カトリーナの一日
鏡の前で最後にもう一度、髪型を確認する。右を向き、左を向き、カトリーナは満足げに頷いた。
物心ついた頃から、自分は「完璧な淑女」であるように育てられてきた。プリストン公爵家の娘として、礼儀作法も、教養も、社交の技術も、他の誰にも負けたことはない。父も母も、そんな娘を誇りに思ってくれている。そして何より自分が完璧な淑女、であることを疑うものはいないと信じている。
努力すれば、大抵のものは手に入る。そう信じて生きてきたし、実際にこれまで、欲しいと思ったものを手に入れられなかったことなど一度もなかった。
たった一つを除いては。
(今日こそ、絶対に!)
カトリーナは扇子を握る手に力を込めた。
初めてナルニエル様を見かけたのは、まだ社交界に出たばかりの頃だった。凛とした立ち姿、整ったお顔立ち、抑えた表情の奥に見え隠れする強い魔力。そのすべてに一瞬で、心を奪われた。
以来、何度も縁談を打診してはいるものの、色よい返事は一度もない。しかしながら、まだまだ私をご存知いただけていないだけ、と心の底から思っている。他の令嬢たちのように、指を咥えて眺めているだけの女になるつもりもない。
周りにいる伯爵家や子爵家の娘たちが、あの方に色目を使う姿を見るたびに、カトリーナは静かに苛立ちを募らせてきた。あんな家格の者たちが、ナルニエル様に釣り合うはずがない。公爵家の娘である自分こそが、あの方の隣に立つべき人間だ。それだけの努力も、教養も、家柄も、すべて揃えてきたはずだった。
なのに、いつまで経っても良い返事がいただけない。
最近では夜会への出席も少なくなっていたらしい。仕事にかまけているのか、それとも単に興味がないのか。理由は分からないが、噂では今夜は珍しく顔を出すという話だった。
(見逃すはずがないわ)
カトリーナは自身の人脈をフルに使い、今日の出席情報を確実なものにしていた。それだけの労力をかけてでも、今夜は絶対に、ナルニエル様の目に留まってみせる。
馬車に揺られながら、カトリーナは頭の中で今夜の段取りを何度も確認した。会場に入ったら、まず様子を窺う。他の令嬢たちが群がる前に、こちらから先手を打つ。以前のように、当たり障りのない挨拶だけで終わらせるつもりはない。
会場に足を踏み入れると、カトリーナは素早く周囲を見渡した。案の定、あちこちで若い令嬢たちが目を輝かせながら声をかける機会をうかがっている。誰もが同じことを考えているのだろう。
(誰にも譲るつもりはないわ)
視線の先に、壁際でグラスを傾ける長身の姿を見つけた瞬間、カトリーナの口元に自然と笑みが浮かんだ。
今夜こそは。
扇子を優雅に開きながら、カトリーナはその人物めがけて、堂々とした足取りで歩き出した。




