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こきょう

柿崎の大合戦は木曽家の大勝利となった。

そして、織田家の敗戦と共に織田信長の死という情報は、一気に全国各地に広まった。


「はあぁっ!?信長様が討たれていた!?」


徳川家が知った時、信忠や勝家達の討ち死にと同じ時刻だ。京では何事もなかったかのように機能しており、そんな荒れる情報など流れてはいなかった。

木曽家が越後から南下し、信濃方面に攻め入っているという情報が流れれば


「ひ、退けーーっ!!浜松まで兵を退くぞ!!小田原はもう持たぬ!!」


信濃方面から本拠地である、東海方面の領地を荒されるところであった。もちろん、その情報と行動は伊達家にも伝わる。


「織田の脅威もなくなり、狸のへっぴり腰を追うだけだ!伊達の名を徳川に刻んでやれっ!!」


伊達政宗も徳川家の動揺につけ込んで、かつての北条領である領地へ攻め込んでいった。そして、小田原城を取り戻し、かつての北条家臣達に遣わせることにした。


「政宗」

「義光(叔父上)!」


木曽家の後詰として残っていた最上義光は、木曽家との停戦を確認した。


「この戦いで徳川・織田を滅ぼすまで、我々は同盟であることは分かっているな?」

「もちろん!しかし、転封のことはしっかりと協議致しましょう」


協力戦線である。

東北の地で同盟を結んだ両者は、息を合わせたように織田・徳川の領地を奪い合っていくのであった。

一方で西日本。


史実では織田信長の討ち死を知った、羽柴秀吉が明智光秀を討つことになるのだが、


「信長様が討たれていた!?」


明智光秀自身はまだ来ていなかったが、明智家の代わりの軍が秀吉の軍勢に加勢していたこと。京周辺が静かな事もあって、その情報が届いたのは信長が討たれてから6日後のことであった、

明智光秀をすぐに討ちたい秀吉であったが


「光秀はすでに京周辺を固め、その情報を毛利側や長曾我部川に流している模様」

「むむ……毛利がいつ攻めてくるか分からんな」


”中国大返し”と呼ばれる、秀吉の大移動の成功には、毛利家が織田信長が討ち死にしたという情報を知らなかった(撤退した後に知った)という事情もあった。毛利家と長曾我部家は、光秀が信長を討ち、すぐに明智家と密約を結び、羽柴秀吉を囲んで孤立させる状況を作っていた。

もちろんではあるが、毛利家も長曾我部家も信長が討たれたと情報が流れても、真偽を確かめていた。しかし、その情報は中々掴めなかった。


「織田の重臣共に知られてはいけない!!徳川にも!!信忠にもだ!!」

「ご安心を、真田の忍び達は優秀にございます」


明智光秀の情報操作と、真田正幸の忍者衆が、信長の討ち死にという情報を可能な限り抑えたからである。特に西日本方面にいる、羽柴秀吉、丹羽長秀等の軍勢については、徹底的にバレないように抑え込んでいた。


「越後方面の柴田達はすぐには来れないからな」


信長を討伐した後、光秀は懸念があった。それは嫡男の信忠の存在だ。後継者である彼が生きていれば、織田家は纏まることができる。正史では、なんの偶然か、信長と近くにいたことで討伐することができたが、……信忠は春日山城にて、木曽家を攻略するための軍団長を任じられており、その配下に柴田勝家達がいる。


「信忠は優秀だが、退くことを拒みやすい。彼を合戦にて討ち取れることはできる」


本能寺の変が伝わらなければ、それを知る木曽家が仕掛けるのは間違いない。

勝負が決まる場面で、その情報が流れれば……。


真田正幸の思い描いた作戦はモノの見事に嵌まる。それは明智光秀が想定していた以上の事であり、まさか、柴田勝家、前田利家、滝川一益といった、自分と並ぶ名将達がこぞって討ち取られたなどと


