第十話「真直と裏切りの臣従」
「……ジェム…エレメント…?」
莉々は、目の前に聳え立つジェムエレメントが、以前に見たものとは全く別なものに変化していることに驚き、うろたえた様子を見せた。
「……これが…?」
コルザは、聞いていたものとは全く違う自身のジェムエレメントに、驚きの様子を見せていた。
透き通るような透明感を有するはずのジェムエレメントは、今ではもはや紅蓮の光を帯びて、まるで憎悪を感じさせる程だった。
「………」
新志と愛莉は恐怖と不安を抱き、ただ立ちすくんで、それをじっと見つめていた。
「な、何よこれ!?」
「………っ!?」
後から部屋に入って来たランバダとバーロンも、赤く染まるジェムエレメントを見て驚いた。
「……なんてことだ…っ」
鎖でつながれたパントラも、ジェムエレメントを見上げて、絶望的な顔をした。
「……っ!?」
その後ろにいるジュセも、驚いてジェムエレメントを見上げた。
「…どうしてこんな色をしてるの…?」
莉々は、ジェムエレメントからの攻撃を恐れ、警戒しながら近づいた。
「莉々さんっ!」
ジェムエレメントに近づこうとする莉々を、コルザは止めた。
「……っん…うぅっ…」
すると、どこからか苦しそうにうめく声が聞こえ、新志達はその声のする方へ顔を向けた。
「…あっ!!」
莉々、コルザ、新志、愛莉は声を上げた。
うめき声は部屋の中央のベッドから聞こえ、そこには、横たわった女性の姿のコルザがいた。
ジェムエレメントの威圧さに目を奪われていて気が付かなかったが、コルザは苦しそうに息をして、毛布をギュッと掴んでいる。
「…コ、コルザだ…。本当に女の子になってる…」
新志は、コルザの身体を見ながら、彼女の方に近づいた。
「新志君っ…!!」
愛莉はコルザに近づく新志の腕を掴んで止めた。
「…でも、苦しそうだよ!?」
新志はコルザを心配して、愛莉の腕をゆっくり離した。
「…新志君…」
ドラゴンの姿のコルザは、自分の身体を心配してくれる新志を見つめた。
「……コルザ…?」
新志は苦しそうなコルザの方に顔を戻して、彼女に呼びかけた。
「……っ!?」
すると突然、コルザの目がパチッと開き、瞳をじろっと新志の方に向けた。
「っ!?」
新志は驚いて、一瞬たじろいだ。が、それと同時に、コルザは身体を起こし、グイッと新志のマントを掴んで、自分の顔に新志の胸に付いた宝石を近づけた。
「新志君っ!!」
莉々、コルザ、愛莉は驚き、慌てて新志を引き離そうとしたが、苦しそうなコルザにキッと睨まれ、それ以上近づくのを止めた。
「………っ!!」
新志はコルザに迫られ、身動きが取れずに、身体を強張らせた。
「…あなたの力が欲しい…」
「…えっ?」
ギュッとマントを強く掴んだコルザは、ゆっくりと新志の胸に頬を当てた。
新志は、先程の弱々しさから一転して、手におもいきり力を入れるコルザに困惑した。
(…新志君をおびき寄せる為に、演じたな…!?)
ドラゴンのコルザは、もう一人のコルザを睨んだ。
新志は何の疑いも抱かず、コルザを心配した様子で、自分に寄り添う彼女の肩に、優しく手を置こうとした。
だがその瞬間、ドラゴンの姿をしたコルザが叫んだ。
「新志君から離れろっ!!」
いつもと違って、声を荒げるコルザに、莉々と愛莉は驚いてそちらに目をやった。
「…コルザ?」
新志は振り返り、コルザに目を向けた。新志に身体を添えているコルザは、ジロッとドラゴンのコルザに目をやった。
「……生きてたの…。とっくに消えてると思ってた」
女性のコルザはそう言うと、新志に目を戻した。
「すぐにこの力を手に入れる。…だから、あなたは自然に消滅する…」
新志の手をギュッと握ったコルザは、ドラゴンのコルザに言い放った。
「………っ!!」
ドラゴンのコルザは、悲痛な表情で、目の前にいる自分の姿を睨んだ。
「…新志君の力を手に入れるって…?」
愛莉は、莉々を見て聞いた。
「…充分に力があるはずなのに、まだ人の魔力を必要とするの?」
愛莉に視線を向けた後、莉々は女性のコルザに聞いた。
だが、コルザは黙って笑みを浮かべるだけだった。
「一体どういうことなのよ?何で、コルザは二人いるの?」
うしろで話を聞いていたランバダは、状況を飲み込めず、隣にいるバーロンに聞いた。
バーロンは何も言わず、ランバダに「しっ」という素振りを見せて、彼女を黙らせた。
「……パントラ…」
ジュセは、パントラの横に来ると、不安な表情で彼を見つめた。
「…ジュセ様…」
ジュセとパントラにも、状況が理解出来ず、何故、ジェムエレメントが赤い光を帯びているのか、何故女性のコルザは新志の力を必要としているのか分からなかった。
ジュセとパントラは、不安な面持ちで、ジェムエレメントを見上げた。
新志はどうして良いものか、困惑しながら、自分の胸に顔を押し当てる女性のコルザを見つめた。彼女は、ずっとしんどそうに呼吸をしている。
見兼ねた新志は、躊躇しながら、ドラゴンのコルザの方を向いた。
「…とってもしんどそうだよ?…僕の力で楽に出来るのなら、なんとかしてあげたいな」
新志は悲しそうな顔で、ドラゴンのコルザに訴えた。
「駄目だっ!!…君の力を手に入れたら、今度こそ取り返しのつかないことになる!!」
ドラゴンのコルザは、身を乗り出して、新志の考えを否定した。女性のコルザは、ジロッとその様子を睨んだ。
「…さすがもう一つの心…。私の考えてることが分かるんだね…」
女性のコルザは、笑みを浮かべてドラゴンのコルザに言った。
その場にいるコルザ以外の人間は、理解が出来ずに、ただ立ちすくんでいた。
「…どういう事?コルザ?…彼女は新志君の力で何をしようとしてるの?」
莉々は、ドラゴンのコルザに聞いた。ドラゴンのコルザは、もう一人のコルザを睨みながら答えた。
「一気に力を手に入れようとして、ジェムエレメントをコントロール出来なくなっている。…きっと、自分の力と共鳴する新志君の力を手に入れて、力の全てを制御するつもりなんだ」
「……っ!?」
その場にいる全員は、驚いた顔で、女性のコルザに目をやった。
「ま、まずいじゃない…。コルザがこれ以上の力を付けたら…」
ランバダは焦り、手に持っている銃を構えた。
すると、彼女の前を、バーロンが手で遮り、首を横に振った。
「どきなさいよ!…あんただって、これ以上はまずいってわかってんでしょっ!このままだと、私がお父様の後を継げなくなるのよ!」
取り乱すランバダに、バーロンは冷静な顔を向けた。
「…大丈夫ですよ。今は、黙って見届けるべきです。私たちが出る幕は、もう少し後ですよ」
バーロンは左目を光らせて、笑みを浮かべた。
「………っ!?」
黙って待つことが苦手なランバダは、もどかしさを堪えて、疑念を抱いた目でバーロンを睨んだ。
愛莉は何かを考え、横にいる莉々にコソっと言った。
「…なら、今ジェムエレメントを消滅させた方がいいんじゃないの?魔力も弱まってるみたいだし、今なら簡単に出来るんじゃない?」
「…ええ。…でも…」
当然、そのことを考えていた莉々だったが、彼女はそれより先の事を考えていた。莉々が女性のコルザの方に目を向けると、彼女は莉々の心を読んでいたかのように、ジロッと目を向けた。
「……フフフ。無駄だよ。ジェムエレメントを消滅させようとしたところで、この子はもう私の手の中にいるも同然。変な真似でもしたら、すぐにこの子を飲み込んであげるんだから」
女性のコルザは、新志の顔に自分の頬を当てて、みんなを見渡しながら言った。
「……あ、新志君を飲み込むって…っ!?」
衝撃的な言葉に、愛莉は女性のコルザを不気味に感じた。
「………っ」
やっぱりかと、女性のコルザの考えを読んでいた莉々とドラゴンのコルザは、なす術なく、ただ黙って女性のコルザを睨んでいた。
