新聞
ナッシュ達が出発してから約一週間ぐらい経っただろうか。
早朝、まだシャンティが眠っている時間、いつも通りゲンは新聞受けに向かう。いつも早起きのゲンのルーティンだ。
(今日は新聞だけだな。)
いつも通りに配達物を確認し、何気なく紙面に目を通したゲンの顔から、みるみるうちに血の気が引いていった。
「……アジェーナ」
シャンティに気づかれないよう、ゲンは寝室にいる妻を小声で呼んだ。何事かと駆けつけたアジェーナも、その紙面を目にした瞬間、言葉を失った。
大きな見出しには、こう書かれていた。
『紫の瞳を持つ魔女、この国に降り立つ』
記事には、紫色の瞳を持つ何者かが最近この国に潜んでいる可能性があること、それにこの国を脅かす危険なものであること、そして見つけた者には多額の報奨金が支払われることが、まことしやかに綴られていた。
「これは……」
アジェーナの声が、かすかに震えていた。ゲンは無言のまま、新聞を握りしめる手に力を込める。
まさか、こんな形で表沙汰になるとは、二人とも想像していなかった。だが、疑っている暇などはなかった。
「アジェーナ、すぐに支度を」
「ええ……分かってる」
二人は顔を見合わせ、頷き合った。もう十七年も前から、二人で準備してきたことがあった。もし万が一、シャンティの出自に関わる何かが起きた時の為に、港町を経由して隣国フィアンデル王国へと逃れる算段を、ひそかに整えてきていたのだ。
まさか、その「万が一」が本当に訪れるとは。
二人は音を立てないよう、手早く荷物をまとめ始めた。長年の間に少しずつ蓄えてきた路銀、必要最低限の身の回りの品、手が震えるのを堪えながら、ゲンとアジェーナは黙々と支度を進めていった。
「シャンティが起きてくる前に、ある程度は終わらせておかないと」
「そうね……あの子には、どう説明したものか」
公に真実を話してシャンティを危険にさらすわけにはいかない。もちろん彼女が魔女ではないことは二人が一番よくわかっている。かといって、このままここで隠しきれるとは到底思えない。しばらく考え込んだ末、アジェーナが静かに口を開いた。
「身内に不幸があったことにしましょう。お葬式に出るために、旅に出ると」
「それしかないだろうな」
苦渋の決断だったが、他に良い案も思いつかなかった。二人はもう一度、互いの顔を見つめ合い、覚悟を決めたように頷いた。
やがて、二階からシャンティの目覚める気配が聞こえてくる。ゲンとアジェーナは急いで新聞を隠し、何事もなかったかのような顔を作った。
いつも通りの声で、アジェーナが呼びかける。
「実は、急な話なんだけどね」
階段を降りてきたシャンティに向かって、アジェーナは静かに切り出した。
「遠くの親戚に、不幸があってね。お葬式に出るために、これから向かうことにしたのよ。」
「え……」
突然の知らせに、シャンティは目を丸くした。
「支度を手伝ってくれるかい。あまり時間がないんだ」
ゲンの言葉に、シャンティは戸惑いながらも頷いた。
「う、うん……分かった」
二人の様子にどこか普段と違う緊張感を感じ取りながらも、シャンティはそれ以上深く尋ねることなく、言われるままに旅支度へと取り掛かり始めた。




