第三話「魔法の呪文!ストームズ リベラシオン!!」
新志の部屋では、ベッドで寝ている新志と、枕もとで丸くなって眠っているコルザの姿があった。
「…ん…?」
目を覚ましたコルザは、身体を起こし、辺りがまだ薄暗い事を確認した。
(…夜明け前か…。新志君もまだ眠ってる…)
コルザは眠っている新志を見ると、ベッドを降りて机をよじ登り、窓に掛かったカーテンを少しめくった。
窓の外は青白い空が広がり、見たことのない鳥が飛んでいた。
「…………」
自分のいた世界とは違う夜明けの景色に、コルザは興味をそそられながら、じっと窓の外を眺めていた。
(……ここには、海や湖が無いのかな…?…でも、緑が綺麗だし、生き物も多い…)
すると、窓の外からヌッと猫が顔を出し、コルザはビクッと驚いた。
現れた猫は、コルザを警戒しているのか、じっと睨みをきかせたまま、窓の外の手すりを歩いている。
「………っ!?」
コルザはしばらく猫を見ていたが、睨みにたえられなくなり、カーテンを閉めた。
窓を背に座り込んだコルザは、「ふぅ」とため息を付いた。
(…ドラゴンの姿だもんな…。そりゃ警戒するよ…)
コルザは、ドラゴンになった自分の手をじっと見つめた。
(この姿に慣れなきゃ駄目だ。…新志君達に迷惑かけるからね…)
コルザは、スヤスヤ眠る新志の方へ顔を向けた。
「………」
机を降り、再びベッドに上ると、コルザは眠る新志の顔をじっと見つめた。
(新志君…。僕と共鳴する力を持っているんだ…。初めて会った時は正直信じられなかったけど…。この子といると、なんだか心が安らぐ…。不思議な子だな…)
コルザは、そう思いながらウトウトとし、再び眠りについた。
「ジリリリリリリリッ」
七時に合わせた目覚まし時計が、けたたましい音で部屋中に鳴り響いた。
コルザはハッと目を覚まし、目覚まし時計に目をやった。
「新志君の起きる時間なんだ!新志君、新志君!起きて!…これどうやって止めるの?」
耳元で鳴り響く目覚まし時計を止めようと、コルザは新志の肩を叩いて聞いた。
「…うー…ん…。うるさいなぁ…」
だが、新志は身体の向きを変えて、眠たそうに声を発した。
「新志君!新志君ってば!時計が鳴ってるよ?起きなくていいの?」
コルザは、新志に背を向けられても、めげずに背中を叩き続けた。
「…あと十分だけ…」
そう言うと、新志は布団にもぐって眠りだした。
「………」
見兼ねたコルザは、新志の頭によじ登り、眠っている新志に耳打ちした。
「新志君!可愛い女の子が呼んでるよ!」
その途端、新志はガバッと身体を起こした。
「うそっ!?…ど、どこっ!?」
一気に目が覚めた新志は、顔をキョロキョロさせて可愛い女の子とやらを探した。
新志が身体を起こしたと同時に、床に吹っ飛んだコルザは、身体を起こしながら苦笑いして新志に言った。
「や、やっと起きたね…。新志君…」
新志は床に倒れているコルザを不思議そうに見た。
「…コルザ…?そんなとこで何してるの?…あと、可愛い女の子は…?」
新志は辺りを見ながらコルザに聞いた。
「………」
コルザは冷や汗をかいて、新志を見ていた。
目覚まし時計を止め、新志はそれを棚の上に置いた。
「君って結構 姑息な手を使うんだなぁ…」
新志は赤い顔で、コルザをジロッと睨んだ。
「ご、ごめん…。でも、新志君、ちゃんと目を覚ましたよ?」
コルザは慌てて返した。
「…そうだけど…。まったく、愛莉ちゃんが変な事コルザに吹き込むから…」
新志はブツブツ言いながら、パジャマを脱いで着替えだした。
チラッとコルザの方を見ると、新志はコルザがうつむいて黙っていることに気が付いた。
「……僕の事、軽蔑してる?」
「…えっ!?」
新志の言葉に驚いたコルザは、そちらに顔を向けた。
「…君のお父さん…、女の人には目がないって言ってたよね?……僕も女の子に惚れやすいから…。…コルザ、僕の事、どちらかというと嫌いなタイプなんじゃないかなってさ…」
新志はコルザからフイっと視線を反らせた。
コルザは慌てて、四つん這いで新志の所へ駆け寄った。
「そんなことないよ!…父様と新志君は全然違う!…なんていうか…、父様の女好きは…露骨で下品だ。でも…新志君のは…」
コルザはじっと新志の顔を見た。新志も言葉の続きが気になって、コルザの方へ顔を向けた。
「…新志君は…無邪気だし…。それに…、可愛いよ!!」
コルザの発言に、新志はガクッと膝を崩した。
「かっ、可愛いって何さ!?バカにしてる?」
新志はカーッと頭に血を上らせてコルザに言った。
「ち、違うよ!新志君は、純粋な心で愛莉ちゃんや莉々さんと接してるから…!いや、彼女達だけじゃない。僕にだって、そうしてくれるから…!」
コルザは、首を横に振って新志に訴えた。新志は、赤い顔で黙ったまま着替えを続けた。
「………」