新志は何かに気付き、自分から離れようとしない女性のコルザに目をやった。彼女は、息を切らしながら、自分の肩をグッと力強く掴んでいる。
「………」
新志は、そんな彼女を悲しい顔で見つめながら、優しく言った。
「…コルザ…。そんなに強がらなくても大丈夫だよ。みんな、君を傷つけようとしてるんじゃないんだ。…君が変わってしまったから、みんな戸惑っているんだよ?……でも、僕には分かる。君の心はちっとも変ってないよ。この世界を変えたいと思う一途な心は、コルザのままだ。…僕は、人間界でずっと君と一緒にいたんだから、君の気持ちくらい分かるよ」
新志は、自分にもたれる女性のコルザの身体を起こして、じっと彼女の顔を見つめて微笑んだ。
「………」
女性のコルザは、黙って新志を見つめた。
(……新志君……)
うしろでは、ドラゴンの姿のコルザが、歪んだ考えを抱く心でも、自分だと受け入れてくれている新志に、心の底から彼を尊崇していた。
「新志君…」
莉々と愛莉も、新志の言葉に胸を打たれ、むやみにジェムエレメントを消滅させるような考えを改めようと、うつむいて杖を後ろに隠した。
「…あなた…。優しいね…。なんだか、緊張の糸が解けてしまったみたい…」
女性のコルザは、新志からスッと離れ、ゴロンッとベッドに転がった。
「……あなたは、そのままでずっと私の傍にいてほしいな…。…もう少し、自分の力で制御してみせるよ…」
女性のコルザは、寝ころんだまま新志を見つめて微笑んだ。
新志は、にっこり笑って、女性のコルザに返した。
「………ちっ」
新志達の後ろで、ずっと様子を見ていたバーロンは、不満そうに舌打ちをした。
「………」
それを聞き逃さなかったランバダは、バーロンを横目で見ていた。
女性のコルザは、安心した様子で、何気なくランバダ達の方に目を向けた。
「……っ!?」
すると、鎖に繋がれたパントラが目に映り、ハッとして身体を起こした。
「?どうしたの?」
急な事に、新志は驚いて、女性のコルザに聞いた。
女性のコルザは返事をせず、パントラに巻かれた鎖を指して、魔力を放った。
鎖は「パァンッ」と音を立てて切れ、下にバラバラと落ちていった。
「……っ!?」
身動きが取れるようになったパントラは、ジュセと顔を見合わせた後、女性のコルザの方に目をやった。
だが、女性のコルザは、黙ってランバダとバーロンを睨んでいた。
「…パントラは私の臣従。勝手な事しないで」
「なっ!?何ですってっ!?」
ランバダが女性のコルザに立てつこうとするのを、バーロンが止めた。
「ランバダ様、今はいけません」
バーロンに止められたランバダは、何か言いたそうに女性のコルザを睨んだが、フンッと首を振って、コルザの部屋から出て行った。
「…申し訳ありませんでした。コルザ様。ゆっくりとお休み下さい…」
バーロンは頭を下げ、ランバダの後を追うために、部屋を出ようとした。
だが、それとすれ違うように、パントラが、すぐさま女性のコルザの方に走って行った。
ジュセは、パントラがためらいもなくコルザの元へ駆けて行くことに、少し驚きの表情を見せた。
バーロンも足を止め、パントラの様子に違和感を抱き、彼を姿を目で追った。
「……コルザ様…」
パントラは、そっと女性のコルザの手を取って、心配そうな顔を見せた。
「…パントラ…。私は大丈夫。このまま休むね。…扉、直しておいてくれる?」
コルザは、パントラの手を握り、笑顔で言った。
「わかりました。僕がいますので、何も心配せずお休み下さい」
パントラは、女性のコルザの肩を支えながら、ゆっくりと彼女の身体を倒し、毛布をかけた。
「ありがとう」
女性のコルザは微笑んで、パントラに礼を言った。パントラも微笑みを返し、新志達の方へ身体を向けた。
「………」
二人のやり取りを、新志はじっと見つめていた。うしろには、その様子を見届け、黙って部屋を出て行くバーロンの姿があった。
「…行きましょう…」
パントラはそう言い、新志達を連れて静かに部屋から出て行った。
「…みんな、今夜は私の部屋に来るといいわ。…疲れたでしょう」
ジュセは、新志達を自分の部屋へと招待した。
新志達は顔を見合わせ、躊躇していたが、莉々が代表して頭を下げた。
「…じゃあ、お言葉に甘えさせてもらいます…」
ジュセは、莉々をじっと見ると、少し笑みを浮かべた。
「……?」
莉々は疑問に思って、ジュセを見た。
「…僕は、コルザ様の部屋の扉を元に戻してから、また伺います。お先にお部屋へ入っていて下さい」
パントラは、コルザの部屋の前に立ち、ジュセ達に向けて言った。
「分かったわ。…では、行きましょう」
ジュセは、新志達を連れて、自室へ向かった。
「どうぞ、楽にしていて」
新志達にそう言うと、ジュセは扉に掌を向けて、青緑色の魔力を放って扉を閉めた。
「お城の部屋に泊まれるなんて、なんか得した気分だなぁ!!」
新志は興奮しながら、高い天井と、備え付けの大きなシャンデリアを見上げていた。
「ほんとっ!!私もこんな大きなベッドで寝られる日がいずれ…」
愛莉は部屋の窓際に置かれたベッドに駆け寄り、うっとり眺めながら呟いた。
「も、もう!二人共、人の部屋をそんなにジロジロと見るものじゃないわ!」
莉々は顔を赤くして、新志と愛莉を叱った。
ジュセは、莉々の様子を見てクスっと笑い、彼女の元へ歩み寄った。すると、傷を負った彼女の腕に手をかざして、青緑色の優しい魔力を放った。腕の傷は跡形もなくなり、莉々は少し驚いた表情で、さっきまで傷を負っていたはずの腕を見つめた。
莉々はハッとして、ジュセの方を向いた。
「あ、ありがとうございます…。あの…、ご挨拶が遅れてしまって…」
莉々は慌ててジュセへ頭を下げた。
「莉々さんね。愛莉ちゃんのお姉さん。コルザから聞いているわ」
顔を上げた莉々は、優しく微笑むジュセの顔をじっと見つめた。
「ジュセ様の事も、コルザから聞いています。信頼し合える、とても大切なお姉様だと…」
莉々に言われ、ジュセは笑みを浮かべて、椅子に乗ったコルザを見た。コルザは少し照れた様子ではにかんだ。
「…でも…」
ジュセは、莉々の方に目を戻した。
「あなたにかしこまって呼ばれるのは、変な感じだわ。なんだか、バラノアにそう呼ばれている気がして…。ジュセでいいわよ?」
「えっ?」
莉々は慌てた様子でジュセに返した。
「そ、それはいけません!だって、カラビーニア家のお嬢様なのにっ…!」
「…でも、コルザの事はそのまま呼んでいるわ」
ジュセは少し羨ましそうに、また、少し悪戯に莉々に聞いた。
「…えっ!?」
莉々とコルザは顔を赤くして、互いを見合った。
「そういえばお姉ちゃん、人間界にいる時はコルザくんって呼んでたのに、どうして急にコルザって呼んでるの?」
愛莉は疑問に思って莉々に聞いた。新志も同様に思って、莉々の方へ顔を向けた。
「そ、それは…っ」
莉々が困っている様子を見て、慌ててコルザが答えた。
「ぼ、僕が呼び捨てでいいよって言ったんだよ。…だって、新志君も愛莉ちゃんもそうしてるのに、莉々さんだけだなんて、おかしいでしょ?」
慌てているコルザを、ジュセは微笑んで眺めていた。
「僕はてっきり、バラノアさんの魂が、莉々さんに乗り移ってるからだと思ってた。バラノアさんは、コルザ達の事、呼び捨てだったんでしょ?」
新志は、莉々の所へ歩きながら聞いた。
「…ええ。でも、魂が乗り移ったというより、叔母さまの魔力と戦闘力を借りているって言った方がいいかもしれない。意識は私、莉々のままなの。正確には難しくて言えないけど…。簡単に言うと、二人が一つになったってとこかしら」
莉々は、バラノアの力を借りている現状がどういったものなのか、みんなに説明した。
「…あなたを見ていると、凄く懐かしい気持ちになるわ。…ねぇ?コルザ?」
