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第十一話「取り戻せ!自分の鍵(ココロ)」


朝食を食べ終えたリィーズは、お皿を重ねて、台所へと運ぼうとしていた。

その瞬間、「ドクンッ」と妙な胸騒ぎがすると同時に、手の力が緩み、リィーズは持っていた食器を床に落とした。

重なった食器は、ガシャンっと音を立てて割れた。

リィーズは、新志(あらし)と愛莉の魔力を込めた水晶玉に、すぐに目をやった。

「……っ!?」

リィーズは目を見開いて驚いた。

黄色とピンクの穏やかな光を帯びて輝いていたはずの水晶玉が、今や見る影もなく、漆黒のもやを宿している。

ー 魔法界で事が動いたに違いない ー

そう直感したリィーズは、一気に不安な表情をした。

「…愛莉…、新志君……」

リィーズは未熟な二人を心配して呟いた。

(…莉々…、コルザ…、二人を何とか守って!!……バラノアも…お願いっ!!)

リィーズは、両手の指を組んで必死に祈った。

(私が魔法界へ行っていれば…。…いえ、たとえ行っていても、今の私は何の役にも立たないわ…)

すると、何かを思いついたように、リィーズはハッとして、目を開けた。

「そ、そうだわ!……いえ、でも……」

リィーズは、すぐに思い返して考えた。だが、再度、黒い靄を宿す水晶玉に目を向けた。

「……私にできることは、もうこれしかないわ!」

リィーズは思い立って、すぐに部屋から出て行った。


緑ノ丘小学校。

授業が始まる前の校内は、次々に登校してくる生徒や、通学かばんを置いて早速遊ぶ者もいて、にぎやかだった。

新志(あらし)達のクラス、六年二組も、朝から元気な生徒たちが、仲の良い者同士で話したりふざけ合ったりしていた。

そんな中、一番後ろの窓際の席に座っているそうは、ぼーっと外を眺めた後、教室内に目をやった。

いつもこの時間になるとやって来る、新志と愛莉がまだ来ていない。ずっと正門を眺めていたが、一向いっこうに二人の来る気配がなく、槍は疑いを抱き始めていた。

(……とうとう学校にまで来なくなるのか…?…昨日の新志の様子も変だったし…。一体何なんだよ、あの二人は…)

槍が考え込んでいると、彼の机の前に、誰かがやって来た。

「困りますねぇ。日直当番の日に遅刻とは。代表委員のこの僕が代わりを務めなくてはならないんですから」

槍はハッとして、その声のぬしを睨んだ。槍の目の前には、黒板消しとチョークを持った顕影あきかげが立っていた。

「…俺に言うなよ。当の本人が来ないなら、仕方ないだろ」

槍は、フイッと顔をそむけて、素っ気なく答えた。

「ですが、日直じゃないにしても、剣野君(つるぎやくん)は、この時間くらいに来ていませんか?いつも一緒に来る花見さんもまだですし。君、仲が良いのなら、何か聞いていないんですか?」

「…聞いてない」

槍は、顔を背けたまま、視線を落として答えた。

槍の寂し気な素振りを、一瞬気に留めた顕影だったが、いつもの仕返しとばかりに、そのまま話を続けた。

「なるほど。剣野君は、君を信頼しているようで、実はそうでもなかったようですね。彼に頼られなくなったら、もうお終いですね~!」

顕影は冗談で言ったつもりだったが、槍にはいくら冗談でも許すことが出来ず、椅子から立ち上がって、顕影の胸ぐらを(つか)んだ。

「なっ……!?」

顕影は、槍がそこまで本気にするとは思っていなかったようで、ギロッと睨む槍の目を見て、驚きとおびえた様子を見せた。

「じょ、冗談じゃないですか…。な、何をそんなに本気になってるんですか…?」

顕影は槍をなだめようと、必死に訴えた。

「………フン」

槍は顕影から顔を反らし、掴んでいた手を放した。

顕影がえりを整えているところ、教室の後ろの扉から、パタパタと誰かが駆けて来た。

挿崎君(きざきくん)!」

槍と顕影は、声を掛けてくる者に目をやった。槍に声をかけたのは陽奈(ひいな)だった。

「…何?」

また新志の事を聞かれるのかと、槍はうっとうしさを表に出して陽奈に聞いた。

「教室の前に、あのおばあさん…。花見さんのおばあさんが来てるわ。挿崎君に用があるんだって」

「え…?」

陽奈に言われ、槍と顕影は、前方の扉に目をやった。

そこには陽奈の言う通り、リィーズが不安そうな顔でこちらを見て立っていた。生徒たちは、先生でもない見たこともない大人がいることに、みんな不思議そうな顔をして、リィーズを見ている。

「ね?行ってあげてよ」

陽奈は、なかなか来ない新志達に関係した話ではないかと、槍に話を聞くように(うなが)した。

槍は黙ってリィーズを見つめ、そのままそちらへ足を向けた。

槍の様子を目で追った顕影は、眼鏡を光らせて、何やらたくらんだ表情を浮かべた。

槍は教室の扉まで移動し、リィーズの前に立った。リィーズは不安な表情のまま、槍の手を握って言った。

「槍君!あなたに頼みたいことがあるのよ!」

突然言われ、槍は驚いた顔でリィーズを見ると、周りからの視線を感じ、リィーズからゆっくり手を放して廊下へ出た。

「ここじゃなんだから…こっちに…」

槍は、人気ひとけのない北側の階段へとリィーズを誘導した。リィーズは頷いて槍に着いて行った。

「………」

顕影と陽奈は、黙ってそれを見届けていた。


階段へ移動した二人は、立ち止まって向かい合った。

(そう)は、リィーズの不安そうな様子がずっと気になっており、彼女に話し掛けた。

新志(あらし)達の事ですか?」

リィーズはハッとして頷いた。

「分かるのね。さすがに鋭いわ」

「…いや、だって、あいつらまだ来てないし、心配してたら花見さんのおばあさんが来たから、多分そうだろなって…何かあったんですか?俺に頼みたいことって?」

槍は先程言ったリィーズの言葉が気になり、質問した。

迷っている暇もないリィーズは、意を決して槍に話した。

「そうよ。事情を話してる時間が無いから、単刀直入に言うわね。…お願い。私達に力を貸して!魔法使いになって新志君たちを助けてあげて欲しいのよ!!」

予想もしていなかったリィーズの答えに、槍は頭の中で話の整理が出来ずに固まった。

「……は?……えっ!?」

新志やリィーズが何かを隠していることは分かっていたが、その内容は想像を超えていたものらしく、槍は仰天した。

「驚くのも無理はないわ。でも、今はちゃんと話している時間がないのよ。新志君達が、とても危険にさらされているの」

焦るリィーズの言葉を聞くと、槍はハッとした。

「新志達が…危険?」

「そうよ!だから、お願いっ!私と一緒に来てちょうだい!」

リィーズは、槍の手を取って、必死に願った。

どうも冗談で言っている様子ではないと察した槍は、頷いて、リィーズに言われるがまま、彼女の後について行った。

二人が去った後、隠れて話を聞いていた顕影(あきかげ)と陽奈が、角の壁から顔を出した。

「どういうことなの?…魔法使いって…?…新志君、魔法使いにさらわれちゃったの?」

陽奈は、リィーズの話がまともに信じられずに、困惑していた。

その横では顕影が、眼鏡を光らせて、不気味に笑い出した。

「フフフフ。やっと本性を現しました!あのおばあさんの秘密が今、明らかになる時です!そして、今まで迷信とされてきた魔法を、この目で確かめるチャンスが到来したというわけです!」

