第十二話「魔力をリベラシオン!!剣(つるぎ)と槍(やり) 友情の絆」
先程までバーロンが立っていた場所には、焼け焦げたような黒い跡だけが残っていた。
ランバダは、それをじっと見つめて黙っている。
スヴァイがランバダに話しかけようとしたが、ミトに肩を掴まれて、止められた。
コルザとリィーズは、気を失った莉々の所に駆け寄った。
「莉々…?」
「莉々さん!?」
リィーズが肩を揺らし、コルザと共に呼びかけるが、彼女からは何の反応もなく、ただ静かに眠っていた。
「…莉々の魔力が無くなっているわ。あなたに全てを託したのね」
リィーズはコルザの方を見て言った。
コルザは、申し訳ない気持ちで莉々を見つめた。
「莉々さんが、コルザ様に全ての魔力を与えられたという事ですか?」
二人の話を聞いていたパントラが、後ろから声をかけた。
「そうよ。この子も無茶な事をするわ。でも、…それだけ、あなたの事を信頼しているのでしょうけど…」
リィーズはコルザを見ると、彼にウインクして見せた。
コルザは、赤くなって、何も言えずに視線を反らせた。
「えっ!?と、という事は、莉々さんがコルザ様にっ…!?」
魔法使い同士が魔力を受け渡しするには、ある交わり方をしなければならない。魔法使いなら誰でも知っているその手法を、当然パントラも知っていて、彼は顔を赤くしてコルザの方を見た。
コルザはパントラの言葉を聞くと、かぁーっと顔を赤くさせて下を向いた。
ジュセはクスッと笑って、コルザの元へ歩み寄り、立膝をついた。コルザはジュセに気付き、頬を赤く染めたまま、そちらに顔を向けた。
「さ、じっとして。傷を治すわ」
ジュセは、コルザの左の頬に手を当て、青緑色の魔力を放って、傷を元通りにした。
「…ありがとう。ジュセ姉様…」
「いいえ。…莉々さんの目が覚めたら、ちゃんと彼女にお礼を言うのよ?」
ジュセはニコッと微笑んで、コルザに言った。コルザは赤い顔で莉々に目をやると、ゆっくり頷いた。
「…はい」
リィーズは立ち上がり、コルザを促すように言った。
「コルザ!新志君達の所へ行かないと!あの大魔王……あなたのお父さんに、あの子達がっ!」
コルザとパントラ、ジュセは、ハッとして立ち上がった。
「コ、コルザ様!!大魔王様は、新志君達を…」
パントラは、慌ててコルザに言った。
「………」
コルザは、深刻な表情で、視線を落とした。
「…コルザ…」
ジュセも心配そうにコルザを見ている。
「急ごうっ!!莉々さんは、僕が背負って行く!!」
莉々をそのままにしておくわけにはいかず、コルザは彼女を背負おうとした。
「待ってください!」
すると、パントラが慌てて止めた。
「…?」
コルザは、パントラの言葉を疑問に思って、振り向いた。
「莉々さんの事は僕に任せて下さい。コルザ様は、一刻も早く新志君達の所へ行って、彼らを助けるために、大王様とお話をなさって下さい。…大王様の気をなだめることが出来るのは、コルザ様しかいません」
「…父様と…話を…?」
コルザは、今まで面と向かい合って話したことのない父親と、今さらどう話を切り出したらいいのか分からず、困惑した表情を見せた。
躊躇いを見せるコルザに、ジュセが後ろから、優しく肩に手を乗せた。
「大丈夫。あなたがちゃんと自分の気持ちを伝えれば、お父様もきっと耳を傾けてくれるわ」
「…ジュセ姉様…」
コルザは、自分を優しく見つめるジュセに、じっと目を向けた。すると、決意したようにジュセに頷いて返し、コルザは、リィーズとパントラの方を向いた。
「…行ってくる!みんなはパントラと後から来て。…パントラ、莉々さんを頼んだよ」
「招致しました」
パントラは、コルザに頭を下げた後、笑顔を彼に向けた。コルザもパントラに笑顔を返すと、銃を持ったまま、走って部屋を出て行った。
「……コルザ…」
リィーズは、コルザの背中を見つめ、目を閉じて思った。
(…大丈夫。今のあなたなら…)
「ねぇねぇ!お父様とコルザが話しをするんだって!ねぇ、私達も行こうよー!ミト!」
今の話を後ろで聞いていたスヴァイが、興味深々な様子で、隣のミトに言った。
「え…?いや、ですが…」
ミトは、ランバダに気を使って、答えに躊躇しているようだった。
ミトの様子に気付いたランバダが、ツカツカと二人の元に歩み寄って来た。
ミトはギクッとして、恐る恐るランバダに目をやった。
「…面白そうじゃないの。今のコルザを見て、お父様の考えが変わるかもしれないわ。…だってお父様は、コルザが女になると思っていたから、後を継がせてもいいと思ったんでしょ?それに今のコルザにはジェムエレメントも無いわ!」
「………」
ランバダが、まだ女王の座を諦めていないことを知り、スヴァイとミトは、彼女の険しい顔を見て、怯えた様子を見せた。
「さ、行くわよ!」
ランバダはそう言うと、ツカツカと部屋を扉の方へ向かった。
「………」
莉々を担いだパントラと、その隣のジュセ、リィーズは、不安気にランバダの様子を見ていた。
新志、愛莉、槍、そして顕影は、黒い影に連れていかれた陽奈を追って、長く続く廊下を走っていた。
「ったく!これじゃ、何の為にここに来たか、分からないじゃないか!新志達に世話焼かせて!」
槍は新志達を助けるためにやって来たにも関わらず、結局、余計な仕事を増やしてしまったことに、無性なやりきれなさを感じていた。
「怒らないでよ槍!僕、凄く嬉しいよ!まさか、槍が来てくれるなんてさ!」
新志は槍の顔を見て、にっこり笑って言った。
「そーだよ!それに、城君と神岡さんまで!助けに来てくれた友達が、危険な目に遭ってるんだよ?放っておくわけにいかないじゃん!?」
愛莉も笑顔で槍に言った。
「…これ以上足手まといになるわけにいかないんだ!城!!お前、絶対に余計な事するなよな!?」
槍は、顕影の方に目を向けて叫んだ。
後から必死についてくる顕影は、ヘロヘロになっていた。
「そ、そんなこと言われても…!ちょ、ちょっと待って下さいよ~!!」
大広間。
新志達は、城のつきあたりである、この大きな部屋にたどり着いた。
「…ここは…?」
新志は、辺りを見渡して言った。
「…すごい…広いとこ…だね…」
不安そうな愛莉も、新志同様に、辺りを見渡している。
「…な、なななんとも…薄気味悪いですね…。神岡さんは、ここにいるんでしょうか?」
顕影は、槍の後ろに隠れて、震えながら言った。
天井は吹き抜けで、城のてっぺんまで続いているようだ。壁に備わった小さな窓から、外の明かりが少し漏れる程度で、中は薄暗く、広く無謀な空間のせいで、余計に寂しさと不安を募らせた。
「……二人共、あれ…」
槍は、視線の先の何かに気付き、それを指さして、二人に言った。
「えっ?」
新志と愛莉は、そちらに顔を向けて、目を細めた。
マントからはみ出した、大きな黒い靄が渦巻くその中に、ボヤッと浮いた白い何かが見える。影が黒い事から、その白い物体は、一層に存在を際立たせていた。
「っ!?」
新志達は、ハッとして駆け寄った。
「陽奈ちゃんっ!?」
新志は、その白い存在が陽奈であることに気付き、とっさに声を掛けた。
近づくと、純白のドレスを身に纏った陽奈が、気を失って、影に抱かれるように眠っているのが分かった。
まるで、悪に囚われたお姫様のような、物語の一面を見ている気持ちで、四人は、その光景にじっと目を奪われた。
「…か、神岡さん…。なんか、女神様みたい…」
愛莉は、ボソッと呟いた。
女の愛莉が、頬を染めてそう思うのだから、他の男三人も当然、陽奈の姿に目を奪われていた。
新志はハッと正気に戻り、顔をブンブン振って、黒い影の方を見た。
「陽奈ちゃんを放して!!…一体誰なんだ?…バーロンの仲間?」
新志が影に聞くと、それは威圧感のある大きな声を上げて笑い出した。
「ダッハハハハハハハッ!!」
あまりの声の大きさに、その場にいた全員は驚いて、体をビクッと反応させた。
「私があの小癪でおまぬけな臣従の仲間だと?…笑わせてくれるな!小僧よ!」
大きな黒い影は、マントをバサッと広げ、手を思わせる靄のような影をグワッと伸ばして、新志達を威圧した。
「……っ!?」
新志はたじろいで、一歩後ろに下がった。
バーロンをけなすことから、彼の仲間ではないことは理解出来たが、未だ正体が分からず、新志達は警戒する姿勢を構えた。
「…おい、新志」
新志は隣にいる槍に声を掛けられ、そちらに目を向けた。
「え?」
「この杖、どうやったらお前のみたいに武器に変えられるんだ?」
槍は、土壇場で魔法界に来ることになり、まだ魔法の使い方については、ほとんど理解していなかった。