ジュセはコルザのいる椅子まで移動して、コルザに話しかけた。
「うん。まるで、バラノアが生まれ変わったみたい」
ジュセとコルザは目を合わせると、莉々の方を向いた。
莉々は赤くなり、下を向いた。
「……叔母さまも、凄く嬉しそう…。あなた達に会えて…」
莉々は目を閉じて、バラノアの気持ちを伝えた。
「バラノアの言葉を聞くことが出来るのね…。羨ましいわ」
ジュセは莉々を見つめて言った。
「…あなた達、疲れているだろうから、どうぞ座って」
ジュセは、ハッとして、いつまでも立っている新志達に、椅子へ座るように勧めた。
「じゃあ、失礼します…。愛莉、新志君も」
莉々は、新志と愛莉を同じ長椅子に座らせ、その向かいの席に腰を下ろした。
テーブルを囲んで、椅子は五人座れる配置となっており、上座の席にジュセが座った。
「…莉々さんも、愛莉ちゃんと同じ肌の色なんだね」
魔法使いが特有の肌の色を持つ事に興味深々の新志は、愛莉と莉々の肌を交互に見ながら言った。
新志に言われ、莉々と愛莉は、互いの肌の色を見た。
「そういえば、バラノアも同じ色だったわね」
ジュセはコルザに振った。コルザは頷いて返した。
「一族の血を引く色なんだね」
「肌の色は、その一族によって違うものなの?」
新志はコルザに聞いた。
「そうだよ。例えば、僕らカラビーニア家は、代々褐色の肌を持つんだ」
コルザは新志に返した。
「そうなんだ。…いいなぁ…僕も違う色の肌になってみたいなぁ」
もともと人間である新志は、魔法界へ来ても肌の色が変わることはなく、特有の肌の色を持った魔法使いを羨ましく思った。
自分の手を見て、少し残念そうな顔をする新志を、みんなは微笑んで見つめた。
「……新志君…」
話題が一旦途切れると、コルザは、新志の顔を見つめて、彼に話し掛けた。
「ん?何、コルザ?」
新志はコルザに笑顔で聞いた。
「…さっき、新志君が、もう一人の僕の事、ちゃんと僕自身だって思っていてくれて、とっても嬉しかった。まるで別人のように変わってしまったのに…。僕のもう一つの心は、きっと…凄く癒されたと思う」
コルザは新志をじっと見つめて、先程抱いた気持ちを伝えた。
「……コルザ…」
新志も同様にコルザを見つめた。
「…新志君には、助けられっぱなしだね…。本当にありがとう。新志君」
コルザは、新志に向かって頭を下げた。そんなコルザを見た新志は、慌てて立ち上がった。
「そ、そんなっ!!頭を下げられるような事なんてしてないよ!」
慌てる新志を、愛莉は面白がって見上げた。
「新志君とコルザは、魔力が共鳴する仲だもんね!人間界でもずっと一緒だったし、お互いの気持ちが分かるんだ!…もしコルザが女の子だったら、新志君がこの世界の王子様だったかもよ~!?」
愛莉は、新志の足に肘を当て、ちゃかしながら言った。
「ええっ!?」
新志は真っ赤になって、コルザを見た。コルザは「うんうん」と頷いて、新志に笑顔で返した。
新志は、照れて頭をかきながら、黙って椅子に座った。
ジュセと莉々は、新志を見て、クスクスと笑っている。
愛莉は、笑っている莉々に、チラッと目を向けた。
「…じゃあ…コルザを見習って、私も素直になろうかな…」
そう言う愛莉の言葉に反応し、みんなは愛莉の方へ顔を向けた。
「…魔法界へ来る前…、私、お姉ちゃんにひどい事言って、そのままこっちへ来ちゃったから…」
莉々に言ったことを、ずっと気にしていた愛莉は、もじもじと下を向きながら話し出した。莉々は人間界での出来事を思い出して、ハッとした。
「…愛莉…」
「私、おばあちゃんに叱られちゃった…。お姉ちゃんが新志君をもて遊ぶ訳ないって…。私だって、お姉ちゃんがそんな人じゃないって分かってるけどさ…。…でも…っ、……っもうっ!!」
このまま続けると、つい言い訳する自分の悪い癖が出てしまうと感じた愛莉は、勢いよく立ち上がり、莉々に頭を下げた。
「ごめんなさいっ!!」
莉々は、素直に頭を下げる愛莉の姿を見て、驚いた表情を見せた。
「…あ、愛莉…。…そ、そんな…、いいのよ…」
莉々は立ち上がり、愛莉の方に歩み寄って、頭を上げさせた。
「…私こそ、あなたの気持ちも考えずに、気に障る言い方をしてしまって、ごめんなさい。…私も、愛莉の事、ずっと気にしてた…」
愛莉は顔を上げて、莉々を見つめた。
「…寂しかったんでしょ?私と新志君みたいに、お姉ちゃんも、心の許せる相手が欲しかったんだって、おばあちゃんから聞いて、私、お姉ちゃんの気持ち、初めて知った…。…もうっ!お姉ちゃんはいつも一人で抱え込むんだから!」
愛莉は、目に溜めた涙を、莉々に見られないように顔を背けて、莉々を叱った。
強がる愛莉に、莉々は笑みを浮かべて返した。
「……ごめんね…。これからは、愛莉や、みんなのこと、もっと頼ることにする。…あなた達の戦う姿を見て、そう思ったわ。…何もかも一人で抱え込まずに、ちゃんと相談するね」
莉々は、愛莉と、ずっと心配してくれていた新志とコルザを見て言った。
「だから、愛莉も何かあれば、私に相談してね。これでも一応姉なんだから、新志君ばかりじゃなく、時には私も頼って」
莉々は、新志の名前を出して、少し悪戯に微笑んで愛莉に言った。
愛莉の後ろでは、新志が頬を赤くして、視線を反らせている。
「……わかったよぅ…」
愛莉も頬を少し赤くして、恥ずかしそうに莉々に返した。
すると、扉の方から、コンコンとノックの音が聞こえた。
「…パントラだわ」
外の気配を感じ取り、ジュセは扉に掌を向けた。青緑色の魔力が放たれると、扉はゆっくり開き始めた。
「失礼します」
パントラは、部屋に足を踏み入れ、みんなの方に顔を向けると、ペコッとお辞儀をした。
「扉は元に戻った?」
ジュセは、扉を閉めるパントラに聞いた。
「はい。僕の力でも、なんとか戻す事が出来ました」
パントラは謙遜して、笑いながらジュセに返し、みんなの方へ歩いた。
「……あなたが無事で良かったわ…」
近くに来たパントラの手を取り、ジュセは安心したように言った。
「…情けない姿を見せてしまった上、ご心配をお掛けし、申し訳ありませんでした」
パントラはジュセに頭を下げた。ジュセは、「ううん」と首を横に振った。
「私のせいで捕まったのよね…。ごめんなさい…」
責任を感じた莉々は、パントラを見て謝った。
「いいえ。臣従としての僕が不甲斐なかっただけです。もう少し自覚を持って、しっかりしなくてはいけませんね」
パントラは笑顔で莉々に返した。
誰のせいにもせず、いつも自分に厳しい、まじめな性格のパントラに、コルザは相変わらずといった表情で彼を見つめた。
「…部屋のコルザは、その後、何も変わりはない?」
ジュセは、一人残してきた女性のコルザを心配して、パントラに聞いた。
「ええ。静かに眠っていますよ」
パントラは、優しい表情で、ジュセに言った。
「パントラさんは、もう一人のコルザの事、以前のコルザみたいに信頼してるんだね」
「…え?」
新志の言葉に、パントラは反応した。
「だってさっき、鎖が外れた瞬間、すぐにコルザのとこに駆け寄って行ったよ?パントラさんだって、もう一人のコルザの事、以前のコルザと一緒だと思ってるんでしょ?」
新志は、自分と同じ気持ちを持つパントラに、笑顔を向けて聞いた。
パントラは、少しためらったが、新志と同じように、微笑んで返した。
「……そう…ですね。僕も、新志君と同じです。もう一人のコルザ様は、時折以前の風貌と重なる時があります…」
パントラは、視線を落として言った。
「………」
ジュセは、黙ってパントラを見ている。
「コルザには、信頼できる人が周りにたくさんいて羨ましいなぁ!」
愛莉はコルザをのぞき込んで声を掛けた。愛莉に言われたコルザは、一瞬視線を落としたが、すぐに顔を上げ、笑顔でパントラに礼を言った。