「光秀様!急報にございます!!織田信忠、木曽家と柏崎にて合戦を行い、敗北、討ち死に致しました!!」

「!!なんとっ!?」


これで織田家の家中は混乱する。その有様ならば、明智光秀は西日本の勢力と戦えると判断した。羽柴秀吉と丹羽長秀がこちらを狙っているが、毛利と長曾我部とは話が進んでおり、3か国で羽柴達と戦う手筈になろうとしていた。


「なら、私はいちお、木曽家の対応をしましょう」

「うむ。任せた、正幸」


とても自然な形で明智光秀の背に回る。

光秀の読みでは北陸方面で木曽家が止まり、徳川家も伊達家への対応を迫られるため、その間に羽柴秀吉達を倒し、西日本の勢力を借りて天下統一を考えた。

光秀はまだ、織田信忠しか討たれていないと思っていた。


「かかれ柴田は?」

「討ち死にです。滝川、前田、両名も……」

「光秀には絶対に言うなよ。まだ」


武将の差は大きい。光秀の頭の中では、柴田勝家がやられる事は無いにしても、激しい抵抗をすると思っていたからだ。しかし、結果は彼等含めての斬首。

そして、故郷を取り戻そうとする者達の気迫は凄まじく、率いる軍勢にもそれが波及する。

明智光秀が想像した以上に迅速な侵攻は、一気に明智光秀達が想定したモノと異なっていた。



「じゃあ、ここからは俺と勝頼様が信濃方面。上杉、直江が越中・越前方面」


春日山城まで占拠した木曽家は一日休んだ後、軍を二手に分けて進軍した。柴田勝家までも失い、織田家が統制がとれない中、越前方面にまで手を伸ばしながら、義昌と勝頼は旧領の奪還に動く。小田原攻めをしている伊達家に対して、協力するためでもあった。


「急ごう!」


木曽家の侵攻にもちろん、織田家、そして、態勢を整えた徳川家も出陣。しかし、勢いは完全に木曽・伊達連合にあった。

二手に分かれても東北から軍勢が義昌達の本隊と合流し、織田・徳川を蹴散らして進み。


「……話には聞いてたけどな」

「寂しいモノだな」

「うん」


遅くなってしまったと、深々と頭を下げた義昌の前にあったのは……小諸城だ。かつて、ここで織田家と死闘を繰り広げ、独立の機会を作れた自分の名城は


「もうボロボロだな」


義昌が考えに考えた山城ではあったが、やはりここで苦戦したことが織田・徳川の心中によくなかったのであろう。堀は埋め立てられ、井楼なども壊されていた。自分の築いたお城がこうなっては……、かつての領地を取り戻して万歳……とは言えなかった。