顕影の熱弁する様子を、陽奈は引き気味で見ていた。

「行きますよ神岡さん!挿崎君(きざきくん)達の後を追うのです!!」

「えっ!?じょ、城君!?ちょっと、待ってよ~っ!!」

周りが見えなくなって、槍達の後を追う顕影の後を、陽奈は慌ててついて行った。


ラビアン・ローズに戻って来たリィーズは、(そう)を中の自室に案内した。

「…あの犬…、やっぱりドラゴンだったんですね。…まさか正体が魔法界の王子だったとは…」

移動の最中、ある程度の事情をリィーズから聞いて、槍は混乱しながらも、頭を整理していた。

「あなたにはコルザがドラゴンだってこと、とっくに気付かれていたみたいね。…魔法界へコルザを帰すために、新志君と愛莉は、私のもとで魔力を極めていたの」

リィーズは水晶玉の所へ移動し、先程と変わらない、黒い靄を映し出している水晶玉を見て、不安気な顔をした。

槍は、異様な存在を放つ水晶玉が気になり、リィーズに聞いた。

「それは…?」

「私が昔使っていた水晶玉よ。…愛莉と新志君が旅立つ前に、あの子達の魔力をこれに宿してもらったの…」

リィーズは、水晶玉を見つめた後、槍の方に振り返った。

槍は、眉をしかめて再度それに目をやった。それを見たリィーズは、槍に説明した。

「今朝からなの…。異変が生じたのは…。新志君達の魔力が、今は見る影もないわ。…それで察したのよ。今、魔法界で、邪悪な何かが動き出そうとしている…」


カーテンの向こうで、密かに部屋の中を覗いていた顕影(あきかで)と陽奈は、リィーズと槍のやり取りと、二人が囲んでいる水晶玉を見て、驚いた表情をしていた。

「なんと邪悪な魔力なんでしょう!…まさしく、花見さんのおばあさんは、中世から伝わる魔女そのものです!!」

顕影は興奮しながら言った。

「静かに!…新志達は、花見さんのおばあさんにさらわれちゃったの…?」

陽奈は、まさかといった不安な顔で、リィーズを見た。

「もしくは、魔力の素としてその材料にされたかですね…。なんと恐ろしいっ!」

「じゃ、じゃあ、挿崎君(きざきくん)も?…でも、待って、実の孫の花見さんも、材料にしたっていうの?」

陽奈は顕影に聞いた。

「何を言っているんですか!?花見さんがあのおばあさんの孫だという事は、花見さんも魔女という事です!あのおばあさんと花見さんは、結託けったくして、剣野君(つるぎやくん)を狙っていたという事ですよ!」

「そ、そんなっ!…じゃあ、新志君は、もう…」

陽奈は青ざめて、無残な姿の新志を想像した。

「そうすると、挿崎君もやられた後、次に狙われるのは、僕たちのどちらかという事になりますね…」

顕影は、冷や汗をかいて、ジロッと陽奈を見た。顕影の視線に、ゾクッと背筋を凍らせた陽奈は、顕影に何も返すことが出来ず、黙ってしまった。

二人は、青ざめたまま、再度カーテンの向こうの部屋の中を恐る恐る覗いた。


リィーズは、(そう)の方に歩み寄った。

「この水晶玉は、新志君達に危険が迫っていることを告げているのよ!だから、お願い!あなたの力であの子達を助けてあげて欲しいの!」

槍の手をギュッと握り、リィーズは必死に願った。

「………」

槍は必死なリィーズの表情をじっと見つめた。急にいろんな事の真実を明かされ、頭が混乱しているようだった。

以前から疑惑を抱いていた事が明らかになり、昨日の新志の妙な態度も、今となっては合点がてんがいく。目の前にいるリィーズが言っていることも、どうやら嘘ではないようだ。

槍は彼らしく、困惑を表に出さずに、全てを受け入れた。

「……助けるって、どうやって?」

リィーズは、槍が新志達を助ける決意を固めてくれたと確信し、表情を明るくさせた。

「あなたには、新志君と同じ、魔法使いの素質があるのよ。だから、あなたの魔力を解放させて、魔法界への扉を開くの!」

リィーズは、槍の肩に手を置き、彼に強く言った。

「俺に、新志と同じ素質が…?」

槍はリィーズを見つめて言った。リィーズは頷き、再び水晶玉の前に移動した。

「あなたと新志君は、魔力を宿す者同士、無意識に惹かれ合ったのかもしれないわね。…そして、愛莉とも…。…これは、私の想像であって、理想なんだけれどもね」

リィーズは笑いながら言った。

「………」

槍は微笑し、何も言わずに、リィーズの所へ歩いた。

「…どうやったら魔力を解放出来るんですか?」

「私があなたの力を解き放つわ」

リィーズの言葉に、槍は疑念を抱いた。

「でも、あなたは今、魔力がないんじゃ?」

聞かれたリィーズは微笑んで、黒い(もや)が渦巻く水晶玉を指さした。

「この力をいただくのよ」

槍は驚いて、水晶玉に目をやった。水晶玉は、未だに邪悪な黒い靄を宿している。

「大丈夫よ。これには、元々新志君と愛莉の魔力が宿っていたんだもの。今は、彼らの危険を知らせるためにこんな表情を見せているけど、魔力の源には変わりないわ。それに、あの二人の魔力なら、あなたの力を解放させるには充分な程よ」

リィーズは槍を安心させるために、笑顔で言った。

するとリィーズは、真剣な表情で、水晶玉に手をかざして祈った。

(魔法界に光を与えようとしてくれる者たちが、危険な目に遭っているの…。…お願い。私に全ての力を授けて!!)

リィーズの祈りに応えた水晶玉は、元の黄色とピンクの光を放ち、宿している魔力を全てリィーズに捧げるように、掌を伝って、体内へと注ぎ込んだ。

思っていた通り、充分な魔力が備わったリィーズは、満足そうににっこりと笑い、掌を自分の胸にかざした。

掌から紫色の光が放たれ、胸の部分から、真の鍵を浮き上がらせた。リィーズは、それを杖の形に変えて、槍の方を向いた。

「さぁ、時間が無いわ!槍君、そこへ立って!」

魔法の杖を構えた、勇ましいリィーズの姿に、槍は、リィーズが魔法使いであることを確信し、言われるがまま、彼女の指さした位置へと移動した。

「…目を閉じて、何も考えずに力を抜いていてちょうだいね」

ゆっくりと目を閉じた槍は、そこで静かに(たたず)んだ。

リィーズが目を閉じると、杖の宝石から紫色の光が放出した。


「トワール・ワイル・エトワール 力を授かりし「挿崎槍」の魔力を解き放て! リィージズ リベラシオン!!」


リィーズが叫ぶ呪文と同時に、槍の胸の部分からは、深紅に光る宝石が現れた。

体内から込み上げてくる、何か熱いものを感じながら、槍はギュッと目を閉じて、身体を覆う赤い光の眩しさに耐えた。

槍の力を解放することが出来たと、確信を持ったリィーズは、自分の杖を降ろし、光に覆われる槍の姿をじっと見つめた。

やがて、光はスルスルと引いていき、魔法使いの姿に変わった槍が現れた。

リィーズは、安心した笑顔で、槍の所へ歩いた。

「もう目を開けても大丈夫よ、槍君」

言われた槍は、そっと目を開けて、自分の姿に目をやった。

「………」

槍は驚くこともなく、ただじっと自分の姿を見つめた。

「あら、期待していた姿とは違ったかしら?」

新志や、愛莉のように、興奮した様子を見せない槍に、リィーズは、彼の心境が気になって聞いた。

槍は自分の姿を見ながら答えた。

「…いえ。…ただ、本当に俺に力が備わっていたんだなぁと思って。少しずつ、実感しているところです」

冷静に現状を受け入れている槍に、リィーズは頼もしさを感じ、新志の言っていた槍の性格を理解して、笑顔を見せた。


リィーズの魔法と槍の変身を目の当たりにした顕影と陽奈は、驚きを隠せずに、目を見開いていた。

「ま、魔法を、この目で見てしまった…」

顕影は、興奮を抑えられず、震えながら、二人の様子をじっと見つめた。

「うっそぉ…!挿崎君が、魔法使いになっちゃった…」

陽奈は、驚いた表情のまま、槍の姿を見つめた。


「直ぐに魔法界へ行きましょう!槍君(そうくん)、こっちへ!」

リィーズは、魔法界へと繋がる入口がある、奥の物置部屋へと槍を誘導した。

「ど、どうするの?挿崎君(きざきくん)、行っちゃうよ?」

陽奈はオロオロしながら、顕影8あきかげ)の服を(つか)んで、自分たちが今どうするべきなのか、答えを急かした。

「…これは一体どう解釈すべきでしょう…。花見さんのおばあさんは、挿崎君を仲間だと油断させて自分たちのアジトに連れ込もうとしているのでしょうか?」

「大変っ!?私達で止めなきゃ!!」

陽奈は、顕影の言葉に驚いて身を乗り出し、二人の後を追った。

「か、神岡さんっ!!」

大胆な行動をとる陽奈に驚いた顕影は、急いで彼女の後を追った。


奥の部屋へ移動したリィーズと(そう)は、宝石箱の前に立っていた。

「あなたを巻き込んで、そしていきなり魔法界へ連れて行くこと…。本当にお詫びのしようがないわね。…でも、今はあなたに魔法を一から教えている時間が無いの。だから、せめてものつぐないに私も一緒に行くわ。…向こうでは、足手まといになるかもしれないけれど、あなたに助言はしてあげられる」

