5話『ダンジョン妖精の戦慄』
『ダンジョンの方向性が決まったね!じゃあ次は、方向性にそってダンジョンに設置するアイテムや、魔物が落とすアイテムのカテゴリーを決めよう!』
Enterキーを押して確定すると、ニコニコ笑顔のポルカが、また話し始めた。
『アイテムのカテゴリーは最大で3つまで決められるよ!まずは、アイテムをダンジョンに設置する設置型か、倒した魔物が落とす獲得型のどちらかにするか、プルダウンから選んでね。』
てし、てし、てし、と肉球が、先程方向性を入力した欄の下にある欄を叩く。
『一つ目のアイテム』の文字の右側にあるプルダウンだ。
優輝がマウスをカチカチと操作してプルダウンから選択したのは、設置型アイテムだった。
『設置型アイテムだね!次は、どんなアイテムを設置するか、アイテムのカテゴリーを決めよう!小さなカテゴリーだと選択できる範囲が狭くなってしまうから、大きなカテゴリーにするといいよ!入力すると、設置できるアイテムの説明が表示されるから、参考にしてみてね!』
「入力した文字によって説明が表示されるのか。温泉は温泉、で良いのか?」
優輝は内心で首を傾げてひとまず『温泉』と入力をしてみる。
すると、入力欄の下にアイテムの説明が表示された。
『ダンジョンの魔素によって様々な効能を付与された温泉を設置することができる。』
「ん?」
ここまでは優輝の望み通りだった。しかし、その後に続いていた注釈を見て優輝は少し眉を寄せた。
『注釈
シャワーやサウナ、水風呂などの温泉以外の設備、及び浴室椅子や湯桶などの備品は設置できない。』
「これだと範囲が狭いのか。んー、この注釈は困るな」
これでは優輝が思い描くダンジョンを作れなくなってしまう。
それは困る。もうとっても困る。
「温泉よりもっと広い定義っていうと……これか」
優輝は『温泉施設』と入力し直した。
(温泉旅館も良いけど……)
それだけだと宿泊施設に限定されてしまう。
しかし、温泉施設であれば温泉旅館以外にもスーパー銭湯や日帰り温泉も含まれる。
(よしっ!)
設置可能アイテムの説明が変わり、優輝は思わずガッツポーズした。
『ダンジョンの魔素によって様々な効能を付与された温泉を設置することができる。
《その他に設置できるもの》
温泉施設にあるものであれば、シャワーやサウナ、水風呂、受付、手洗い場などの設備。
浴室椅子や湯桶、石鹸などの備品。
牛乳瓶や飲料用温泉水など温泉施設で販売されている商品。
温泉旅館の部屋、座椅子や座卓、布団、提供される料理、料理に使われる調理器具、食器など。
それら全てが自由に設置できる。』
「よしよし、ちょっと広すぎる気もするけど、無いよりはあった方がいいしな」
『お疲れ様!マスターはいいセンスしてるね!この調子で2つ目と3つ目のアイテムも、同様にやってみよう!』
優輝はカチカチとプルダウンを押していく。残り2つはどちらも倒した魔物から得られる獲得型だ。
2つ目には『入浴道具』と入力した。
目的はこれで体を洗ってから入ってもらうためだ。日本人としては温泉に汚れたまま入って欲しくない。せめて汗くらいは流して欲しい。
『浴室椅子、湯桶、石鹸、ボディタオル、バスタオル、入浴剤、携帯用入浴セット、乳液、化粧水、ボディクリームを配置することができる。』
「入浴剤とか基礎化粧品も出るのか。結構色々出せるな」
しかし、基礎化粧品を出す予定はない。少なくとも優輝に出す気はなかった。
何せ、それよりも遥かに優れた効能を持つ温泉が、優輝のダンジョンの主力商品なのだから。
下手にドロップ品に混ぜれば、ハズレ扱いされかねない。
カチカチ、カタカタと3つ目には『魔法道具』を設定する。
それは、ダンジョンを象徴する、最たるもの。
どのダンジョンでも低確率で産出する魔晶石を動力に、壊れる事なく、永久的に動き続けるファンタジーアイテムだ。
これを人の手で作ることはできない。
(ダンジョンなんて超常的な存在がある割に、この世界ってファンタジー要素は薄いんだよなぁ)
この世界の住人たちは魔法を使えないし、ポーションに代わるファンタジーアイテムを作ることもできない。
それらを使うため、作るために必要な魔素が、ダンジョンの中にしか存在しないからだ。
(だから、ダンジョンマスターなら、魔法もどきって言うか、超能力じみたことはできるみたいだけど)
それも、魔法かと言われると首を傾げる能力である。
人間が作れる数少ないファンタジー品と言えば、この世界で発展している機械技術で造られ、魔晶石を動力にした機巧装置──魔巧具だ。
ただそれも、この世界で造られているのは、国が所有するような大規模なものだけ。
一般に出回り、人々の生活の身近になるような魔巧具はない。