自分の言いたいことを上手く伝えられないコルザは、シュンとしてうつむいた。
「……僕、今まで人とあまり喋った事ないんだ…。…だから、気持ちを上手く伝えられない…。…傷つかせたのなら、ごめんね…。…でも、僕、君の事は…好きだよ…」
新志はハッとして、コルザの方を向いた。
コルザは、申し訳なさそうに下を向いている。
「………」
新志はクスッと笑って、コルザを抱き上げた。
「なに謝ってるのさ!僕は全然傷ついてなんかないよ!…さっきの仕返しに、ちょっと意地悪しただけだよ!」
新志は笑いながら、コルザに顔を近づけて言った。
コルザは顔を上げて、新志を見つめた。
「僕も君が好きだよ!…なんか君って、放っておけないんだよ!…力が通じ合ってるからかな?」
「新志君…」
コルザは、じっと新志の目を見た。
「…でもさ、君って、結構気にするタイプなんだね。…いちいち気にしてたら、身体もたないよ?」
「……っ」
新志の的を射た忠告に、コルザは言葉を詰まらせた。
「新志君ー!行くよー!」
登校時間になり、玄関の外から、恒例の愛莉の元気な声が聞こえてきた。
部屋で支度をしていた新志は、窓を開けて愛莉に返事をした。
「愛莉ちゃん!すぐ行くー!」
「新志君、コルザはー?」
愛莉は、一緒に部屋にいるはずのコルザを気にかけた。
「いるよ!……ほら!」
新志はコルザを抱き上げて、愛莉に見せた。
「コルザ!おはよー!」
愛莉は両手をブンブン振って、コルザに挨拶をした。
周りに怪しまれないように、コルザは控えめに手を振って、愛莉に笑顔を見せた。
コルザをベッドの上に乗せると、新志は通学カバンを背負って、家を出る準備をした。
「コルザも下まで一緒に行こう!愛莉ちゃん、喜ぶよ!」
新志はコルザを抱いて、部屋を出ようとした。すると、コルザは机に置いてある、新志の「真の鍵」に気が付いた。
「…っ!?新志君!真の鍵を持って行かないと!」
新志を見上げ、コルザは慌てて言った。
「…えっ?でも、学校で魔法を使うわけにはいかないし…、周りの人に魔法使いってバレたら大変だから、愛莉ちゃんと持って行かない約束をしてるんだけど…」
新志は、戸惑ってコルザに返した。
「真の鍵を身に付けておかないなんて、そんなの駄目だよ!真の鍵は魔力の源なんだ。それに、危険が迫ったら察知できるんだよ?魔法界でも人間界でも関係なく、魔力を持つ者は、常に持っておかなきゃ駄目だ!」
コルザの熱心な説得に押され、新志は机の上の「真の鍵」を手に取った。
「そ、そうなの…?じゃあ、持って行こうっと…」
新志は鍵を首にかけて、服の中へとしまった。
玄関まで降りた新志は、コルザを抱いたまま家を出ようとした。
「新志!コルザちゃんは置いていきなさいよ!」
お母さんがそれに気付き、新志に言った。新志は「ゲッ」という顔で、お母さんの方へ振り返った。
「わ、分かってるよ!愛莉ちゃんに少し会わせるだけだって!」
新志はそう言って、玄関の扉を開けた。
「愛莉ちゃん!お待たせ!」
新志は、門にもたれる愛莉の所へ駆け寄った。
「おはよー新志君!…コルザ、元気そうだね!」
愛莉は、新志の腕に抱かれたコルザの頭を撫でた。
「おはよう愛莉ちゃん!」
コルザは愛莉に笑顔を向けて言った。
「おはよ!!……新志君…、コルザ、連れて行くの?」
愛莉は若干不安気な顔をして、新志に聞いた。
「…そうしたいけど…、母さんに止められて…。学校は危険だしね…」
新志は残念そうに、コルザを見て言った。
「二人に迷惑かけたくないから、僕は留守番してるよ!」
コルザは新志を見上げて言った。
「退屈だろうけど、帰って来るまでの辛抱だから。母さんの前では、くれぐれも犬のフリをしててね!」
新志はコルザに念を押した。
「うん!分かったよ!」
コルザは、笑顔で新志に返事をした。
扉を開け、コルザを玄関マットの上に乗せると、新志と愛莉はコルザに手を振った。
「じゃあね!行ってくるよ!」
「すぐ帰るからねー!またね!コルザ!!」
「行ってらっしゃい!勉強頑張って!!」
コルザも手を振って、二人を見送った。
「バタン」と扉が閉まると、お母さんがリビングから顔を出した。
「あら?愛莉ちゃんの他に誰かいたのかしら?…声が聞こえたけど…」
ギクッとしたコルザは、両手で口を塞いだ。
お母さんは玄関に座り込んでいるコルザを見ると、そちらに歩み寄って抱き上げた。
「もう!こんなところに置いていくことないのにね!」
お母さんはコルザに微笑みかけると、リビングに移動して、コルザをソファの上に乗せた。
「…さてと!まずはお洗濯ね!天気がいいから、今日はよく乾きそうだわ!」
お母さんはそう言って腕まくりをすると、洗面所の方へと歩いて行った。
コルザはソファの背もたれをよじ登り、窓の外の空を見上げた。
(本当だ!今日は凄くいい天気だ!)
