新志と愛莉は、今度はコルザに顔を向けた。コルザはギクッとした。
二人はコルザの前に来ると、指を組んで「お願い」のポーズをした。
「コルザ!頼むよ。莉々さんと一緒に配達に行ってあげて!」
「頑張ってバレずに犬のフリを続けて!お願いっ!コルザ!」
必死でお願いする二人に、コルザはたじろいだ。
「……僕、自信ないな…」
コルザは下を向いて、ボソッと呟いた。
「何言ってるのさ!コルザは王子様なんだぞ!そんな弱気じゃ駄目だよ!」
「そうだよ!もっと自信持たなきゃ!元の姿に戻っても、魔法界で笑われちゃうよ!?」
二人の熱心な説得に、少し考えたコルザは、惑わされながらも自信を取り戻した。
「わ、わかった…。よし、僕、バレずに犬のフリを通してみせるよ!」
「それでこそコルザだ!」
「頑張って!コルザ!」
二人にうまく言いくるめられたコルザは、自信たっぷりな顔をして、新志に抱かれながら奥の部屋から出てきた。
莉々は立ち上がって、歩いてくる新志を少し不安気に見つめた。
「莉々さん…。莉々さんの将来の夢のお役に立てるのなら、僕は喜んでコルザを莉々さんに預けます」
莉々の前だからか、新志はキリッとした表情で彼女に言った。普段とは違う新志に、後ろにいる愛莉は呆れ顔を見せていた。
「ほんと!ありがとう新志君!」
莉々は笑顔になって、手を合わせた。
新志はボソッとコルザに耳打ちした。
「僕らも後を付いていくから、安心して」
コルザは頷いた。
新志は莉々のところへ歩み寄り、コルザを差し出した。
「よろしくお願いします」
「嬉しい。ありがとう!」
莉々はゆっくりコルザを受け取った。コルザの扱いにだいぶ慣れたようだった。
「莉々、じゃあ、これをよろしくね」
配達物の準備をしていたリィーズは、花束が入った籠を莉々に手渡した。
「わかったわ」
「ほんとに大丈夫?」
片手にコルザを抱き、片手に籠を持った莉々を見て、リィーズは心配した。
「大丈夫!行ってきます」
キラキラした笑顔で店を出て行く莉々を見送った三人は、ぼーっと彼女の後姿を眺めた。
「お姉ちゃん…いつもと違う…」
「ほんとね…。あんな顔、見たことないわ」
「……綺麗だな…」
ポーっとする新志の様子を、愛莉とリィーズは呆れて見ていた。
「新志君、私たちは後を付けなくていいの?」
愛莉は新志の耳を引っ張って言った。
「いたたたたっ!あ!そうだ!僕らも行かなきゃ!」
新志と愛莉は、走って莉々を追いかけた。
莉々とコルザは、長く続く坂道を歩いていた。まだ春の温かさが残った風が吹いている。
「気持ちいいわ。小さい頃はよく連れられてお散歩に来てたけど、最近はここに来ることも少なくなってしまったのよね」
莉々は風を受けながら、懐かしさに浸った。
コルザは、以前ここに来たことを思い出した。
(ここは確か、新志君の学校へ行った時に通った道だ…。あの時は、綺麗なピンク色の花が咲いてたっけ)
莉々は立ち止まって、コルザに視線を向けた。
「ここはね、春になると、桜の花が満開になってすごく綺麗なの」
コルザはハッとして莉々を見上げた。自分の思っていることが通じたのか…。いや、そんなはずはないと、コルザは視線を落とした。莉々はフフフと笑ってコルザを見ている。
以前から、莉々に妙な不信感を抱いているコルザは、何かを見透かしたような彼女の目を見ることが出来なかった。
「愛莉ともよく桜の花見たなぁ…」
莉々はそう呟いて、歩き出した。
「どう?大丈夫?」
塀の影に隠れた新志と愛莉は、莉々達の様子を覗っていた。
「うん。…莉々さん、ほんとにコルザの事が気に入ったみたいだ。さっきからずっと話し掛けてるよ」
「動物好きなのもびっくりしたけど、あんなに話すお姉ちゃんにも驚きだな」
二人は、今まで見たことない莉々の様子に、感心していた。
「羨ましいなぁコルザ。莉々さんに、だっこしてもらって」
新志の一言に、愛莉はムッとして、彼の腕をつねった。
「いたたたたっ!?な、何するのさ!?愛莉ちゃん!」