「ありがとうパントラ。どんなに変わっても、僕の事を信じてくれて嬉しいよ」
「……い、いえ…。そんな…」
パントラは、少し罪悪感を抱いたように、コルザから視線を背けた。
「…ところで、あなた方は今後、どのように動かれるおつもりなのですか?」
パントラは表情を戻して、新志達に聞いた。
「どのようにって…。そういえば…どうしようか?」
新志は、愛莉と椅子に座り戻した莉々とを見て、意見を求めた。
「もう一人のコルザは、新志君が宥めてくれたけど…。お姉ちゃん、どうしようか?」
愛莉は、莉々に良い案を求めた。
「そうね…。コルザを抑えられたとしても、叔母さまの霊を解放させた人物を捕まえなければ、また同じことが起こってしまうわ」
莉々の言葉に、全員はハッとした。
「そうだよっ!まず、その犯人を突き止めなきゃいけないんだ!」
新志は思い出したかのように興奮して言った。
「さっきはパントラさんに聞いたけど、ジュセ様は心当たりないですか?」
愛莉は、ジュセに顔を向けて聞いた。聞かれたジュセは、考えたが、首を横に振って返した。
「……そうですか…」
愛莉は残念そうに下を向いた。
「…バラノアの霊を解放させた人の目的は、僕のジェムエレメントを彼女に生み出させることだったんだよね?」
コルザは莉々に聞いた。
「そうよ」
莉々は頷いて返した。
「なら、その人の目的はジェムエレメントってことだ…。…だとしたら…」
コルザは、思いつめたように下を向いた。コルザの言葉が気になった新志と愛莉は、コルザにその続きを促した。
「…だとしたら?」
「なに?」
「…う、うん…」
コルザは言いにくそうに二人を見た。
「………お父様……」
言いにくそうにしているコルザに変わり、ジュセが思い当たる人物を述べた。
全員驚いて、ジュセの方を向いた。
「そう言いたかったんでしょ?」
「…うん…」
ジュセに言われ、コルザは下を向いて答えた。
「大王様が?まさか、そんな」
パントラは、困惑した表情で言った。
新志と愛莉も驚いて顔を見合った。
莉々は視線を落とし、何かを考えて、口を開いた。
「……お城のみんなに心当たりがないのなら…、正直、あなた方のお父様が、一番可能性が高いと考えていたわ。…元々、叔母さまのジェムエレメントを狙っていた人物ですもの」
新志は莉々の言葉に異を唱えた。
「でも、実の息子のジェムエレメントまで奪おうとするなんて…、そんなの…」
「そういう事をするんだよ!父様はっ!!」
新志の言葉を、コルザが声を荒げて遮った。新志はもちろん、みんなは驚いてコルザに目を向けた。
「…落ち着きなさい。みんなびっくりしてるわ」
慣れているジュセは、コルザを落ち着かせようと声をかけた。パントラはコルザの後ろへ回り、背中に手を置いて彼の興奮を和らげた。
「……ごめんなさい…」
コルザは、だんだん落ち着きを取り戻し、みんなに謝った。
「コルザはお父様の事になると、少し興奮してしまうのよ。…コルザと顔を合わせようとしない、お父様もお父様なんだけど…。…許してあげて」
コルザの心境を知るジュセからも、みんなに謝った。
「…以前、コルザから聞いたけど、大魔王様ってなんだか凄い人みたいですね」
新志は、気を使いながらジュセに言った。
「…いろいろな意味でね」
「………」
ジュセの返しに、新志は何も言えずに黙った。
「ってことは、犯人は大魔王様ってこと?」
愛莉は、先程の話に戻ろうと、みんなに聞いた。
「断定するのは早いわ。ただ、その可能性が高いっていうだけで。…でも、叔母さまを封印したのは大魔王様なんだし、封印を解くのは簡単かもしれないわね…」
莉々は、以前からバラノアと話し合い、その結論に至っていたようで、犯人が大魔王だという説を推した。
「じゃあ私達、大魔王様と戦う事になるの?…なんか、怖いなぁ…」
この世界を牛耳る大魔王相手に、勝ち目など無いと感じた愛莉は、だんだん自信を失っていた。
「………」
愛莉の気持ちを察し、全員黙って下を向いた。
「…でもさ、王座を狙うっていう理由なら、大魔王様が怪しいとは言えないよね?」
違う観点から考えた新志は、みんなに意見した。
みんなは、新志の意見に、顔を上げた。
「…?どういうこと?」
愛莉は、よく意味が分からず、新志に聞いた。
「愛莉ちゃんもそうだけど、このお城の次の座を狙っている人なんて、たくさんいるんじゃない?」
新志の言葉に、みんなはハッとした。
「わ、私は犯人じゃないよ!?」
愛莉は慌てて否定した。
「例えばだよ!…ジュセ様はともかく、あのランバダさんって人だって、大魔王様の後継を狙っているんじゃないの?」
コルザとジュセとパントラは、心当たりがあるようで、顔を見合った。
「…確かに、そうだけど…。でも、次の後継者は、ランバダ姉様だと決まっていたようなものだから、そんなことする必要なんか、ないんだけどなぁ」
コルザは首を傾げて言った。
「ランバダ様が後を継がれるのには、誰も反対などしていませんでしたし…」
パントラも考えながら、コルザの言葉に付け加えるように言った。
「そういえば、さっき、コルザの部屋で、ランバダさんと、その隣にいたあの召使いの人…」
「バーロンですか?」
額に指を当てて、思い出そうとする愛莉に、パントラはその名を答えた。
「そうそう!その人が、後継ぎが何とかってコソコソ話してるの聞こえたよ?」
愛莉の言葉を聞くと、みんなは「うーん」と考え始めた。
「…コルザの持つジェムエレメントを見て、後継ぎの座が危うくなったからとも考えられるし…。こうなると、みんな怪しく見えてくるものね…」
莉々の意見にみんなは頷いた。
「…そもそも、僕がジェムエレメントを秘めているって、その人はどうやって分かったんだろう…。僕はそこが一番気になってるんだ」
「………」
問題がどんどん増え、容易には人物が確定出来ないと分かった新志は、頭を混乱させて、その場にうなだれた。
「あー!もうわかんないよ!もう犯人考えるのやめよう!もうパンクしそうだ!」
「私も…。何だか目の前がグルグル回って来た…」
テーブルにおでこを付けて倒れこむ新志の横で、愛莉は目を回していた。
二人の様子を見た莉々達は、クスクス笑って、その議論を一旦やめることにした。
「犯人詮索はやめにして、私達は、とりあえず、今後どう行動を起こすかってことよね」
莉々は、話題を最初の内容に戻した。
「もう一人のコルザは気持ちを落ち着かせたし、なんとか話して、元のコルザに戻ってもらうように説得したらいいんじゃない?」
気を取り直した新志は、みんなに提案した。
「そう簡単にいくかな?一歩間違えたら、新志君の魔力取られちゃって、もっとパワーアップしちゃうんでしょ?」
愛莉は、新志を心配して言った。
「…ですが、信頼を得ている新志君になら、コルザ様を納得させることが出来るかもしれません。彼女を興奮させないように、少しずつ理由を話して、最終的にジェムエレメントを自らの手で消滅してもらえれば、事は片付きます」
パントラは、事を荒立てたくないという彼らしい綺麗な解決方法を提案した。
「…ジェムエレメントが消滅さえすれば、悪事を企む者も、どうにも出来ないものね」
ジュセも、その案に賛成した。
「よおし!そうしよう!早速明日から実行だね!…今日は、もう疲れたよ…」
新志は勢いよく立ち上がると、疲れが押し寄せ、力が抜けたようにへなへなと椅子に座り込んだ。
「………」
愛莉は、大役を担った新志を心配そうに見つめていた。
コルザは、自分や城内のいざこざに新志達を巻き込んだことへの罪悪感を、今になって身に染みて感じ、ずっと視線を落としていた。
その横では、別の事を考えている莉々が、同様に視線を落としていた。
(…そうゆっくりもしていられないのだけど……。おばあさん、大丈夫かしら…?)
