第七話 北の倉庫街と突入
店には、ヘイムとサムだけが残った。
ヘイムはカウンターの下に屈みこみ、布に巻いた長いものを引きずり出した。布をほどくと、使いこまれた斧が出てきた。柄の根元に、くすんだ無地のコアが一つ嵌まっている。刃には、新しい研ぎ跡があった。
「研いでたのか」
「一応はな。オルファリーズの刺客となれば、研いでおいてよかったぜ」
ヘイムは砥石を出して、刃の根元から先へ、二度、三度と滑らせた。研ぎ直すほどではない。刃の具合を指先に覚えさせるための、昔からの癖だ。それから柄の革巻きを握りこんで緩みがないのを確かめ、コアの嵌まった金具を親指で押した。かちり、と小さな音がした。
続いて、カウンターの奥から木箱が一つ出てきた。
蓋を開けると、黒ずんだ革の胴着が畳んで入っていた。胸と背に、薄い鉄の板が縫いこんである。肩口に、何かを剥がした跡が四角く残っていた。徽章の跡だ。第八の印は、戦の後、どれも自分たちの手で剥がした。
ヘイムは前掛けを外し、胴着に頭を通した。脇の革紐を、一本ずつ締めていく。
「まだ入るのか」
「入るように、毎朝走ってんだよ」
腹の紐は、いちばん外側の穴に通っていた。サムは、見なかったことにした。
木箱の底から、細々としたものが出てくる。止血の紐。酒精の小瓶。巻いた布。火打ち金と、蝋を塗った短い蝋燭。ヘイムはそれを、腰の物入れに順に収めていった。入れる順番まで、昔と同じだった。
サムも、足元に置いていた包みをほどいた。メグ様を送ったあと、課に寄って、物置から引っぱり出してきたものだ。
治安維持省の支給品の胴着だった。ヴァーレと戦うことを前提にした省だから、窓際の課にも一応は回ってくる。ただし、いつ回ってきたのかは誰も覚えていない。革はひび割れ、胸の鉄板の縁には錆が浮いている。留め具が一つ欠けていて、そこだけ紐で結んであった。胸の省の紋は擦り切れて、もうほとんど読めない。
「……おい。それ、いつのだ」
「知らん。俺が課に来たときには、もう物置にあった」
「霊災対策課の連中は、毎年新しいのをもらってるって話だぞ」
「うちは、霊災対策課じゃねぇからな」
胴着に頭を通す。肩は窮屈で、丈が足りなかった。腹の下が、半分空いている。
ヘイムは、サムの体を上から下までじろりと眺めた。
「それと坊や。その外套は置いてけ」
「なんでだよ、さみぃじゃねえか」
「灰色だろうが。暗がりじゃ、敵の灰色と見分けがつかねぇ。間違えてお前の頭をかち割ったら、寝覚めが悪い」
サムは、自分の外套を見下ろした。十年着古した灰色が、たしかに、今夜の相手と同じ色をしていた。
ヘイムが、奥から黒っぽい厚手の上着を放ってよこした。胴着の上から袖を通すと、肩は余り、丈は足りなかった。
「縦と横が違うんだよ、俺たちは」
「うるせぇ。文句言うな」
サムは、自分の支度に移った。
左手の手甲の革紐を一度ほどき、手首の骨の上で締め直す。締めすぎれば指が鈍り、緩ければ拳を打った拍子に手甲がずれる。指を三度握って開き、具合を確かめた。
はめこんだ無地のコアを、灯りにかざして覗く。去年の冬に替えたときより、光は目に見えて鈍っていた。春まで、もつかどうか。
靴は、店の裏に置いてある夜回り用の古靴を借りた。底が柔らかい。夜の倉庫街の石畳は、足音がよく響く。
ヘイムが、黙って葦牙をもう一杯淹れた。
「飲んでけ」
「戦の前に茶か」
「お前は、それを飲まねぇと調子が出ねぇだろう」
サムは、熱い茶をゆっくり飲み干した。
「ヘイム。盾の話がしたい」
「おう」
「いつも通りでいいか」
ヘイムは、斧の刃を親指の腹でなぞりながら、少し考えた。
「前は要らねぇ。いつも通りだ」
「ああ」
「振り抜いたあとの左脇。それと、背中だ。一拍、戻ってこねぇところを防ぎてぇ」
「了解だ」
