6話『あ、間違っちゃった』
「うっ、っ、ひっぐ、ぅっぐ」と啜り泣く声が聞こえる。
「私の、私のダンジョンがまさかのお湯、ただのお湯。頑張って貯めたエネルギーで異世界人を召喚したのに……」
その正体は地面に泣き伏す、ちみっこ悪魔である。
「そんなに泣くなよ。それにただのお湯じゃなくて、温泉だから」
「でもっ、だって!なんでそんなので人間が来るのよ!」
「それが分からないから俺を呼んだんだろ?」
「それは、そうだけど……」
人ではないちみっこ悪魔に分からない。だから人間を異世界から呼び寄せた。
同じことをした妖精のダンジョンは、それまで寂れていたのが嘘のように大繁盛していたから。
自分の子とも、自分自身ともいえるダンジョンの管理を明け渡すのは苦しかった。
それでも、もっと大きくなりたかった。
50階層目前に迫るような、大きなダンジョンたちのように、成長したかった。
だから、身を切るような思いで、自身の半身であるダンジョンを差し出すことを決意したのだ。
「知り合ったばかりでよく知らない相手をいきなり信じるのは難しい事だけど、俺だって適当に考えている訳じゃない」
相手を知らないのは優輝も同じだ。
もしダンジョンの運営に失敗すれば、ちみっこ悪魔がどんな行動に出るか予想ができない。
今のように泣き伏したり、不貞腐れたりする程度なら良い。
しかし役に立たないなら不要、とばかりに排除に乗り出されれば、いくら不老不死になったとは言えどうなるだろう。
本来は訪れるはずもない二度目の人生だが、優輝は皐月を失うのは二度とごめんだ。
「大繁盛のダンジョンにしてやるから、まずは信じてくれ」
ちみっこ悪魔は優輝をじっと見つめる。
涙をたっぷりと溜めた赤い目は、ゆらゆらと不安げに揺れていた。
「……ほんとに、人が来るの?」
「もちろん」
優輝がはっきりと迷いなく頷けば、ちみっこ悪魔は黙り込み、しばらくの沈黙のあと頷いた。
「分かった。…………信じる」
「ありがとう」
一先ず、ちみっこ悪魔は納得した。
説得しきれなかったらどうしようと、実は内心で冷や汗をダラダラと流していた。
優輝がひっそりと安堵していると、沈黙していたポルカが話し始めた。
『ダンジョンの初期設定が終わったら、早速一階層を作ってみよう!』
AIが元ネタになっているらしい対話可能なポルカは、完全にふたりが落ち着くのを待っていたのだろう。
先程と同様、実にいいタイミングだった。
『右下にある『新階層を追加する』ってボタンを押してみよう!』
何故かふたまわりほど大きくなって、更に主張が激しくなった肉球に従って、優輝が指定されたボタンをクリックすると新しいウィンドウが展開した。
『ダンジョンの設計はここで行うよ!まずはダンジョンの基本中の基本、形態を決めるのはここ!洞窟や平原、海、山、森の基本形態が用意されているよ。ここにはない形態を追加したい時は、右上にある新規追加をクリックしてね!新規追加方法は実際に追加する時に説明するね!』
ポルカのセリフと連動する肉球に従い、優輝はカチカチとクリックしていく。
『説明はこれでいいかな。じゃあ基本形態を選んでみよう!この世界のダンジョンは、洞窟形態や平原形態が殆どだけど、そうじゃなきゃいけないって決まりは無いから、好きなものを選んでね!もちろん新しい形態を追加してもいいよ!決定を押すまでは好きなだけプレビューが見られるから、中央に浮かぶ3Dマップで確認するとイメージが掴めると思うよ!』
一番右の洞窟から順番に押していくと、3Dマップが中央に映し出された。
それを見てふむふむ、へぇ、ほぉと言っている優輝の隣で、ちみっこ悪魔は不思議そうに首を傾げていた。
「どれを選んでも得られる糧はそんなに変わらないわよ?適当に選べばいいじゃない」
「いやいや、お前はそうかもしれないけど、人間にとっては形態が違うだけで探索のしやすさが全然違うから」
「え、そうなの?」
「そうなの。歩きやすさや見通しだけでも、人間の印象はかなり変わるし、それこそ最初から海とか、だだっ広い草原なんて設定しようものなら、多分人は来ないよ」
「えっ」
探索のしやすさであれば、おそらくテンプレートの中では洞窟が一番だろう。
道がはっきりとしていて、少し薄暗いが天然の洞窟よりは明るいし、地面も平坦で歩きやすい。
(でもなぁ、それだとなんか勿体ない気がする)
どうせなら優輝はもっと拘りたい。
せっかくの温泉なのに、そこまで行く道がただの洞窟なんて味気ないではないか。
どうせならもっと日本の温泉らしく、日本の古き良き和の美しさを堪能して欲しい。
温泉は湯だけではない。
そこへ向かう景色も、空気も、雰囲気も含めて温泉なのだと、優輝は思っている。
優輝は右上にある『新しい形態を追加する』をクリックした。
『新しい形態を追加するんだね!じゃあまずは……』
ポルカのチュートリアルに従い、マウスを動かし、キーボードを入力し、優輝はダンジョン創造の手順を進めていった。
カチッと『ダンジョン、及び新階層の創造を開始する』がクリックされた。