「槍も武器を使うの?」
「知らないけど…。何だ?これ、このままでも使えるのか?」
新志と槍の話に、愛莉が割って入ってきた。
「私はね、このままで使うんだ!おばあちゃんが言うには、その人の本質で、使い方が変わるんだって!」
「…ふーん」
自分を前にして、普段のようにおしゃべりをする三人に、黒い影はだんだん苛立ちを覚え、陽奈を掴む手に力を入れた。
「っん…!ううっ!」
陽奈は、気を失ったまま、苦しそうに声を発した。三人は、陽奈の声に反応して、影の方に目を向けた。
「この娘は私が頂く。…こんなに若くて美しい人間は初めてだ。…もう鬼畜な魔女共には飽き飽きだからな…」
影は、陽奈に頬ずりするような仕草をとっている。
「い、頂くって!?勝手な事言わないでよ!!神岡さん…陽奈ちゃんは、何も関係ないんだから!さっさと離してあげて!!」
愛莉は慌てて前に出て言った。
「………」
影は、ピタッと動きを止めた。
「……?」
愛莉は、影が何も言い返してこないことに、疑問を抱いた。
「…お前も……良いな…」
「…えっ…」
途端に、愛莉の前に黒い靄が纏い出し、何が起こっているのか理解する間もない愛莉の目の前に、先程まで向こうにいた黒い影が、陽奈を抱えたまま、目の前に聳え立っていた。
「愛莉ちゃんっ!?」
「花見さんっ!?」
新志と槍は、驚いて、とっさに愛莉の名前を呼んだ。
「………っ!?…なっ!?…なに!?」
愛莉は、目の前の巨大な暗黒の影から目を離すことが出来ず、何をされるか分からない不安を募らせて、影の行動を警戒した。
影からは、手のような靄がスルスル伸び、体中に力を入れ、震えをごまかそうとする愛莉の唇に振れた。
愛莉はビクッとして、目を見開いた。
「お主の魔力は…あの女に通じているな。…そしてあの侍臣とも…。なんとも強力で、正義感溢れる力…。…懐かしい…」
影は身体をかがめるように、愛莉へと顔を近づけた。目の前が真っ暗になった愛莉は、成す術なく、ギュッと目を閉じて耐えた。
すると、その時、黄色い光が影に目掛けて飛んできた。
「ッ!!」
影は、その魔力を感じ取ると、すぐにかわして、愛莉から距離をとった。
愛莉は、全身の力が抜け、その場に座り込んだ。恐怖に襲われた愛莉は、体をガクガク震わせている。
「…お前…」
影は、自分に攻撃を飛ばした相手に言った。
愛莉の前には、剣を構えて鋭い眼差しで影を睨む、新志が立っていた。
「愛莉ちゃんから離れろ!!…絶対に手出しさせないっ!!殺るなら僕を殺れ!!」
「…新志…」
今までには考えられない、勇気ある新志の行動に、槍は驚いて新志を見つめた。
「何を勘違いしている…?」
影の言葉に、新志と槍は反応した。
「私は男になど興味はない。…欲しいのは女だ。女を喰らうのが私の唯一の楽しみだ。…お前たちも男なら、分かるであろう?」
「………」
影の突飛な言葉に、新志と槍は、言葉も出ずに固まった。
「な、なななんという破廉恥な思考!汚らわしい限りですね!」
いつの間にか後ろの隅で、隠れて見ていた顕影が、ひょこっと顔を出して非難した。
「そして、女を奪い合うという点で、男は敵だ。何も知らずにここへ来たお前たちには悪いのだが、この娘たちを置いて出て行ってもらおう。反発するなら、こちらにも考えがある」
影の話を聞いている最中に、新志の隣に歩み寄った槍は、彼に耳打ちした。
「…おい…。コイツヤバいぞ…。早いとこ二人をコイツから離さないと…」
「う、うん…」
新志は、たじたじになりながら、槍に返事をした。
だが、新志には、影の正体に思い当たる節があるようで、影をじっと見つめて聞いた。
「……あの…。…もしかして…、コルザのお父さん…ですか…?」
「…えっ!?」
槍は驚いて新志を見た。
「……さすがだ。新志君」
影は青紫色の光を纏い出し、みるみるうちに姿を変えていった。
「…っ!?」
新志と槍は、視線の先に立つ、大魔王の真の姿に目を奪われた。
大魔王は、大柄な身体つきで、ウェーブがかかった長い藍色の髪に金色の瞳を有し、額には、石の冠を付けている。
そして、巨漢さを増すためか、長いマントと鎧のような防具を肩や腰に備え、他が持つ杖より一回り大きく、装飾も派手な杖を手に持っている。
月にかかった黒雲が途切れ、ちょうど大魔王の立っている位置を、窓の隙間から差し込んだ月明かりが照らした。
「………っ」
新志はじっと大王の顔を見つめた。
やはり、子供たち同様、整った顔立ちをしていて、新志も目を奪われるほどの美形であった。
「お初にお目にかかるな、新志君。…そちらは、槍君だったかな?」
新志君と槍は、大王が自分たちの名前を知っていることに戸惑った。
「ハハハハハ!!…今まで起こった事は全て見て来た。バーロンが悪事を働いたようだが、そちらはもうすぐ決着がつきそうだ」
大王は、陽奈を抱いたまま、新志の所まで歩いた。
槍は身構えたが、新志がそれを止めた。
大王は、新志の前まで来ると、立ち止まった。
「エルーガ・カラビーニアだ。新志君。コルザが世話になった。礼を言う」
吸い込まれそうなほどの金色の瞳をじっと見つめ、新志は慌てて頭を下げた。
「い、いえ…」
「だがなぁ、新志君」
「えっ?」
身体を返した大王が話しを続け、新志は慌てて顔を上げた。
「私は今回の件に関して、何の関わり合いもないんだ。勝手にこの城でいいように暴れられ…、いわば私は被害者なんだよ。だから、その代償として、この陽奈ちゃんとそこの愛莉ちゃんを、私に譲るというのはどうだろうか?」
「……は?」
新志と槍は、あっけに取られた様子で、大王を見た。
だんだん正気を取り戻し出した愛莉も、驚いてそちらに顔を向けた。
「交渉だよ。お分かりだろう?…君達はこの世界の支配者である私に危害を加えた。本来なら、君たちは生きて返すわけにはいかないんだが…。娘二人で手を打とうと言っているのだから、こんなにいい条件はない」
新志は、大王の話にだんだん怒りをこみ上げ出し、ギュッと拳を握った。
「…コルザの言ってた事が、今ようやくわかったよ…」
「新志…」
怒りに震える新志の様子に、槍が気付いたようだった。
「私の息子に何か吹き込まれたか?…いい事など、一つも言わんだろう?」
「当たり前だ!!人のことを物のように取引して!!愛莉ちゃんと陽奈ちゃんに謝れっ!!」
怒った新志の言葉に、愛莉は目を背け、現状の痛烈さに耐えた。
「……新志君…。君にそんなことを言われるとは思わなかった。君だって、女の子の事、大好きなんだろう?」
「…っ!?」
大王の言葉に、新志は言葉を詰まらせた。
「こ…っ、こいつはお前と一緒じゃない!!確かに女好きだけど…。ちゃんと人として好きなんだ!物のように扱ったことなんて一度もない!!個性を知った上で好きになってるんだ!それに、お前みたいに、男が嫌いなんて事もない!!俺たちにだって、誰隔てなく接するんだよ!!」
親友の思考と一緒にする、大王の考えに怒りを覚えた槍は、新志の前に立って反発した。
「…槍…」
新志は、自分の事を庇ってくれる槍の姿に感激していた。
「………」
大王は、槍の言葉を黙って聞いている。
「ありがとう、槍…」
新志は槍の近くまで歩み寄り、礼を言った。
「…なんで俺がお前の事、こんなに褒めなきゃいけないんだよ…」
槍は、赤くなって新志から顔を反らせた。
新志はそんな槍に笑顔を見せると、また、大王の方へ険しい顔を向けた。
「……コルザの事、気が病むまで思い悩ませて!!それが父親のすることなのっ!?あんたが支配するこんな世界に、誰が希望なんて抱くんだよ!?」
新志は、大王に指さして訴えた。槍も、怒った目で、大王を睨んでいる。
そんな二人を目の前にした大王は、それを面白おかしく思ったのか、突然笑い出し、二人から陽奈を離すように、くるっと身体を反転させて、距離をとった。
「ならば、力ずくでこの娘を私から奪ってみるか?」
まるで新志達を嘲笑うかのようにふるまう大王の姿に、新志と槍は、軽蔑した怒りの目で大王を追った。
「…新志君…」
震えが止まらず、自分の腕を抱くような姿勢で座り込んだ愛莉は、不安そうに新志と槍を見ていた。
「……私は男が嫌いだ…。私の息子も…、お前たちも…。口を利くのも耐えがたい事だというのに…。私の前から消えないというのなら、今すぐここから消し去ってやろう!!」
大王は大きな杖を、自身の身体と同じくらいの巨大な大砲の姿に変え、新志達の方に向けた。
「…っ!!」
新志と槍は、攻撃が来ると分かり、構えの姿勢をとった。
「お前たちを消す事など、虫を殺すと同様に簡単なことなのだよ?」
大王はそう言うと、大砲から黒紫色の光を放つ砲弾を勢いよく放った。