コルザの目には、青く澄み渡った、雲一つない空が映っていた。
数時間後
新志は体育の授業を終え、同じ当番の愛莉と共に、授業で使用したハードルを片付けていた。
「ぬーっ!おっもいっ!」
「少しずつ運べばいいのに、いっぺんに四個も運ぼうとするからだよ!」
左右の手に、二つずつハードルを持って運ぶ愛莉に新志が言った。
「だって、早く終わらせて遊びたいじゃん!」
愛莉は、速足で体育倉庫へと入った。
ガシャンッとハードルを置くと、二人は再び倉庫を出て、グラウンドのハードルを取りに行った。
「……ん?」
先ほどと同様に、四つのハードルを運んでいた愛莉が、何かに気付いて体育倉庫の上を見上げた。
「どうしたの?愛莉ちゃん?」
新志は愛莉に声を掛けた。
「あれ…ワンちゃんじゃない?」
愛莉はハードルを地面に置いて、指をさして新志に言った。
新志はそちらに視線を向けると、体育倉庫の屋根の上で、子犬がウロウロ歩いているのが見えた。
「ほんとだ!?何であんなとこに?」
「あの子、お隣のおばちゃんが探してる「ポン太」に似てる!…助けてあげなきゃ!」
愛莉は走って体育倉庫の中へ入った。新志も愛莉の後を追った。
「ガチャンッ」
愛莉は、屋根へ出る扉を開けようとしたが、鍵がかかって開かなかった。
「ええっ!?開かないじゃんっ!」
「あの子犬、どうやってあそこまで行ったんだろう?」
「そりゃあ、この扉が開いてる隙に入り込んだんでしょ?それ以外に考えられないよ!」
「…じゃあ、ここを閉めた人は、子犬に気付かなかったって事?」
「…多分、そうでしょ…」
新志と愛莉は困り果てて、再度倉庫の外へ出た。
二人は、校舎の中二階ほどの高さがある体育倉庫を見上げた。
「………」
降りられずに困っている子犬を、新志と愛莉は、哀れんだ表情で見つめた。
しばらくソファでウトウトしていたコルザは、高く上った太陽の日差しを顔に受けて目を覚ました。
「…あれ…?…少しの間、眠ってたのか…」
身体を起こしたコルザは、窓から見える庭の風景に目を向けた。
庭では、新志のお母さんが、洗い終わった洗濯物を物干し竿に干していた。
コルザはその光景に笑顔を浮かべ、辺りの様子を見渡した。
天気がいいおかげで、庭の緑は綺麗に映え、花も心地よさそうにてっぺんを向いて、風にあおられている。
すると、窓を隔てたコルザの目の前に、一羽の雀がとまった。
雀は窓のさんに挟まった落ち葉を、くちばしで突いている。
コルザは、笑顔で見つめ、そこから飛び立つ雀を目で追った。
「……?」
コルザは、隣の家の屋根と壁の間に、何かの塊があることに気付いた。
「…あれは、鳥の巣かな…?」
コルザは、身を乗り出して、その鳥の巣を見つめた。
中には雛と思われる、数羽のその頭が動いているのが確認出来た。
コルザは微笑んでその様子を見つめた。
「とりあえずさ、職員室で鍵をもらって来ようよ!」
新志は愛莉に言った。だが、休み時間を削られたくない愛莉は、最短で解決する策を思いついた。
「待って!何とか出来るよ!」
そう言うと、愛莉は体操服の中に手を入れ、「真の鍵」を取り出した。
「ああっ!愛莉ちゃん!また持ってきてる!」
新志は、自分と約束したはずなのに、毎回それを破って、鍵を持ってくる愛莉に若干呆れ顔を見せた。
「こういう時に役に立つの!見てて!」
愛莉は「真の鍵」を握り、念じるように目を閉じた。
「変身!!」
愛莉の掛け声と共に、「真の鍵」からピンク色の光が放たれ、愛莉の身体を瞬く間に包んでいった。
「わわわっ!あ、愛莉ちゃんっ!?」
学校であるにも関わらず、人目を気にせず、いきなり変身する愛莉に、新志は慌てて辺りを警戒した。
光が徐々に和らぐと、魔法使いの格好へと変身した愛莉が現れた。
「きゅ、急に変身なんかしてっ!誰かに見られでもしたら…っ」
「誰も見てないじゃん!じゃあ、行ってくる!」
愛莉は平然とした顔をして新志に言うと、鍵から変化した杖にまたいで、スーッと上空へ舞い上がった。
新志はハラハラした様子で、辺りを見回しながら愛莉を心配した。
倉庫の屋根に足を下ろすと、愛莉は子犬の方へと近寄った。
「やっぱり、お隣のポン太だ!ほら、怖がらないで!こっちおいで」
愛莉はしゃがんで、警戒するポン太を宥めた。
新志は不安気な顔で、屋根を見上げている。
「…愛莉ちゃん、まだ…?」
「…おい、新志?何してんだ?」
するとその時、新志の後ろから槍の声が聞こえた。
新志はギクッとして、後ろを振り返った。そこには、不思議そうに首を傾げて立っている槍がいた。
「…そ、槍…。いや、その…」
「片付け終わったのか?…上に何かあんのか…?」
槍が体育倉庫の上を見上げると、新志は慌てて槍に話し掛けた。
「な、何も無いよ!それより、どうしてまだ着替えてないの?僕の事なら、待ってなくてもいいのにさ!」
「お前と花見さんを二人にしてたら、またアイツが来るだろ?現にさっきの体育の時間も、ずっとお前らの事、監視してたしな」
槍の言葉に、新志は驚いた。
「ええっ!?そうだったの?…知らなかった…」
「やっぱりな。疑われることが無いにしろ、お前、ちゃんと花見さんを守ってやれよ」
「…う、うん…」
新志は罰が悪そうに、槍から目を背けた。
顕影がいないというものの、今、槍にいられると、新志と愛莉にとってはマズイ事だった。
「……?」
槍は、ソワソワしている新志を、不思議そうに見ている。
その様子を、体育倉庫の上から愛莉が隠れて見ていた。
「き、挿崎君…。マ、マズイじゃん…。とりあえず、変身を解かないと…」
愛莉が変身を解こうとした瞬間、また別の声が聞こえて来た。
「おやおや、まだ片付けが済んでないのですか?君は何をさせても遅いですねぇ」
新志と槍はハッとして、そちらへ振り返った。
二人の視線の先には、顕影が、「フフン」と悪戯な笑みを浮かべて立っていた。
「…城君…」
「お前、また来たのか?さっきもずっと花見さんの事、監視してたな!いい加減やめろよな!!」
槍はオロオロする新志の前に立ち、顕影に言い返した。
「おや?それを知っているという事は、君はずっと僕と花見さんの事を見てた事になりますねぇ?という事は、つまりは君も同罪という事になりますよ?」
顕影は、槍をジロっと睨んで反論した。
「お前と一緒にするなっ!!」
顕影の言葉にいら立ちを隠せない槍は、怒鳴って言い返した。