「しーっ!大きな声だしたらバレるでしょ!あっほら!」
愛莉は莉々達の方に指をさして言った。新志がそちらに目を向けると、莉々は先ほどいた場所から移動し、すでに遠くの方まで歩いていた。
「いくよいくよ!新志君!」
愛莉はどこか楽しそうにはしゃぎながら、走って後をつけた。新志は慌てて彼女の後を追いかけた。
「ま、待ってよ、愛莉ちゃん!」
莉々とコルザは、丘の上の住宅街まで来ていた。どこの家も大きくて新しい造りということから、最近出来た高級住宅街だと予想される。
莉々は、キョロキョロしながら辺りを見渡した。
「…えっと…。三丁目はどのあたりかしら…。この辺はあまり知らないのよね…」
彼女の腕に抱かれているコルザは、先ほどよりも彼女の手に力が加わっていることが分かり、顔を上げた。
莉々は少し不安そうな顔をしている。
「………」
コルザは莉々をじっと見つめながら、彼女の手に自分のドラゴンの手を添えた。
莉々は、今までじっとしていたコルザが動いたことに気付き、そちらに目を向けた。
莉々はハッとした。
コルザが手を当てて、自分の事を見つめている。
「………」
莉々は黙ってコルザを見つめ返した。今まで目を合わせようとしなかったコルザが、自分を見つめている。
莉々は心がフッと和らいだようで、コルザに笑顔を見せた。
「今度はちゃんと私の顔、見てくれたね」
莉々の不安が和らいだとわかったコルザは、彼女からゆっくり目を背けた。
莉々は「フフフ」と笑って、また目的の家を探し始めた。
「………お姉ちゃん、さっきからずっと同じ場所ウロウロしてる…」
電柱に隠れて尾行している愛莉が、呆れ顔で言った。
「ねぇ、莉々さんってまさか…」
「極度の方向音痴」
愛莉ははっきりと断言し、「はぁ」っとため息をついた。
「あ、でも、あれ」
新志は何かに気付き、指をさした。新志の指さした先には、この町内の住宅地図の看板があった。
「あれを見ればすぐに分かるよ!」
「でも、お姉ちゃん、気付かずに通り過ぎてる…」
愛莉はがっくりしながら言った。新志は「うーん」と考えた。
「そだ!僕に任せて!」
新志は何かを閃いて、ポケットから真の鍵を出した。
「えっっ!?新志君!?」
愛莉が慌てるにも関わらず、新志は右手に鍵を持ち、魔力を念じた。
鍵の宝石は徐々に光りだし、新志は力を解放した。
「変身!!」
新志の掛け声と共に、身体から黄色い光が放たれ、新志の身体を包み込んだ。
その間、愛莉は誰にも見られていないことを確認するために、急いで周りをキョロキョロ見渡した。
光が消えると同時に、魔法使いの姿をした新志が姿を現した。
「新志君!いきなり変身しちゃだめじゃん!ちゃんと周りを確認しないと!」
冷や汗をかいた愛莉は、新志に注意した。
「ごめんごめん。でも、誰もいないから大丈夫だよ」
新志は暢気に笑った。
「…で、どうするの?」
愛莉は呆れ気味に聞いた。
「僕があの看板に変身して先回りすれば、莉々さんはきっと気付くはずさ!」
新志は愛莉にウインクして言った。
「そうか…!それなら、お姉ちゃんでもさすがに気付くはず!さっすが新志君!」
愛莉はキラキラした目で新志に言った。
「まっかせてください!」
新志は自信満々に言い、杖に変わった鍵を両手で持って目をつむった。
「トワール・ワイル・エトワール 僕の姿をあの看板に変えて! ストームズ リベラシオン!」
新志は目を開け、杖を右手に持ち替えて高く上げた。
すると、先程同様の黄色い光が杖の宝石から放たれ、新志の身体を包み込んだ。
愛莉はワクワクしながら、その様子を見ている。
光が消えると、看板と化した新志が現れた。
「どう?ちゃんと変身出来てる?」
看板新志は足の部分を妙にくねくねさせて、愛莉に聞いた。
「大丈夫大丈夫!これならバレないって!」
愛莉は笑顔で新志に言った。
「よし!じゃあ、行ってくるね!」
新志は威勢よく愛莉にそう言うと、別の道から先回りして、曲道のわきに立ち、莉々が来るのを待った。
(これなら、莉々さんも絶対に気付くぞ!)
