ラルロの冗談
夜会がお開きになった頃には、ナッシュはすっかり疲れ切っていた。
馬車に揺られながら、窓の外を流れる夜の街並みをぼんやりと眺める。隣の席では、ラルロが腕を組んだまま目を閉じていた。眠っているわけではなく、ただ無駄な会話を切り捨てているだけなのだろう。
「兄上、今日は本当に助かりました」
「別に。お前があまりに不甲斐なかっただけだ」
目を閉じたまま素っ気なく返され、ナッシュは苦笑した。
「にしても、カトリーナ嬢があそこまで食い下がるとは思っていませんでした」
「熱意だけは認めてやってもいい。もっとも、お前には響いていないようだが」
「響くも何も……なぜあそこまで俺に固執するのか、未だに分からないんですよ」
ぽつりと漏らした本音に、ラルロが片目だけ開けてこちらを見た。
「お前は昔からそういうところがあるな。自分に向けられる好意の理由を、まともに考えたことがない」
「考えたところで、答えが出るとも思えませんし」
「まあ、それもお前らしいか。それに整った見た目は両親を恨むんだな」
ラルロは冗談まじりにそう言うと口を閉ざしてしまった。
それきり会話は途切れ、馬車はガタゴトと石畳を鳴らしながら邸へと向かっていく。
邸に着き、ラルロと別れて自室に戻ると、ナッシュは令嬢たちの香水の染みついた上着を脱ぎ捨てるようにしてソファに腰を下ろした。
疲れ切った頭で着飾った令嬢たちの顔を、いくら思い返そうとしても、どれも同じような輪郭にしか思い出せない。それなのに、ふとした瞬間に浮かんでくるのは、あの日ぶつかった時の光景だった。
(また考えてる)
明日からはまた、いつも通りの仕事の日々が始まる。夜会の憂鬱からは、しばらく解放されるはずだった。
それなのに、なぜか胸の奥には、まだ小さな引っかかりが残ったままだった。
(今度、あの街の方にでも顔を出してみるか)
特に用があるわけでもない。ただ何となく、そう思ってしまった自分に、ナッシュは小さく苦笑した。
深く考えないようにしながらも、その考えは、いつまでも頭の片隅から離れてくれそうになかった。