リィーズは、全てを槍にたくすことに、自分の不甲斐なさ感じ、頭を下げ、彼に詫びの言葉を述べた。

「………」

槍は、じっとリィーズの事を見つめている。リィーズは槍の気持ちを察し、彼の肩に手を置いた。

「あなたは、表には出さないけど、今はきっと不安でいっぱいでしょうね。本当にごめんね…。私に力があれば…」

リィーズは、うつむいて再度謝った。何度も頭を下げるリィーズを見兼ねた槍は、首を横に振った。

「こうなることは、新志(あらし)と出会った時から決まっていたことだから、あなたのせいだとは思ってません。新志を放っておけなく思った俺の責任です」

槍の言葉に、リィーズは顔を上げて、槍を見つめた。

「…ありがとう。とても、頼もしいわ」

リィーズは、ホッとしたように、槍に笑顔を見せた。

「ですけど、あくまで俺は新志と花見さんを助ける為だけに行きます。魔法界がどうとか…、俺には関係ないので…」

フイッとそっぽを向いてきっぱりと断言する槍に、リィーズは一瞬戸惑いの表情を見せた。

だが、槍の性格を理解してきているリィーズは、クスクスと笑って返した。

「分かったわ。それだけで充分よ。どうもありがとう」

「……どうすれば?」

槍は、宝石箱を見つめて、魔王界への扉の開け方をリィーズに聞いた。

リィーズは宝石箱に目をやった。

「杖の先を宝石箱に向けるの。そして目を閉じて、魔法界へ行きたい…。新志君と愛莉を助けたいと強く念じてちょうだい。…そうすると、扉が開くわ」

槍はリィーズに言われた通り、杖を宝石箱に向けて、目を閉じた。

すると、杖の宝石が光り出し、それと共鳴するように、宝石箱が光り始めた。

「私の後に続いて、呪文を唱えてね…いい?」

「…はい」

リィーズは一緒に魔法界へ行くために、杖を構えた槍の腕を、ギュッと掴んだ。

「トワール・ワイル・エトワール」

「トワール・ワイル・エトワール」

「魔法界の扉よ、開け!」

「魔法界の扉よ、開け!」

「ソウズ リベラシオン!」

「ソウズ リベラシオン!」

槍に魔法をかけられた宝石箱は、勢いよく開き、溢れんばかりの光を瞬く間に放出した。

光は波のように、二人をどんどん包み込んでいく。その光景を目の当たりにしていた顕影(あきかげ)と陽奈は、あまりの眩しさに顔を伏せながらも、槍を引き戻そうと、光の中へと向かって言った。

「くぅぅっ!!なんて凄い光の威力でしょう!一体何ルクスあるんですか!?」

城君(じょうくん)!!早くしないと、挿崎君まで連れて行かれちゃうわ!!」

二人は必死に光の中へと入って行き、手探りで槍の姿を探した。

「あっ!!」

二人がとっさに掴んだのは、槍の正魔飾着(せいましょくぎ)の長いマントだった。

その瞬間、その場にいる全員の体が浮き上がり、()(すべ)のない顕影と陽奈共々、光と一緒に宝石箱の中へと、勢いよく吸い込まれていってしまった。


「のわあああああっ!」

「きゃあああああっ!」

魔法界の西の塔の鏡から飛び出したのは、(そう)とリィーズ、それに顕影(あきかげ)と陽奈だった。

顕影と陽奈は、槍のマントを握ったまま、不安定な体制で着地し、ドスンと床に身体を打ち付けた。

二人の姿に驚いた槍とリィーズは、そちらへ振り返った。

「お、お前らっ!何でここにいるんだよっ!?」

槍は、床に打ち付けた腕や足をさすっている二人に怒鳴った。

「何でじゃありませんよ!僕らは魔女に誘拐させられそうになった君を、助けようとしてあげたんじゃないですか!」

顕影は勢いよく立ち上がって、槍に言い返した。

「は、はぁ?」

よく分からないことを言う顕影に、槍は眉を(しか)めた。

「そうよ!新志君が消えて、今度は挿崎君が、花見さんのおばあさんに連れて行かれそうになったから、私達必死であなたを連れ戻そうとしたのよ!?」

陽奈も立ち上がって、槍に訴えた。

「………」

どうも二人が何か勘違いをしていると察した槍は、二人をどうやって人間界へ戻そうかと、リィーズに助けを求める為、彼女に視線を送った。

リィーズは困った顔をして、二人を眺めた。

「あなた達、学校からつけて来てたのね?…私は槍君を誘拐なんてしていないのよ。同意のもとで、彼に魔法界へ来てもらったの」

「え…?ま…ほう…かい…?」

二人は困惑して、辺りを見渡した。先ほどの部屋とは一変して、辺りは石造りの塔の中のような場所に変わっている。

「…懐かしいわ。全く変わってない」

リィーズは、窓の外から見える景色を眺め、自分がいた頃の魔法界とほとんど変わっていないことに、どこか嬉しそうに呟いた。

そんなリィーズを見た後、槍は振り返って顕影と陽奈をギロッと睨んだ。

「…全く、どこまでも世話の焼ける奴らだな。お前らはここでは足手まといになるだけなんだぞ?」

「何ですか!その言い草は!僕らは君を心配して追いかけて来たと言うのに!」

「そうよ!}

槍の言葉に、顕影と陽奈は怒って言い返した。槍は聞く耳を持たず、プイッとそっぽを向いた。

見兼ねたリィーズは、三人の所へ歩いた。

「こうなってしまったらもう仕方がないわ。焦って周りが見えなくなっていた私の責任よ。…でも、一度戻っている暇もないし、あなた達にはついて来てもらうしかないわ。とても危険だから、勝手な行動はしないでちょうだいね。あと、出来るだけ、槍君の後ろに隠れていてちょうだい」

リィーズは、真剣な顔で二人に言った。顕影と陽奈は、リィーズの表情と言葉を聞いて、なんだかとんでもないところに来てしまったと徐々に実感し、不安ばかりがつのっていった。

「…あ、あの…、ここは魔法界って…あなたはやっぱり魔女なんですか?…新志君達は、どこにいるんですか?」

陽奈は、とりあえず現状を理解しようと、リィーズに聞いた。

リィーズは少し焦り気味に返した。

「今から新志君達の所に行くわ。…その道中で、簡単に話をさせてもらうわね」

リィーズはそう話しながら、下へと降りる階段への扉を開けて、みんなを誘導した。

槍は、扉の方へスタスタと躊躇(ちゅうちょ)なく向かった。

そんな槍を見た顕影と陽奈は、互いに顔を見合わせ、少し躊躇(とまど)いを見せたが、慌てて彼の後を追った。


「……どうなってるの?…一体これは…?」

上空を見上げたまま、新志(あらし)はみんなに聞いた。

新志と共に、コルザの部屋へ入って来た、愛莉、莉々、ジュセ、パントラも同様に驚いて、上空を見上げている。

みんなは状況を理解出来ず、新志の問いに答えられなかった。

みんなの視線の先には、大きく育ったジェムエレメントを背に身体を押し付けられた女性コルザの姿と、彼女の首を掴んで、押さえつけているバーロンの姿があった。

「…うぅ…っ」

強い力で首を掴まれているコルザは、ひどく苦しそうな表情で耐えている。

新志はハッとして、腕に抱いたドラゴンのコルザに目をやった。

ドラゴンコルザは、女性コルザ同様に苦しそうに息をしている。

(…二人は共鳴してるんだ!…でも、そうすると、もう一人のコルザが消えてしまったら、こっちのコルザも…!?)