人間界。
ラビアン・ローズの奥の部屋にいるリィーズは、莉々が魔法界へと旅立ってから、ずっとソファに座って、莉々から受け取った白い百合の花を、じっと眺めていた。
微かな魔力しか残っていないリィーズには、魔法界で何が起こっているのか、水晶玉に映すことも出来ず、自分の無力さを痛感していた。
リィーズは、フッと掛け時計に目をやった。時計の針は十時を指している。
(…五時間……)
新志が魔法界へ行ってからの時間を、リィーズは長く感じた。
リィーズはため息をついて、両手で顔を覆った。
すると、表のシャッターを叩く音が聞こえ、リィーズはハッと顔を上げて、立ち上がった。
「…どちら様?」
シャッターの前で立ち止まったリィーズは、外にいる人物に聞いた。
「お義母さん?私、真紀子です!」
「えっ?真紀子さん!?」
リィーズは、慌ててシャッターを開けた。
すると、外には愛莉の母親と、新志の母親が、心配そうな顔で立っていた。
「こんな時間に、どうしたの?……えっと…」
リィーズは、新志の母親とは初対面なので、誰だか分からなかった。
「私、剣野良子と申します。新志の母親です」
新志の母親、良子は、心配した表情のまま、軽く頭を下げた。
「新志君の!?初めまして…」
リィーズが自分の名前を言う間もなく、良子はリィーズに詰め寄った。
「新志は来てますか?あの子、夕方家を出て行ったきり、帰って来ないんです!あなたのお店に行くと言って、出て行ったので、こちらにお邪魔してないかと…」
「莉々も愛莉も、新志君の家に行ったきりで、戻って来ないから、訪ねてみたら、良子さんからお義母さんのお店に行ったって聞いて、慌てて来たのよ!」
二人は、なかなか帰ってこない子供たちを心配して、リィーズの所へ来たようだった。
「…あ…、お、落ち着いて…。新志君も愛莉も莉々も無事よ…」
リィーズは、心配するあまり興奮を抑えきれない二人を落ち着かせようと、とりあえず彼らの無事は伝えた。だが、この場をどう乗り切ろうかと考え、リィーズは、二人に対する言い訳を考えた。
「無事?じゃあ、莉々達は、やっぱりここにいるのね?」
真紀子がそう言って、今すぐにお店の中に入ろうとするのを、リィーズは必死に止めた。
「お義母さん!どうして…」
止めるリィーズを真紀子は疑問に思って聞いた。良子も「何故」といった表情でリィーズを見ている。
「ま、待って…。事情があるのよ…」
すると、リィーズは何かを思いついたようにハッとした。
「少しだけ待っていて。あの子達を、ちゃんと連れて来るから」
リィーズは二人にそう言うと、奥の部屋へと入り、莉々からもらった百合の花を手に取った。
「…莉々。…バラノア…。使わせてもらうわね…」
リィーズは花を見つめ、手をかざした。すると、花に込められていた魔力が、まるで吸収されるかのように、リィーズの掌に集まっていった。
魔力を吸収したリィーズは、握った手を胸の前に置き、目をつむって心の中で呪文を唱えた。
(トワール・ワイル・エトワール 真紀子さんと良子さんの記憶を変えて! リィージズリベラシオン!)
呪文を唱え終えたリィーズは、ゆっくり目を開き、先程の二人の元へと、様子を覗うように歩いた。
リィーズに気付いた真紀子と良子は、顔を少し赤くして、リィーズに謝った。
「…ご、ごめんなさい、お義母さん。私、勘違いしてたわ…。そう言えば、莉々と愛莉は、新志君に誘われて、数日間田舎のおじいさんの所に行ったんだったわ…」
「うっかりしてました…。ごめんなさい、こんな時間に…。し、失礼しました…」
二人は恥ずかしそうに、慌ててその場を去って行った。
リィーズはクスクス笑いながら、部屋の中へと戻った。
部屋に戻ったリィーズの顔は、先程とは違い、少し顔を曇らせていた。子供たちを危険な目に遭わせていることに罪悪感を抱いていた。
(…私には、無事に帰って来てくれることを祈ることしか出来ないわ…)
リィーズは自分の掌を見つめ、久しぶりに使った魔力を実感した。
「…バラノア…。ありがとう…」
魔法界。
夜も更け、みんなはジュセの部屋で眠りについていた。
大きな窓には、カーテンがかかり、外からの月明かりを遮っていた。
なかなか眠りにつけずにいたコルザは、カーテン越しに見える大きな月の影を見上げ、みんなを起こさないように、窓の方へと静かに移動した。
カーテンをめくり、コルザはピョンッと窓の縁へ飛び乗った。
魔法界の月は大きく、緑色を帯びて、夜空を黄緑色に輝かせていた。
(今夜は綺麗に見えるな…)
懐かしい夜空の風景に、コルザは魔法界へ帰って来たことを、改めて実感していた。
(人間界の夜空も澄み渡っていて綺麗だったなぁ…)
コルザは人間界での事を思い出し、寂し気な表情で空を見上げた。すると、ブンブン首を振って、表情を険しく変えた。
(僕が寂しがってる場合じゃない!新志君たちの方が、もっと寂しいはずなんだ!…彼らには、たくさん迷惑を掛けてる。早く元の世界に返してあげないと…。…もう一人の僕は、すぐに分かってくれるだろうか…?)