「まぁ良かった。あの時の城と戦うこととなったら、どれだけの死傷者が出ていたか。織田には感謝する」


この膨れ上がった軍勢でも一筋縄ではいかなかっただろう。

小諸城を取り戻した事を、まずはヨシとし


「次は躑躅ヶ崎ですね」

「……もう少し、付き合ってくれ。義昌」


武田勝頼が取り戻すべき城に軍勢を動かす。


「………………」

「……?義昌」


義昌が小諸城を奪還し、かつての領地に入った時のことを勝頼は振り返る。そして、彼の今の心境は……おそらく、話せるものじゃないんだろう。



ドゴオオォォッッ



「お、小田原陥落!!これで関東は全て、伊達家に支配されました!!」



木曽家が小諸城を取り戻したと同じ時。伊達家の猛攻は徳川家を関東地方から追い出すことに成功する。織田家の力がなくなれば、こうなるもの。


「これで東海道までの道が開けましたね、小十郎」

「はい。政宗様。木曽家の方も、信濃方面の奪還に成功したとか」

「木曽さん達の旧領ですし、気合は十分なんでしょうね。じゃあ、彼等は今どこに?」

「上原城の近くに軍勢があり、おそらく、武田の旧領、躑躅ヶ崎に向かっているものと」


そこは木曽家としても譲れないだろう。とはいえ、伊達家も欲しいと言えば欲しい領地だ。金山がある。

信濃方面の攻略は、義昌と勝頼が中心だと分かっていた伊達は


「じゃあ、行きましょうか。小十郎」

「へ?」

「義昌殿に挨拶をしに行くんですよ。お互い、今の”目的”を達成したと言えますからね」

「いやいやいや!使者を使えばいいだろうが!同盟してるとはいえ、今は危ないから!!」


巨大な勢力と戦うために今は仲が良くても、それに勝利しかける状況だ。ないと思っていても、裏切り行為があれば大事になる。片倉の言い分は正しく、政宗は激励の使者を義昌に送った。


「確かに木曽家とは上手くやっていく必要がある。今会うのも確かだが」

「義昌殿は私と違いますからね。だからこそ、ちょっと心配なのですよ。嫌な予感というか」

「まさか裏切り?織田・徳川と手打ちにすると?」

「そんなんじゃないです。……ただ、」


彼が独立してまで得たモノは、確かに必要だったのか。


「そーいった事を考えてしまうのです。人は欲望ばかりでございますからね」



◇         ◇


西日本、”本能寺の変”の後、織田家から独立した羽柴家は四面楚歌。

京に明智、山陰に毛利、四国に長曾我部。この3か国から攻め込まれる事態に


「島津家との同盟を結ぼう」


起死回生の策として、九州を制し、織田家が内部から崩れた今では天下に最も近いのが、島津家だ。羽柴家は島津家と同盟を結んだ。とはいえ、島津は毛利・長曾我部と友好的な関係は継続。織田信長を討った、明智光秀と羽柴秀吉の戦いは避けられないモノとなる。

羽柴家にとってはあまりに厳しい状況。明智→毛利→長曾我部との連戦は避けられず、島津家はあくまで介入しないという程度。

劣勢ではあるが、羽柴秀吉は明智光秀に挑むのであった。



そして、対峙する明智家にも不穏な外交状態にあった。


「柴田勝家も死んで、能登・越前を木曽家に侵略されている!?」


木曽家というより、別動隊である上杉・直江の軍勢の侵略速度が、想定を遥かに超えていた。


「織田家は纏まっていないとはいえ、そこまでか!?」

「信長がいないですからね」


美濃・東海方面に関して、織田と徳川が連携し、なんとか食い止めている状況ではあるものの。越前方面から南下すれば、京に届く。明智家との戦闘が可能になるという危機には、これから羽柴家と戦うに辺り、大きな不安要素。

その動きを見て、羽柴家は木曽家との同盟を成立させてもいた。木曽家と同じ独立とはいえ、主君を騙し討ちした光秀には、外交での不利はあった。


「むむっ」


織田家・徳川家が、対峙している木曽家・伊達家の対応に追われている中だ。

毛利・長曾我部も、明智家に協力するとはいえ、島津家と羽柴家との関係が良くなったことで、全体で緊張感が生まれている。

新たに天下を制する者が現れようとする瞬間だった。


摂津にて、

羽柴秀吉(1万5000) VS 明智光秀(1万2000) の 合戦が勃発。


同時期に毛利・長曾我部が羽柴領に侵攻を開始する。


そして、東海では関東を制した伊達がそのまま西上していき、駿府館まで攻め込んでいた。


「このまま、徳川を滅ぼして上洛を果たすぞ!」

「させるか、若造がぁっ!!」


これに徳川家が全力で対応していた。両軍激しい戦闘を行っているところに


「政宗殿、助太刀に来た!」


躑躅ヶ崎を奪い返した木曽家。そして、武田勝頼が援軍にやってきて伊達家を手助けする。かつての領地を取り戻してからの、この素早い行動はさすがに名将であった。

一方で混乱している織田家の影響で、援軍などなかった徳川は劣勢そのもの。一度の敗北の後、伊達家に成す術なく。



浜松・吉田・岡崎・安祥という城を次々と陥落させられ、徳川家は伊達家に降伏をするのであった。











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