新志は不安な表情で、再度上を見上げた。

「どういうつもりです!?バーロンっ!!コルザ様に一体何を…!?」

自分のあるじに対して無体むたいを働くバーロンに、パントラは黙っていられず、怒りを露わにした。

バーロンは、そんなパントラを黙って見下し、「フッ」とほくそ笑んだ。

「一体何事です!?」

大きな地響きを聞いて、後から駆けつけて来たミトとスヴァイは、部屋に入るなり驚いた表情で、上空を見上げた。

「コルザがバーロンに襲われてる!どういうことなの?ミト?」

スヴァイはパニックになって、ミトの肩を掴んで聞いた。

「分かりません!ですから僕も聞いてるんです!!」

現状を全く理解出来ないミトは、スヴァイの問いかけに少々苛立ちながら返した。

二人と共に部屋に駆け込んだランバダは、怖い表情で、バーロンを睨んでいた。

ランバダの様子に、ずっと目を向けていたジュセは、彼女が今回の事を仕向けたのではないかと疑っていた。

隣にいた莉々は、ジュセの視線の先に気付き、彼女もジュセと同じ考えを頭に過らせた。

「…あなた…、何か知っているの?」

莉々は躊躇ためらうことなく、ランバダに聞いた。下手な動きは避け、今は様子を見ようと考えていたジュセは、慌てて莉々を見た。

周りのみんなも、莉々とランバダの方へ振り返った。

「何かって?」

ランバダは腕を組んで、ジロッと莉々を睨んだ。

「とぼけないで!あなたの臣従がコルザを殺そうとしてるのよ!?あなたが彼に命令したんでしょ!?」

「お、お姉ちゃん!!」

身を乗り出してランバダに食い掛かかる莉々を、愛莉が必死に止めた。

「莉々さん、落ち着いて」

ランバダの前に無謀に飛び出すのは危険だと思い、ジュセは莉々の前に出た。

新志は莉々の表情をじっと見つめた。

(莉々さんも、分かってるんだ…。片方のコルザが消えたら、どちらもいなくなってしまう事…)

新志は眉間にしわを寄せて、腕に抱いているコルザに目をやった。

「…私がバーロンに命令?…ハハッ!冗談でしょ?こんな趣味の悪い事、奴に命じるわけないじゃない。これはバーロンが勝手にしてる事よ」

ランバダは、ツカツカとみんなの前に出た。

「悪い臣従ね。主に無断で悪戯ばかりして。ちゃんとしつけしてあげなくちゃ」

ランバダは上を見上げて、バーロンを睨んだ。

バーロンは、表情を変えず、冷酷な左目は、じっとランバダに向けられた。

ランバダは「フフッ」と笑い、今度はみんなのいる方へ体を向けた。

「でも、彼を攻めないであげて欲しいわね。彼は私の臣従。彼なりに、私の役に立とうとしているのよ」

「…?それは、どういう…?」

ランバダの言葉を、みんなは疑問に思い、パントラが聞いた。

ランバダは、腕を組んで話し始めた。

「彼は、私をお父様の後継者にしたいのよ。もちろん、姉弟の中でも、有能な私が継ぐのはみんなも分かっていた事でしょうけど…。でも、ここへきて急に、コルザが悪あがきを始めたでしょう?だから、彼は焦ったのよ。…居ても立っても居られなくなって、こんな騒ぎを起こしてしまったって訳…」

ランバダは、今度の騒動の全てをバーロンの責任にするために、臣従である彼が、自分を思うばかりに独断で起こしたとみんなに思わせた。

バーロンは表情を変えずに、コルザの首を掴んでいる手に、一層力を加えた。

「ううっ…!」

悲痛な声を発するコルザに、みんなは目を向けた。

「コルザっ!!」

「コルザ様っ!!」

新志とパントラはとっさに声を発した。

ランバダはクスッと笑って、みんなに言った。

「まぁ、少し黙って見ていなさいよ。私が消えて欲しいのは、女のコルザだもの。アイツさえ始末すれば、以前と同じに戻るんだから。あんただって、それを望んでるんじゃないの?」

ランバダは悪戯に笑って、莉々に言った。

「…なっ!?」

莉々は、ランバダに怒りを見せて、言い返そうとした。

「違うっ!!」

みんなは大きな声に驚いて、新志の方を見た。

新志は興奮して、肩で息をしている。

「あ、新志君…?」

愛莉は驚いて新志を見つめている。

「どちらか一方のコルザが死んじゃったら、コルザは二人ともいなくなってしまうんだ!あっちのコルザも、こっちのコルザも、コルザ自身なんだよ!!…それなのにっ…それなのに実のお姉さんが簡単に消すなんてことっ!バラノアさんの命だってそうだ!あなたはバラノアさんが死んだときだって、何とも思わなかったそうじゃないか!!…後継ぎがそんなに大事なの!?僕はそんなあなたの支配する世界の方が、無くなってしまえばいいと思う!…コルザは引っ込み思案だけど、みんなの事を大事に思う、心優しくて凄くいい奴だ!そんなコルザこそ、この世界にいなければいけないんだよ!!」

新志はランバダを睨みつけた。

「…新志君…」

みんなは、新志を見つめた後、彼同様に、ランバダを睨んだ。

ランバダは、みんなに睨まれるのが耐えられなくなったのか、うつむいて震え出した。

すると、不気味な笑い声を発し出した。

「…フ…フフ…フフフッ!アハハハハハハッ!!」

みんなは、その様子に不安感を抱き、身構えた。

「これだから人間って嫌いよ!…あのねぇ坊や。この魔法界じゃ、優しさとか、心の綺麗さだけじゃ生きていけないのよ?何の魔力も無い人間なら、弱い者同士、力を合わせましょうって考えに至るのは分かるけどね」

ランバダは吹っ切れたように、新志達人間を見下して、話し出した。

「でもね、私達は魔法が使えるの。この世界では、魔力が強い者こそ、上に立つ存在なのよ?魔力のある者には絶対服従なの!…分かる?坊や?」

ランバダは新志の前に立って、見下した。

新志はランバダには何を言っても無駄だと思い、黙って彼女を睨み続けた。

「見栄張ってこんな大きなジェムエレメントを生み出したところで、結局は使いこなせてないじゃない。…だから奴は口だけの能無し。バーロン!!とっとと始末しちゃってよ!!」

バーロンの方に身体を向けたランバダは、手を振り上げて、彼に命じた。

ところが、バーロンは、ランバダの言葉には反応せず、一向に動かなかった。

「………?バーロン?何してんの?早く……」

「黙って聞いていれば…。とんだ茶番劇だな」

バーロンは嘲笑いながら、ランバダを見降ろして言った。

「っ!?」

ランバダは驚いてバーロンを見上げた。

「私があなたの臣従であったのはつい先ほどまでだ。…あなたの為に居ても立っても居られなくなってやった事だと…?笑わせてくれるな!」

バーロンは淡々と語り始めた。ランバダは困惑を隠せない様子で、バーロンを見上げている。

「な、何を言うのよ?…だって、あなたも私と同じ考えのはずじゃない。…私がお父様の後を継げば、あなたにとっても名誉なことでしょう?…悪い思いはしないはずだわ…。なのに、今さらどうして…」

自分がバーロンのせいにしたことで、一時の気の迷いを起こしているのだろうと、ランバダはなんとかバーロンの気をなだめるように言った。

「今さら?ハハハ!何を言い出す?…私のこの計画は今に始まったことではない。…これは、私があなたの臣従になってから…、いや、この城に臣従として仕えてからすでに始まっていることだ!」

「っっ!?」

ランバダは驚きと絶望に満ちた表情で、その場に立ちすくんだ。

周りの者は、ランバダとバーロンが仲間割れを始めたと察し、困惑した表情で、バーロンを見上げている。

「一体、どうなっちゃってるの?バーロンは、ランバダ姉様までそそのかしたってこと…?」

スヴァイは、今まで見て来た姉とその臣従の一変した様子に、不安を抱きながら震えてミトの後ろに隠れた。

スヴァイの言葉に、プライドを傷つけられたランバダは、カッと顔を赤くして、バーロンを睨みつけた。

「…あんた…っ!今まで私にして来たこと、全部嘘だったってことね…。私を利用した挙句、最後は私を始末しようと…っ」

ランバダは怒り狂った顔でバーロンに言った。

バーロンはそんなランバダを(あわ)れんだように、冷静に話し出した。

「…私ははなからあなたの事など眼中にありませんよ。あなたは言ってみれば、私の計画の一つの駒に過ぎない。始末するもしないも、どちらでもよい事だ。自分に利益を求めるなら、能力だけでなく、頭を使うことも学ぶべきだな」

