2.僕ん家の当たり前
「今日、どこで遊ぶ?」
私立小学校からの帰り道、心平は電車の中で同級生たちといた。
明日から夏休みということで、みんな浮立っている。だが心平だけは、退屈そうに車窓を眺めていた。すかさず、四人掛けの席の向かいに座る男の子が話しかける。
「心平は、今日も遊べないの?」
「うん、家に帰らないと」
心平は小学五年生だが、この五年間、放課後に同級生と遊んだことがほとんどなかった。夏休みも、みんなと遊べる日があるか定かではない。
隣の女の子も身を乗り出して声をかける。
「心平くん家、一回行ってみたいなあ」
「ありがと。母さんに言っておくね」
同級生より早く電車から降りると、心平は過ぎていく電車に向かって手を振った。本当は、あのまま電車に乗って、同級生の家に行き、ゲームで遊んだり、夏休みの計画を立てたりしたかった。だが、心平には一刻も早く家に帰らなければならない理由がある。
「ただいま」
首にぶら下げていた鍵で玄関のドアを開け、家へ入った。
帰ってから、一番初めにすることは決まっている。玄関の三歩先、リビングまで行ってその横に繋がる、和室の扉を開けること。
「あ~、心平。おかえり」
畳の上で寝っ転がっている、座敷童と目が合った。どうやら今日も、無事に家にいたらしい。
透けるほど白いおかっぱ。くりくりとした黒い瞳。顔だけ見れば、かわいい女の子だ。
藍色の着物を揺らして、心平を指差す。
「帰ってくるのが遅いぞ!のど乾いたの~。おれんじじゅーすじゃ!粒粒入りをくれ」
「はいはい」
心平はランドセルを背負ったまま、冷蔵庫へと向かった。
仕事で忙しい母に代わって、座敷童の面倒を見るのは心平の役目だ。座敷童の存在が世間にバレてはいけないと、母は家政婦を雇わない。だから、心平は学校が終わると真っすぐ家に帰る。幽霊のように、物体に触ることのできない座敷童のわがままを叶えるためだ。
「はい、オレンジジュース」
120センチほどの小さな体が、嬉しそうに跳ねた。
「おおっ、これじゃこれ。そうじゃ。漫画も読みたいから、頁を捲ってくれ!」
「はいはい」
心平は、和室の本棚の中からマンガを取り出した。この窓のない、六畳の和室には、本やテレビ、おもちゃなど座敷童の退屈を満たす物で溢れている。
心平は左手で、机の上にあるマンガの頁を一定の間隔で捲り始めた。右手では、鉛筆を持ち、教科書を見ながら今日出された宿題を解く。何年もこんな作業を行っていると、手慣れたものだ。
出会ってから六年。何年経っても、座敷童は子どものままだ。心平は放課後、ほとんどの時間を座敷童の世話に費やしている。その中で、自分のために使える時間を見つけては、宿題や勉強をした。限られた時間で自分の為になることをしようと必死だった。
頁を捲っていてしばらくすると、視線を感じた。教科書から目を離すと、座敷童が心平をじっと見つめている。瞳孔のない真っ黒な瞳に、心平は少しギョッとした。
「なに?」
「別にぃ。漫画飽きたからもういい。じゅーすもいらん」
座敷童はそのまま、ごろんと仰向けになって目を閉じた。彼女が自由気ままなのはいつものことだ。
心平は、マンガを本棚にしまい、全く減っていないオレンジジュースを手に持った。これを飲みながら宿題を再開しようと、リビングの椅子に腰かける。
すると、また視線を感じた。開けられた和室の扉の先で、座敷童がこちらを見ている。
「さっきから……どうかしたの?」
「なんか、心平っていつもうちと遊んでくれて、優しいなあと思っての」
心平は寒気がした。座敷童が彼を褒めたことなどほとんどない。いや、一度もないのではないか。首を傾げる心平に構わず、座敷童は話を続ける。
「この家から出て行ってあげようかの?」
「はっ?」
「うち、今日この家を出て行く!!」