「わわっ!き、きたっ!!」
新志は慌てて剣に魔力を溜め、砲弾を防ごうとした。新志のやり方を横目で見ていた槍は、じっと自分の杖を見つめ、自身の魔力をそこに集中させた。
赤い光が杖から放たれ、カッと光が強まると、途端にそれは、研ぎ澄ました鋭い刃を持つ槍の姿に変わった。
長い柄を掴んだ槍は、すぐさま自身の武器を振りかざし、向かってくる砲弾目掛けて、刃の部分から溜めた魔力を一気に放った。
槍から放たれた赤い光の魔力は、大王の砲弾に直撃し、その衝撃で砲弾は向かう進路を変え、新志達が入って来た大広間の入口の方に命中し、「ドオオンッ」と大きな衝撃音を立てて壁を崩落させた。
「……打ち損じたか…」
大王は、槍の方に目を向けた。
「………っ!?」
新志は驚いた顔で槍の方を振り返った。
槍は、自身の武器の槍を赤く光らせ、魔力を限度が分からなかったのか、一気に力を失い、疲れた様子で立っていた。
「そ、槍っ!だ、大丈夫!?」
新志は慌てて槍の方に駆け寄った。
「ああ…。こんなに体力がいるもんなのか?魔法って?」
槍は肩で息をしながら、新志に笑いかけた。新志はホッとして、槍に返した。
「初めての攻撃魔法だっていうのに、さすがだね!!それに、その武器!カッコイイ!!」
初心者の槍が、手ほどきを受けずに攻撃魔法を使った事に、新志は感心していた。
戦闘中にも関わらず、能天気にふるまう新志に飽きれた槍は、戦いに集中するよう注意した。
「お前なぁ…。こんな事してる間に、次が来るぞ!」
新志はハッとして、大魔王の方へ構えた。
「……撃ち消すとまではいかないようだが…、なかなかの魔力を持っているようだ。…虫同然だと言ったのは、悪かったかな」
大王は依然として、大砲を構えた姿勢をとっている。
新志と槍は、再度身構えた。
「だが、次はどうだろうな。…おっと、巻き添えになってはいけないから、私の姫には、後ろで眠っていてもらおう」
大王は、片手に抱いた陽奈を気遣い、階段を登って、祭壇の中央にある豪華な装飾で拵えた椅子に、彼女を静かに座らせた。
身体をくるっと回転させ、マントを翻しながら、大王は新志達の方を向いた。
「これで大丈夫だ。さぁ、続きといこう」
「…フッ…。一応ジェントルマンらしいな…」
「………」
槍がほくそ笑んで言うのを、新志は黙って聞いていた。
「今度はこれならどうかな?」
大王は先程と同様に、大砲を新志と槍の方に向けて、砲弾を放とうとした。
「なんだ?またさっきと同じ攻撃か?」
槍は武器を構え、また、刃の部分を大王の方に向けた。
「同じ手には乗らないよ‼次は僕の魔力も合わせて撃ち消してやる!!」
新志も、槍と同じく、剣を大王に向けた。
「…同じ?そんなことはない!!」
大王は二人に向けて砲弾を撃つと、先程まで陽奈を抱いていた右腕を伸ばし、撃った砲弾に向かって、掌から暗黒の靄の形をした魔力を放った。
「えっ!?」
靄は物凄いスピードで、砲弾を包み込み、砲弾の威力を上げ、二人の元へと一目散に向かって行った。
新志と槍は、なんとか防御しようと武器に魔力を溜めて構えたが、砲弾の威力には到底かなわず、大王の魔力を塞ぎ切れずに、向こうの壁まで吹っ飛ばされてしまった。
「うわあああああっ!!」
壁に激突した二人は、すぐに身体を起こすことが出来ずに、その場に倒れこんだ。
「新志君っ!!挿崎君っ!!」
愛莉は震える足に力を入れ、なんとか立ち上がり、二人の元に駆け寄ろうとした。
「ダッハハハハハハハッ!!」
「っ!?」
大王の笑い声に、愛莉はビクッと身体を反応させ、振り返った。
「…んん…、ここは…?」
爆音の度重なりで、ようやく目を覚ました陽奈は、椅子から身体を起こし、辺りを見渡した。
「……っ!?」
陽奈の目には、ボロボロになって倒れている新志と槍の姿が映った。
「…おやおや、お目覚めのようだね?姫。君にはたくさんの幸福を与えるつもりだが…。今、少し邪魔が入っていてな…。もう少しそのままそこで休んでいてくれ」
(……誰?)
陽奈は不安な表情で、大王を見つめた。
「新志君と挿崎君に何したの?私、こんなところにいたくない!早くみんなの所に返して!!」
陽奈は勢いよく立ち上がると、自分の格好が、以前の物と変わっていることに気が付いた。
「…なっ!?何っ!?このカッコ!?」
陽奈は、ドレスの胸元が大きく開いている事に気付き、顔を赤くして、両手で慌てて胸元を隠した。
「お気に召したかな?この世界の衣装を。色白の貴女にとてもよくお似合いだ」
大王は、恥ずかしがる陽奈を愛おしく思ったのか、祭壇に上がり、彼女の元へ歩み寄った。
「っ!?こ、来ないでっ!!」
身に危険を感じた陽奈は、逃げるように、椅子の後ろへ身を隠した。
「ちょっとっ!!陽奈ちゃんから離れてよこのスケベ大王!!」
突然の愛莉の叫びに、大王と陽奈は、そちらに顔を向けた。
「花見さん!」
陽奈は、安心した様子で、愛莉を見つめた。
「こらこら、嫉妬をするな。愛莉ちゃんも後でちゃんと可愛がってあげるから」
「いっ…」
大王にウインクされ、愛莉は背筋をぞっとさせた。
「…待てっ!……まだだ…。まだ終わってないっ!!」
後方から声がし、大王、愛莉、陽奈はそちらに顔を向けた。
そこには、ボロボロになって、武器にもたれかけながら立っている、新志と槍の姿があった。
「…こんな攻撃くらったくらいで、やられる俺達じゃない!!」
体中傷だらけで、「ハァハァ」としんどそうに息をしているが、二人の大王を睨む目には殺気を感じ、諦めずに大王の元へ靴を鳴らして歩いた。
「新志君!挿崎君!」
愛莉と陽奈は、嬉しそうに二人の名前を呼んだ。
「…………しつこい…」
大王は、諦めの悪い二人を睨んだ。
「……お前、まだやれるか…?」
槍は横目で新志を見ながら聞いた。
「…うん。陽奈ちゃんを取り戻すまでは、帰れないよ」
新志は槍に答えた。
「…どうする?またさっきの攻撃…いや、それ以上のもんが来るぞ」
「そうだね…。……」
小声で話をする新志と槍だったが、何かを思い付いた新志は、横目で槍を見ながら黙った。
「…?…なんだよ?」
「…二人の魔力を合わせたところで、到底かなわないんだ…。だったら、どちらかが防御魔法で攻撃を受ける側になって、その隙に、もう一人が陽奈ちゃんを助けるんだよ」
新志の提案に、槍は黙って考えた。攻撃を受けるという事は、魔力が相手より劣る場合、犠牲になるという事だと、槍は瞬時に理解した。
砲弾を避けるという手もあるが、避けたところで、先程も目の当たりにしたあの衝撃によって、自身もダメージを受けるだろう。
「…分かった…。なら、俺が攻撃を受ける」
当然そちらを選ぶと思った新志は、槍の言葉を否定した。
「駄目だ!そっちは僕。槍は陽奈ちゃんを助けるんだ!!」
新志の言葉に、槍は驚いて言い返した。
「何言ってんだ!?俺が神岡さんを助けに行ってどうすんだよ!?」
「…?どうして?槍じゃ駄目なの?」
「~~~っ!!」
新志の質問に、槍は言葉を詰まらせた。
陽奈はあからさまに新志に恋心を抱いている。陽奈にとっても新志が助けに来てくれた方が、断然嬉しいだろう。だが、自分に気がある子に対しては、完全に鈍い新志に、今その話をするのは面倒だ。
「…ちゃんと、理由があるんだよ」
困っている槍を見た新志は、話を続けた。
「僕の魔力は、コルザと共鳴してるんだって。もしかしたら、土壇場になって、コルザと同じくらいの魔力を発揮できるかもしれない。…イチかバチかだけどね。…それに、僕の魔力に触れて、僕にコルザを重ね合わせてくれたら…」
新志は、自分の剣を見た後、大王に目を向けた。
大王は、黙って新志を見ている。
「………」
しばらく考えたが、槍はため息を付いて、新志の考えを承知した。
「…分かった…。…だが、無茶はするな。俺も出来る限りの事はやる」
槍は、そう言うと、自身の武器の、槍の刃を新志の方に向けた。
新志はハッとして、槍の刃に自身の武器である剣を、軽く合わせた。
「…やるしかないね!」
「…ああ!」
新志の自信に満ちた笑顔と、槍の力強い眼差し。二人は互いの無事を祈り合うと、正面の大王へと体を向けた。
「……最期のお話は終わったのかな?…では、私も、もうひと仕事片付けるとしよう」
大王は、またも大砲を構えた。
(見くびられたな…。またその手か…)
槍は、砲撃が放たれる瞬間を見過ごすまいと、目を光らせた。
「………」
新志は黙って剣を構えた。
(魔女ばあさんに教えられた事…。今ここで、全て発揮するんだ!!僕は…僕はこの時の為に、今まで頑張って来たんじゃないかっ!!)