バーロンの言葉に、何かが切れたランバダは、すぐさま武器の銃を出して、バーロンに攻撃しようと身を乗り出した。

「っ!?」

莉々とパントラは、バーロンの後ろにいるコルザの身の安全を考え、とっさにランバダの腕を掴んで、彼女を押さえつけた。

「放しなさいよっ!!あんな奴、ぶっ殺してやるっ!!」

「やめてくださいっ!!ランバダ様!!落ち着いてっ!!」

「そうよ!そんな状態で撃って、コルザに当たったらどうするのよっ!!」

「知ったこっちゃないわっ!そんなことっ!!」

三人の様子を、新志・愛莉・ジュセ・スヴァイ・ミトは、どうしてよいものか分からず、困惑と不安を募らせた表情で見つめていた。

バーロンは、まるで醜いものを見るように、下でわめくランバダの様子を見た後、彼女を必死で押さえつけるパントラに目をやった。

「お前には礼を言わなければならんな、パントラ」

「っ!?えっ!?」

パントラは驚いて、バーロンを見上げた。

「コルザ様が弱っていることを知らせてくれた上に、こうしてしびれ薬を彼女に与えてくれた。お陰で簡単に彼女を黙らせる事が出来た」

バーロンは手に力を加え、コルザに顔を近づけた。コルザが苦し紛れに薄目を開けると、目には不敵な笑みを浮かべたバーロンが、なんとも不気味に映った。

パントラはバーロンの言葉の意味を考え、理解すると、顔から血の気を引かせて青ざめた。

「…ま、まさか…、昨夜の…あのアトラスの葉は……っ!?」

バーロンは、パントラの方に顔を戻し、笑みを浮かべた。

「今さら気が付いたところでもう遅い。…お前は、到底臣従になど向いていないのだ。…お前と、そこにいるミトは、私の下で私に言われるがまま動くのが(しょう)に合っているのだからな」

急に名前を出され、ミトはビクッと反応した。

「お前も役に立ったぞ、ミト。礼を言おう」

「…バ、バーロン…。君、あの薬草を…コルザ様に…?」

ミトは、昨夜バーロンに渡したしびれ薬の用途を、今ここでようやく理解した。とんでもないことに手を貸してしまったミトは、パントラ同様に青ざめて、ただバーロンを見つめた。

スヴァイは、ミトが何故動揺しているのか分からず、不安な顔をして、彼の肩を揺さぶった。

「ね、ねぇ、ミト?どうしたの?あなた何か知ってるの?」

ミトは我に返って、バーロンをキッと睨んだ。

「あなたは…、僕の趣味を利用した挙句、パントラをも巻き込んで、コルザ様にしびれ薬を飲ませたのですね?」

パントラはハッとして、バーロンを見上げた。

バーロンは黙って彼らを見降ろしている。

「…てっきり、侵入者の連中に使うものだと……。僕はあなたを信用して薬草を授けたのに!!」

ミトは、裏切られたショックで声を荒げた。

「……簡単に信用などするな…。それがお前たちのあだだ…」

バーロンは、首を横に動かして、視線を背けた。

ミトは、絶望に打ちひしがれ、膝から崩れるように、その場にうなだれた。スヴァイは、ミトの様子を、オロオロとうろたえて見ていた。

パントラは黙って、苦しみに耐えているコルザを見た。

「…ぼ、僕が…、コルザ様に…しびれ薬を…。ぼ、僕が……」

コルザを守らなければいけない立場である自分が、反対に彼女を抹消させる手助けをしてしまったという事実に、パントラはひどい衝撃を受けて、震え出した。

「パ、パントラっ!!」

パントラの心中を察したジュセは、震えるパントラの腕を掴んで、彼の顔に目をやった。

「…僕は…な、なんてことを……」

パントラは、目の前のジュセが見えておらず、ずっと呟いていた。

「………っ」

ジュセは、今のパントラには何もしてあげられないという虚しさを感じ、悔しそうな顔で、せめてもの意を込めて彼を力強く抱きしめた。

「……コイツっ!!」

ランバダは、今にもバーロンに攻撃したそうだったが、莉々と愛莉に身体を抑えられていた。

「…お姉ちゃん、やっぱり、この人が…」

今までの話を聞いて、察しが付いた愛莉は、莉々に言った。

莉々は愛莉の目を見ると、黙って頷いた。

すると、新志が前に出て、バーロンの方に歩み寄って行った。

莉々と愛莉は、驚いて、新志を止めようとした。

「あ、新志君っ!?」

「……なんだ小僧。お前ひとりで私に立ち向かう気か?」

バーロンは、新志一人では何も出来ないだろうと、彼をないがしろにして言った。

新志は歩くのを止め、じっとバーロンを見つめた。

「…あなたが、バラノアさんの封印を解いたの?」

「……ああ。そうだ」

「コルザのジェムエレメントを生み出させるために?」

「…ああ。…全て、あの女の霊から聞いているのではないか?…不覚にも逃げられたが、霊に出来ることなど、到底しれている。案の定、人間の力を借りることしか出来ないようだからな」

バーロンは、ジロッと莉々に目を向けた。

莉々は、キッとバーロンを睨んだ。

大体察しはついていたが、本人が自白して、確信した莉々は、バーロンに聞いた。

「あなた、どうしてコルザがジェムエレメントを秘めていることを知っていたの?」

莉々の問いに、バーロンは笑みを浮かべた。

「先程も言ったはずだ。私の計画はここの臣従になった時から始まっていると。…長女ランバダの臣従になる前は、大王の下に仕えていた。その時に聞き出したのだ。常に直属の臣従を何十人も備えていた大王だ。到底その時の私の事など覚えておらんだろうがな…。大王は既に四人の中の誰が一番強い能力を持っているかが分かっていた…。」

バーロンは、コルザに目をやった。

「…それが、コルザだったってこと…?」

愛莉が聞いた。

「そうだ。大王は彼の中のジェムエレメントの存在にも気付いていた。…そして、彼の中のもう一つも心も…」

全員は顔を上げて、バーロンとコルザの方に目をやった。

「……なんですって…!?」

「…嘘でしょ…!?」

ランバダとスヴァイは、バーロンの話を聞いて、父親がすでに後継ぎを決めていた事に驚き、絶望した。

「………」

ジュセは、パントラを抱いたまま、黙ってバーロンとコルザを見ていた。

「コルザのお父さんは、コルザの内に秘めた心を知っていたって事!?」

愛莉は驚いてバーロンに聞いた。

「コルザ様にもう一つの心を目覚めさせようと仕向けたのは、大王だ」

「……え!?」

新志は、よく意味が分からずに、眉を(しか)めた。

「コルザのジェムエレメントを、バラノア叔母さまに生み出させて、あなたは一体何をするつもりだったの?」

莉々は、今問題としているジェムエレメントの目的を知ろうと、力の抜けたランバダから手を放し、新志の横まで走って、バーロンに聞いた。

「生み出したジェムエレメントを、自分の物にしようとしたのよ!!」

突然、部屋の入口から声がして、みんなはそちらに顔を向けた。

「ええっ!?」

新志、愛莉、莉々は驚いて声を発した。

視線の先には、リィーズと正魔飾着をまとった(そう)、そしてその後ろには、顕影(あきかげ)と陽奈の姿があった。

「お、おばあさんっ!?」

「そ、槍っ!?」

城君(じょうくんに、神岡さんも!?なんでっ!?」

新志達が驚くのをよそに、リィーズはスタスタと部屋の中に入った。

「…これはこれは…。リィーズ様が私なんぞにわざわざお顔を見せに来て下さるとは。…失礼ながら、魔力を抜かれているせいで、気配が全く読めませんでした。…そちらの半人前はともかく…」

バーロンは、魔法界に名をとどろかせたリィーズへ、形だけの敬意を示した。魔力の無いリィーズには何も出来ないと分かっていたからだ。だが、(かす)かに魔力を感じる槍には、少しの警戒心を抱き、彼の方へじろっと目を動かした。

槍は、バーロンの目を不愉快そうに睨み返している。その後ろでは、顕影と陽奈が、恐れをなして震えながら、部屋の中を覗いていた。

「魔法教室を開くのでしたら、後にしていただきたいのですが…」

バーロンはリィーズをあしらった。

「先程の話の続きよ。あなたはバラノアを利用して、コルザからジェムエレメントを生み出し、ジェムエレメントの力を自分の物にしようとしたのね?」

リィーズは新志と莉々の前に立ち、バーロンに聞いた。

「ハハ。何をおっしゃるのです?コルザ様が自分のジェムエレメントを容易たやすく私なんぞに渡すわけがない。私はコルザ様が大王になるための手助けをしているまでですよ?」

