3.僕ん家の変なとこ
座敷童の黒く、澄んだ瞳と見つめ合った。十秒、いやもっと長く感じた。
「今なんて……」
言い掛けて、心平のスマホが鳴った。母からだ。慌てて、スマホをタップする。
「も、もしもし」
「あ、心平、お母さん。いつもお留守番させてごめんねー。大丈夫?」
仕事の合間、母は毎日心平に電話をしていた。
「うん、大丈夫だけど……」
「そう、よかった。お母さん、九時までには帰るからね。ぼっこちゃんにも代わってくれる?」
心平は、和室の机にスマホを置いた。スマホからは、「仕事が終わったらケーキを買って帰る」と言う、母の声が聞こえてくる。霊体の声は電波に乗らないようで、座敷童はただ笑顔でその話を聞いている。
その光景を見ながら、心平は頭の中で座敷童の言葉を反芻していた。
(今日家を出て行く――)
確かにさっき、座敷童はそう言った。僕をからかっているのだろうか、と心平は思った。
座敷童が出て行くなんて、今まで一度も口にしたことはない。それも「今日出て行く」なんて、いくらなんでも急すぎる。
「心平、でんわ終わったぞ」
ぼーっとしていたら、座敷童に話し掛けられた。
「母さんに言わなかったのお。うちが家を出て行くこと」
座敷童は楽しそうに笑って、両手で頬杖をついた。病的なくらい白い肌が、着物からのぞく。
「だって、冗談だろ?」
「ううん、本気だぞ」
いつも座敷童の考えていることはわからない。
「な、なんでそんな急に……」
「んー、なんとなくというか、ずっといたら飽きるしの」
「飽きるって……」
「心平は、うちに家にいてほしい?」
問いかけられて、心平は戸惑った。
この家に引っ越してきたのは、心平が幼稚園の年長の頃だ。父が死んでしまって、母が少しでも節約しようと越してきた、2DKの古びたアパート。その和室に、座敷童が棲んでいた。
以来六年間、彼女はずっと和室にいた。心平は彼女のいない白石家を覚えていない。
座敷童がいることが当たり前で、彼女がいなくなるなんて考えたこともないのだ。
「でも、ごめんな。うちもう決めたんじゃ!」
座敷童は思い切り立ち上がり、和室の扉へと歩を進めた。
「ちょっ」
心平は慌てて手を伸ばす。だが、あっさり彼女の身体を通り抜けてしまった。心平の方が和室の奥へと、追いやられた。
「じゃあな。心平」
座敷童は振り返ってそう言うと、和室の外へと右足を投げ出した。
その時だった――。
バチッ!
突然、座敷童の足先で火花が散った。
「いたっ!」
爆竹が弾けたような勢いとともに、座敷童はその場に崩れ落ちた。
「どっ、どうした!?」
心平が慌てて傍に寄る。近づくと、彼女の白い右足に火傷のような跡があるのが見えた。 霊体であるはずなのに、くるぶしの皮がむけ、赤くただれている。
「ううう……」
座敷童はうめき声を上げて、傷んだ足を抱えるように小さく丸まった。心平には、何が起きたかわからなかった。
「と……、とにかく火傷を冷やして……」
「し、した」
「え?」
「カーペットの下、何かある……」
座敷童は震える手で、灰色のカーペットを指差した。和室の隣にあるリビング全体に敷かれた、大きなカーペットだ。
「この下?」
心平は、彼女に言われるままカーペットを捲った。フローリングの床が露になり、文字が書かれた長方形の白い紙が見えた。
「お、お札……?」
実物を見たことはなかったが、一目でそれとわかった。
不思議な引力に導かれるように、更にカーペットを捲っていく。すると、同じお札が次々と出てきた。
心平は息をのんだ。六畳のリビング、床一面にびっしりとお札が貼られているのだ。その数の多さに、恐ろしささえ感じた。
座敷童は現れたお札を眺めると、ため息をついた。
「またあ……」
「え?」
「お札で結界作って、うちみたいなお化けが外に出られないようにしてる」
「け、結界?」
「この家を出るには、まず和室から出なきゃじゃろ?この和室には窓が無いから、居間を通らなきゃ駄目じゃ。でもお札貼られてるから、居間に入れん」
座敷童は片手をブンブン振り、必死に訴える。
「心平の母さんは、うちを絶対この家から出したくないんじゃ!」
心平は言葉が出なかった。
リビングにこんな大量のお札が貼られていたなんて、全く知らなかった。しかも、座敷童を和室の外に出さないために母が貼ったなんて、にわかには信じられない。