コルザは、もう一人の自分が、聞き分けよくジェムエレメントを消し去ってくれるのか、自分の心ながらも、いや自分の心だからこそ、どこか信用できずに、不安な顔で月を見上げた。
「…眠れないの?」
後から声を掛けられ、コルザはハッと振り返った。
そこには、カーテンをめくり、顔を覗かせた新志が、笑顔を見せて立っていた。
「新志君…」
コルザは、安心した表情で、新志を見つめた。
「ごめんね。起こしちゃったね」
カーテンの中に入り、隣に来た新志に、コルザは言った。新志は首を横に振って答えた。
「…ううん。僕も何だか眠れなくて…。わぁ、おっきな月だね!」
新志は、夜空に浮かぶ月を見上げて感動した。
「今夜は一段と綺麗だよ」
コルザも新志と同じ方向に顔を戻して言った。
「へぇ……」
「………」
二人は何も言わずに、ただじっと月を眺めた。
「……新志君…」
コルザが新志に話しかけた。
「何?コルザ?」
新志は笑顔で返した。
「………いや、何でもない…」
新志には、これまで幾度と助けられ、迷惑を掛けて来た。そんな彼にコルザは、何度お礼を言っても足りないくらいの恩義を感じ、彼に感謝の言葉を伝えたかった。だが、何度も自分の気持ちを伝えたところで、彼は恐縮し、困るだけだろうと思い、コルザは新志に礼の言葉を述べることを諦めた。
コルザの気持ちは、ただ、新志といる時間を少しでも長くしたい。それだけだった。
その気持ちは、新志も同じのようで、言葉をためらうコルザに新志は笑顔で返した。
「なんだよぅ!水臭いな!…せっかく魔法界に帰って来たのに、コルザ、全然嬉しそうじゃないじゃないか。君が嬉しそうにしてくれないと、僕らの立場ってもんがないよ」
新志は、コルザの背中をポンポン叩いて、冗談交じりに言った。
「そ、そうだね。ごめん…」
謝るコルザを見て、新志はクスクス笑った。
「謝らないでよ。コルザは少し気を使いすぎなんだ。…そんなんじゃ、大王になった時、悩みすぎて押し潰されちゃうよ?」
「…え?」
コルザは少し驚いて、新志に聞き返した。
「だって、本当はお父さんの後を継ぎたいんだろ?コルザはこの世界を自分の手で変えたいって思ってる。…でも、そのことを考えすぎて、奥にあった歪んだ心が、とうとう抑えきれずに表に出て来てしまったんだって僕は思ってるよ」
「……新志君…」
自分で押さえていた気持ちを、新志に言い当てられ、コルザは目を丸くして新志を見つめた。
「長い事一緒にいたら、コルザの気持ち、分かるようになっちゃったよ!」
新志は笑いながら、コルザに言った。
「……僕は弱いから、自分の気持ちを話す事すら出来ないんだ。…だから、自分の邪心に負けてしまった」
下を向いて言うコルザから、新志は視線を外して、ゆっくりと夜空を見上げた。
「……僕は、コルザのこと、弱いなんて思ったことないよ。自分の気持ちに迷う事なんて、誰にでもあるしさ。…気付いてないだろうけど、君は、みんなの心の隙間を埋めることが出来るんだよ」
「……どういう事?」
コルザは、新志の言葉を聞き返した。
「…上手く言えないけど、君は、人の足りない部分を補えるんだ。…その、…えーっと、例えば、僕のおっちょこちょいな性格をいつも助けてくれたり…。僕だけじゃない、愛莉ちゃんだって!…それと…、あ!そうだ!莉々さんの心を開かせた事もだよ!とにかく、コルザは優しいんだよ!みんなのことを一番理解しているのは、君なんだ!」
新志は、自分なりの言葉でコルザを褒めた。黙って聞いていたコルザは、今まで言われたことのなかった褒め言葉に、少し頬を赤くして、新志を見つめていた。
「あ、ありがとう…。そんな風に言ってもらったこと、今までなかったから…嬉しいよ」
「…ほんとにそう思ってるんだよ…」
自分の不器用な言い方が、上手く伝わったのか、新志は不安な気持ちを抱いてコルザを見た。
そんな新志に、コルザはゆっくりと頷いた。
「…新志君って、本当に凄いね…」
新志は驚いて、コルザに返した。
「す、すごいって、何がっ!?今はコルザを褒める時間なんだよ!」
新志の言葉に、コルザは噴き出して笑った。
「なんだよ、その時間!」
コルザの笑顔に新志もつられて、二人は笑い合った。そして、また再び月を見上げた。
「……必ず大王になるんだよ、コルザ。僕も精いっぱい手伝うからね」
新志はコルザの方に顔を向けて言った。
「……うん。新志君やみんながいてくれたら、きっと叶うと思う。…その時をちゃんと見届けてね」
二人は笑顔で互いの顔を見ると、再び月へと視線を戻した。
部屋の中では、布団に入って隣同士で寝っている愛莉と莉々が、どうやら新志達の話を聞いていたようで、互いに顔を合わせ微笑んだ。
ベッドで寝ているジュセも、二人の会話を聞いていたようで、目を閉じたまま笑みを浮かべ、寝返りを打った。
「今夜は悪酔いしか出来ないわ!」
散らかったランバダの部屋では、片足を椅子に乗せ、ワインを瓶で一気飲みするランバダの姿があった。
部屋のいたるところにある、脱ぎ散らかされた服を拾いながら、バーロンは、呆れた様子でランバダに話しかけた。
「…お気持ちはお察しします。…ですが、今夜はそのくらいにしておいた方がよろしいかと…」
ランバダは、バーロンをキッと睨み、ワインの瓶を彼の足元へ投げつけた。
床に叩きつけられた瓶は割れ、中に入っていた液体は、バーロンの足元へ飛び散った。
「………」
バーロンは眉を顰め、汚れた足元へ目をやった。
「うるさいわねっ!だいたい、この世界の女王になれなくなったら、全部あんたのせいだからね!…コルザにこの城を乗っ取られでもしたら、全てが終わりよ!!」
バーロンに怒鳴り散らしたランバダは、うなだれて自分の髪を掻きむしった。
「……ランバダ様…」
見るに堪えない主の姿に、バーロンは、ランバダの肩に手を添えて、ベッドで休ませる為、彼女をそちらへ誘導しようとした。
すると、ランバダはバーロンの手を払いのけ、勢いよく彼の頬に平手打ちをした。
「触らないでよっ!…私が能無しを相手にすると思ってるの?見くびらないでよね!」
「………」
殴られた頬に手の甲を当てながら、バーロンは自力でベッドに移動するランバダを見ていた。
「私を女王に出来ないあんたなんかに用はないわ」
ランバダはそう言うと、ドサッとベッドに倒れこんだ。
「…次は…、そうねぇ…。あの純粋さがたまらない、侵入者のぼくちゃんみたいな子がいいわぁ…」
ランバダは毛布に顔をうずめながら、嫌味のようにバーロンに向けて言った。
バーロンは黙って、ランバダの様子を見ていた。
しばらくすると、ランバダは寝息を立て始め、彼女が眠ったのを確認したバーロンは、割れた瓶に魔力を放ち、風を起こして瓶の破片を全て拾い上げた。破片を纏わせた風は、くず入れに移動し、魔力が解けると同時に、破片はくず入れへと落ちて行った。
バーロンはそのまま、ランバダの部屋から出て行った。
深夜を過ぎた薄暗い廊下を、バーロンは何かを考えながら、一人で歩いていた。
バーロンは、コルザの部屋での出来事を思い返していた。
彼が思い返しているのは、パントラの行動だった。鎖に繋がれていたパントラが、身動きが取れるようになった瞬間、彼は一目散にコルザの元へと走って行った。以前のコルザになら理解の出来ることだが、全く変わってしまったコルザに対して、そう簡単に忠誠心を示すことが出来るのか…。それに、コルザが変わって、一番戸惑っていたのはパントラだった。そんな彼があのような行動をしたことが、バーロンにはずっと引っかかっていた。