上からその様子を見ている愛莉は、ワタワタしながら考えた。
「ヤバい!ヤバいって!私がいない事、変に思われるよ!とりあえず、変身を解こう!!」
冷静に行動を考えようとした愛莉は、目を閉じてすぐに変身を解き、先程の体操服の格好に戻った。
そして、みんなのところへ姿を現そうと、隅にいるポン太を抱き上げた。
「お前のせいで、新志と花見さんは迷惑してるんだ!」
「僕は彼らに危害を加えたわけではありません!当の本人たちも、僕に何も言ってきませんよ!?何が気に入らないのかは知りませんが、君がいつも僕につっかかって来るだけじゃないですか!」
「自分勝手な奴だな!当の本人たちが直接言えないから、俺が代わりに言ってるんだ!」
「ふ、二人共、喧嘩しないでよ~っ!」
槍と顕影が言い争うのを、新志は必死に止めた。
「もーっ!また喧嘩してるの?城君、私なら、何もやましい事なんてしてないって!挿崎君、反発するだけムダだよ!」
体育倉庫の上からポン太を抱いた愛莉が姿を現し、下の二人に向かって言った。
「あ、愛莉ちゃん!」
新志、槍、顕影は、驚いた表情で愛莉を見上げた。
「花見さん!何してんだ?そんなとこで…」
意外なところから姿を現した愛莉に、槍は冷や汗をかきながらその理由を聞いた。
「あのね、ポン太がね、ここから降りられなくなっちゃって、それで、私が助けに来たんだよ!ね、新志君?」
「えっ!?う、うん、そうなんだけど…。あ、愛莉ちゃんっ!危ないよ!!」
新志は手をアタフタさせて、愛莉を心配した。
「…まったく、野良犬を助けるためにあんなところに上るとは…。怖いもの知らずな人ですねぇ」
トタン屋根の先に立ち、一歩間違えれば、バランスを崩しそうな状況にいる愛莉を見て、顕影も冷や汗をかいて言った。
「は、早く降りた方がいいって」
「そうだよ!……っ!」
槍の言葉に賛同した新志だったが、ハッと何かを思い出した。
降りるとはいっても、中にある扉には鍵がかかっている。魔法をかけようにも、ここでは二人にバレてしまう。
新志は、愛莉がどう判断するかを、不安な表情で見守った。
「はーい!じゃ、おりまーす!!」
片手にポン太を抱き、もう片方の手を空高く掲げ、愛莉は元気よく言った。
下の三人はぎょっとした。
(ま、まさか、飛び降りるのか?)
三人の頭の中には、それが過った。
いくら愛莉の運動神経が良いといっても、倉庫は約二階ほどの高さがある。ましてやポン太を抱えたままで手がふさがっていては、着地した時バランスを崩すのは目に見えていた。
「ま、待って!愛莉ちゃんっ!!」
新志はとっさに叫んだ。
「っ!?えっ!?」
新志に止められた愛莉は、ちょうど今飛ぼうとした瞬間で、躊躇いを起こしてしまった足は、ズルッとトタン屋根から滑ってしまった。
「きゃああああっ!!」
バランスを崩した愛莉は、両手でポン太を抱きしめながら、倉庫の屋根から滑るように落ちた。
「っっ!?」
成す術のない槍と顕影は、とっさに目をつむった。
二人同様、新志も目をぎゅっと閉じた。
その時、新志の身体から、黄色い光が溢れ出した。
同時刻。
しばらくの間、ぼーっと鳥の巣を眺めていたコルザは、巣の中で、首を四方八方に動かす雛に癒されていた。
一羽の元気な雛が、鳴きながら、身を乗り出している。
コルザが雛の視線の先に目を向けると、親らしき雀が、電信柱に繋がったケーブルにとまっているのが見えた。
(お母さんに早く帰ってきて欲しいのかな?…可愛いな)
コルザは雛を自分に重ね、ふと寂しそうな表情をした。
(……バラノア……)
その瞬間、身を乗り出していた雛が、体制を崩し、巣から落ちた。
「あっ!!」
コルザは声を発すると同時に、とっさに目をつむった。
コルザの身体からは、水色の光が放たれた。
巣から落ちていく雛の身体は、コルザの身体から放たれている光と同じ、水色の光で覆われた。
光に包まれた雛は、フヨフヨと浮き、そのままゆっくり地面に着地した。
「………っ」
コルザはそっと目を開けた。
「………?」
先ほどの雛は怪我一つ無いようで、ケーブルから飛んできた親雀のくちばしに咥えられ、巣に戻された。
「大丈夫だったんだ。良かった!…けど、意外にタフなんだな。雛って…」
コルザはまた微笑んで、親雀と雛の様子を見つめた。
「…………?」
気が付くと、地面にしっかりと足をつけていることに、愛莉は「?」を浮かべた。
(…今のって……)
身体から光を消した新志は、フッと目を開け、愛莉の方へ目を向けた。
「愛莉ちゃん!!」
新志は、急いで愛莉の元に駆け寄った。
槍と顕影も目を開け、二人の方へ目をやった。
「大丈夫?怪我は無い?」
とても心配そうに聞く新志に、愛莉は呆然とした様子で返事をした。
「…え?あ…、う、うん…。大丈夫」
「良かった…」
ホッとする新志の後ろから、槍と顕影も声をかけた。
「花見さん、大丈夫か?ほんとに無茶するなぁ」
「あの体制からきれいに着地するとは。とんだ運動神経の持ち主ですね、あなたは」
「アハハ…」
愛莉は頭をかきながら返すと、能力を発揮したことに気が付いていない新志の方をチラッと見た。
新志はとても安心した様子で、微笑んで愛莉を見ている。
「その犬、先生に預けた方がいいんじゃないか?片づけは俺がやるから、花見さん、職員室に行ってきなよ」
槍は、ポン太を見ながら愛莉に言った。
「そ、そだね!じゃあ、ここは挿崎君に任せる!…新志君も、後よろしく!」
「うん!任せて!」
そそくさとその場から去る愛莉に、新志は手を振った。
そーっと後を付いていこうとする顕影に気づき、槍は彼の首根っこを掴んだ。
「なっ!?何をするんです!?」
「お前も手伝うんだよ!!さっさと運べ!!」
槍は、顕影をグラウンドの方まで引っ張りながら言った。
「なんで僕が!?今日は当番ではありません!代表委員として、他にやるべきことがあるんです!」
「花見さんを見張ることがか?それはストーカーのやることだ!早く運べ!」
「~~~~~っっ」
目の前にハードルを差し出され、顕影は仕方なしそうにそれを持ち上げた。
「二人とも、ありがとう!」
新志はハードルを運びながら、槍と顕影に礼を言った。
ガシャンッと最後のハードルを運び終えた槍は、先ほどの事を考えていた。
(あんなとこから飛び降りなくても、中の階段を使えばよかったのに。目立ちたがりな彼女の性格か…?)