新志はそう確信していた。
すると、莉々が曲がり角を曲がって、新志の方に近づいてきた。新志は莉々に気付き、動かないようにじっと耐えた。
(新志君、頑張れ!お姉ちゃん、気付いてよ!)
莉々の後ろでは、彼女を尾行している愛莉が、曲がり角に隠れて、様子を覗っている。
「っ!?」
莉々に抱かれているコルザは、看板からの魔力を感じ、すぐにそれが、新志が化けているものだと気付いた。
(あ、新志君…)
新志の斬新な発想に、コルザは冷や汗をかいて見守った。
だが、三人の願いも虚しく、莉々は看板に気付くことなく、その場を通り過ぎてしまった。
(ええええーっ!!!)
三人は愕然とした。
「お姉ちゃん…。マジか…。新志君、どうするよ?」
愛莉は不安気な顔で新志を見た。
「~~~~~~っっ」
華麗にスルーされた新志は、自分の努力に虚しさを感じ、やけを起こしていた。
新志は看板の姿のまま、蟹のような横移動で、ぴょんぴょん飛び跳ねながら莉々を追いかけた。
「あちゃあ…。ありゃヤケクソだ…」
新志の行動を見てあっけにとられた愛莉は、その場に立ちすくんだまま呟いた。
一方、新志は負けずに莉々の後を必死に追いかけていた。
(新志君…)
看板の姿のまま、跡から追いかけてくる新志を、コルザは心配そうに見ている。
「こっちに行ってみましょ」
住宅街の突き当りまで来た莉々は、その先が崖になっているのを確認し、くるっと右を向いて行く方向を変えた。
「っ!?え!?わっわわわわわ!?」
急に方向転換した莉々に驚き、前をよく見ていなかった新志は、急に止まることが出来ずにそのままレールに足をぶつけた。その拍子で看板となった身体は、レールを乗り上げた。
「げっ!?」
新志の目線の先は、崖の下の車通りの道だった。
手を使えない状態の新志の身体は、そのまま真っ逆さまになってしまった。
(僕、こんな格好で死ぬのっ!?)
今の状況に成す術の無い新志は、ぎゅと目をつむった。
「……………?」
衝撃に耐えようと身構えていた新志だったが、しばらくしても何の異変もないことから、ゆっくりと目を開けた。
「んもう!やっぱり私がいないと駄目だなぁ!!」
新志は声のする方へ目をやった。
「あ、愛莉ちゃん!」
愛莉は、変身した格好で、自分の杖にまたがりながら、看板の姿の新志の足を両手で掴んでいた。
「ありがとう愛莉ちゃん!助かったよー!」
能天気に身体をくねらせて新志は言った。
「わ、わかったからっ!と、とりあえず、じっとしてて!重いんだから!」
愛莉は重さに耐えながら、新志に言い聞かすように必死に訴えた。
一連の流れを見ていたコルザは、ホッとした様子で体の向きを戻した。
「看板作戦は失敗だったね…」
魔法使いの姿に戻った新志は、横でぜーぜーと息を切らしている愛莉に言った。
「莉々さんは、なかなか手ごわそうだ」
新志は、うーんと考えながら言った。
「思ったんだけど、お姉ちゃんは、何考えてるか分からないから、こっちから操った方が早くない?」
落ち着きを取り戻した愛莉が提案した。
「ん?どういう事?」
新志はきょとんとして聞いた。
「だから、こっちからお姉ちゃんを看板の方に誘導するの。見てて!」
莉々はまだ目的地にたどり着けず、同じところをぐるぐると回っていた。
(…これは…とんでもない程の方向音痴だ…)
莉々に抱かれたコルザは、愕然としていた。
「なかなかたどり着かないわ…。どうしよう…」
莉々はオロオロしながら、辺りを見渡した。
すると、どこからともなく、桜の花びらがひらひらと舞い降りてきた。
「…え?…桜?この時期に?」
四月も終わるというのに、どこからともなく舞ってくる桜の花びらに、莉々は少し驚いて上空を見上げた。
だが、花びらがどこから舞っているのか分からず、今度は、花びらの舞い落ちる方向へ顔を向けた。