「お前は、俺の左に立て。拳で、前を半分受け持て」
「ぎりぎりだぞ」
「ぎりぎりで十分だ。昔は、俺の後ろで膝が笑ってた奴だからな。てめぇの鍛錬は知ってるさ。一緒にやってんだからよ」
戦時のサムは、前に立てなかった。盾は進化していったが、体術は並みを超えることができなかった。隊長たちの近くでは、二人の邪魔にならない場所を探すので精いっぱいだった。
戦後の十年、鍛錬を怠ることはなかった。ようやく体のノルンが枝分かれし始め、盾を拳にまとわせることを覚えた。拳の威力は、腕の力ではなく、拳に絞った盾の密度で決まる。それでも、斧を振るヘイムの隣に、ぎりぎり並べる程度だ。
「それとな」
ヘイムは、斧を担ぎ上げる仕草をしてみせた。右の肘が、耳の高さまで上がる。
「振りかぶるとき、右の肘が上がる癖、まだ直ってねぇ。そこに盾を張るなよ。昔、お前の盾に肘をぶつけて、斧が途中で止まったことがある」
「……あったな」
「覚えてやがるか」
「お前、あのあと半日、俺と口をきかなかったろう」
ヘイムが、ふんと笑った。それから、サムの左手に目を落とした。
「その手甲、まだ使ってやがんのか」
「捨てられなくてな」
戦場で構えていた盾を、戦後に打ち直したものだ。大きな盾を担いで役所に通うわけにもいかない。コアは何度も替わったが、この手甲だけは、あの頃からずっと左手にある。
「で、今はめてんのは」
「第五等級。無地だ」
「……おい。支給のぶんは、どうした」
「売った」
「またか」
「全部が全部、経費で落ちると思うか?」
省からは、年に一度、第四等級のコアが支給される。刻まれた型紋は盾。型を自分のノルンの側に持つ第八には、使い道のない代物だ。サムはそれを裏で売り、無地の第五等級を、自分の金で買い集めていた。差額は、帳簿に載せられない金になる。情報料、口止め料、揉め事を手打ちにする酒代。旧市街の揉め事は、役所の書類だけでは片づかない。
支給品の売り買いは、もちろん違法だ。見つかれば、窓際どころでは済まない。
ヘイムは、天井を仰いだ。
「昔のお前なら、軍団まるごとに網を張ってたじゃねぇか」
「昔はな」
俺たちは、それを「網を張る」と言っていた。
盾は、張ればいいというものではない。味方の体のどこに、どれだけの硬さで、どの間合いで張るか。場所を間違えれば、盾は味方の動きを殺す。斧の振りかぶりを止め、斥候の足をもつれさせる。だから第八の盾持ちは、味方の癖を、自分の体の癖より先に覚えた。誰が右に逃げ、誰が左へ踏みこみ、誰が息を吸うときに肩を上げるか。
戦争の終わりごろには、後ろのスコットの砲撃隊から、散っていく斥候、天幕の衛生兵まで、軍団の端から端へ、円盤を一枚ずつ配れるようになっていた。空を飛ぶ第七の連中が、上からそれを見て目を丸くしていたらしい。テッドも、その中にいた。
それでも、守りきれなかった味方は数知れない。あの頃の俺は、広く配ることしかできなかった。一枚一枚が薄く、強い一撃は防ぎきれなかった。
「盾の強さってのは、掛け算だ」
サムは、手甲を指で叩いた。
「体の回路の出力に、コアの等級を掛ける。それが、張れる力の総量だ。回路はあの頃より鍛えた。だが今のコアだと、掛ける数が、小さくなる」
「どれくらいだ」
「網なら、何十枚でも張れる。ただ、一枚一枚が薄すぎる。命を預かれる厚さと数を張れるのは、三人がせいぜいだ。今夜は、お前とドロシーと、俺」
「三人で、ぎりぎりか」
「総量の中でなら、どこをどれだけ硬くするかは選べる。けどな、総量そのものは増やせない。厚く張れば、どこかが薄くなる」
「……武功の話じゃねぇな、それは」
「武功なんざ、どこにも残ってねぇよ」
ヘイムは、ふんと鼻を鳴らした。
「残ってねぇのは、記録だけだ。俺の首は、お前の盾のおかげで、まだつながってる」
「……お前らのはな」