新志は、漲る魔力を剣へと集中させていった。剣に備わった魔力は、どんどん黄色の光を放ち出し、溢れんばかりに眩い光を放っていた。
「……すごい…」
愛莉は、今まで見たことのない新志の魔力に、驚いた表情で呟いた。
「その程度で勝ったと思うなよ!小僧!!」
笑みを含んだ顔で言う大王は、それ以上新志に魔力を高めさせないよう、砲弾を放った。
その瞬間、槍は陽奈を助けるために走り出し、砲弾に魔力を込めようと、右手をかざしていた大王は、不意を突かれた様子で、槍に目をやった。
「何っ!?」
大王の右手は、砲弾ではなく、槍へと向けられ、暗黒の靄を纏った魔力は、すぐさま槍の元へと飛んで行った。
「っ!?そうはいくかっ!!」
槍は走りながら、向かってくる魔力を、武器の槍で受け止め、自身の魔力で打ち消した。
「…くそっ!!」
槍に陽奈を奪い返されては面倒だ。大王はもう一度、槍に攻撃を仕掛けようと、掌をかざした。
「……っ!?」
大王はハッとした。
大王の視線の先には、これ以上 槍へ攻撃してはならないと、手を広げて大王に訴える愛莉が立っていた。
「………っ」
愛莉にとっては勇気のいる行動だったのか、彼女は手足をガクガク震えさせている。
「愛莉ちゃんっ!?」
砲弾だけの攻撃なら、新志には打ち消すことが出来た。砲弾を消滅させ、まだ余力を剣に残した新志は、驚いた表情で愛莉を見ていた。
大王は、身動きの取れない様子で、黙って愛莉を見ている。
(花見さん…)
愛莉に助けられた槍は、彼女を心配そうに見ながら、陽奈の所へ駆け寄った。
「神岡さん、こっちだ!」
愛莉の行動に目を奪われていた陽奈は、槍に声を掛けられ、ハッとしてそちらへ振り返った。
槍は、陽奈が攻撃の巻き添えを喰らわないように、彼女の腕を掴んで、この場から連れ出した。
「挿崎君…」
陽奈は、槍をじっと見つめ、彼に手を引かれるがままに、その場から離れた。
「…ほうら!思った通りだ!!」
愛莉は、内心とは裏腹に、強気な態度を大王に見せた。
「…?何がだい?愛莉ちゃん?」
大王は、愛莉に優しく聞いた。
「あなたの弱点だよ!…あなた、女の子には攻撃できないんでしょ?」
「………っ!?」
大王は、何も返さずに黙った。
「そういう優しい所、コルザと一緒だね!…でも、コルザは、女の子だけじゃなくて、誰にでも優しいんだけどね!!」
「………」
大王は顔を引きつらせた。
愛莉は、笑顔で大王に言うと、真剣な表情に変え、大王を睨んだ。
「新志君達を攻撃する前に、私を倒しなさいよ!!」
大王は愛莉の強い口調に、ピタリと動きを止め、微動だにしなかった。本当に女性には攻撃できないのか…。大王が躊躇しているようにも見えなくはない。周りの者は不安を募らせていった。
「……愛莉ちゃん…」
新志は、ハラハラしながら愛莉と大魔王の動きを見守っている。
「…それが…貴女のお望みなら…。私は、期待に応えることが妥当であろう…」
しばらく黙っていた大王だったが、口を開き、決意の言葉を愛莉に伝えた。
「………え…?」
カンが外れ、思ってもみなかった大王の答えに、愛莉は全身の血の気を引かせた。
「貴女の事は、とてもかっていたのだが…。息子と一緒にされては心外だ。…私に立てつく貴女には、もはや価値などない」
ー まずいっ ー
その場の誰もが頭に過った言葉だった。
「花見さんっ!!逃げろっ!!」
槍は愛莉に向けて必死に叫んだ。だが、愛莉には逃げる力などとうに抜けきって、その場にぺたんとしりもちをつき、大王に目で訴える事しか出来なかった。
(…い、いやだ……)
「ハハハハハッ!!怖いか?私に弱点など無いのだよ!愛莉ちゃん!!歯向かった女を始末することくらい、この私には簡単なことだ!!」
大王は掌を愛莉の額にかざし、魔力を込めた。
「…良い夢を見させてやりたかったが…残念だ…」
愛莉はギュッと目をつむり、溜めた涙をボロボロこぼした。
「てやあああああっ!!」
その瞬間。
新志が剣を振りかざし、溜めていた魔力を大王目掛けて一気に放った。
新志の放った魔力は、今までにない威力で、そのまま標的へと勢いを増して向かっていった。
「…なっ!?」
大王は思いもよらない新志の攻撃に、その場に立ちすくんだ。
「ぐわああああああっ!!」
腕に攻撃を受けた大王は、傷を抑え、その場に片膝をついた。
愛莉は目を開き、驚いた顔で、新志の方を向いた。
「…愛莉ちゃんに…手出ししたら…僕が…許さないっ!!」
新志は全身に黄色い光の魔力を纏わせて、振り切った剣を握ったまま、呼吸が乱れた様子で立っている。
「………っ!?」
大王は、新志の姿をじっと見つめた。
だが、纏わせた魔力は瞬時に消え、全ての力を出し切った新志は、正魔飾着の姿から人間界の時の格好に戻り、気を失って、その場に倒れこんだ。
「新志君っ!!」
愛莉はすぐにでも新志の所へ駆け寄りたかったが、腰が抜けた彼女は、立ち上がることが出来なかった。
「新志っ!!」
陽奈を安全な広間の隅に移動させた槍は、倒れたまま動かない新志を心配して、不安な顔で様子を見ていた。
「………」
横にいる陽奈も同様に、新志の姿を黙って見つめた。
「た、たたた大変ですっ!!剣野君がやられてしまいましたっ!!こうなったら時間の問題です!そもそも、ちっぽけな彼らでは、魔界の大王なんぞに勝てるわけないんですよ!!」
隅っこの柱に隠れていた顕影は、勝てる兆しのない相手に恐れをなして、先程の所まで助けを呼びに向かおうと、広間を出ようとしていた。
一方その頃、新志達を助けるために、コルザは、大王の所へ向かっていた。
(さっきから爆発音が聞こえる。王殿の広間の方からだ…。新志君達、どうか無事でいてくれ!!)