「桜の花びらって…。こんなことで、莉々さんが釣られるかな?」
隠れて莉々の様子を見ている新志は、愛莉に言った。
「だって、これしか思いつかないんだもん。お姉ちゃんの好きな物っていったら、お花だし。なんとなく桜の花が思い浮かんだの!これに賭けるしかない!」
一緒に隠れて見ている愛莉は、杖で花びらを操りながら言った。
莉々は黙って花びらの行く先を見ている。
「なんだか、私を誘ってるみたい…。…なんて、少し本の読みすぎかしら」
莉々は照れ笑いをして、コルザに言った。すると、コルザは、莉々の腕からピョンッと降りて、花びらが舞ってゆく方向へと四つん這いになって走った。
「あ!コルザくんっ」
莉々は焦って呼び止めた。コルザは走るのを止め、莉々の方へ振り返った。コルザは目で何かを訴えている。
「………?」
莉々はコルザの目をじっと見つめた。
当然コルザには、花びらの正体が愛莉の魔法だとわかっていた。彼なりの、愛莉と新志の努力の後押しをするための行動だった。
「やっぱり…、呼んでるのかしら…?」
そう言うと、莉々はコルザと共に、花びらの向かう方へ走った。
莉々とコルザは、花びらを追いながら、曲がり角を曲がった。
「あっ!」
莉々は足を止めた。すぐそこに住宅地図の看板が立っている。追っていた花びらは、その看板に吸い寄せられるかのように、そこへ舞い落ちていた。
「………」
莉々はその光景を不思議そうに見ながら、看板へ近づいた。コルザもその後を歩いた。
「こんなところに看板があったのね。助かったわ。これで場所がわかる」
莉々は安心した表情で、メモに書いてある場所を看板から探した。
隠れていた新志と愛莉は、ハイタッチして喜んだ。
「やったね!さすが愛莉ちゃん!」
「新志君のおかげだよ!この方法を思いついたのは!」
二人は、喜びながらお互いを褒めあった。
ーピンポーンー
莉々とコルザは、モダンな造りの大きな家の前に来ていた。
目的の場所にたどり着いた莉々は、その家の呼び鈴を鳴らした。配達が初めての莉々は、緊張しながら応答を待った。
コルザは、そんな莉々を心配そうに見つめている。隠れて見ている新志と愛莉も不安そうに莉々を見守った。
すると、呼び鈴からの応答ではなく、家の扉が「ガチャ」っと開いた。不意を突かれた莉々は、ハッとして扉に目をやった。
「おお!お待ちしてました!ラビアン・ローズの方ですね!」
扉からは、いかにもお金持ちの息子といった青年が莉々を待ちかねたように出て来た。
「…あ、あの…。は、はい…」
莉々は、少し戸惑いながら返事をした。
「まさかあなたが来てくれるなんて、思いませんでしたよ」
青年は、興奮気味に駆け寄り、門を開けた。
「…え?…あの…?」
莉々は青年の言葉を疑問に思った。
「僕、あなたがいつもお店にいるの知ってるんですよ。あなたのファンなんです」
青年は爽やかに笑いながら、莉々を中に誘導した。
莉々が店番をしているときは、彼女目当ての客がいつも店の前を陣取っている。
彼もその一人なのだと、莉々は察した。
「…でもね、僕は、いつも店の前で、あなたを見ているだけの下品な奴らとは違うんですよ?」
青年は、莉々の肩に手を置いて言った。ビクッと反応した莉々は、驚いて青年の方へ振り返った。すると、青年は、莉々に顔を近づけ、耳元で囁いた。
「僕はずっと前からあなたを知っています。店の前を通るたびにあなたを見てました。今日配達をお願いしたのも、もしかしたらあなたが来てくれるんじゃないかと…。思い切って頼んでよかった!」
そう言うと、青年は玄関の扉を開けて、莉々を家に入れようとした。
莉々は呆然と立ちすくんで、動けない様子だった。
(結局お店の前にいる人たちと変わらないと思うけど…)