ヘイムは、何も言い返さなかった。斧の柄を、一度だけ握り直した。
つながらなかった首の数なら、俺のほうが覚えている。
「しかし、よく第五等級で回すもんだ」
「お前に言われたくねぇよ。その斧のコアだって、無地の安物だろう」
「酒場の親父に、いいコアが買えるかよ。支給を売っぱらう役人とは違うんだ」
「うるせぇ」
「霊災対策課の若いのは、支給の第二等級を、ひと晩で焼き切るらしいな」
「型紋の言いなりに、全開で回すからな。部長が経費にうるさいわけだ」
二人とも、型紋の入ったコアは使わない。使えないのではない。要らないのだ。
オムラスの去勢コアには、二つの使われ方がある。
一つは、据え置きの道具だ。井戸の浄水コアや、新市街の湯沸かし、動力路のコアは、刻まれた一つの仕事を、置かれた場所で勝手に繰り返す。決まった仕事しかできず、戦えるほどの力は出ない。
もう一つが、兵の握る武器のコアだ。こちらは、ひとりでは動かない。握った者の生命力が呼び水になって力がこぼれ、コアに刻まれた型紋の道をたどって、剣なら剣の、砲なら砲の技になる。もとは、人に牙をむいたジェンタのコアから生まれた技術だ。大精霊の力を借りて大精霊を討ったという、妙な話ではあるが。
第八のやり方は、逆だった。道を、コアではなく、自分の体の中に刻む。こぼれ出た力をいったん体の道に通し、火を点けて、コアへ返す。返した力は、刻んだ道の在り方によって、それぞれ違う力になる。だから第八に型紋は要らない。その代わり、道が体の中に刻み上がるまでに、何年もかかる。
新兵のころは、毎朝その道を探すところから始まった。演習場の凍った地面に裸足で立たされ、何も感じられずに突っ立っていると、決まって後ろから声が飛んできた。
――火は胸じゃなく、踵から点けろ。ノルンを感じろ。
「裸足で、凍った地面な」
ヘイムが、思い出したように足の指を動かした。
「あれで、霜焼けにならなかった奴はいねぇ」
「お前は、三日で音を上げた」
「四日だ。皆で暴動したよなぁ? 意味あんのかこれって。全員、副隊長にボコボコにされた。覚えてるか?」
「ハハッ。ああ、霜焼けの方がましだって十分に分かったな」
昼間、人混み越しに円盤を起こしたときも、頭の中で鳴っていたのは、あの声だった。
サムは普段、それを回路と呼んでいる。だが、教えてくれた人たちは「ノルン」と呼んだ。大学の教本にも、世間のどこにも載っていない、第八だけの言葉だ。
「向こうは、ノルンを知らねぇんだろ」
「知る必要がねぇ。俺たちもジェンタ使いだったら分からんかったろう。ずっとな」
サムは、空になった杯を持ち上げ、じっと見つめた。
ジェンタと生きる者は、ノルンを感じることができない。ジェンタが、ノルンの手入れを肩代わりしてくれるからだ。人は、受け身でよかった。
一つため息をついて、サムは杯をカウンターに置いた。
「ジェンタが強けりゃ、人も強い。だが、ジェンタが黙れば、人はただの人に戻る」
「ドロシーなら、黙らせられる」
「一拍だけな」
「けっ。あいつの力も、ずいぶん化けたもんだぜ」
「化けさせたんだよ。あいつが」
「隊長の前でだけは、音を上げなかったからな」
ヘイムが、斧の刃に目を落としたまま付け足した。サムは、黙っていた。
ドロシーは、高い等級のコアなど一生買えない生まれだった。捨て値の屑コア、第六等級にも届かない欠片を、どうにか使えないかと、ずっともがいてきた。行き着いたのが、鳥や鼠に屑コアを埋めて、自分の目にするやり方だ。埋めると獣の形が歪むので、見る者が見ればすぐに分かる。それでも、人の入れない床下や、空の上まで目が届く。
