悪い知らせ
あれから、十日が経っていた。
思いがけず討伐が早く片付いたおかげで、ナッシュたちの一団は、予定より随分と早く帰路についていた。馬上で揺られながら、ナッシュの心は自然と弾んでいた。
(もうすぐだ…)
そう思うだけで、胸の奥が締め付けられるように熱くなった。任務中、危険な戦闘の合間でさえ、頭の片隅から離れなかった彼女の笑顔や心配そうな表情。十日という時間は、思っていた以上に長く、そして彼女への想いの深さを、否応なく思い知らされる日々でもあった。
ナッシュは無意識のうちに、耳元のピアスにそっと触れていた。
街の門をくぐり、詰所に戻ると、ナッシュは晴れ晴れとした気持ちで、溜まっていた業務を次々と片付けていった。討伐報告書の提出、部下たちのねぎらい、装備の点検。どれも普段なら億劫に感じる作業のはずなのに、今日ばかりは不思議と苦にならなかった。
一通りの仕事を終え、そろそろ帰ろうかと席を立ったところで、ルイが新聞を片手に近づいてきた。
「団長、聞きました? 最近街で持ちきりの話、これなんですけど」
興味本位といった様子で、ルイは一枚の新聞をすっと差し出してきた。
「どうした」
「なんでも、紫の瞳をした女が捕まったとかで。えらい騒ぎになってるらしいですよ」
「は……?」
ルイの言葉の意味が、一瞬理解できなかった。ナッシュは戸惑いながら、渡された紙面に視線を落とす。
『紫の瞳を持つ魔女、港町で捕獲』
その見出しを目にした瞬間、ナッシュの頭の中が、一気に凍りついた。
記事には、紫色の瞳を持つ娘が、隣国へ向かう港町バリフで身柄を拘束されたことが、簡潔に書き連ねられていた。名前までは記されていなかったが、それだけで十分だった。
「これは……」
信じられない思いで、ナッシュは何度も文字を目で追った。だが、何度読み返しても、そこに書かれている内容は変わらない。
「おい、ルイ。これは本当の話なのか」
思わず声が硬くなる。ルイはナッシュの態度を不思議に思いながらも頷いた。
「俺も又聞きですけど、憲兵絡みの知り合いから聞いた話なんで、そう間違ってはいないと思いますよ。新聞にも載せてるぐらいだから間違いないんじゃないですかね?」
「港町……」
すぐそこで、3人仲良く暮らしているはず…
「団長?」
ルイが怪訝そうに声をかけてくる。ナッシュは何も答えず、慌てて机の上に残っていた書類を一纏めにする。
「団長、そんなに急いで、一体――」
「悪い、あとは頼む」
最低限の引き継ぎだけを早口で告げると、ナッシュは走って詰所を飛び出していた。
街を駆け抜け、たどり着いたのは、見慣れた鍛冶屋の店先だった。しかし、いつもなら開いているはずの扉は固く閉ざされ、店の中は真っ暗なままだった。
(シャンティ…)
中を覗いてみても、人の気配はない。
肩を落とし扉を背に歩き出すと、ちょうど隣のパン屋から出てきたラーナが、驚いたようにこちらを見ていた。
「あら、あなたは…」
思わず問いただすかのように言葉を発する。
「シャンティは……ゲンさんたちは、どこに」
強めの問いに、ラーナは戸惑った様子で答えた。
「それが、十日くらい前に、急に旅に出てしまって。身内に不幸があったとかで……」
「旅に……」
その言葉に、ナッシュの背筋が、すっと冷たくなった。
十日前。ちょうど、あの記事が出回り始めた頃と、時期が重なっている。
(まさか、本当に――)
悪い予感が、確実なものに変わっていくことを、ナッシュはもう止めることができなかった。