すると、向こうから誰かが走って来ることに気付いた。
「っ!?」
コルザは、ハッとして立ち止まった。
「あっ!!あなたは、エキゾチックなお嬢さんっ!!」
向こうから走って来たのは顕影で、彼はコルザの顔を見るなり、一目散に走って来た。
「……君は、確か顕影君!?」
顕影の慌てる様子を見たコルザは、心配そうに彼の顔を覗った。
「た、たたた、大変なんですっ!!剣野君たちが、大魔王に八つ裂きにされそうなんですっ!!」
「ええっ!?」
コルザは驚いて、顕影を置いて、大広間の方へ走り出した。
「ま、待ってください~!も、もう間に合わないかも~!!」
顕影は慌ててコルザの後を追った。
「あ…新志君っ…わ、私のせいで…っ」
愛莉は、魔力を失ったまま動かない新志に不安を募らせ、とうとう自分を攻めて、涙をぽろぽろ流し始めた。
「哀れな男よ…。一人の女に魔力を使い果たすなど…。魔力というものは他人から吸い出すものだ。誰かのために犠牲にするなど、もってのほか…」
「父様っ!!」
突然、広間の入口から声がして、愛莉と、槍、陽奈はそちらに顔を向けた。
声を聞いて、その正体が分かった大王は、そちらに顔を向けることはせず、目を見開いて驚いた様子を見せた。
愛莉は、震える身体を必死に動かしながら、そちらに手を伸ばした。
「…ああ…、コ、コルザっ…!」
部屋の中央に無残な姿で倒れている新志…。不安そうに涙を流して、こちらへ助けを求める愛莉の姿がコルザの目に映った。
「…なんてことを…っ!」
コルザは怒りに満ちた顔で、大王を睨んだ。
だが、大王も、新志にやられた傷を、一番見られたくない相手に見られ、怒り狂った表情で、倒れている新志をギロリと睨んだ。
「ま、まま、まずいですっ!!剣野君の次は、花見さんがやられてしまうっ!!」
後からやって来た顕影は、コルザの後ろに隠れて、怯えた様子で言った。
すると、後からやって来たパントラやリィーズ達も、場の光景を目にして、驚きの表情を見せた。
「…あ、新志君…」
パントラとジュセは、新志が人間の姿に戻って、無力なまま倒れているという、悲痛な現場を目の当たりにして、衝撃を受けたようだった。
「新志君っ…愛莉!!」
大王のすぐ近くで、腰を抜かしている孫の姿を見たリィーズは、憎しみの目で大王を睨んだ。
「あーあ…。お父様に歯向かうから、こんなことになるのよ!…あの人間の坊や、かわいそー」
スヴァイは、思っていた通りといった顔で、哀れんだ目で新志や愛莉の姿を見ていた。
その隣では、ミトが冷や汗を流して、場の様子を眺めていた。
ランバダは、大王とコルザのやり取りが気になるらしく、じっと二人の様子を見つめていた。
コルザは銃を握る手に力を加え、目で焼き殺そうとばかりに、大王を一心に睨んでいる。
大王は、コルザには目を向けることなく、自分に危害を加えた新志を睨んでいた。
愛莉は、大王がずっと新志を睨んでいることに気付き、無残な姿になった新志にまだ危害を加えるのではないかと、不安を一層に募らせた。
「新志君は…新志君は、僕の初めての友達なのにっ…」
大王は尖った耳をピクっと動かし、自分に訴えかけるコルザの方に、瞳を動かした。
「…っ!!」
大王の瞳には、コルザが身体全体に、水色に光る強力な魔力を纏わせている姿が映り、大王は驚いたように目を見開いた。
コルザは涙を流して、憎しみしか込められていない目で大王を睨んでいる。
「そんなに僕が嫌いなの?僕から全てを奪いつくして…っ!!…そんなに僕の事が憎いかっ!!?」
大王は、すぐにコルザから目を背け、再び新志を睨んだ。
「お前が…っ…お前なんぞに…っ」
大王は右手を天井に向け、黒紫色の邪悪な魔力を掌に一気に溜めだした。
愛莉は瞬きも出来ず、彼女にとっては、もはや悪魔である大王の姿を瞳に映していた。
「っっ!?」
コルザ含め、全員が、大王の攻撃を阻止しようとした。
「人間なんぞに、この私がやられるものかーーっ!!」
だが、みんなの反応は遅かったようで、巨大な黒雲のように塊となった暗黒の魔力が、大王の叫びと同時に、新志のもとへと勢いよく放たれた。
ー が、次の瞬間 ー
「っだめーーーーーっっっ!!」
暗黒の魔力を上回るほどの、ピンク色の眩い光が、大広間全体に広がった。
「っなにぃっ!?」
自身の魔力を瞬時にかき消された大王は、何事かといった表情で、まばゆい光から目を背けた。
「うああっ!!」
広間にいた全員も、まばゆい光線と魔力がぶつかり合う爆風に必死に耐えていた。
「…ん…」
気を失い、パントラに背負われていた莉々は、すさまじい衝撃音の中、目を覚ました。
「…っ!?…この光…っ、愛莉…!?」
ピンク色の大きな光は、黒雲を纏わせた大王の魔力を容赦なく飲み込んで、みるみる内に消し去っていった。
「………っ!!」
目の前の強大な力に、成す術の無い大王は、渾身を込めて放った魔力が、いとも簡単に消えていくのを、全身の魔力が自分から抜けていく感覚に准え、脱力した様子で立ち尽くしていた。
一瞬のうちに黒雲は消えた。
辺りは魔力の残像となった薄いピンク色の靄が立ち込めていた。
「愛莉っ!!」
はっきりと目が覚めた莉々は、パントラの背中から降り、靄の向こうに見えなくなっている愛莉の元へ走り出した。
「莉々さん!」
「莉々っ!!」
今となってはただの人間である莉々を、それ以上先へ行かせないように、パントラとリィーズは慌てて止めた。
「………何という事だ……。あの娘…何を…?」
大王は、信じられないといった表情で、靄に紛れている愛莉を見つめた。
「一体、何が起こったの?何、この靄?」
しゃがみこんだ陽奈は咳き込みながら、槍の腕を掴んで聞いた。
「…分からない…。でも、花見さんが新志の所へ走るのが見えた…。まさか、今の光は花見さんが…?」
陽奈の問いに返した槍は、靄が晴れ、だんだん辺りの様子が見えだしたので、立ち上がって、愛莉が走って行った場所に目を向けた。
だが、そこにはまだ濃く纏った靄が漂っていて、先の様子が分からず、槍は目を凝らして見つめた。
「…愛莉ちゃん!!新志君!!」
目を伏せていたコルザは顔を上げ、愛莉と新志を心配して、立ち込める靄の中へと駆け出した。
「………っ!?」
靄の中に入ったコルザは、その光景に驚いて立ち止まった。
すると、徐々に靄が晴れていき、微かに映し出された光景に、大王も目を奪われた。
愛莉は、仰向けに倒れた新志を、自分の身体で守るように両手で強く抱きしめ、顔を新志の胸に埋めて、体を震わせて泣いていた。
靄は完全に晴れ、辺りの者からも、二人の様子は確認出来た。
「……花見さん…」
槍と陽奈は、愛莉の勇気ある行動に驚いていた。
「……愛莉…」
莉々とリィーズは、寄り添う二人を見て驚き、そして少し安心したように呟いた。
「………」
コルザは、愛莉が必死で新志を守っている姿を、黙って見つめている。
騒ぎが収まり、みんなは心配して、静かに二人のもとへと歩み寄った。
「………ん…?あ…れ…?」
気が付いた新志は、何があったのか分からず、目を動かして辺りを見た。
「……っ!?」
少し身体を起こした新志は、愛莉が力を込めて抱きしめ、そして胸に顔を埋めて泣いていることに気付いて驚いた。
「あ、愛莉ちゃんっっ!?」
新志は、慌てて愛莉の肩に手を置いた。愛莉は、新志が目を覚ましたことに気付き、顔を上げた。
「あ…あ、新志君…っ!新志君ーーっっ!!」
顔を押し当てていたせいか、頬や鼻を真っ赤にして、涙をボロボロと流す愛莉は、新志が無事な事を確認すると、再び新志の胸に飛び込んで、声を上げて泣き出した。
「…えっ!?ええっ!?…あ、愛莉ちゃんっ!?」
抱きしめられた新志は、状況が全く読み込めず、自分の胸で泣きじゃくる愛莉を、真っ赤になってただただ見つめた。
「……新志君…」
コルザは、二人の近くまで静かに歩き、新志に声を掛けた。
「コ、コルザっ!?…こ、これは一体…!?…な、何があったの?あ、愛莉ちゃん、どうして…っ」
新志は、愛莉に抱きしめられている姿をコルザに見られ、恥ずかしそうに慌てて言った。
コルザは、二人の様子を見ると安心して、新志に黙って笑顔を向けた。だが、二人に対して罪悪感を抱いているコルザの笑顔は、切なさも含まれていて、新志はそれに違和感を抱いた。
「………?」
「………」
向こう側から、新志達を見ている槍は、黙ってその様子を見つめていた。横では陽奈が、手を合わせて二人が無事だったことを喜んでいる。
「新志君!」
歩み寄って来たのはリィーズだった。その後ろには、心配そうに二人を見つめる莉々がいた。
「ま、魔女ばあさんっ!り、莉々さんも!わっ!!みんないる!!」
後ろを振り返った新志は、リィーズと莉々を見ると、その後ろに、みんなが心配そうに立っていることに気付いて慌てた。
「あ、愛莉ちゃん!魔女ばあさんだよ!莉々さんも!!」
新志は、リィーズ達が心配して来てくれた事を愛莉に伝えた。
愛莉はハッとして顔を上げ、慌てて新志から離れた。
「愛莉…。よく頑張ったわね。新志君も、凄いわ!!」
リィーズは、後ろを向いて涙を拭う愛莉と、恥ずかしそうに顔を赤くしている新志に、にっこり笑って言った。
