初めての魔法
果実水が半分になるころには、シャンティの息もすっかり落ち着いていた。ベンチに並んで座ったまま、二人の間には不思議と心地よい沈黙が流れている。
「あの……」
ふと思い立って、シャンティは口を開いた。少し迷うように言葉を選ぶ。
「魔法を使ったお仕事って、どんなことをするんですか?」
「仕事か、そうだな、討伐が主だな。あとは訓練や、書類仕事」
あっさりと返ってきた答えを聞きながら、シャンティは少しだけ視線を落とした。聞くこと自体が、何だか子供っぽく思われてしまうのではないか――そんな考えが、ふと頭をよぎった。
それでも、どうしても気になる気持ちが抑えられない。よし!と自分を奮い立たせる。
「実は、魔法を見たことがなくて。どんなものなのか、ずっと気になってて」
「見たことがない?」
ナッシュは少し驚いたように答える。
「はい。街中で使うのは禁止されてますし、私の周りに魔法を使える人もいないので」
「そうか……それなら…」
ナッシュは軽く手を持ち上げると、シャンティの手にしていた果実水のカップに指先を近づけた。その仕草は、いつもの落ち着いた所作の中に、どこか悪戯っぽい気配を滲ませていた。
小さく呟いた瞬間、器の中からカランカラン、と音が溢れ、気づけば氷が数個浮き上がってきた。
「わあ……! 冷たい……こんなに簡単に氷が…わぁぁ」
ひやりとした感触が、指先から広がっていった。
「大したことじゃない。属性魔法の中じゃ基本の部類だ」
「基本でもすごいです。こんなふうに、その場ですぐ氷ができちゃうなんて…!」
子供のように無邪気な反応に、ナッシュは思わず笑みをこぼした。
「気に入ったか」
「はい…本当に…すごくて…」
あまりの感動から言葉がうまく出てこない。
満面の笑みで、氷に夢中になっているシャンティを、ナッシュはしばらくの間、じっと見つめていた。
紫色の瞳に惹かれたのが始まりだったはずだ。それなのに、今この瞬間、自分の胸を締め付けているものは、あの色とはまた別の何かだった。
薬草の話をする時の生き生きとした表情も、こうして無邪気に驚く笑顔も、多くを語らないのに伝わってくる誠実さも。全部ひっくるめて、この子自身に惹かれている。
その自覚に、ナッシュは自分でも驚くほど静かに納得していた。胸の奥に灯った小さな熱は、拒む気には少しもなれなかった。
「あの…よかったら、他にも色々見せてもらえますか」
「ああ、いくらでも」
カップの中の氷が、陽の光を受けてきらきらと輝いていた。それを見つめるシャンティの横顔を、ナッシュはもう一度、そっと見つめ直した。