そう思いながら、槍は倉庫の階段に目を向けた。
「…!?」
屋根へと続く階段の先は扉が閉まり、しっかりと南京錠の鍵がかけられていた。
槍はじーっとそれを見つめていた。
「槍ー!倉庫閉めるよー」
外から新志に呼びかけられ、槍はハッとした。
「…あ、ああ…」
槍が倉庫の外へ出ると、新志は倉庫の扉に鍵をかけた。
(どうやって上ったんだ…?)
新志の様子を見ながら、槍は考えていた。
「…なぁ、新志」
真相を追求しようと、槍は新志に声をかけた。
「ん?」
新志は笑顔で槍の方を向いた。
「……いや。なんでもない…」
純粋な笑顔を見せる新志に聞くのは気が引け、槍は、首を横に振って返した。
「……?」
新志は疑問に思った表情で槍を見た。
「終わったのなら、早く着替えに行きますよ!まったく、僕は忙しいというのに!」
ブツブツ文句を言う顕影に、槍は睨み、新志は苦笑いをして見ていた。
「えっ!?魔法っ!?」
帰り道、新志は愛莉と並んで歩いていた。
「そ!新志君、無意識に使ったんだよ!真の鍵、持って来てたんだね。私には持ってきちゃダメだって言っときながら」
愛莉は、悪戯にジロッと新志を睨んだ。
「…うっ…。だ、だって、今朝コルザが持って行けって言うからさ…。魔力がある者は常に持っていないと駄目みたいだよ」
新志は慌てて返した。
「へぇ…。魔力を発揮しちゃうかと思ってたけど、身に着けてた方がいいんだ…」
愛莉は自分の真の鍵を手に取り、それをじっと見つめて言った。
「危険が迫ったらわかるんだって!すごいよね!!」
「…そういえば、おばあちゃんもそんな事言ってた気が……」
新志の言葉を聞き、思い出したかのように言うと、愛莉はハッとした。
「じゃあ今日、新志君が無意識に使った魔法も、真の鍵が反応したせい!?」
「えっ!?…そ、そうなのかな…?…とっさのことだったから、分からないけど…」
愛莉に言われ、新志も自分の真の鍵を取り出し、それを見つめながら首を傾げた。
「新志君の魔力が、だんだん解放されていってるんだね!」
愛莉はワクワクした表情で、新志の周りをピョンピョン飛び跳ねた。
「でもさ、無意識に使うんじゃなくて、自分の力だし、やっぱり使いこなしたいよ…」
新志は愛莉の言葉を嬉しく思いながらも、照れ隠しの言葉を呟いた。
そんな新志を見て、愛莉はクスクス笑い出した。
なぜ愛莉が笑っているのかわからない新志は、慌てた様子で聞いた。
「ど、どしたの?」
「ううん!だって今の新志君、魔力を解放したての頃の私みたいだなって思って!」
愛莉の言葉を聞き、魔力を持つ者はみんな通る道なのだと知った新志は、少し安心した。
「愛莉ちゃんは、どうやって力を制御していったの?」
「私だってまだ完全に制御はしきれてないんだけどね。…うーん、とりあえず、今、新志君に必要なのは、呪文を覚えることかな。私もそれから学んだから」
愛莉は、自分の事を思い出しながら新志に言った。
「呪文?そっか!魔法をかける時の呪文だね!」
いかにも魔法使いらしい「呪文」という言葉聞いた新志は、目をキラキラさせて、愛莉の方へ顔を向けた。
「そうだよ!呪文があれば、自分の思うように魔法がかけられるからね!」
愛莉も新志の方に顔を向け、笑顔で言った。
「よーしっ!じゃあまずは、呪文を覚えることからだ!」
「さっそく、呪文の唱え方を教えてもらいに、おばあちゃんのところに行こう!」
愛莉は、そのまま走って「ラビアンローズ」へ向かおうとした。
「あっ、待って!その前に、コルザを連れて来ないと!」
新志は慌てて愛莉を止めた。
「あ!そっか!ごめんごめん!」
舌を出して謝ると、愛莉は、そのまま新志と共に彼の家へと向かった。
「ちょっと待ってて!コルザ連れてくるからさ!」
玄関の門の前に愛莉を待たせ、新志は家の中に入ろうとした。
「…ん?」
すると、何故か庭に出ているコルザを見つけ、新志はそちらに足を向けた。
「コルザ!」
新志の呼びかけに、コルザはハッとして振り返った。
「新志君!おかえり!」
「何してるのさ?こんなとこで。あんまり家から出ちゃ駄目だよ!」
ドラゴンの姿のコルザが人に見られると厄介なため、新志は軽率な行動はしないようにコルザに注意した。
「あ、ごめんね…。ちょっとあそこの鳥の巣が気になっただけ…」
コルザは隣の家の屋根の下を指さした。
「え?鳥の巣…?」
新志は、コルザの指さす鳥の巣に目を向けた。
視線の先には、親雀が雛に餌をやる様子が見えた。
「…………」
新志は、鳥の巣をじーっと見つめているコルザに、黙って視線を戻した。
(そんなに珍しくもないのに…。魔法界には鳥がいないのかな?…いや、でも鳥の存在を知ってるってことはそんなこともないか)
新志は首を傾げて考えた。
「雛がお母さんを恋しそうにしてるんだ。…なんだか目が離せなくて…」
コルザがそう呟くと、新志は、彼がどこか寂しそうな目をしていることに気が付いた。
(……もしかして、数年前に亡くなった、育てのお母さんの事を思い出してるのかな…?)