隊長に回路を鍛えられてから、その目は、見るだけのものではなくなった。目に捉えたジェンタに、狙いを据える。自分の目でも、獣の目でもいい。据えたまま指を鳴らせば、そのジェンタは、ほんの一拍だけ黙る。手は触れない。目で掴んで、離さないだけだ。同じ目で群れの次の手を読み、ときには群れごと、あらぬ方へ誘いさえした。
ただし、掴めるのは近くにいるものだけだ。獣をジェンタのそばまで寄せなければならないし、ドロシー自身も、離れすぎれば繋がりが切れる。遠くから安全に覗く術ではない。あいつはいつも、敵の射程の中にいた。
「一拍ありゃ十分だ」
ヘイムが、斧の柄で床をとんと突いた。
開戦の日、ジェンタに深く頼っていた者から順に死んだ。ベテランと、働き盛りの者たちから。生き残ったのは、相棒とのつながりが浅かった者たちだ。ジェンタをうまく使えず、落ちこぼれと見下されていた者たち。
「俺たちは、生き残りの寄せ集めだったな」
ヘイムが、ぼそりと言った。
「相棒に頼りきれなかったから、相棒を失っても困らなかった。……笑える話だ」
「隊長たちのおかげさ。癪だがな。つってもお前は貴族様だろ?」
「うるせぇ。潰れかけの木っ端貴族さ。もう影も形もねぇ。俺がジェンタをうまく使えなかったからな」
そこへ、隊長たちが持ちこんだノルンの技と、去勢コアが合わさった。落ちこぼれが化けたのは、それからだ。
もっとも、ジェンタの群れを押し返したのは、第八だけではない。去勢コアを握った第一から第七までの軍団も、断鎖撃でジェンタを大精霊から切り離し、力の細ったところを型紋の剣や砲で叩き伏せた。何千人もの兵が、同じ型で揃って、それをやってのけた。第八は、それを幾分か手際よくやれただけだ。
「おっと、いつまでも浸ってる場合じゃねぇな。戦の前はどうもダメだ。で、段取りだ」
ヘイムが、カウンターの上に指で線を引いた。
「俺が先行だ。お前は俺の左。ドロシーは裏を塞ぐ」
「ああ」
「狙うのは、ジェンタが流しにかかる瞬間だ」
人を整えにかかる一瞬、ジェンタは自分を守らない。力を宿主へ流しているあいだ、核の守りがいちばん薄くなる。どの軍団の兵も、そこまでは知っている。だが、光ってから振ったのでは間に合わない。
「群れの次の手は、ドロシーが読むだろう。俺もある程度読める。目の前の一体の筋は、俺が読む。ヘイムは突っ込んでいい。倒すことに集中してくれ」
「筋が見えたら、言ってくれると助かるぜ」
「余裕があればな。まあ、俺の場合は外れることも、少なくない。あんまあてにすんなよ」
ノルンで自分の力の流れを感じ取れる者には、相手の力の流れが変わる気配も、ぼんやりと伝わってくる。群れで戦うジェンタは、一つの考えを分け合って動く。どこを攻め、どこを庇い、いつ人を整えるか。その考えがまとまるとき、場の流れがわずかにうねる。第八の兵は、そのうねりを、ほかの軍団より少しだけ早く肌で感じた。
俺の場合は、それがときどき、もう少しだけ形になる。うねりの中に、細い筋のようなものが見える気がする。相手のジェンタが、次にどこへ力を流そうとしているのか。
第八の者なら、皆そうだと思っていた。盾持ちは、味方の動きも敵の動きも、四六時中見ていなければ務まらない。見ているうちに、そうなった。それだけのことだ。
「とにかく枚数は多く置くさ。ただ、そのぶん、総量は削れる」
「もつのか?」
「相手の力量によるが、大丈夫だと思う。替えの去勢コアはあるが、時間がかかる。その時は盾はねぇ」
「それまでに終わらせるさ」
サムは、カウンターの線の上に指を一本置いた。
「それと、一人は生かす。口のきけるやつを」
「ジェンタは」
「全部割る。人は、後だ」
ジェンタは、大精霊の目であり、耳であり、口だ。人を先に殺しても、顕現したジェンタは、見たものを抱えたまま残る。ジェンタを先に割れば、見たものも、宿主の力も、そこで消える。だから、生かして連れ帰るのは人だけだ。
サムは、手甲の紐をもう一度確かめた。