「…ぼ、僕、何があったのか…さっぱりなんだけど…。一体どうなったの?」
新志は辺りをキョロキョロして、既に攻撃心を失って立ち尽くしている大王に目をやると、リィーズに顔を戻して聞いた。
リィーズは、微笑んで愛莉を見た後、新志に言った。
「あなたが気を失って、大王の攻撃を受けそうになったところを、愛莉が身体を張って助けたのよ!」
「ええっ!?」
新志は驚いて愛莉の方を見た。愛莉は向こうを向いたまま、顔を赤くしてうつむいた。
「そっ、それよりっ!…そっちは大丈夫だったの?」
愛莉は話を反らして、リィーズに聞いた。
「ええ。バーロンは、コルザとみんなが倒してくれたわ!」
リィーズの言葉を聞いて、新志は嬉しそうに目をキラキラさせて、コルザの方を見た。
「わぁっ!さっすがコルザだねっ!!」
新志に言われ、コルザはハッとした。
「…い、いや…」
自分だけの力ではなく、みんなの協力もあり、なんといっても魔力を与えてくれた莉々が一番の貢献者だと思ったコルザは、ふと莉々の方に目をやった。
莉々は、リィーズの後ろから、じっとコルザを見つめていて、彼と目が合った瞬間、驚いたように慌てて目を反らした。
「………?」
コルザは莉々の様子を妙に思い、そのまま彼女を見つめた。だが、莉々は、視線を下に向けたまま黙っていた。
「つ、剣野君!花見さん!!無事で何よりです!!」
向こうから走って来た顕影は、眼鏡を取って、涙を拭きながら、新志と愛莉の無事を喜んだ。
「城君!!君も無事で良かった!!」
心配してくれていた顕影に、新志と愛莉は、立ち上がって笑顔を見せた。
「あ!そういえば…、陽奈ちゃんと槍は…!?」
顕影を見て、新志と愛莉は、二人の事を思い出した。
「あ!あそこ!!」
愛莉が、広間の隅の方を指さして言った。
新志はそちらに目をやると、陽奈がこちらを見て、手を振っていた。
「良かった!陽奈ちゃん無事だった!!」
愛莉は、二人が無事だったことに安心して、陽奈に手を振り返した。
「………?」
新志は隣の槍の様子が気になって、彼を見つめた。
槍は、新志と愛莉ではなく、コルザの事をじっと睨んでいる。
「……槍…?」
新志の呟きに、愛莉が反応して、新志の方へ振り返った。
「…え?」
愛莉は再び槍の方に顔を戻した瞬間、槍はコルザを睨んだまま、スタスタとそちらへ歩き出した。
「っ!?」
槍がコルザに怒りをぶつける気だ。そう察した新志は、不安な表情で彼を見つめていた。
怖い顔をした槍がこちらに向かってくることに気付いたコルザは、彼に攻められる事を覚悟して、視線を落とした。
コルザの前に立った槍は、キッとコルザを睨んだ。
コルザは槍に視線を合わすことなく、申し訳なさそうにうつむいている。
「……お前…!全部お前のせいだぞ!新志と花見さんがこんな目に遭ったのは!!」
槍は、自分の友人が危険な目に遭い、その原因である問題を引き起こしたコルザを攻め立てた。
「魔法界の王子だかなんだか知らないけどな、人間の俺達には関係の無い話だ!お前たちの世界の問題くらいは、自分たちで解決しろよ!!」
槍に一方的に攻められるコルザは、苦痛な表情で黙っている。
「そ、槍っ!?」
新志は槍を止めようと、慌ててそちらへ走り出した。
「……ごめんなさいっ…!!」
すると、コルザは槍に頭を下げて謝った。
新志は立ち止まって、コルザの姿をじっと見つめた。
「新志君や、愛莉ちゃん…、それにみんなを巻き込んでしまって…。危険な目に遭わせて…、本当に申し訳ない事をしたと思ってる…。全て、僕が…、僕の心がしっかりしていれば、起こらなかったことだ…」
「…コルザ…」
槍に謝るコルザを、新志と愛莉は切ない表情で見つめていた。
「本当に、ごめんなさい…」
素直に謝るコルザに、調子を狂わせた槍は、何も言い返せなくなって目を反らした。
「……まぁ、分かってるならいいけど…。二人も無事だったことだし…」
槍の気持ちも収まり、新志は二人の所へ嬉しそうに駆けて行った。
「そうだよっ!!みんな無事だったんだからさ!」
新志は、いつまでも申し訳なさそうにうつむいているコルザの腕をギュッと抱いた。
「コルザ!元の姿に戻れたんだね!!魔法使いの姿も似合うよ!!」
「え?…あ、ありがとう…」
「…まったく。お前はいつも能天気だな!」
三人が話しているのを羨ましく感じた愛莉は、たまらず彼らの輪の中に入って行った。
「ほんとっ!でもコルザ、どうやって戻れたの?」
愛莉は新志の後ろから、ひょこっと顔を出して聞いた。
「え?…あ、うん。莉々さんがね、自分を犠牲にして、僕に魔力をくれたんだよ。それで、元に戻れたんだ」
コルザは、莉々の方を見て言った。コルザの言葉を聞いた新志達も、みんな彼女の方へ顔を向けた。
みんなの注目を浴びた莉々は、顔を赤くして、うつむいてリィーズの後ろに隠れた。
「へぇっ!お姉ちゃん、やるじゃん!!」
「さっすが莉々さん!」
愛莉と新志は、笑顔で莉々に言った。
「…わ、私は、何も…」
魔力が無くなったせいなのか、莉々は、以前のおとなしい性格に戻っていた。
「………」
「………っ!?」
コルザは、そんな莉々を黙って見つめた。莉々はコルザの顔を見ると、また慌てて視線を反らせた。
「…新志君…」
向こうから歩いて来た陽奈が、新志に話し掛けた。
「陽奈ちゃん!!良かった無事で!!」
新志は陽奈が無事であったことに安心して、笑顔で言った。
「ありがとう。……」
陽奈は、新志の隣にいる愛莉に目をやった。
「凄く勇気があるのね。私は敵わないや…」
「……ん?」
愛莉は、陽奈の言っている意味が分からず、疑問を投げかけた。
「ううん。こっちの事。…ねぇ、私も愛莉ちゃんって呼んでもいい?」
陽奈は笑顔で愛莉に聞いた。
「もちろんいいよ!陽奈ちゃん!!」
愛莉は、陽奈の言葉に嬉しそうに答え、ピースサインを見せた。
「二人共、幸せになってね…」
陽奈は、新志と愛莉に、意味深な言葉を伝えた。
「…え?」
新志と愛莉はきょとんとして、陽奈を見つめた。
愛莉の行動を目の当たりにして、新志を諦めたんだと、後ろで見ていた槍は察して、陽奈の潔さに感心していた。
すると、陽奈は、新志達に背中を向けて、槍の方に身体を向けた。
「……?」
いきなり自分の方に向いた陽菜を、槍は不思議そうに見ていた。陽菜はテクテク槍の近くまで歩き、彼の前で立ち止まった。
「さっきはありがと!私の事、助けてくれて」
陽奈は、大王から逃がす為に、槍が自分を助けてくれた事への礼を述べた。
「…ああ。別にあれは、新志でも良かったんだけど…」
槍は、新志と立てた作戦を、陽奈に話そうとした。だが、陽奈はクスクス笑い出し、それを見た槍は、何故彼女が笑い出したのか分からず、馬鹿にされた気がして、ムッとして陽奈に聞いた。
「何か変な事言った?」
「ううん。素直に助けたかったって、言ってくれればいいのに!」
陽奈は、頬を赤く染めて、槍を茶化した。
「………は?」
陽奈の言っている意味が理解出来ない槍は、眉を顰めて、陽奈を見た。
「ねぇ、私の事、陽奈って呼んでくれない?私も、槍君って呼ぶから」
陽奈は、槍にじりじり迫り、彼のマントを掴んでねだった。
「…何で?」
突然迫って来た陽奈に、さすがの槍も若干たじろぎながら、質問を返した。
「もう!意地悪なんだから!私に言わせる気!?」
陽奈は頬に手を当てて、恥ずかしそうに答えた。
「………」
陽奈の仕草を引き気味で見ている槍は、何も言わずに黙った。
「ね?呼んでくれるの?くれないの?」
再び槍のマントを掴んだ陽奈は、槍の目をじっと見つめ、上目遣いで聞いた。
「………」
陽奈に妙な恐怖心を抱き、これ以上関わりたくないと思った槍は、めんどうな事にならないよう仕方なく、彼女の要望を聞き入れた。
「……わ、わかった…」
槍の返事を聞いた陽奈の顔は、ぱあっと明るくなり、とっさに槍の腕をギュッと掴んだ。
「ありがとう!嬉しいっ!!」
「っ!?」
槍は驚いて、顔を近づけてくる陽奈から、すぐにでも逃げたそうに顔を反らせた。
「きゃー!二人、いつの間に!?」
「槍…やるなぁ…!」
愛莉と新志は、くっつく二人を見て興奮した。
「なっ!?ど、どういう事ですか!?何故に挿崎君と神岡さんが良い感じになるんですか?ぼ、僕だって、みんなを助けようと働いたんですよ!?それなのに、なんでひねくれ者の挿崎君ばっかり…っ!世の女子は騙されてます!!こんなの不公平だーーっ!!」
槍にいい所ばかり取られ、理不尽に感じた顕影は、怒りを爆発させて怒鳴った。
「…違うって…」
みんなの勘違いに、槍は呆れ顔で呟いた。
一連の騒動の終止符が打たれ、和気藹々とする場から、大王はトボトボと歩いて静かに去ろうとしていた。
「…コルザ様」
大王の動きに気が付いたパントラは、コルザの所に行き、彼に声を掛けた。
コルザはハッとして、落胆した大王の後姿を見つめた。
「コルザ…」
パントラの後から、ジュセがやってきて、コルザに話し掛けた。
「お父様と話すなら、今よ…」
ジュセは、心配そうにコルザに言った。
「ジュセ姉様…。……っ!?」