新規ダンジョン構築中──完了時間 168:00:00
『これでダンジョン創造のチュートリアルは終わりだよ!お疲れ様でした、マスター!チュートリアルは終わったけど、僕はいつでもマスターの質問に答えられるから、気になったことがあったら何でも聞いてね!』
優輝の中で具体的な構想が決まっていた事で、一階層の創造はテキパキと進んだ。
設置型アイテムの設置は、提示された設置可能アイテムから置きたいものを選び、区切られたマスに合わせるだけで簡単に出来たし、設置した箇所の移動もキャンセルも自由自在。
獲得型アイテムの配置も、提示された候補から選び、それぞれの獲得率を設定するだけ。
ゲームで苛立ちの原因となるような、操作の分かりづらさも全くなく、ダンジョンの創造が始まったのは、ダンジョン創造のチュートリアルを開始して一時間も経たないうちだった。
優輝は終わったー、と伸びをし、人外の身体ゆえに肩こりとは無縁だが、それでも癖で肩をぐるぐる回す。
そんな優輝の横では、ダンジョン一階層の創造まで、数ヶ月はかかったちみっこ悪魔が、呆然自失としていた。
現代技術によって、簡略化されたダンジョン創造に価値観が崩壊する衝撃と、自分の苦労は何だったのかという虚しさ。
他にも色々な感情が混ざりあった結果の状況である。
声をかけてもうんともすんとも言わないちみっこ悪魔を放置して、優輝はたった今ふと抱いた疑問を口にした。
「そういえばさ」
『ん?』
反応が無いちみっこ悪魔の代わりに、にこにこと笑うポルカが反応した。
酷く人間らしい反応に優輝は思う。
(もはやAIとは別物だよな)
元はゲームのチュートリアルキャラとAIを参考にしているらしいポルカだが、優輝はここまで多彩で豊富な表現だとAIという作られたものとは別物な気がした。
(それとも俺が知らないだけで、今のAIならこういうこともできるのか?)
「もともとは、こいつが作ったダンジョンを管理するために俺が呼ばれたんだよな?なのに新しいダンジョンを作ってよかったのか?」
『あ……』
「え"」
何 だ そ の 反 応 は
「あれ?……そういえば私のダンジョンを任せるはずだったのに、いつの間に新しいダンジョンを作ることになっていたのかしら」
この疑問は、ちみっこ悪魔を呆然自失とした状態から引き戻すだけのものだったらしい。
あれ?あれ?と混乱している。
優輝はポルカを見た。
優輝はポルカと目が合った……気がした。
『あはっ!新規ダンジョンの作り方のチュートリアルをしちゃった!』
テヘペロ、と言いたげなポルカの声が聞こえる。
「え……」
「え……」
『既存ダンジョンの改築でも大体は同じなんだけど、最初に別の手順が必要だったんだよね!でも同じダンジョン妖精のダンジョンだし良いよね!』
チュートリアルキャラであるはずのポルカの口調が少し早いのは、きっと優輝の気のせいではない。
「俺は良いけど……」
ちらっとちみっこ悪魔を見た優輝はぎょっとする。
ちみっこ悪魔が白目を剥いていた。
せっかくの可愛い顔が台無しだ。
「お、おい大丈夫か?」
再び反応が無くなったちみっこ悪魔の肩に、恐る恐る手を伸ばして軽く揺すると、ちみっこ悪魔の眼球がぐるりと動く。
ちょっと気持ち悪い。
赤い目が戻ってきて、ちみっこ悪魔は虚ろな目と表情でぶつぶつと呟き始めた。
「ダンジョンマスターが持てるダンジョンは一人につき一つだけだから私のダンジョンのマスターになってもらうのはもう無理一度ダンジョンマスターになれば百年はそこのダンジョンのマスターを降りられないつまり…………」
ちみっこ悪魔が俯き、ノンブレスでぶつぶつと言葉が進む度に、どんよりと重くじっとりとした雰囲気が重苦しさを増していく。
優輝は、これどうすんの?とポルカを見る。
笑顔がデフォルトのはずのポルカが目を泳がせていた。
AIを参考にしつつも、AIではないと優輝の中で確定した瞬間だった。
「私の、ダンジョンは……最低百年は…成長、できない……。しかも、もう一つは、お湯……。なんか、よく分からない……お湯…………」
先程のノンブレスとは違って、今度は途切れ途切れ。ちみっこ悪魔の情緒不安定さがよくわかる。
ちみっこ悪魔が顔を上げた。
「うおっ!!!」
ブォンッ、と音がして、凄まじい風圧で優輝の髪や服がバサバサと音を立てるほどの速度で……。
……たぶん生身の人間だったら目を開けられないし、吹き飛ばされていただろう。
ちみっこ悪魔の顔を見た優輝の顔が、引き攣った。
表情が抜け落ち、口角だけ無理やり他人に引き上げられたような顔。
ギョロリと見開かれ、絶望しながらギラギラとする赤い目。
そして、顔にかかって絡みまくっている黒髪。
人形が無理やり笑顔を作らされたような顔だった。
それは優輝の心臓がギュッと竦み、喉の奥から変な音がする程の……ホラーだった。
ダンジョン妖精やダンジョンマスターは人外の身体能力なので、やろうと思えば音速どころか光速くらい出せます。
ダンジョン創造の場面が長くなって間延びしそうだったので、途中でぶった斬りました。




