彼女確定?
書類に目を通しているはずなのに、気づけば同じ行を三度も読み返していた。
(これで何度目だ……)
この前のベンチでの何気ない話を思い出すたび、思考が横道に逸れてしまう。繋いだ手の温もり、夕暮れの中で見た笑顔、素直に自分の魔法を褒めてくれた言葉。どれも一つひとつが、頭の中にはっきりと焼き付いて、昨日のことのように思い出してしまう。
(これはもう、初めて恋に落ちたということなんだろうな)
これまで、誰かに対してこんな気持ちを抱いたことは一度もなかった。カトリーナのような猛アプローチにも心を動かされたことはなかったし、社交界で顔を合わせる令嬢たちの誰一人として、これほど気になったことはない。
自分でも驚くほど、あっさりと自覚してしまっていた。
「団長、今日もいい香りですね」
書類仕事の合間に、ルイがにやけながら声をかける。
「気のせいだろう」
「またそれですか。もう団内じゃ、団長に良い人ができた説がほぼ確定みたいになってますよ」
「よほど暇なんだな」
否定も肯定もしない、いやまだできないのだ。
「まあ、団長がついに人間らしくなってきたなら、俺としても喜ばしい限りですけどね」
からかうように笑うルイに、ナッシュはそれ以上取り合わず、書類仕事に集中するふりをした。
そんな噂話をよそに、ふと重要なことを思い出した。
(来週末、確か祭りの警備で駆り出される日じゃなかったか)
ラベンダー祭りの日は、街全体が賑わうこともあり、宮廷魔術師団も安全確保のために動員される。シャンティを誘った日と、その日程が重なっていることに気づき、ナッシュは一瞬肝を冷やした。
危ないところだった。これはすぐに休日申請しなければ…。そんな事を考えていたところに、ラビアーニが声をかけてきた。
「団長、そういえば聞きました?」
「何をだ」
「来週末のラベンダー祭りの警備、団長も一緒だって聞いて。私、その日担当になれたんです!」
「そうか。とりあえず他の部署との連携も忘れないように」
興味の薄い返事に、ラビアーニはわかりやすいほどかたをおろしていた。その期待に満ちた眼差しには、今日も気づかないふりをしておく。
(さて、早めに申請を済ませておくか……)
やる事は山積みだった。それでも週末のことを考えると、不思議とやる気に満ち溢れてくるのだった。