(……あいつ、コルザ様に…)
バーロンが目を細めて思うと、フッとほくそ笑んだ。
「…これはいい…」
バーロンは、何かを思い立ち、暗い廊下の奥へと消えていった。
「…ミト」
背後から急に声を掛けられたミトは、ビクッと驚いて振り返った。
「バ、バーロンっ!…なんだい…?気配など消して…。ぼ、僕をこらしめに来たのかい?…さっきは悪かったよ…。侵入者が、まさかあそこまで頭が働く奴らだとは…」
ミトは、新志達との戦いで成果を上げられなかったことを、バーロンに謝った。
「…そのことなど、どうでもいい。端から期待などしておらん」
バーロンに冷たく言い放たれ、ミトは返す言葉もなく、視線を落とした。
すると、バーロンの足元が汚れていることに気付き、ランバダにやられたものだとすぐに察した。
「ランバダ様はご機嫌斜めのようだね。まぁ、仕方がないか…。…けど、そうすると、君の立場も危うくなるってことかな?」
ミトは、形勢逆転と言わんばかりに、バーロンに強気な発言をした。
するとバーロンは、鋭い左目でミトを睨み、同時に彼の首を片手で掴んだ。
「っ!?わ、悪かった…あ、謝るよ…」
かろうじて出せるかすれた声で、ミトはバーロンに命乞いをした。
「…私に立てつくと、後で痛い目を見るぞ…」
耳元でミトを脅迫したバーロンは、彼の首からゆっくり手を放した。ミトは、咳き込みながら、バーロンの方を見て聞いた。
「……ぼ、僕に一体何の用なんだい…?」
苦しそうに聞くミトに、バーロンは彼に顔を近づけて聞いた。
「お前、薬草を集めていたな?」
「………?」
薬草の事など、全く興味のないバーロンに、自分の趣味である話題を突然振られ、ミトは、疑問に思った表情でバーロンを見た。
コルザの様子をうかがいに来たパントラは、ベッドの横で、彼女から預かった体温計に目をやった。
「…まだ少し、熱がありますね…」
パントラは心配そうな顔で、顔を火照らすコルザに目をやった。
コルザはじっとパントラを見つめている。
「あまりご無理をなさらないように。今日は、このままお休み下さい」
パントラに言われ、コルザは黙って頷くと、ゆっくり身体を倒した。パントラは静かに毛布を掛け、明かりを消し、部屋から出て行く準備をした。
「…パントラ…」
すると、コルザに呼び止められ、パントラはコルザの方へ振り返った。
「何ですか?コルザ様?」
パントラは笑顔で聞いた。
「…あなたも、あの子と同じ気持ち?」
パントラはすぐに理解が出来ず、コルザの言っている意味を考えた。
「…新志君の事ですか…?」
パントラが聞くも、コルザは答えずに、再度聞いた。
「パントラは…違うよね?」
「………」
パントラは少し考えた。
「はい。僕のは、違います」
暗くなった部屋では分かり辛かったが、パントラは、頬を少し赤く染めて答えた。
パントラの答えを聞いたコルザは、安心したように微笑み、目を閉じた。
コルザが眠ったのを見届けると、パントラは静かに部屋から出て行った。
パントラは少し安心した心持ちで、廊下を歩いていた。
(ジェムエレメントも以前のように落ち着いてきているし、このままコルザ様の熱が下がれば、なんとか一安心だ)
みんなも寝静まり、パントラは今日一日の仕事を終え、自室に向かおうとした。
「……パントラ」
すると、後方から呼び止められ、パントラは振り返った。そこにはバーロンが立っていた。
「バーロン。…何ですか?」
バーロンに対して、疑心暗鬼になっているパントラは、少し構えた姿勢で聞いた。
「コルザ様の様子はいかがかな?」
パントラの警戒する様子を少し可笑しく思ったのか、それとも彼を警戒させない為なのか、バーロンはいつになく笑顔を見せてパントラに聞いた。
「……何故です?」
コルザの様子を心配するバーロンに、なおさら警戒したパントラが聞き返した。
「主を健全に保つことが、我ら臣従の務めだ。お前はコルザ様の臣従。コルザ様を守護するのがお前の役目…」
バーロンの言葉を、パントラは黙って聞いた。
「そして、お前の役目に助言をすることが、臣従の長である私の務めだ」
上司であるバーロンからは、臣従の務めの基礎から教えられてきた。バーロンの言葉は、パントラにとって学びとなることだった。
「…はい、分かっています…」
パントラは、初心を改め直したように、バーロンに返事をした。
「…お前はコルザ様の臣従として、務めを果たしたいのなら、力になってやろう」
バーロンは鋭く光る左目をパントラに向けた。
苦手な目に睨まれ、パントラは、しぶしぶ話し出した。
「…実は…。コルザ様は以前から、熱がありまして…。なかなか下がらなくて、困っていたんです。お医者様から頂いた薬でも下がらなくて…。精神的なものから来ているそうなんですが…」
パントラは、現状の悩みをバーロンに相談した。
するとバーロンは、パントラの肩にポンと手を乗せた。
「っ!?」
パントラは、少し驚いてバーロンを見た。
「…主が不調を訴えるのは、全て、使いであるお前の責任だ。だが、私には、今のお前の不安な思いを大いに共感出来る。…お前が不安に思うがこそ、主は一層に不安を感じるのだ。その思いを悟られてはならん」
バーロンに言われ、パントラはうつむいて返事をした。パントラは、バーロンの説教をどこか懐かしく感じていた。見習い臣従だった頃、頼もしく感じていたバーロンに、ふと、今のバーロンを重ね合わせた。
「僕は、まだまだ未熟ですね。いまだにあなたに叱られるとは…。あなたのおっしゃる通り、コルザ様は、僕の気持ちなど、お見通しです」
うつむいて言うパントラに、バーロンは、笑みを浮かべた。
「…アトラスの薬草が、台所の薬品棚にある。確認していないか?」
バーロンの言葉に、パントラは顔を上げた。
「えっ!?アトラスが…?…見当たらなかったので、切らしているものだと…」
アトラスとは、この世界の薬草で、興奮を抑えたり、精神を安定させる時に煎じて飲むものだ。大変貴重とされている薬草な為、なかなか手に入り辛い薬草の一つだった。
「すぐに、確認して来ます!」
パントラは、慌てて台所へ向かおうとした。すると、足を止め、バーロンの方に振り返った。
「…ありがとうございます。バーロン…」
「…いや」
パントラは、バーロンに笑顔で礼を言うと、台所まで駆けて行った。
バーロンは、窓越しの月明かりを背にして走って行くパントラを、鋭い左目でじっと見ていた。
妙な笑みと共に…。
「あ、これだ!」
パントラは、台所の棚から、アトラスの葉が入った瓶を探し出し、手に取って、ラベルを文字を確かめた。
「アト…ラス!よしっ!」
確かにアトラスだと確信したパントラは、さっそくその葉を煎じる準備をした。
(…バーロン…。ランバダ様に仕えてから、どんどん威厳を放つようになって、距離を感じていたけど…。やっぱり臣従同士、助け合う気持ちを残してくれていたんだな…)
パントラは、素直にバーロンの心遣いに感謝し、何の疑いも抱くことなく、薬を煎じた。
「これを飲めば、コルザ様の熱も下がるぞ!」
パントラは嬉しそうな顔で、さっそく薬をコルザの所へ運んだ。
ー 深い青一色の中に、時折銀色の光が輝く ー
そんな空間で、コルザは一人、目を覚ました。
「……?」
コルザは辺りを見渡し、見たことのない光景を不思議に感じていた。
ふと自分の手を見ると、元の姿に戻っている事に気付いた。
だが、妙な事に驚きが無い…。
(…これは…、…夢…?)