心の中でつっこみを入れたコルザは、呆れ顔で青年を見ていた。
「どうしたの?立ち止まっちゃって。さぁ、入ってよ」
「い、いえっ、で、でもっ…」
青年が近寄ってくるのに、身の危険を感じた莉々は、この状況をどう乗り切るか、頭の中で必死に考えた。
その間に、青年は、莉々の近くまでたどり着いていた。
「あ、そうだ。名前教えてよ。出来たら友達になりたいんだ」
青年は莉々の手に触れようとした。
「こ、困ります!…わ、私は、お花を届けに来ただけなんです!」
莉々はとっさに青年の手をかわし、彼宛の花と領収書を差し出した。
青年は少しムッとしてそれを受け取ると、そのまま無言で家に入り、代金とサインを持って、それを莉々に差し出した。
無事に配達を終えることが出来ると、莉々は安心した顔で、それを受け取った。
「あ、ありがとうございました」
莉々は頭を下げ、そそくさとその場から去ろうとした。
「なんとか無事に終わりそうだね」
「うん……」
新志と愛莉は、ネズミの姿に変身し、向かい側の家の塀から隠れて見ていた。
だが突然、莉々は腕をグイッと引っ張られた。
「きゃっ!」
青年は両手で、力強く莉々の両腕を掴んだ。とっさのことに莉々は驚いて目を見開いた。
「やっぱり諦められないな。中でお茶くらいして行ってよ」
青年は先程の爽やかな笑顔とは裏腹に、真剣な顔で莉々を引き留めた。
莉々にとってはその顔が恐怖に感じ、青年の強い力を必死で振り払おうとした。
「や、やめて下さいっ!お願いっ!」
「そんなに嫌がらないで。話がしたいだけなんだ」
そのやり取りを見ていた新志と愛莉は、慌てて身を乗り出した。
「ちょっ…!ヤバい奴!!お姉ちゃんを助けなきゃ!!」
「行こうっ!愛莉ちゃん!!」
二人は現場に踏み込もうと、そちらへ走った。
莉々の抵抗も虚しく、青年の力には敵わず、そのまま家に連れ入れられそうになった。極度の不安に陥った莉々は、とっさに叫んだ。
「いやっ!やめてっ!!」
その瞬間、我慢を抑えきれなくなったコルザが、身を乗り出して青年の手に噛みついた。
「っだーーーーーーーっっ!?」
あまりの激痛に、青年は声を上げた。
驚いた莉々は、手に噛みついているコルザを見た。
「コ、コルザくん!?」
「なんだコイツ!!僕の手になんてことすんだ!この野蛮野郎!!」
莉々は慌てて青年からコルザを引きはがし、そのまま走って家から出て行った。
ひとり残された青年は、ポカンとしながら立ちすくんでいた。
「…あ……。な、なんだよ……」
ネズミの姿の新志と愛莉も、ポカンとした様子で走っていく莉々をただ見ていた。
「…と、とりあえず、無事終了ってとこかな…」
「一件落着だね…」
二人は安心して、変身を解いた。
青年が家に入りうとしたところ、家の前にいる二人に気が付いた。
「おや!君はラビアンローズのもう一人の女の子だね!?どうだい?中でお茶でも…」
青年に声をかけられた愛莉は、ギクゥっとして、そちらへ振り返ることもせず、新志の腕を掴んでそのまま走り出した。
「わゎっ!あ、愛莉ちゃんっ!?」
愛莉に腕を引っ張られた新志は、驚く暇もなく、愛莉と共に走ってその場を去っていった。
「……な、なんだよ……」
またもひとり残された青年は、立ちすくんで呟いた。
「莉々さんとコルザ、どこ行ったんだろう?」
そのまま走ってきたものの、新志と愛莉は莉々達の姿を見失ってしまった。
「お店に帰ったんでしょ。無事に配達できたんだし、私たちも帰ろうよ」
愛莉は呼吸を整えながら、新志に言った。
「うん…。そうだね」
新志は愛莉に返事をすると、二人はラビアンローズへと足を向けた。
夕暮れの道を、莉々はコルザを抱いて歩いていた。
(しまったな…。出過ぎたマネしてしまった。莉々さん、怒ってるかな…?)
