魔女
「当たりだ!」
「おい!魔女がいるぞ! おさえろ!」
男の一人が、シャンティを指差しながら大声で叫んだ。その声に驚いた街の人々が、声のする方向へ振り返っていく。
「え……」
突然の出来事に、シャンティは、外れてしまった眼鏡の行方を追うことも忘れて、地面に押さえつけられた現実をどうにか受け止める。
「おい、憲兵! こっちだ!」
シャンティにのしかかった男が、手柄を確かなものにすべく、通りの奥へ向かって声を張り上げる。
何が起きているのか分からないまま、シャンティは周囲から次々と伸びてくる手に、動きを封じられてしまった。近くにいた通行人までもが、男たちの声に釣られるようにして、シャンティたちを取り囲んでいく。
「シャンティ!」
ゲンとアジェーナが慌てて必死に駆け寄ろうとするが、あまりにも多くの人混みに阻まれ、なかなか近づくことができない。
「な、何なんだ! どけてくれ!どいてくれ!」
ゲンが必死に人混みをかき分けようとしても、周りの人々の耳には届かない。
「何事だ?」「何を騒いでるんだ」
異変を聞きつけた人々が、さらに集まってくる。その一人が、シャンティの顔を覗き込んだ瞬間、表情が凍りついた。
「――紫の、瞳……」
その一言が、ただ騒ぎに集まって来た人々を震え上がらせるには充分だった。
「本当に……」「あの新聞に書いてあった……」「魔女って、まさか…」
驚愕と恐怖の入り混じった声が、あちこちから漏れ聞こえてくる。誰もが怖いもの見たさから、その紫色の瞳を見ようと、じりじりとシャンティの近くに押し寄せ、一目見ようと決してその場を離れようとはしない。
「何? 何を…?魔女……!?」
シャンティは震える声で訴えたが、その声は、集まった人々のざわめきにかき消されてしまう。
「シャンティ! シャンティ!」
ゲンが人垣の向こうから声を張り上げるが、それすらも集まってしまった群集の声で全く届かない。
やがて、けたたましい足音とともに、憲兵の一団がその場に到着した。
「そこまでだ! 全員、大人しくしろ!」
キリッとした声とともに、屈強な憲兵たちが人垣をかき分けて進んでくる。
「この娘だ! 紫の瞳をしてる!」
「……確かに、報告にあった特徴と一致するな」
その言葉とともに、シャンティを起きあがらせ、両腕に冷たい枷をはめていく。
「な……」
その時、ようやく人混みを抜けたゲンが、憲兵の腕を掴んだ。
「待ってくれ! この子は俺たちの孫だ。連れて行くなら、俺たちも一緒に――」
「孫?何言ってるんだ、あんたらは関係ないだろう?」
憲兵の一人が、面倒くさそうにゲンの手を振り払った。
「特徴が一致してるのは、この娘だけだ。あんたらの目は、ただの黒だろう」
「そんな、待ってくれ!なら、せめて一緒に連れて行ってくれ!」
「はぁ、駄目だ。用があるのは、紫の瞳の娘だけだ」
鬱陶しいものを見るかのような目でゲンを見ると、部下に向かって連れて行くよう指示を出す。
「シャンティ!」
叫ぶ二人の声を背に、シャンティは憲兵たちに引き立てられていく。
「おじいちゃん、おばあちゃん……!」
振り返りながら何度も叫ぶシャンティの声も、魔女が捕まったと興奮冷めやらぬ群衆のざわめきの中に飲み込まれてしまい、ゲンとアジェーナに届くことはなかった。必死に憲兵たちの後を追おうとしたが、人垣に阻まれ、なかなか前に進めない。
「離してくれ! あの子は、あの子は俺たちの――」
ゲンの声も虚しく、シャンティを乗せた護送用の馬車は、早々に港町の喧騒の中を、牢屋のある方角へと走り去っていった。
その場に残されたゲンとアジェーナは、呆然と立ちすくんだまま、シャンティが今この時無事であるよう祈る事しか出来なかった。