現実味が無いことから、今、この瞬間は、夢の中だとコルザは察した。
「…さすが私。呑み込みが早い」
後ろから声が聞こえ、コルザは振り返った。
「……!」
コルザの目に映ったのは、自身の生み出した、巨大なジェムエレメントだった。
すると、ジェムエレメントの向こう側から、クスクスと笑い声が聞こえ、コルザはそちらに視線を下げた。
「こんばんは。…最後の挨拶に来たよ」
ジェムエレメントの向こう側から顔を出したのは、もう一人のコルザ…、女性のコルザだった。
「……」
コルザは、もう一人の自分である女性のコルザを、眉を顰めて黙って見つめた。
「フフフ。どうして最後かって聞きたそう。…でも、あなたも分かってると思うけど、いずれ、私達はどちらかが消える。…その時が、もうすぐ訪れる…」
女性コルザは、ジェムエレメントを見上げ、掌でそっと撫でた。
「…それが僕だって言いたそうだね」
女性コルザの仕草を見たコルザは、不満そうに言った。
女性コルザは、ゆっくりコルザに目をやると、静かにそちらへ歩み寄った。
「今のあなたが私を支配出来ると思う?」
もう一人の自分が不敵な顔を近づけてくることに、コルザは微動だにせず、じっと彼女を見つめた。
「…君は僕の中から生まれたんだ。…僕自身に違いは無い。……きっと、また元の僕に戻れるはずだ」
コルザは女性コルザをじっと見つめたまま言った。
女性コルザはクスクス笑い出した。
「よくそんな強がりが言えるね?ここにあるジェムエレメントとこの私を、あなたが消し去れると、本当に思ってるの?」
女性コルザは、笑うのを止め、コルザをキッと睨んだ。
コルザは、黙って首を横に振り、女性コルザとは対照的な、優しい目で、もう一人の自分を見つめた。
「……っ!」
女性コルザは、驚いたようにその目を見ると、黙ってコルザを見つめ返した。
「消し去るなんてことはしない。…そんなことは出来ない…。君は、僕の中でずっと存在し続けるだろう。…でも、君は弱い僕から生まれた存在だ。君と僕が一つに戻るためには、僕が…、僕が心をもっと強く持たなければいけないんだ!」
コルザはもう一人の自分に、強い眼差しを向けた。
「………」
女性コルザは視線を落とすと、フッと笑みを浮かべた。
「…私をつぶせないあなたに、心を強く持つ事なんて、出来るかな…?」
甘い考えのコルザに、女性コルザは、哀れんだ瞳で彼を見つめた。
だが、その顔は先程の挑戦的な表情ではなく、同情しているような表情で、コルザを見ていた。
女性コルザは、一歩前に踏み出し、コルザの頬にそっと両手を当てた。
「……優しさは…時にはあだになるよ……?」
女性コルザに顔を近づけられたコルザは、その言葉を聞くと、黙ったままもう一人の自分を見つめた。
「…じゃあね……」
コルザの頬から手を放した女性コルザは、コルザに背を向けて挨拶をし、ジェムエレメントと共に、深い青い闇の中へと消えていった。
コルザはまた、この寂しい空間で一人になった…。
翌朝。
カラビーニア城の周りを囲む湖の東の方角から、オレンジ色の朝日が昇り始めた。
「…コルザ…?コルザ、大丈夫!?」
慌てる愛莉の声に、新志は目を覚まし、身体を起こした。
「…?どうしたの?」
既に帽子とマントを纏った愛莉の横には、不安な顔をした莉々とジュセもいた。莉々も同様に、すでに正魔飾着の姿でいる。
「新志君っ!コルザが!」
愛莉は、目を覚ました新志に言った。新志は慌ててコルザに目をやった。
コルザはしんどそうに、体全体で呼吸をし、大量の汗をかいている。
「コ、コルザっ!!」
新志は驚いてコルザをのぞき込んだ。
「どうしたんだよ!?…い、一体、何があったの?」
新志は愛莉達の方に顔を上げて聞いた。
「わ、私達にもわかんないよ!起きたら、コルザが凄くしんどそうにしてて…」
困惑したまま、愛莉は新志に返した。
新志は、莉々とジュセを見たが、二人にも状況が分からず、新志に首を振って返した。
「…コルザ…」
新志は、ぐったりして、しんどそうに呼吸をしているコルザを抱き上げた。
口もきけない程、苦しそうにするコルザに、何もしてあげられない新志は、心配して彼を見つめることしか出来なかった。
「…まさか…、もう一人のコルザの身に何か…」
ジュセが、ハッと気づいて言った。みんなは、ジュセの方を見た。
「き、きっとそうだわ!早く、コルザの部屋へ…!」
莉々は、慌ててみんなに言った。言われたみんなは頷いて、扉の方へ走った。
すると、「コンコン」とノックの音がして、外からパントラが話し掛けた。
「おはようございます。皆さん、起きていらっしゃいますか?」
ジュセは、すぐさま魔力を放って扉を開けた。
「あ、ジュセ様、おはようご……っっ!?」
頭を下げて、朝の挨拶をする中、みんなが一目散に向かってくるのを見て、パントラは驚いた。
「ど、どうなさっ…」
「コルザは!?コルザは無事!?」
帽子とマントを羽織った新志が、答えを急かすようにパントラに聞いた。
「あなた、会って来たんでしょ!?」
「変わった様子、無かった!?」
立て続けに、莉々、愛莉に質問され、パントラは、後ろにいる、みんなよりは冷静なジュセに目で状況の説明を求めた。
「……今朝起きたら、コルザが凄く辛そうなのよ。もう一人の方に、変わったことは無かった?」
「えっ!?」
パントラは驚いて、新志に抱かれているコルザに目をやった。コルザは、汗だくでハァハァと息をしている。
「コ、コルザ様っ!!」
パントラはコルザに近寄った。手を当てると、かなりの熱を有していることが分かった。
「ど、どうしてこんな事に?一体何が…?」
パントラは、オロオロしながらみんなに聞いた。
「僕らだって、分からないんだよ!ねぇ、もう一人のコルザは無事なの?」
新志は、焦ってパントラに答えを促した。
「まだ、コルザ様のご様子をうかがっていないんです!い、今すぐに確認を…」
その瞬間、コルザの自室から、大きな音と爆発が起こった。
その場にいる全員は、あまりの大きな爆音と衝撃の為、その場に伏せ、地響きが収まると同時に立ち上がった。
「コ、コルザ様っ!!」
すぐにパントラがコルザの部屋へ走り出し、後のみんなも、彼について行くように急いで走り出した。
爆発の衝撃で、扉には大きな破損が見られた。
パントラは、部屋の前まで来ると、すぐに中を確認した。
「……っっ!?」
パントラは、何が起こっているのか理解出来ず、言葉を失って、その場に佇んだ。
新志達がパントラの後を追いかけてやって来ると、パントラと同様に中を覗いた。
新志、愛莉、莉々、ジュセもパントラと同じくその場に立ち尽くした。
「…っ!?……えっ…」
「…ど、どういう事…?」
「…な…に…?…これは…」
「……まさか…。バ…、バーロン……!?」
新志達の視線の先には、部屋の上空で、ジェムエレメントに張り付けのようになり、ぐったりしているコルザと、その腕を血がにじむほど強く掴んでいるバーロンの姿があった。
バーロンは、新志達に気付くと、そちらを見降ろして不気味に笑った。
パントラは、驚きと困惑の顔で、バーロンを見ていた。
「………」
苦しそうなコルザを抱きかかえた新志は、何が起こっているのか訳が分からない様子で、上空に浮かぶコルザとバーロンをじっと見つめた。
第十話、最後まで読んでいただきありがとうございます!
第十一話「取り戻せ!自分の鍵」もよろしくお願いいたします!