「ジェンタの攻めは、人の攻めと間合いが違う。人の目の届かないところから来る。……背中は、厚く張る」
「けっ。言われなくても分かってるさ。コア代は、少し出してやるよ。だから頼むぜ、戦友」
「俺は、俺の仕事をする。死ぬなよ」
「もちろんだ!」
ヘイムが、斧を担いだ。
「行くか」
「ああ」
サムは、借り物の上着の、余った肩を一度揺すった。
◇
北の倉庫街の夜は、音がない。
運河の水が杭を舐める音と、どこかで船が軋む音。それだけだ。荷を横から抜く連中の街は、夜が更けるほど静かになる。
鴎亭の裏手、積み上げた空き樽の陰で、ドロシーが待っていた。黒い外套の肩に、烏が一羽とまっている。片方の翼の付け根が瘤のように膨らみ、首が、わずかに曲がっていた。
「話は通ったわ」
「早かったな」
「早すぎたわね」
ドロシーは、口の端だけで笑った。目は笑っていなかった。
「北の親分さん、よその犬が自分の庭で骨を埋めてたなんて初耳だ、許せねぇ、って顔をしてみせたわ。……顔だけね」
「知ってたのか」
「知らなかったはずがないのよ。北は運河の荷と一緒に、裏でよその国とも取引してる。横流しの去勢コアを一番高く買うのは、コンブレーの連中よ。金払いのいい客の頼みなら、北はたいてい目をつむる。オルファリーズの連中は金じゃ動かないけど、金で動く連中の陰になら、いくらでも隠れられる。でも、建前の上じゃ、自分の庭でよその犬を飼わせてたなんて、認めるわけにいかない。だから、あたしたちに掃除させて、何も知らなかったことにする」
ドロシーは、樽の縁に腰を預けた。
「条件は三つ。夜明けまでに済ませること。運河の荷には手を出さないこと。それから、死体は北に残さないこと。……落とし前の話は、また今度ね」
「最後のは、部長がやってくれる」
「そうね。だから、ちゃんと夜明けに間に合わせなさいよ、坊や」
ドロシーは、短くなった紙巻きを樽の縁で揉み消した。葦火の煙が、まだ外套の襟元にまとわりついている。
「今夜は、文句を言わないのね」
「今夜はな」
サムは、樽の陰に膝をついた。
「ドロシー。お前の盾は」
「要らない」
即答だった。
「あまり守られると、足が鈍るのよ。あたしは、当たらないところにいるのが仕事」
「知ってる。だが、一枚は張る」
「……じゃあ、首の後ろに一枚。薄くていいわ」
ドロシーは、肩の烏の首を指で撫でた。
「それと、目を飛ばしてる間は、あたしの体は空っぽになる。見てるのは烏の目で、自分の足元は見えてない。その間だけ、厚くして」
「合図は」
「左手の小指を立てる。立ててる間が、空っぽの間」
「分かった」
「あと、坊や」
「なんだ」
「自分の分も、ちゃんと残しときなさいよ。あんた、昔から自分を勘定に入れないんだから」
サムは答えずに、頭の中で配分を組んだ。
張れる力の総量は、決まっている。ヘイムの背中と左脇に厚く。ドロシーの首に薄く一枚、小指が立ったら厚く。
この三人の中で、いちばん弱いのは俺だ。ヘイムのようには斬れない。ドロシーのようには消えられない。拳に盾をまとわせて、ようやく前に立てる程度だ。しかも、拳に回す力も、同じ総量から削るしかない。
だが、守らせたら別格だ。昔、そう言ってくれた人がいた。
俺の分は、一番最後でいい。
「中は変わらず」
ドロシーの目が、半分だけ閉じていた。烏はいつのまにか屋根の上にいて、どこかの床下には、あの鼠がいるのだろう。
「下の四人は、台所で起きてる。二階の四人は寝てる。灰色の外套は、二階の一番奥の部屋。屋根裏の二人が見張り。……二階の残りの三人は、烏の目でも、まだよく見えない」
「表の戸は」
「閂が二本。裏の勝手口は一本」
ヘイムが、斧を担ぎ直した。
「表は、俺が開けるぜ」
「開けるっていうか、壊すんでしょ」
「同じことだろうが」