コルザは、ジュセの顔を見つめると、後ろの姉二人に気付いた。
スヴァイとランバダは、大王のプライドを壊したコルザを恨んでいるのか、じっと睨みつけている。
「………」
自分の気持ちを分かってもらうには、今しかチャンスがないと思ったコルザは、勇気を振り絞って、去って行く大王を呼び止めた。
「待って下さいっ!!父様っ!!」
大王はピタッと足を止めた。新志達は、大王を見つめているコルザに目をやった。
「………っ」
コルザは、大王に、まずなんと声を掛けて良いものか、話を切り出しにくそうにしている。
「…コルザ…」
みんなが見守る中、新志は心の中で「頑張れ!」とコルザにエールを送っていた。
大王は、ジロリと目をコルザに向けた。
「…あ…あの…。……」
大王に睨まれたコルザは、委縮してしまい、それ以上何も話すことが出来なくなってうつむいてしまった。
そんなコルザに、ランバダは「フッ」とほくそ笑んだ。
「…新志君…、コルザ、大丈夫かな?」
新志の後ろで、みんなと同様に心配して見ていた愛莉は、不安になって新志に耳打ちした。
「…大丈夫…。コルザなら、大丈夫だよ。…きっと!」
新志は、コルザをじっと見つめた。
「……用が無いのなら呼び止めるな…。時間の無駄だ」
大王は、コルザが話しにくそうに困っている様子を見ると、冷たく言い放って、その場を去ろうとした。
コルザはハッとして、大王に向かって叫んだ。
「ま、待って!!話したいことがあるんです!!」
必死に呼び止めるコルザに、大王は再度顔を向けた。自分に向ける大王の怪訝な顔に、コルザは気を窄ませたが、先程のようには引かずに、じっと大王を見つめた。
大王はコルザを睨みながら、体を彼の方に向けた。
「……なんだ、その目は?……お前の友達とやらに攻撃を仕掛けたことを、この私に謝れと言うのか?」
大王は、新志と愛莉の方を睨んで言った。愛莉は新志の後ろに隠れたが、新志はじっと大王を見つめた。
「…僕は、そうして欲しいと思っています。…それで、新志君と愛莉ちゃん、それに槍君と陽奈さん、顕影君が許してくれるなら…。でも、こんな事になったのは、僕のせいでもあります。…父様と僕…。二人の間に亀裂が無ければ、人間界の人達にまで迷惑を掛けることは無かった…。リィーズ様や、莉々さんにまで…」
コルザは自分の気持ちを大王に訴えた。大王は怪訝な顔を変えず、コルザに返した。
「…お前が私の気持ちに背いたのが一番の原因だ。お前さえ、私に従っていれば…っ」
「いつも自分の気持ちばかり優先して…っ!話を聞こうとしないのは父様じゃないですかっ!!」
大王の自分勝手な発言に、コルザはたまらず声を荒げた。
「………」
興奮して肩で息をするコルザを、大王は黙って見ていた。だが、しばらくして、大王が口を開いた。
「…では、お前の気持ちとやらを、今ここで話してみろ!私に今何を訴えたいのか話してみろ!!」
「………っ」
ギロッと睨む大王の目に、コルザはたじろいで、言葉を詰まらせた。
大王は「やはり無駄か」という顔で、再びコルザに背を向けた。
コルザも諦めの表情を見せた。
その時だった。
大広間の上空から、声が聞こえて来た。
「……エルーガ様…。エルーガ様!……あなたの息子を攻めることは、もう止めにして」
大王は驚いた表情で振り向き、コルザはハッとして、二人は、聞き覚えのある声のする上方を見上げた。
そこには、優しい暖かな朱色の光が一点に集中しだし、光がゆっくり消えると、人物をかたどる白い影のような姿が浮かびあがってきた。
「………っ!?」
徐々に姿が明確になってくると、みんなは目を見開いて驚いた。
「……お願い。もう逃げるのはやめて。…コルザにあなたの本心を打ち明けて…!」
上空に姿を現したのは、コルザの育ての母親である「バラノア」だった。
亡霊の為か、身体を透き通らせていたが、容姿は、生きていた頃同様、若く美しいままだ。
「……バ、バラノア……っ!?」
「叔母さま……っっ!?」
リィーズと莉々はみんなよりも一層に驚き、バラノアの姿をよく見る為、彼女の近くまでゆっくり歩いた。
「…バラノアっ!?」
コルザは「まさか」といった顔で、上空に漂うバラノアの姿から目を離せずにいた。
コルザの後ろでは、彼と同じ表情で、驚いて立っているジュセの姿があった。
「………っ!?」
大王は目を見開いて、その姿を見上げていた。
バラノアの霊は、強い眼差しでじっと大王を見つめている。
「…エルーガ様…。私からの最後のお願いよ…」
バラノアが訴える姿を目にしたコルザは、大王には、胸の内に秘めた何かがあるのだと分かり、大王の方へ目を向けた。
「……父様の…本心……?」
大王は、気まずそうにバラノアとコルザから視線を背けた。
「………」
威厳を保ちたい大王には、バラノアの願いを受け入れがたいようで、バラノアはそれを察して、コルザや、みんなの方へ身体を向けて話し出した。
「私はかつて大王様の…エルーガ様の側近だった。…エルーガ様は、自分の気持ちを包み隠さず、私に何でも話してくれたわ…。そう、私にだけ…秘めた野望を打ち明けてくれた…」
「バラノアっ!?」
大王は慌ててバラノアの話を遮った。バラノアはゆっくりと大王の方へ振り返った。
「……こうなっては、もう隠すことはないの。…あなたが望んだことなんでしょう?」
「………っ」
大王は、悔しそうにバラノアから目を背けた。バラノアは再度みんなの方へ顔を向けた。
「…バーロンから聞いたと思うけど、エルーガ様は、後継ぎを既に決めていたわ。……そう、次期大王候補はコルザだとね」
バラノアはコルザをじっと見つめて言った。
「………っ!?」
コルザは驚いてバラノアを見つめた。
「えっ!?そ、そうなの!?」
先程、バーロンがその話をした時、その場にいなかった新志と愛莉は驚いた。
「それがおかしいのよっ!お父様とコルザは、今までまともに話したこともないのよ?お父様は、魔力も大したことない、貧弱で引きこもりなコルザに嫌気がさしていたのよ!?それなのにどうして後継ぎがコルザなのよ!?」
「そーよ!?お父様は私たちのこと、コルザより何倍も可愛がってくれてたのよ?後継ぎは、私達姉妹の三人の中から選ぶのがフツーでしょ!?」
ランバダとスヴァイは、興奮した様子で、バラノアの話に割って入った。
ジュセは、二人から目を反らして、黙っていた。
大王は、苦渋を舐めたかのように眉間にしわを寄せ、目を伏せている。
「…ええ。エルーガ様は、あなた達のこと、とても大好きだし、信頼もしているわ」
バラノアは、ランバダ達に優しい顔を見せて言った。
「だったら…どうしてよ…っ!」
バラノアのことが以前から気に入らないランバダは、バラノアの仕草に苛立ちを隠せない様子で食い掛った。
「…でもね…、エルーガ様は、それ以上に……コルザの事が好きなのよ」
バラノアの言葉を聞いた場の全員は、耳を疑うかのように目を丸くした。
「………えっ!?」
大王は罰が悪そうに、赤くなった顔を伏せた。
「そうよね?エルーガ様?」
バラノアは、大王の方へ振り返ると、ウインクして彼に言った。
「…………」
大王は、何も言わず、バラノアに顔を向けることもしなかった。
「…え…?な、何言ってんのよ…?お父様は…私達より、コルザの事が好きですって…?」
受け入れがたい話に、ランバダは衝撃を受けた。
「そ、そうよ!変な嘘つかないでよ!!お父様は、私達の方が大事なのよ!?…ねぇ?お父様っ!?」
ランバダの後に続いて、スヴァイが声を荒げた。
ジュセは、驚くと同時に、安心したような笑顔を見せた。
「………!?」
中でも一番驚いているコルザは、言葉を失ったまま、黙って大王の後姿を見つめた。
バラノアは、黙っている大王とコルザに微笑んだ。
「…嘘じゃない。私がエルーガ様から直接聞いたのよ。…というより、時間を掛けて問い詰めたって言った方がいいかしら?私もエルーガ様が、どうしてコルザに冷たくするのか、その理由が知りたかった。だって、コルザの教育係を受け持った私にもそれは心苦しい事だったから…」
バラノアは、大王の方へ顔を向けた。
「…でも、エルーガ様は、すぐには答えてくれなかった。数年たって、私に心を開いてくれたエルーガ様は、コルザへの気持ちをだんだん私に話してくれるようになった。はっきりは断言しなかったけど…でも、私はエルーガ様の話と彼の性格から、コルザの事を、凄く大事に考えてることが分かった。コルザの引っ込み思案な性格を、大王の自分が理解できない事をずっと悩んでいた…」
みんなは黙ってバラノアの話を聞いていた。大王とコルザも、下を向いて黙って聞いている。
「それになにより、コルザは初めての息子だったから…。エルーガ様は、女の子や女性への接し方はとても慣れていたけど、男の子のコルザとは、どう接していいか分からなかったみたい」
バラノアは、笑ってみんなに言った。みんなはあっけに取られて聞いている。
「それをこじらせたせいで、今まで話す機会を失ってしまって。…コルザの気を引くために、そっけない素振りをしたり、大王の威厳を示して、コルザを怯えさせたりしていた…」