バーロンの言葉を聞いたリィーズは、憎しみを込めた目で彼を見た。

「手助け?今の状態をみんなが見て、その言葉を信じるかしら?どう見ても、あなたはコルザを消そうとしているわ」

リィーズがそう言うと、バーロンは笑い出した。

「誰がコルザ様を消そうなどと!そんなことをしたら、ジェムエレメントの効力まで消えてしまう!」

リィーズはグッと目を細め、以前、同じような場面を目の当たりにした光景を、頭の中によみがえらせた。

「……所詮(しょせん)、あなたも、あの男と一緒の考えなのね…。力だけを権力にしてる男が考える事なんて、みんな同じなのよっ!」

「…おばあさん…」

莉々は、自分の中のバラノアの気持ちを察して、じっとリィーズを見つめた。

リィーズの言葉を聞いたバーロンは、表情を変え、怒りを表に出した。

「……何を言い出す……?」

バーロンが、右手を振り上げ、攻撃を与えようとした瞬間だった。

「きゃあああああっ!!」

部屋の入口にいた陽奈の悲鳴が、廊下中に響き渡った。

「か、神岡さんっ!!」

顕影(あきかげ)は、しりもちをついて、驚いた表情で、その様子を見ている。

「な、なんだっ!?」

槍は何が起こったのか分からず、顕影の所に走って事情を聞いた。

「か、かかかか神岡さんが、く、くく黒い影に、連れていかれましたっ!!」

「なんだって!?」

槍はすぐさま走って、廊下に出た。だが、そこには、陽奈の姿も、顕影の言う、黒い影の姿も無かった。

顕影の言葉を聞いたリィーズ達は驚いて、そちらに目をやった。

「………っ」

リィーズは「しまった」という顔で考えた。すると、新志と愛莉の方へ振り返った。

「愛莉、新志君、お願い!槍君と一緒に、陽奈ちゃんを助けに行って!」

「ええっ!?」

「で、でも、コルザが…」

新志と愛莉は、戸惑った様子でリィーズに言った。

「コルザの事は、私と莉々に任せて!お願い!早く行って!!」

リィーズの言葉に、莉々も頷いた。

「ここは私達で大丈夫よ!だから早く、お友達を助けに行って!」

莉々に言われ、新志と愛莉は目を合わせた。

「分かった!コルザの事、頼んだよ!」

「魔女ばあさん、莉々さん、お願いします!」

新志はそう言うと、腕に抱いたドラゴンのコルザを莉々に手渡した。

受け取った莉々は黙って頷いた。

「行こう!愛莉ちゃん!!」

「うんっ!!」

新志と愛莉は、槍の所へ走った。

「槍っ!!」

「新志!花見さん!あっちだ!!」

槍は陽奈が連れ去られた方向を指さして、二人を誘導した。

「ま、待ってくださいよー!!」

顕影は慌てて三人の後を追った。

みんなが行ったのを見届けると、リィーズと莉々は、バーロンの方に身体を戻した。

「…フフフフ。大王もお盛んな事だ。若い人間を欲しがるとは。女好きもここまで来ると、病気の域だな」

陽奈はどうやら大魔王に連れ去られたようで、懲りずにいつまでも女を追いかけまわす大王の様子を、バーロンは嘲笑った。

「…お父様の事まで侮辱ぶじょくするなんて…っ!」

ランバダは、バーロンが初めからカラビーニア家に対して忠誠心など持っていなかったことを、今ようやく確信した。

「あの男と一緒にされることは、私にとって屈辱的なことだ。私の心はただ一つ。強い者にだけにしか動かんのだから…」

バーロンは、自分の身体をコルザに近づけ、指で彼女の(あご)を上げた。

「……っ!?」

コルザは苦しみながらも、バーロンに何をされるのかすぐに察して、必死に抵抗した。

ジュセの腕に抱かれ、震えていたパントラは、その光景を目にすると、ハッとして立ち上がった。

「や、やめろっ!!貴様っ!!汚らわしい手でコルザ様に触るなっ!!」

バーロンは、笑ってパントラの方を向いた。

(わめ)くな。お前に何が出来る?…ハハハ。さぞ悔しいだろうな。惚れた女がこんな形で奪われるとは」

「っっ!?」

核心を突かれたパントラは、何も言い返せずに黙った。

ジュセ、莉々、リィーズは驚いてパントラの方に顔を向けた。

「わぁお…。パントラって、コルザの事…」

スヴァイは少し赤くなってパントラの様子を見ていた。

ミトも、驚いてパントラを見ている。

ランバダは、バーロンがたとえ能力目当てであっても、コルザをモノにしようとしているという光景を目の当たりにして、嫌悪感を抱いていた。

(こぶし)を握りしめたパントラは、自分の出来る限り、バーロンに立ち向かう覚悟を決めた。

パントラは自身の武器の(やり)を出し、バーロンに向けて構えた。

バーロンは、涼しい顔で、パントラの無駄な抵抗を嘲笑った。

「私に攻撃するか…?いいぞ。やってみろ。その代わり、お前の大事なコルザ様がどうなっても知らんぞ……ん?」

バーロンは、周りの者の動きに気付いた。

莉々は、ドラゴンのコルザをリィーズに託し、杖を構えている。他の者もみんな、自身の武器を出して、バーロンに向けていた。

「………」

バーロンは笑みを消し、その場の全員を睨んだ。

「…みんなが立ち向かえばどうかしら?どこから攻撃が飛んでくるか、分からないわよ?」

莉々は、強気な表情でバーロンに言った。

「…どうせお前たちの考えることなど、そうした座興ざきょうにすぎん。フフ。武器や杖を出すのは恐れをなしている証拠ではないか。…真の鍵など、相手に手の内をさらけ出す、ただのお飾りだ」

バーロンは、また不気味な笑みを浮かべ、左目で全員を見下した。彼はリィーズの発明した「真の鍵」まで侮辱し始めた。リィーズは、黙ってバーロンを睨んでいる。

「コルザ様が傷つけば、困るのはお前も同じだ!!」

パントラはキッとバーロンを睨み、手に持った(やり)を、バーロンに目掛けて勢いよく投げた。

バーロンは、勢いよく向かってくる槍を見つめ、フッと笑みを漏らした。

バーロンは、槍に掌を向けて魔力を念じた。すると、槍は深緑色に光り、その効力を失って、その場に「カラン」と音を立てて落ちた。

「っ!?」

パントラは、悔しそうな顔でバーロンを睨むと、身体に異変を感じた。また、パントラだけではなく、他の者も、同様に異変を感じ始めた。

「…な…っ!か、体が…」

「うそ…、うご…かな…い…っ」

バーロンとコルザ以外の全員は、バーロンの魔力によって、体の動きを止められてしまった。

(まさか…。ジェムエレメントの力を手に入れていないのに、こんな人数の動きをいっぺんに止めるなんてっ)

リィーズは、バーロンの持つ魔力の大きさに驚き、彼には敵わないという弱気な思いを抱き始めていた。

みんなが魔力にかかったのを見届けると、バーロンは、ゆっくりコルザの方へ身体を向け、彼女の肩を掴む手に力を加えた。

コルザは肩で息をしながら、疲れ果てた表情で、バーロンを睨んでいる。

「フフフ。いい目だ。最後まで私に抵抗しようとしている。あなたはこの世界で、充分役に立ったのだ。そして、これからも、私の為に、能力を(つい)やすだろう…」

バーロンは、コルザに顔を近づけ、耳元でそっと呟いた。

コルザはハッとして目を見開いた。バーロンの言葉で、これから自分の身に起きることを理解したからだ。

「いっ…いやだっ!!」

コルザはギュッと目を閉じて、必死に抵抗した。だが、体力がほとんど残っていないコルザの抵抗は虚しいもので、バーロンの力には到底及ばなかった。

「…あまり暴れないで下さい。すぐに楽になります。…さぁ、力を抜いて…」

バーロンは、コルザの顎をグイッと上げて、そのまま彼女に口付けをした。

「……っっ!?」

コルザは、一瞬目を見開いたが、そのまま力が抜けていき、目を閉じて身体をぐったりとさせた。

(力がみなぎってきている…!もうすぐだ!もうすぐ私はこの城の…いや、この世界の支配者だ!!)

興奮したバーロンは、コルザへの口付けを続け、彼女をなぶり始めた。

見るに堪えない光景に、体の動きを止められた全員は、顔を反らすことも出来ずに、必死に耐えていた。

(クソ…っ!こんな奴に、コルザ様を…っ!…これまでなのかっ!?)