コルザはじっと鳥の巣を見ている。
そんな彼の様子に、新志は少し切なさを抱いた。
「……コルザ、今から魔女ばあさんのとこに行こう。愛莉ちゃんも表で待ってるんだ」
「リィーズ様の所に?」
コルザは新志の方に体を向けて聞いた。新志はコルザを抱き上げて言った。
「そ!僕、今日何故だかわからないけど、無意識に魔法を使ったんだ!君の言ってたとおり、真の鍵が危険を察知したのかも!」
新志はコルザを少しでも安心させるために、自分の魔力が少しづつ解放していっていることを伝えた。
「えっ!!新志君、もう魔法を使えるようになったの?」
新志に抱きかかえられたコルザは、驚いたように新志を見上げた。
「無意識にだけどね…。でも、ちゃんと制御できるように、今から魔女ばあさんに呪文を教えてもらおうと思ってさ」
「………」
嬉しそうに話す新志の顔を、コルザはじっと見つめていた。
「呪文覚えたら僕、上手く魔法使えるようになるかなぁ?」
新志は、少し不安そうにコルザの方に顔を向けて聞いた。
「……大丈夫。新志君なら、きっと大丈夫だよ!」
コルザは新志をまっすぐに見つめて返した。
「そうかな…?ありがとう!」
新志は笑顔でコルザに礼を言った。
(……新志君……。君って、僕が思っているよりずっと凄い子かもしれない……)
コルザは、新志の微笑む顔を見つめながら思った。
ラビアンローズでは、この時間には珍しく、リィーズが店番をしていた。
「あれ?今日はお姉ちゃん来てないんだ」
店に入って来た愛莉は、辺りを見回しながらリィーズに言った。
「あら愛莉、お帰り。莉々なら、今日は宿題がたくさんあるみたいで、家に帰ったわよ」
「フーン。珍しいね…」
愛莉の後から、コルザを抱いた新志が店に入って来た。
リィーズは彼らに気づき、カウンターの椅子から腰を上げた。
「あら、新志君にコルザ!来てくれたのね」
リィーズは元気そうなコルザを見て、安心した様子で歩み寄った。
「こんにちは、魔女ばあさん」
「こんにちは、リィーズ様」
新志とコルザは、リィーズに頭を下げた。
「こんにちは。今日はどうしたの?遊びに来てくれたのかしら?」
リィーズは微笑んで聞いた。
「おばあちゃん!新志君ね、今日、魔法を使ったんだよ!!」
間に割って入ってきた愛莉は、興奮してリィーズの腕を掴みながら言った。
「え…っ!?」
リィーズは驚いて愛莉の方を向くと、新志の方に顔を戻して彼をじっと見つめた。
「本当なの?新志君?」
期待に満ちた表情で見つめられ、新志は照れ笑いをしながら返した。
「じ、自覚はないんだけどね…。無意識に使ったみたいなんだ」
「……無意識?」
リィーズは首を傾げて聞いた。
「私ね、今日、体育倉庫の屋根から足を滑らせたんだけど、気が付いたら、ちゃんと地面に着地してたの!」
愛莉は新志の前に立ち、リィーズに事のいきさつを説明した。
「…それは、あなたの魔法ではないの?」
新志よりも魔力の制御が出来ている愛莉が、自分でかけたのではないかと、リィーズは聞いた。
「ううん。挿崎君と城君に見られてたし、それにポン太を抱えてたから、私には魔法が使えなかったもん!…それにね、着地して目を開けた時、新志君の身体が少し光ってたの!」
「………っ!」
愛莉の言葉を聞き、リィーズは再度、新志に目を向けた。
事の真相を聞いたコルザも、驚いた顔で新志を見上げた。
「真の鍵が、反応してくれたおかげかな?」
新志は笑いながら愛莉に言った。
「そうかもね!」
愛莉も笑顔で新志に言った。
リィーズは黙って何かを考えながら、二人の様子を見ている。
(…愛莉のより先に新志君の鍵が反応したということ…?……もしかしたらこの子、思っていたよりも遥かにすごい素質がある子なのかしら…)
「ね!おばあちゃん!新志君にも、呪文教えてあげてよ!」
愛莉に言われ、リィーズはハッとした。
「…あっ。そ、そうね!魔力が制御できないと、何かと不便でしょうし…。新志君、奥の部屋へどうぞ」
「わーっ!やったーっ!!とうとう僕も、ちゃんとした魔法が使えるようになるんだね!!」
新志と愛莉は、奥の部屋へと駆けて行った。
(まさか、こんなに早く呪文を教えることになるなんて…)
リィーズは店を閉めると、どこか期待を込めた表情で、奥の部屋へと向かった。
奥の部屋に入ると、新志と愛莉はワクワクした様子で、リィーズが来るのを待っていた。
床にコルザを下ろし、彼も、期待を込めた表情でリィーズを見つめた。
リィーズは、新志に目を向けた。
「まず、変身の仕方は分かるかしら?」
「え?…えっと…」
まだ自分で変身したことがない新志は、チラッと横にいる愛莉に目を向けた。
「教えたげる!…まず、こうやって真の鍵を片手に持つでしょ?」
愛莉は、右手で鍵の溝の部分を持ち、新志に見せた。
新志は愛莉の真似をするように、黙って同じ仕草をした。
「次に目を閉じて、気を真の鍵に集中させるの」
「………っ」
愛莉に言われた通り、新志は目を閉じて、鍵に気を集中させた。
その様子を見ながら、愛莉は続けた。
「いいよ!真の鍵が光ってきてる!その調子!」
新志の鍵に埋め込まれた宝石が、徐々に黄色く光りだした、
「私が今だって言ったら、〝変身〟って叫んでね?……いい?……いくよ……」
光の威力が最大限に達した瞬間、愛莉は叫んだ。
「今だ!!」
新志はパッと目を開け、叫んだ。
「変身!!」
