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かつより

武田家の遺臣を何名か、木曽家の下に遣わせる。

上杉家攻略のため、木曽家には人材がやってきた。それも武将と言えるほどの。


「お、お、お、」


自分がもう上の立場である。上ではあるが……畏まってしまう。

しかし。


息を吞んでから



「よくぞ、ご無事でした」



◇         ◇


「武田勝頼様に来て頂きたい」

「なんと」


義昌が希望した、武田家の遺臣は、……なんと武田家の大名である武田勝頼であった。

彼がまだ生きていて、徳川家の領内で囚われていることは、家康との面会前に知り得た事であった。とはいえ、武田家を裏切った義昌が武田勝頼を扱えるなど、家康は思いもしないし。……いや、そんな思考よりも先に、義昌は純粋なものだった


「勝頼様の軍略と武田家の中心。上杉家を攻略するには、彼のお力そのもの。武勇・統率・戦術に至るまで、私は必要です……恥ずかしながら、私は山岳戦は得意ですが。その逆はなんとも言えませぬ。勝頼様の城攻めは信玄公に比類するもの」


勝頼の説得が難しければ、処刑もやむなし。

あの人材が上杉や北条に流れるのも……。家康も、敵としてではなく、人として、武将としての勝頼を見た上でのことだった……。



◇         ◇


「木曽義昌。お前が言うのか。武田家の裏切り者」


史実において。

木曽義昌は、武田家を裏切り、武田家を滅亡させたきっかけを作った人物である。


「その通りにございます」


それは義昌も同じく。

しかし、疑問である。共に……。義昌から投げかけた。


「ご無事で何よりです。もしやのこともありました」


勝頼が捕まり、その責任から自害もあり得た。聞けば、自分の誘いを受けたとのことだ。

家康の下に就くのも屈辱。しかし、自分の下に就くなどより屈辱であろう。

勝頼は


「家臣達の命を助けたまでだ。しかし、元家臣に救う声があったが、ため……それが義昌。お前であろうともだ」


滅亡寸前まで、家臣の命を護ることを訴えていた勝頼であった。

家康としても、武田家の人材は欲しており。他に流れるのなら……という意図だ。


「さっそく軍議を始めよう」

「お、お待ちを……!!い、いえ!待たぬのか、勝頼!!ゆっくりせい!!」


急がしそうに振る舞う勝頼に、かつての態度ではならぬと義昌が止めた。


「小諸城の町を案内しよう!一緒に歩こう!上杉家の攻略など、気が早い」

「……………」


もう武田家の大名などではない。

義昌と勝頼は馬に乗って、城下町をぶらつく。その中でようやく、勝頼の方も義昌への疑問を投げかけられた。


「なぜ、俺を希望した?他にもいるであろう。馬場や山縣といった元武田譜代衆の者達が……」


優秀な家臣達が徳川家に仕えたのは確か。

答えるとすれば、”不仲”もあるだろう。武田家の時、木曽家は外様衆の扱い。勝頼の予想とは裏腹に


「勝頼様は無事かな~って……だけなんですが」

「は?」

「それが第一です!しかし、武田家を支えたあなたが必要だ!あなたの知識が必要だ!」


自分の気持ちと、これからの木曽家のためにだ。


「武田家を取り込まずして、木曽家は滅亡してしまう!!上杉家への攻略が失敗すれば、徳川家から改易となる!!」

「先ほど、私に気が早いと申したと思うが?」

「う、うむ。いや、まだ木曽家もすぐに攻略に取り掛かるつもりはない!徳川家や真田家との連携も必要だ!防戦は慣れているが、攻勢は不慣れ故!勝頼の城攻めに期待している!上杉家への攻略は失敗できないのだ!!」