悔しさの中、パントラは何か解決策がないものか、諦めずに考えた。

(…なんて卑劣ひれつなの…っ!?叔母さまも、同じ目に…っ)

莉々にとってはかなり衝撃的な光景で、尊敬していたバラノアも同じ目に遭ったことに、ショックを抱いていた。

リィーズにとっても、バラノアの時と重ね合わせられる今の光景に、胸が掻きむしられる思いで、じっとその場に耐えていた。

リィーズに抱かれた、ドラゴンのコルザは、かろうじて魔法がかけられていなかったようで、体がしびれる中、目の前の光景を見ようと、必死にまぶたを開こうとしていた。

「……っ」

目を開き、かすんだ視線の先には、もう一人の自分とバーロンが、口付けを交わしている姿があった。

(…バーロンっ…!…これ…じゃ…これじゃあ…バラノアの時と同じじゃないか…!!…バーロンは、父様を非難していたけど……こうなると皮肉にも同じに見える…。彼は…結局は父様と一緒なんだ!!…こんな奴に…こんな奴にカラビーニア家を…この世界を乗っ取られてたまるかっ!!)

ドラゴンのコルザは、残った力を振り絞って、リィーズの腕から降りた。

(っ!?コルザっ!?)

リィーズは、コルザを目で追いながら、何も出来ずに、彼を見つめた。

(コルザっ!?)

(コルザ様っ!?)

みんなもコルザの動きに気付き、彼を目で追った。

コルザはバーロンに気付かれないように、先程のパントラの(やり)が落ちている所までトボトボと歩いた。

幸い魔力を失っているコルザの気配には気付かず、バーロンは、女性のコルザをなぶることに集中している。

コルザは、重たい槍を持ち上げ、ゆっくりと上空を見上げた。

コルザは目を細め、狙いを定めた。

そして背中の羽を広げると、(やり)の先を向けて、一目散にバーロンの元へ飛んだ。

「っっ!?」

コルザの気配を感じ取ったバーロンは、間一髪のところで、コルザの槍の攻撃を避けた。

「うああっっ!!」

だが、バーロンが避けたことにより、槍の刃は、もう一人のコルザの身体を貫通し、彼女の後ろにあるジェムエレメントにまで届いてしまった。

「なっ!!」

その衝撃で、全員にかけられた魔力は解け、みんなは自由に動けるようになった。

「コ、コルザっ!!」

「コルザ様っ!!」

みんなはコルザの行動に驚き、目を見開いて、その光景を見つめた。

バーロンは、身体に槍が刺さり、ぐったりとするコルザを揺さぶった。

「コルザ様?コルザ様!?」

だが、コルザに反応はなかった。

その様子に、怒りをあらわにさせたバーロンは、羽を広げて槍を突き立てる、ドラゴンのコルザに目をやった。

「…貴様…っ!!あと一歩のところで、よくも…っ!!」

バーロンは、ドラゴンのコルザの身体を鷲掴(わしづか)みにし、部屋の大きな窓の方へと勢いよく放り投げた。

窓のガラスは割れ、力を失ったドラゴンのコルザは、そのまま外へ放り出されてしまった。

「コルザっ!!」

莉々は投げ出されたコルザを助けるために、とっさに窓の方へ走り出し、魔力を放って窓を開けると、ためらいもなく飛び降りた。

「り、莉々っ!?」

リィーズは、莉々の行動に驚き、彼女の後を追った。

だがその時、女性のコルザの背にあったジェムエレメントから、四方八方に光が放たれた。

あまりの眩しさに、場の全員は目を覆った。


「パァアアアンッ」


頭をかち割りそうなほどの大きな音を放って、ジェムエレメントは破裂した。

欠片が部屋中に飛び散ると、その欠片は、スーッと跡形もなく姿を消していった。

「…ジェムエレメントが…」

リィーズは部屋中に舞う、キラキラと光を反射させながら消えていく欠片を見つめながら呟いた。


(コルザっ!コルザっっ!!)

莉々は、落ちて行くコルザのしっぽを掴み、両手で身体を引き寄せた。

(…お願いっ!死なないでっ!!)

莉々は一心に願った。気を失っているドラゴンのコルザの顔を見つめると、目を閉じて、そっと唇を合わせた。

するとその瞬間、二人の周りが金色の光で包まれ、いっきに明るくなった。

莉々の魔力は解かれ、正魔飾着(せいましょくぎ)から、人間界にいた時の普段着へと姿を変えた。

それと同時に、コルザはドラゴンの姿から、元の姿へと変わり、莉々から力を受け継ぐように、彼自身の正魔飾着を纏わせた姿へと変わっていった。

意識を取り戻したコルザは、ハッとして、目の前の莉々に気付いた。

「莉々さんっ!…わっ!!」

コルザの部屋の下は、湖の水を引いた水溜になっていて、二人は勢いよくそこへ飛び込んだ。

「ドボンッ」

大きな水しぶきが立ち、水面から顔を出したコルザは、気を失っている莉々を抱きながら、何とか水から上がろうと、水槽の(ふち)まで泳いだ。

「莉々さん!莉々さん!!しっかりして!!」

コルザは莉々を水から引き上げ、気を失っている彼女の頬を軽く叩いて呼びかけた。

「………」

莉々に反応はなかった。

コルザは、莉々の胸元に耳を近づけた。

(…息はしている…)

コルザはホッとして、莉々を見つめると、鋭い眼差しで自分の自室を見上げた。。


「クソっ…。ジェムエレメントが壊滅するとは…っ!とんだ誤算だ!!」

バーロンは悔しそうに、壁を拳で殴った。

「どうするつもりですか?まだ、抵抗を続けますか?」

バーロンの後ろに立ったパントラが聞いた。パントラは、先程の自身の槍を手に持っている。

バーロンは、ゆっくりと後ろを振り返った。

パントラ以外の者も、自身の武器を持って、構えている。

「フフフフ。無能な奴らだ。私の力がお前たちには敵わないことくらい、知っているだろう?」

バーロンは、まだ抵抗を続ける気のようだった。全員は、バーロンの動きに警戒して、身構えた。

成す術の無いリィーズは、彼らのことが気になりながらも先程飛び降りた莉々達の事が気がかりで、窓の方に駆け寄った。

その時、ちょうどジェムエレメントがあった部屋の上空から、キルスが「ポトン」と落ちて来たことに、リィーズは気付いた。

「あら?コルザ…?」

リィーズ駆け寄って、ドラゴンを抱き上げると、ドラゴンはあくびをして、羽を広げて上空のシャンデリアへと飛んで行った。

「………?」

リィーズが不思議そうに、ドラゴンを見つめていると、窓の方から声が聞こえた。

「よくもこの城で勝手な事をしてくれたな!莉々さんまでこんな目に遭わせて!!」

みんなはハッとして窓の方へ顔を向けた。

そこには、正魔飾着を纏った姿のコルザが、杖に足を掛けて上空を飛んでいた。

両手には、気を失った莉々を抱いている。

「コ、コルザ様!!」

「コルザ!!」

パントラとジュセは、嬉しそうな表情で、元の姿に戻ったコルザを見つめた。

「コルザっ!!り、莉々!1」

リィーズはコルザの姿を確かめた後、莉々の様子を見て、心配してそちらに駆け寄った。

コルザはスッと床におり、駆け寄るリィーズに莉々を託した。

「大丈夫。気を失っているだけです」

「コルザ…あなたその姿…、魔力も…真の鍵も戻ったのね…!」

リィーズは、莉々を抱き上げた。そして、コルザの姿と杖を見つめると、感極まって目に涙を溜めた。

コルザがリィーズに笑顔を見せ、言葉を返そうとした時だった。

不気味な笑い声が、部屋中に響き渡った。みんなはハッとしてそちらに顔を向けた。

「フハハハハッ!!なんと愚かな事だ!!今さらその女の魔力を奪って、元の能力(ちから)を手に入れたところでどうなるというのだ!?お前のジェムエレメントは既に破滅している!!今のお前は、しれただけの魔力を持った、ただのお優しいお坊ちゃんという事だ!!」

