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大魔法使いは紫色の瞳に恋に堕ちる  作者: ゆうもみじ


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3/55

彼女の名は

ナッシュがギルドの中に足を踏み入れると、思いのほか静かだった。居合わせた冒険者たちは依頼版やカウンター、それぞれちりじりに戻っている。さっきまでの怒声が嘘のようだ。


連行する男の身柄確認をしていたところに、階段の上から声がかかった。


「おお、ナッシュじゃないか」


見上げると、ちょうどロディが階段から降りてきているところだった。二階のギルドマスターの執務室から騒ぎを聞きつけて降りてきたのだろう。


「叔父上。まさかとは思いますが、この騒ぎも叔父上が仕組んだものじゃないでしょうね」


「相変わらず人聞きの悪いことを言うなぁ、叔父をなんだと思ってるんだ。」

ロディが笑いながら組んでいた腕を降ろす。


階段を降りてきたロディは、軽く肩をすくめてみせた。それから思い出したように口を開く。


「それはそうと…お前を読呼んだ件だが」


「はい、わざわざ俺を指名した理由は?」


「んーまぁ大したことじゃない。」


ロディはバツが悪そうに腕を組みなおすと覚悟したように絞り出した


「ジョリー義姉さんに頼まれてな」


「……母上に?」


ロディが軽く笑いながら続ける。


「『誰かナッシュに合いそうな娘はいないかしら』ってな。義姉さんも息子たちの縁談に随分やきもきしてるみたいでな。俺が街に顔が広いのを思い出したのか、それとなく探ってくれって頼まれた」


ナッシュは思わず天を仰ぎ、ため息をつく。夜会だけでも十分に憂鬱だというのに、まさか叔父にまでそんなくだらない話がいっているとは思わなかった。


「勘弁してくださいよ。まず上の兄二人でしょう」


「まあそう言うなよ、俺だって面倒事に付き合わされてるんだ、お前だけが被害者面するなよ」


軽口を叩き合いながら、縁談の包囲網が信じられないくらい広がってきていることに辟易していた。

今度真剣に上の兄二人にかわし方を聞こうか、と思いながらも、ナッシュの頭の片隅には、まだ先ほどの光景がこびりついていた。眼鏡越しに見えた紫色の瞳。あれが見間違いでないとしたら――


「叔父上。さっき外で、荷物運びをしていた娘とぶつかりまして」


「ん? 何だ急に」


「怪我はなかったんですが、綺麗な眼鏡をかけた娘です。見覚えは……いえ、ちょっと気になっただけです」


誤魔化すように言葉を濁したつもりだったが、ロディは意外そうに眉を上げた。


「綺麗な眼鏡の娘なら、それはきっとゲン爺のところの孫だろう。シャンティって子だ」


「ゲン爺……?」


「知らないか?鍛冶屋のゲン爺。かなり有名なんだがな」


「いや…」


「おそらく隣のパン屋と一緒に、ここへ荷物を卸しに来てるはずだ。小さい頃から知ってるが、いつの間にかすっかり大きくなってなあ」


ロディは懐かしむような顔で笑った。


「昔はよくゲン爺についてきて、この裏で薬草をいじってる姿を見かけたもんだ。今も相変わらずらしいが」


ナッシュはその名前を頭の中で反芻した。シャンティ。鍛冶屋の孫娘。ただの街娘だと言われれば、それだけの話のはずなんだが…


だが、あの瞳の色は――


「どうした、ゲン爺に興味があるか?」


「いや…いえ」


考えていることを誤魔化すかのように、ナッシュは連行の書類に視線を戻した。とはいえ、頭の中に居座った疑問は、そう簡単に消えてはくれなかった。


「そんなことより夜会の件、義姉さんが張り切ってるからな、まぁ覚悟しておけよ」


「……勘弁してくださいよ、」


叔父のひやかすような軽い笑い声を受けながら、ナッシュは書類にサインを済ませた。ゲン爺のところの孫娘。ただそれだけの情報のはず、なんだが…

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