コルザは莉々の様子が気になっていたが、彼女の顔を見れずにいた。
「………」
莉々は前を真っすぐに見つめ、黙って歩いていると、コルザを抱く手にぎゅっと力を入れた。コルザはハッとして、莉々を見上げた。
「…私って、駄目ね…。今まで一人前に出来たこと、何一つないのよ…」
莉々は寂し気な表情で呟いた。コルザは莉々を見つめた。莉々は目線を落としてコルザを見た。
「今日はありがとうね。あなたのおかげで助かったわ。自分から配達に行く意欲も持たせてくれたしね」
莉々は微笑んでいた。
「配達も済んだし、新志君にあなたを返さないといけないね。…これでお別れ…」
莉々は夕日を見ながら呟いた。コルザは黙って、夕日に照らされた莉々を見ている。
「あ、そうだ!」
莉々は何かを思いつき、コルザに顔を向けた。
駅前には、古びた観覧車があった。それは夕日でオレンジ色に染まっている。
莉々とコルザを乗せたゴンドラが、まもなく頂上へ上り詰めようとしていた。
「やっぱり、観覧車から見る夕日は格別にキレイだわ」
莉々は向かいの席にコルザを座らせ、目の前に広がる夕暮れの空を見つめた。コルザは、くるりと後ろを向き、窓に手を当てて、莉々と同じ景色を見つめた。莉々は、窓の外へじっと目を向けるコルザに微笑んだ。
「小さいころ、叔母によく乗せてもらってたのよ。愛莉と三人で。愛莉はまだ小さかったから、よく覚えてないと思うけど」
莉々は思い出しながら話し出した。
「私、叔母が大好きだった。お花に詳しくなったのも、叔母のおかげなの。あの人も、お花が大好きだった。私にいろんな花の種類を教えてくれたのよ」
コルザは夕日を見ながら、莉々の話を聞いていた。
(…そういえば、バラノアも花が好きだったな…)
コルザは、ふと、育ての母親の事を思い出した。
「でもね、私が七歳の時、死んでしまったの…」
莉々は悲しそうな声で、呟くように言った。コルザはハッとして、窓ガラスに映る莉々を見た。
莉々は夕日を見ずに、うつむいている。
「…瑠莉おばさま…」
「………」
コルザは視線を落とした。
(莉々さんも、僕と同じで、小さいときに大事な人を亡くしたんだ)
コルザは下を向き、莉々に同情心を抱いた。
莉々は少しの間黙ってしまい、一人と一匹は静かな空間を過ごすことになった。
ゴンドラが頂上を過ぎ、しばらくたった頃だった。黙っていた莉々は、口を開いた。
「……その人の…、瑠莉おばさまはね…、別の顔を持っていたの…」
莉々は、思い切ったように話しだし、その声は少し震えていた。コルザは顔を上げ、窓ガラスに映る彼女を見た。莉々の目は、ガラスに映るコルザの目を、強い眼差しでじっと見つめていた。
「…彼女の…別の顔の名前は…バラノアっていうのよ」
“ドクンッ”
コルザは心臓を高鳴らせた。驚いて振り返ったコルザの目には、強張った顔で見つめる莉々が映った。
「……っっ!?」
コルザはとっさに出そうになった声を堪えた。その様子を見た莉々は、「フッ」と含み笑いをして話を続けた。
「バラノアおばさまはね、七年前に急に別世界で命を失ってしまったの」
コルザは、全身が震えていることに気付いた。だが、莉々の目から逃れることが出来ずにいた。彼の様子に気付いているにも関わらず、莉々は話し続けた。
「別世界でのおばさまは、とても優秀だったらしいから、それを良く思わない人たちから身を隠すために、姿を消したんじゃないかと、私は思ってる…」
莉々は表情を変えずに、淡々と話した。
「だって、凄く強かな人だったもの。芯を貫き通す…。そう簡単に、命を失うなんて事、無いと思うの」
コルザは、莉々の言葉に震えながら、ただただ黙って聞くことしか出来なかった。
「…あなたもよく知ってるでしょ?…ねぇ…?」
莉々は、笑みを浮かべた。
「コルザくん…?」
「…………っ!!」
二人を乗せたゴンドラは、ゆっくりと地上に降りようとしていた。
第四話、読んでいただきありがとうございます!
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第五話「カラビーニア城に迫る怪しい影」もよろしくお願いいたします!