内側に込めていた魔力が溢れ出すように、新志の身体から、黄色い光が放たれた。
その光はすぐに新志の身体を包み込み、みるみる魔法使いの姿へと変えていった。
右手に持っていた鍵はだんだん大きくなり、杖へと形を変えて、新志の右手に収まった。
徐々に光は消え、魔法使いの恰好をした新志が姿を現した。
「できたじゃん!新志君!さっすが!!」
愛莉は嬉しそうに新志に駆け寄った。
「わぁ…。僕、自分で変身できた…!!」
自分の姿が変わっているのを確認し、嬉しさがこみ上げた新志は、興奮しながら言った。
「ねぇ、見てコルザ!僕、自分で変身できた!!」
変身した姿をコルザに見せながら、新志は嬉しそうに言った。
「うん!ちゃんと見てたよ!すごいよ、新志君!!」
魔法使いのコルザにとっては、変身することなど簡単なことだった。だが、魔力を解放したての新志が、自分の力をコントロールしていることへの成長の喜びを、今、彼と共感したかった。
コルザに褒められた新志は、一層嬉しそうに微笑み、リィーズの方へくるっと身体を向けた。
「じゃあ、次は呪文だね!どう唱えればいいの?」
キラキラと輝く目をした新志に聞かれ、リィーズは微笑んで彼に歩み寄った。
「この間、私があなたに魔法をかけた時のことは、覚えているかしら?」
新志は、傍に来たリィーズを見上げた。
「え?この間?…僕の魔力を開放した時だね!うん!覚えてるよ!」
新志は、先日のことを思い出しながら言った。
「その時、私が唱えた呪文は、覚えている?」
「…えっ!?………」
リィーズに問われ、新志は下を向いて、その時の呪文を思い出そうとした。
「…確か…、トワ…イユ…?…いや、トワイス…なんとかって…」
うろ覚えの新志に、リィーズは微笑んで頷いた。
「そう。〝トワイル ワイル エトワール〟これが、自分の魔力を内から引き出す時の呪文よ。よく覚えておいて」
「トワイル…ワイル……エトワール…。…トワイル、ワイル、エトワール…」
新志は呪文を頭に残そうと、それを何度か呟いた。
リィーズは続けた。
「そして、魔力を解き放つ時は、「解放」という意味の「リベラシオン」と唱えるの。その時に、自分の魔法である証として、あなたの名前を一緒に唱えるのよ」
リィーズの説明を聞きながら、新志は眉を顰めた。
「…うーん…。何だか難しいな…。僕の名前と、リベラシオンを一緒に言えばいいの?」
「口で説明しても、分かりにくいわよね。…愛莉、あなた、新志君に見本を見せてあげなさい」
リィーズは、愛莉の方に体を向けて言った。
「わかった!いいよ!!」
愛莉は得意げに返事をすると、先ほどの新志とは逆に、手慣れた様子で変身し始めた。
「変身!!」
愛莉のかけ声と共に、彼女の身体はピンク色の光に包まれた。
身体を覆うピンク色の光の輝きが増し、最高潮に達すると、その光は徐々に消えていった。
新志の目の前には、魔法使いの姿に変身した愛莉が、威勢よく立っていた。
「じゃあ、魔法かけるよ!新志君、見ててね!!」
愛莉はくるっと身体の向きを変え、コルザをじっと見つめた。
「……え?」
急に愛莉に振り向かれ、コルザは少し驚いた様子で彼女を見返した。
すると、愛莉は杖の先をコルザに向け、呪文を唱え始めた。
「トワール・ワイル・エトワール コルザよ、宙に浮け! アイリズ リベラシオン!!」
愛莉はコルザに向けて、杖を振りかざした。
ピンク色の光が装飾の宝石から溢れ出し、それが伝うように杖の先から光が放たれた。
光は一目散にコルザの元へ飛ぶと、彼の身体を優しく包み込んだ。
「っ!」
コルザの身体はゆっくりと浮き上がりだした。
自分の目線に合う位置まで浮かび上がったコルザを見て、新志は興奮した様子で愛莉に言った。
「わぁっ!すごいや、愛莉ちゃん!」
愛莉は得意げになって、杖を動かすと同時に、コルザの身体を左右へ移動させた。
「よーし!僕もやってみよ!」
浮いているコルザを見ながら言う新志に、リィーズは慌てて言った。
「待って、新志君!まず始めは無難な物を浮かせてみましょう。コルザは魔法界の王子様だから、万が一何かあっては大変だわ」
愛莉がコルザに魔法をかける様子を、リィーズはハラハラしながら見ていたようだった。
「え?あ…、そっか。…じゃあ、何がいいかな?」
新志は部屋の中を見回して、自分が魔法をかけるのに手ごろな物を探した。
「…そうね。これならどうかしら?この水晶玉を少し浮かせてみてはどう?」
リィーズは水晶玉が置いてあるテーブルまで歩き、新志の方へ振り返って言った。
「ただし、落として割ったりしたら、それこそ大変よ?…どう?スリルがあって、やりがいがあるでしょう?」
リィーズは、少し悪戯に笑いながら新志の気持ちを促した。
「…えぇ!?……でも、そうだな。その方が緊張感があって、上手くできるかもしれない…!」
新志は「うーん」と考えた。
「よし!じゃあ、その水晶玉を浮かせてみせるよ!」
威勢よくそう断言した新志は、キッと水晶玉を睨んで、先ほどリィーズに教えてもらったばかりの呪文を思い返した。
「水晶玉が浮いている様子を、しっかりと想い描くのよ!」
リィーズは少し心配した面持ちで、新志に助言した。
コクンと頷いた新志は、覚えたての呪文を、たどたどしく唱え出した。
「……トワール・…ワイル・エトワール 水晶玉、宙に浮いて! ストームズ リベラシオン!!」