義昌自身。

武田勝頼を臣下とするには抵抗があった。

しかし、お家を護るためにそんな感情は顧みない。どんなこともあろうともだ。その奥深いところまで、勝頼も、義昌本人もまだ、気付いてはいない。

だからこそ、勝頼も武田家が潰されたとはいえ


「……これからは木曽家のためにやっていこう」

「ほ、本当か」


その結果を見てから判断するに値した。それは己が本当に武田家を滅ぼす、愚かな器だったかどうかまで。2人で町を見回ってから、小諸城に戻り……。

軍議を開いた。

上杉家、攻略のための”戦略”である。義昌はまずハッキリと言う。


「まず、目標は上杉家の飯山城。ここを奪わないと、上杉家の本城、春日山城はおろか、越前にも侵攻できない。そして、木曽家単独では飯山城すらとれない」


馬場や山縣ではなく、勝頼を指名した理由に。他所からの協力を強くするためにある。義昌は自分を律し、自分が軍団長に任じられても、それについて来てくれる人などいないと感じている。そして、自分が武田家の遺臣をあてがわせるに、徳川家として都合が良い事も感じ取っていた。

勝頼も軍議ですぐに分かった。


「奇襲もクソもなかろう」


勝頼も、木曽家が単独で上杉を破るなど不可能と思う。しかしながら、


「上杉家の攻勢を持ち堪えるのは確かで、小諸城も想像以上に固い」


上杉家が小諸城を攻撃しても、そう簡単に落ちない事も分かった。

理想として


「小諸城で上杉家を迎え討って撃破。すぐに反転攻勢で飯山城をとる。木曽家と真田家、徳川家が貸せる兵を用いてできる作戦だ」


とても定石である。

だが、それで得られるのは飯山城のみ。徳川家としては、上杉家との睨み合いだけで済めばいい事だ。その判断を通常ならばする。おそらく、武田勝頼以外ならばだ。


しのびは用意しているか?」

「上杉家にか?」

「いや、違う」


手を組むなんてことはできない。だが、お互いに攻撃をしないという停戦的な協力ができる。義昌の人脈ではできない事であり、これを思い付いて実行できるのは、真田正幸とこの武田勝頼の2名だけだったろう。


勝頼が献策した戦略は……


◇        ◇



木曽家が徳川に臣従して、すぐの事である。


「春日山城!奪還!!上杉家が奪還!!」


上杉家は、一度は居城の春日山城を織田家に奪われたが、すぐに越後の兵を動員し、春日山城を奪い返したのだった。

信長が京に戻った事もあるが、それよりも


「遠い」


魚津城からの山を越えて、春日山城へと侵攻する。一度、軍を戻してしまうと救援が遅れてしまう。

それは織田家も織り込み済みであり、少なくとも、また機があると睨んでいた。


「砥石城と小諸城が、最終的に徳川の手に渡ったのがな」


婚姻同盟を結んでいるが。それでお互いが仲良くできるものではない。砥石城と小諸城を織田家が使えれば、春日山城は奪われなかっただろう。春日山城も名城であるが、その周囲を囲う小城にも兵が多くおり、簡単に城を奪って維持するは難しい。


つまり、春日山城と周辺の小城を一気に制圧する軍容で行かなければならない事だ。

北陸に駐屯している兵士達が休みから終え、動員させれば……それは可能な事である。織田家は上杉家を取り込んで、そこから関東と東北の制圧を目指していた。


「上杉家攻略には総大将、織田信忠!!そして、柴田勝家!滝川一益!!信忠の補佐を任せるぞ!」



1575年。10月。


織田家、北陸勢動員。

総大将、織田信忠、1万5百。

柴田勝家、6千。

などなどなど


5万を超えた大群が上杉家の春日山城に向けて出陣。明らかに、この大群を持ってして上杉家を滅亡させることを狙っていた。

そして、それに呼応する形で越後の新発田城に向けて最上家が侵攻。さらに、越後の安田城に伊達家が侵攻するのであった。包囲からの総攻撃を受ける事となる上杉家に対し、……



「出陣するぞ!」



木曽家。

木曽義昌、3千。

武田勝頼、2千5百。

木曽義康、千5百。


「これより参るぞ」


真田家。

真田正幸、2千。

真田信幸、3千5百


「勝頼様に呼応するぞ!!」


徳川家からの与力。

馬場信春、2千。


合計、1万4千5百。

徳川家、上杉家へ侵攻。


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