バーロンは、黒く重たいマントをバサッとひるがえして、コルザに向かって彼を罵倒ばとうする言葉を叫んだ。

コルザは、自分に向かって叫ぶバーロンを、強い眼差しでじっと見ていた。

すると、静かに杖を掲げ、自身の武器である細身の銃にその姿を変えた。

バーロンは、不気味に笑っていた顔を、真剣な表情へと変えた。

「……お前に何が出来る…?いいだろう。打ってこい!」

「………」

コルザは引き金に指を掛けたまま、黙ってバーロンを見ている。

パントラやジュセ、莉々を抱いたリィーズは、不安そうに、その場の状況を見届けている。他の者も、三人と同様に、固唾を飲んで黙って見ていた。

「……。やはり口だけか…。…では、そちらが仕掛けないのであれば、こちらから行こう!!」

バーロンはの眼差しは、キッと鋭くなり、片足を前に出して、攻撃の体制をとった。

「っっ!?」

コルザはそれに反応して、持っていた銃を素早く構えた。

「遅いっ!!」

バーロンは、足に踏ん張りを加え、手に溜めた黒みを帯びた緑色の魔力の(かたまり)を、コルザへと飛ばした。

邪悪な魔力の塊は、物凄いスピードで飛んでいき、間一髪のところで避けたコルザの左頬をかすめて、窓の外へと姿を消した。

それは、城の外の湖まで飛んで行ったらしく、遠くの方で、大きな爆発音を立てて、消滅した。

みんなは、その威力に驚いた様子で、窓の外の方へ顔を向けた。

「……あいつに、こんな魔力があったなんて…」

ランバダは、臣従であったバーロンが、自分に魔力を供給していたにも関わらず、まだこんなにも強力な魔力が彼に宿っていた事に、驚愕きょうがくしていた。

「フフフ。あなたも言っていましたね。能力(ちから)のあるものが、この世界を牛耳ることが出来ると…。唯一、それだけは共感する。…お前たちもそうだろう!?…この能力(ちから)の前で、逆らう気が起きるのか!?」

バーロンの言葉に、みんなは恐れをなしたようで、誰も前に出るものはいなかった。

バーロンは、コルザの方へ振り返った。コルザは、頬に傷を負い、手の甲で血を(ぬぐ)っている。

だが、視線は先程と変わらず、まっすぐにバーロンを睨み続けている。

「…貴様、まだ逆らう気か?…そんなに消えたいのなら、すぐに消し去ってやる…」

バーロンの言葉に、コルザは「フフ」と笑みを浮かべた。

「っっ!?何を笑う!?」

バーロンは、死の境地へとおちいったコルザが、笑みを浮かべることに疑念を抱き、気を乱して怒鳴った。

「…ジェムエレメントが消滅して、困っているのは、貴方の方じゃないか」

「何だと…?貴様、今の威力を見ていなかったのか?…ジェムエレメントが消滅したところで、少しの力はもう一人のお前から吸収することが出来た。…思っていた程の能力(ちから)ではないが、これだけあれば、充分にこの世界を支配することは出来る」

コルザはじっとバーロンを見ている。

「…?なんだ貴様?怖気づいて言葉も出ないか?…それとも、礼でも言えと言うのか?」

コルザが何の反応もしてこないことに、バーロンは、疑惑を抱き始めた。

「僕に攻撃をかわされたくせに、それで満足してるの?それで、この世界を支配出来ると思ってるの?」

コルザの挑発する言葉に、バーロンは、カッと頭に血を登らせ、怒りの表情を見せた。

「な…なんだと…!?」

「コ、コルザ様っ!?」

パントラは、冷や汗をかいてコルザを見た。

ジュセも同様に、慌てた様子で彼を見ている。

リィーズは、莉々を抱く手に、ギュッと力を入れて、黙って見つめていた。

「……分かった…。望みどおりに、消し去ってやろうっ!!」

バーロンは、空中に浮かびだすと、目をカッと見開いて、一目散にコルザの元へと飛んだ。

バーロンの身体は、勢いを伴って、もの凄いスピードで、コルザへと向かっていった。

コルザは、向かってくるバーロンに銃口を向け、何発か銃を撃つが、どれも寸前で避けられてしまった。

「…くっ!!」

コルザは目を細め、標準を合わせた。自分の元へ来る前に、何とか仕留めなければと焦る気持ちが仇となり、なかなかバーロンを仕留めることが出来ない。

「っ!?」

弾丸を何発も放つが、とうとう標的を仕留めることが出来ず、バーロンは、コルザの目の前までやって来た。

成す術の無くなったコルザは、バーロンから目を背けることが出来ずに、立ちすくんだ。

バーロンは左手で、コルザの銃を持つ右手を強く掴み、彼の身体ごと持ち上げた。

「…うぅっ!」

血がにじむほどに強く腕を掴まれ、コルザは痛みに耐えながら、苦しそうに声を発した。

「…お遊びは終わりだ、王子様。最後までこの城を守ろうとした、その勇敢な姿勢だけはかってやろう。後に語り継がれるよう、墓標に名を刻んでやる…」

コルザの耳元で、バーロンはささやくように言った。

コルザは、痛みに耐えた苦しそうな顔で、悔しそうに息を吐いている。

「コルザ様っ!!」

「コルザっ!!」

パントラとジュセが、コルザを助けようと、走り出した。

だが、バーロンは、それより先にコルザを始末しようと、右手に魔力をため始めた。

「さらばだ!王子様!!」

バーロンが、カッと目を見開いて、コルザに攻撃を与えようとした、その時。

コルザは目を開き、左手から出したもう一つの銃で、振り上げられてたバーロンの右腕に銃口を当てながら、一発、弾を発砲させた。


「ドンッ!!」


鈍い音を立て、弾はバーロンの右腕を貫通かんつうした。

何が起こったのか分からないバーロンは、目を見開きながら、コルザを見ている。

コルザは静かに銃口を引き、黙ってバーロンを見つめた。

バーロンの右手に溜めた魔力は、スッと小さくなっていった。

バーロンは、右手から力が消えていくのが分かり、大きな穴が開き、赤い血を流している自分の腕に目をやった。

再び、コルザの方に目を向けると、彼は、先程とは違い、哀れみを含んだ目で、悲しそうにこちらを見つめている。

バーロンは、コルザを掴んでいる左手を、ゆっくりと離した。

コルザは床に足を付け、身体を返してトボトボと歩き始めるバーロンの後を追った。

みんなは、黙って二人を見つめている。

バーロンは、ジェムエレメントがあったであろう場所にまで戻ると、コルザに話し出した。

「…そうか……もう一つ、銃を生み出せるのか…」

「僕には、もう一つ心がある。これは、きっともう一人の方の銃だ」

コルザは、バーロンの後ろに立ち、左手の銃を見て答えた。

バーロンは、背を丸めて、肩を揺らして笑い出した。

「フ…フフ…フフフ。私の考えは間違っていたのか…?お前の中のもう一人の方が、魔力に()けていると思っていたが…。結局は、お前の手で消されてしまった。…だとすれば、今度はお前を私の物に……っっ!?」

バーロンが顔を上げて、コルザの方を向いた瞬間…。

「……………」

バーロンの前には、右手で銃を構えたコルザ、また、その横には、それぞれの武器を持ったパントラ、ジュセ、ランバダ、スヴァイ、ミトが、バーロンの周りを囲むように立っていた。

「…あなたの魔力は、消耗していく特性のようね。始め、みんなの動きを止める程の壮大な魔法を使ったから驚いたけど、それ以降は使わなかったわ。多分、同じような強力な魔力を、再度使うことが出来ないのでしょう。そして、魔力を引き出す事の出来る右腕を、負傷してしまった今のあなたには、何の抵抗も出来ないはず…」

壁に莉々を持たれ掛けさせ、リィーズは、バーロンの方に歩み寄りながら話した。

バーロンは、何も考える事が出来ないのか、あえて考えないようにしているのか、無の表情で、どこにも視線を合わせずにいる。

「見方を一人も作らず、全員を敵に回してしまったことが、あなたにとっての最大の過ちね。一人でも味方に付けていれば、あなたに魔力を与える者がいたのに…。でも、そんな人、きっと現れないわ。全てを独り占めにしようとした罰ね」

リィーズは冷たい目でバーロンを見た。

「…筋書きなど…いつも孤独から始まるものだ……。フフ…。ハハハハハハッ!!」

バーロンの笑い声が、部屋中に響き渡った。バーロンの周りを囲んだ全員は、彼に哀れみと憎しみを込めた目を向けると、一斉に自身の武器を構えた。

城中に、みんなの攻撃を交えた衝撃音が鳴り響いた。


第十一話、読んでいただきありがとうございます!

毎度、誤字脱字が多く、読み辛くて申し訳ありません。

第十二話「魔力をリベラシオン!!(つるぎ)(やり) 友情の絆」もよろしくお願いいたします!

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