その瞬間、新志の持っている杖の宝石が光り出し、それが伝うように、杖の先から黄色い光が勢いよく放たれた。
光は一目散に水晶玉へと飛び、瞬時にそれを包み込んだ。
すると、包み込んだ光が持ち上げるように、水晶玉がゆっくりと浮きだした。
「う、浮いたっ!魔女ばあさんっ!浮いたよ!!」
新志は、水晶玉から目を離し、リィーズの方へ顔を向けた。
「っ!?」
新志の気が逸れ、水晶玉を包んだ黄色い光が弱まるのを見たリィーズは、慌てて新志に言った。
「新志君!魔法をかけている間は、そちらに集中しなさい!目を背けると、水晶玉が落ちてしまうわよ!」
「っ!は、はいっ!!」
リィーズに言われ、新志は慌てて水晶玉に目を戻した。
「っ!?」
リィーズの言った通り、光は弱まり、水晶玉は先ほどより低い位置へと移動していた。
(…あ、危ない…。魔力が消えると落として割ってるとこだった…)
新志は冷や汗をかいて思った。
ぐっと杖を持つ手に力を入れると、光の威力が増すことに気が付いた新志は、興味本位に水晶玉の動きを自由自在に操り出した。
「わぁっ!面白い!!力の加減で、こんな風に動かせるんだね!!」
自分の魔力を簡単に操っている新志の様子を、リィーズは感心しながら見ていた。
「そうよ。新志君は上達が早そうね。安心したわ。……けど、それくらいにしておきましょう。水晶玉を落としてはいけないから、元の位置に戻してもらえる?」
微笑んで言うリィーズに、新志は聞き分け良く頷いた。
「はい」
新志は少し名残惜しそうに、水晶玉を元にあったクッションの上に戻した。
「………」
まだコルザを浮かせたままの愛莉は、少し顔を曇らせた様子で、新志を見ている。
(……魔力を制御するのに、私なんか時間がかかったのに…、新志君はいとも簡単にやってのけちゃった…)
自分にかけられた魔法が、だんだん弱まってくるのに気付いたコルザは、しゅんとしている愛莉の方に顔を向けた。
「…あ、愛莉ちゃん?」
コルザに声をかけられ、愛莉はハッとした。
「大丈夫?」
「あ…。うん!大丈夫!何でもないよ!……もう!新志君!!」
笑顔に戻り、再び魔力を上げ、コルザを目線の位置まで浮かび上がらせた愛莉は、新志に声をかけた。
「え?なに?」
新志は愛莉の方へ振り返って聞いた。
「なぁに?今の呪文?」
「あ、気が付いた?へへっ!かっこよかったでしょ?」
能天気に笑う新志を見て、愛莉は「はぁ」とため息をつきながら近づいた。
「なぁにが「ストームズ リベラシオン!!」なの?新志君の場合だと、「アラシズ リベラシオン」でしょ?」
呆れて言う愛莉に、新志は少しムッとして返した。
「だって、それだとかっこよくないし、第一、そのまんますぎて面白くないでしょ?「あらし」は英語で「ストーム」だしさ、ストームズ リベラシオンの方がかっこいいじゃないか」
新志の言葉に、愛莉は一層呆れた様子を見せた。
「新志君の「あらし」は「ストーム」の意味の「嵐」じゃないじゃん!?…ねぇ、おばあちゃんいいの?」
二人の会話をあっけにとられて聞いていたリィーズは、ハッとした。
「えっ!?…え、ええ。…まぁ、いいんじゃないかしら?何事もなく、無事に魔法をかけられたみたいし。……大事なのはインスピレーションね…」
リィーズは苦笑いで答えた。
「ほらぁ!いいってさ!そうそう、インスピレーションなんだよ!見た目のかっこよさも大事なんだよ!?」
新志は勝ち誇ったように愛莉に言った。
腑に落ちない様子の愛莉は、新志の態度も含めて、頬を膨らませて怒った。
「フーンだっ!たまたま上手くいったってだけで、得意げにならないでよね!新志君なんて、まだまだ私の足元にもおよばないんだから!!」
新志に魔力を見せつけるかのように、愛莉はコルザを天井の高さまで浮かせた。
「わっ!?わわっ!?あ、愛莉ちゃんっ!?」
どんどん自分の身体が高く持ち上げられていくコルザは、焦った様子で下にいる愛莉に訴えた。
「コ、コルザっ!?」
新志はすかさず杖の先端をコルザに向けた。
「トワール・ワイル・エトワール ストームズ リベラシオン!!」
新志の放った魔力により、コルザの身体は光に包まれた。
愛莉のピンク色の光の魔力と、新志の黄色い光の魔力の引っ張り合いになってしまい、コルザは、二つの魔力の狭間で苦しそうに声を発した。
「ちょ、ちょっと待って…!い、痛いっ!!」
そんなコルザの様子などお構いなしの新志と愛莉は、お互いの魔力の威力を競うように、引っ張り合いを続けた。
「何すんのっ!?私のコルザを取らないでよ!新志君っ!!」
「コルザは僕が連れて帰るんだよっ!?愛莉ちゃんこそ、離してよっ!!」
「なにーっ!?私に魔力で勝てると思ってんのっ!?」
「くそーっ!!負けるもんかぁーっ!!」
言い合いを止めない二人と、辛そうなコルザを心配そうに見ていたリィーズは、しびれを切らした。
「…や、やめなさい!二人とも!!コルザが痛がっているわよ!」
だが、リィーズの言葉など、まったく聞こえていない二人は、ギャアギャアと言い合いを続けている。
「………」
リィーズはうつむき、こぶしを震わせた。
「……二人とも……。やめなさいって言ってるのが分からないのーーーっ!!!」
リィーズの怒鳴り声は、ラビアンローズの建物が揺れる程、強烈なものだった。
第三話、読んでいただき、ありがとうございました。
第四話「大変!危険?コルザと莉々のデート!?」もよろしくお願いいたします!