(それもやっぱり機械の一種だから、使ってれば壊れるみたいだし)
人が作るものには、やはり寿命があるという事だ。
だからこそ、永久的に動き続ける魔法道具はダンジョンの象徴とされているのだ。
優輝はEnterを押す。
それから数秒、アイテムの説明欄が、表示された。
『ダンジョンの魔素を用いて作られた、永久的に機能し続ける道具を配置することができる。
《注釈》
ダンジョン妖精、及びダンジョンマスターが作成したもののみを配置することができる。』
「え、ちょっ、ちょっと待って!ま、魔法道具って作るのとっても大変なのよ!」
説明に目を通して問題ないなー、と思っていた優輝に制止がかかる。
あまりにお手軽に設定できるダンジョン管理・設定アプリに愕然としていたちみっこ悪魔だ。
ちみっこ悪魔が最初に設定したときは、1度ダンジョンに取り込ませれば修正なんて出来なかった。
ましてやどんなアイテムが出るかなんて、ダンジョンの情報を引き出して詳細を調べる必要があった。
入力するだけですぐ詳細が分かって、気に入らなければ簡単にやり直せるなんて、彼女の知るダンジョン管理ではあり得ない。
なのにここまでテキパキと決まってしまった。
「魔法道具なんてどんな大規模なダンジョンのダンジョン妖精でも、1つか2つしか作れない難しいものなのよ!」
自分の今までの苦労は何だったのかと愕然としていた中で目に飛び込んできたのは、ダンジョン妖精の間ではハズレと言われている分野だ。
口を挟む権利はなくとも、挟まずにはいられない。
出せるアイテムの種類は3つもある、ではない。
たったの3つしか無いのだ。
その貴重な1つをハズレで埋めようなんてとんでもない暴挙である。
「いや、たぶん大丈夫だぞ」
「はぁ?何を根拠に……」
「ダンジョンを設計して管理するアプリがあるんだ。魔法道具を簡単に作れるアプリがないと思うか?」
「……………」
ちみっこ悪魔が衝撃のあまり固まった。
ダンジョンはイメージ次第ではなんでも出来る、というのが優輝の結論だ。
ダンジョン管理アプリが優輝の記憶にあるゲームアプリを基にしているというのなら、素材を選んでボタン押すだけのクラフトゲームなんて、優輝は山ほど知っている。
これまでは、それを可能とするだけの知識がダンジョン妖精たちになかった。
知らないからイメージできずに原始的なやり方をしていたのだ。
しかし優輝には、世の中に溢れる様々なゲームの中で生き残るため、ゲーム会社の血のにじむような企業努力によって、洗練され続けた数々のゲームで培われた知識がある。
──ピコン!
通知音と共にぴょこっと表示されたバナーを見て、予想が当たった優輝は笑った。
「あ、ほら」
デスクトップ画面を見ると、バナーに書かれていた通り、新しいアプリが追加されている。
──魔法道具作成アプリ
「……………………」
ちみっこ悪魔は絶句する。
「……………………」
ちみっこ悪魔は、しばらく口を開いたまま固まる。
「……………………」
ちみっこ悪魔は……
「…………うっそぉ」
長い長い絶句の後、衝撃のあまり情けない声を出したちみっこ悪魔は、女の子があんまりしちゃいけない顔をしていた。
『出現させるアイテムが決まったね!修正する箇所がなければ右下の確認ボタンを押してね!!』
空気を読んで沈黙していたポルカがまた話し始めた。
ここ、ここ、と主張する肉球に従って、優輝はカチリ、と左クリックした。
画面が切り替わった。
『ここで最終確認を行うことができるよ!このままで良ければ一番下の完了ボタンを押してね!修正したい箇所があったら、修正したい欄の右側にある修正ボタンから修正できるよ!ここで完了にしてしまうと二度と修正できないから、よく考えて完了にしよう!』
優輝は真剣にじっくりと読み込んでいく。
読み込んでいくほどに明確になっていくダンジョンのビジョンに、静かに興奮が高まった。
「ポルカの言う通り、ちゃんと考えるのよ。いいの?本当にこれでいいの?」
(やっば、めっっっちゃ楽しい!)
ダンジョンの構造はどうしよう。
入口からどう進んで、温泉を配置しようか。
男風呂と女風呂はどう分けよう。
いっその事、暖簾は巨大化させようか。
脱衣所は広めの方が良いだろう。
次から次へとダンジョンの構造のアイデアが浮かんで止まらない。
隣で本当に良いの?これでいくの?と信じきれずに不安そうなちみっこ悪魔の声なんて、優輝の耳には届かなかった。
優輝の右手が動いて、カーソルが完了ボタンに重ねられる。
──カチリ、と完了ボタンがクリックされた。
同時に…………
──ちみっこ悪魔の絶叫が響き渡った。
いやあああああああ────ッッッッ!!!!