「…ま、まさか…」
「…そんなことで…?」
「……はた迷惑もいいとこだ…」
パントラ、新志、槍は、呆れた顔で大王を見た。
バラノアは、大王の方へ振り向いて言った。
「いつまでも意地を張ってないで、ちゃんとコルザの方を向いてあげて?ちゃんと、あなたの気持ちを示してあげてよ」
「………」
バラノアに言われた大王は、ゆっくり振り向いて彼女を見上げた。バラノアは微笑んで、大王を見つめて頷いた。
大王は、目の前に立っているコルザに目を向けた。コルザは、視線を上げて、黙って大王を見つめた。
「………コ…コルザよ……」
大王は、恥ずかしそうにコルザに話し掛けた。
「……はい。父様…」
コルザは、そんな大王を見つめながら返事をした。
「……そういう事だ…。…今まで、辛い思いをさせて……す、すまなかった……」
大王は、コルザに向けて頭を下げた。今まで威厳を見せてきた父親の全く違った印象に、胸を打たれたコルザは、その姿をじっと見つめた。
「コルザ、どう?…許してあげる?」
バラノアは、スッとコルザの上空まで移動して、彼に話し掛けた。コルザはハッとして、バラノアを見上げた。
「………」
コルザは、頭を下げる大王へ再度目を向けた。
「……僕は…、僕の意思は、先程言った通りです。僕ら親子のもめ事のせいで、新志君達に迷惑を掛けた…。父様には僕より先に、まず、彼らに頭を下げてもらいたいんです…」
コルザは、眉間にしわを寄せて悲痛な表情で、大王から視線を背けた。
「………」
頭を上げ、コルザの表情を見た大王は、視線を新志達の方に向けた。
新志、愛莉、槍、陽奈、顕影は、ビクッとして、そちらに身体を向けた。
「…君達には、申し訳ない事をした。…この世界の問題に巻き込んでしまい…、又、攻撃を仕向けたこと、謝罪する」
大王は、コルザに言われるがまま、新志達に向けて詫びの気持ちを示した。
「…い、いえ…そ、そんな、とんでもない…」
偉大な大王に頭を下げられた新志達は、許さざるを得ない状況で、それぞれ頭を下げて、大王の気持ちを受け入れた。
「………」
大王は頭を上げ、コルザと向かい合い、二人共黙って気まずそうな表情で立っていた。
バラノアは、二人を心配そうに見つめている。リィーズと莉々も、バラノアと同じ表情で、二人を見つめていた。
「…僕は…許すも何も…父様に従う事しか出来ません。…父様との間に亀裂が生じたのは、僕の心が弱いせいでもあります。…父様の考えに違和感を抱いた時点で、僕が、もっと自分の意見を主張出来ていれば良かったんだっ!」
「……っ!!」
コルザが自分を攻めだし、大王は視線を上げてコルザを見た。
「僕が…っ…僕が、もっとしっかりしていればっ!!」
「やめろっ!!」
その瞬間、大王のマントから、黒い影が勢いよく飛び出し、巨大な手のような形に変えて、コルザの両肩を掴むような形で止まった。
「……!?」
コルザは驚き、自分の身体が、徐々に影に持ち上げられていることに気が付いた。
みんなは驚いて、その様子を見ている。
「……もう…、そんなことは聞きたくない…っ!」
大王は、悲痛な表情でそう言うと、影と共に、コルザの身体を自分の元へ勢いよく引き寄せた。
「っっ!?」
突然大王の顔が目の前に迫り、コルザは困惑した顔で、大王をただじっと見つめた。
「…私は、お前に大王の座を継いでもらいたいのだ…っ!……ずっと…、ずっと言えずにいたが…、コルザ!…私は…、私はお前が好きなんだ!!……コルザっ!頼む……っ!!」
コルザの顔を自分の顔に近づけた大王は、自分の気持ちを息子のコルザに打ち明けた。
大王の影の手にぎゅうっと抱きしめられ、顔をすり寄せてくる大王に、コルザはどうすることも出来ず、ただただ困惑している。
「…と、父様…」
コルザは苦しそうな顔で、父を呼んだ。
「…エルーガ様…、コルザが苦しそうよ。もうその辺で…」
見兼ねたバラノアは、コルザを離すように大王に言った。
大王はハッとして、コルザを離すと、周りのみんながあっけに取られた表情で見ていることに気付き、恥ずかしそうにコルザから少し距離を置いて、身なりを整えた。
そして、天井に掌を向け、大広間の壁に備え付けられた燭台の全てに火を灯した。
薄暗かった大広間は、みるみる明るくなっていき、柱や壁に掘られた模様や、豪華絢爛な装飾を鮮明に浮かび上がらせた。
先程とは全く別の場所にいるように感じられ、新志達は、目に飛び込んでくる広間全体の輝いた光景を、首や身体を動かして眺めていた。
新志と愛莉は、祭壇の前にいる、コルザと大王の姿に目をやった。
「…と、とりあえず、これでめでたしめでたしってこと…?」
愛莉はたじたじになって、隣の新志に言った。
「そ、そうみたいだね…、なんか、拍子抜けだけど…。でも、良かったのかな!」
恥ずかしそうに咳ばらいをする大王の横で、照れ笑いをしているコルザを見た新志は、心からホッとしたように笑顔になって言った。
「じょ、冗談じゃないわよっ!お父様!!なら、私はどうなるの?国中に後継ぎは私だって噂が広まっちゃってるのよ!?」
大王の元へ走って来たランバダは、大王に必死に訴えた。
大王は、ランバダの方へ振り返った。
「ランバダちゃん…。申し訳ない。そなたには、コルザの手助けをしてやって欲しい。スヴァイちゃん、ジュセちゃんも同じだ」
大王は申し訳なさそうに、娘三人に言った。
「…なっ!絶対嫌よ!コルザの手伝いなんて!」
「まぁ、そう言わずに…。ランバダちゃんも見たろう?コルザの魔力を。ランバダちゃんにそれ以上の力があるか?」
「……っ!!」
ランバダは、大王の言葉に何も返せず黙った。
「頼むよ。…そうだ!バーロンを無くした君に、優秀な臣従候補を各地から集めてこよう!それに、欲しい物を何でも揃えてやる!それでどうだ?」
ランバダは大王の提案に魅力を感じ、人差し指を顎にあて、考える素振りを見せた。
「……んー、そうね…。なら、臣従は一人じゃなくてもいい?」
「もちろんだ!」
「なら、それで手を打つわ!!」
コロッと態度を変えたランバダは、今まで猛抗議していた形相が嘘かのように、大王に笑顔を見せた。
二人の会話を聞いていたスヴァイは、ランバダを羨ましそうに見て、自分も話に便乗した。
「お姉様ばっかりずるいわ!ねぇねぇ、お父様っ!私も!!私もいいでしょっ!?」
「ス、スヴァイ様っ!?」
横にいるミトが、慌ててスヴァイに言った。
大王は仕方ないといった顔で、スヴァイを見た。
「スヴァイちゃんはいつも上手いこと話に乗っかって来るなぁ。…ミトでは物足りないのか?」
「そういうわけじゃないけどね…。ただ、ミトは、まだ私の臣従としては半人前だから、他の人と競わせてもいいかなぁっと思って!」
スヴァイは横のミトをじろっと見て言った。
ミトは、罰が悪そうに、冷や汗をかいてうつむいた。
「ダハハハハ!分かった、良いぞ!!……ジュセちゃんは、何か要望は無いのか?」
大王は、次にジュセに顔を向けて聞いた。
ジュセはハッとして、顔を上げた。
「………」
「………っ!?」
ジュセは、パントラの顔を見つめた。パントラは、ギクッとしてジュセを見た。
「……いいえ。私は今のままがいいわ。…コルザが後を継いでくれるだけで、嬉しいもの」
ジュセは、首を横に振って大王に返した。パントラは、ホッとした様子で胸を撫で下ろした。
「…そうか。ジュセちゃんは、さすが聞きわけが良いな。そしてなにより優しい子だ」
相変わらずといった表情で、大王はジュセを見た。
大王は、少し躊躇いを見せながら、コルザの方に目をやった。
「……コルザ。お前は、どうなんだ?」
「…えっ?」
コルザは突然話を振られ、驚いた顔で大王を見た。
「…新しい臣従だ。…そもそも、異性の臣従をお前の傍においていなかったからな。魔力の補充も出来んだろう。それも気がかりであった。…誰か、傍に置きたい者はいないのか?」
今までコルザに何一つ父親らしいことをして来なかった大王は、この機会に彼の為になることをやってやりたいと思った上で発言した。
だが、コルザにとっては要らぬ節介で、彼は首を横に振って、慌てて否定した。
「そ、そんな人いませんっ!僕にはパントラがいます!」
大王は、パントラの方に目をやった。パントラは慌てて頭を下げた。
「…だが、パントラはジュセちゃんの臣従で、それに男だ。お前には妃を迎える義務がある。…その手始めとして、誰かを傍に置かなくては……。そうだ…っ!」
大王は何かを思いついたように、体の向きを変えた。
「愛莉ちゃんはどうだ?彼女の魔力はなかなかのものだ!彼女がお前と共にこの城を築いてくれれば、一層この国での権力は壮大な物になる!!」
愛莉を見て言う大王の言葉に、全員驚いて愛莉に目をやった。
「え…?うええっ!?」
注目を浴びた愛莉は、飛び上がって驚いた。
「…あ、愛莉ちゃんが…コルザと……」
ついに来てしまったこの瞬間に、新志は不安な顔をして愛莉を見つめた。
第十二話、読んでくださってありがとうございます!!
とうとうラストスパート、第十三話「遂に来た!プリンセスの条件」もよろしくお願いいたします!!




