ルチル国
「――っ」
ゲンとアジェーナは、揃って息を呑んだ。ロンと名乗るその男の右眼がこの国では見たことのない色。そう、シャンティと同じ、紫の瞳だった。
「私はルチル国の王、ディアナ様の母親違いの弟であり、現在は影として動いている者です。この瞳の色が、何よりの証になるかと思います」
落ち着いた声で、ロンは名乗りを上げた。
「ルチル国……」
アジェーナが困惑した様子で呟いた。聞いたこともない国の名前だった。船で一週間ほどかかるという小国らしいが、この国でその実態を知る者はほとんどいない。噂話の中でさえ、耳にしたことのない異国だった。
「シャンティーナ様のことも、既に把握しております」
「シャンティは、無事なのか!?」
思わず声を荒げるゲンに、ロンは落ち着いた様子で頷いた。
「命に別状はないと聞いています。ですが、この場でお二人が動いても、状況は好転しないでしょう」
「では、どうしろと…⁈」
アジェーナが縋るように尋ねる。ロンは静かに、けれどはっきりとした声で告げた。
「王都へ、お戻りいただきます。陛下、ディアナ様の一行と合流し、そちらで手を打つべきかと」
「ここでお二人が力ずくで何かしようとしても、事態を悪化させるだけです。今は王都で態勢を整えることが、シャンティーナ様を救う一番の近道になります」
ロンの言葉には、有無を言わせぬ説得力があった。ゲンは苦渋の表情を浮かべながらも、小さく頷いた。
「……分かった。あんたを信じるしかなさそうだな」
「ご賢明な判断です。馬車を手配しております。急ぎましょう」
ロンに促されるまま、二人は港町の喧騒を後にした。孫娘を置いて去ることへの後ろめたさを抱えながらも、今はこの見知らぬ国のこの男を信じて動くしかない。
馬車に乗り込みながら、アジェーナはそっと呟いた。
(シャンティ……もう少しだけ、待っていておくれ)
王都へと向かう道すがら、二人は何度も何度もそう心で唱え、自分たちの不安を消すように祈るのだった。




