4話『こんな温泉があったらいいのに』
何も無かった無機質な地面の上に、ふっと突然現れたタブレットPC。
固まる優輝の前でちみっこ悪魔も固まっていた。
「っ……!」
(まじかよ!?タブレットPCじゃん!)
いち早く我に返ったのは、当然ながら優輝だった。
持っていた本をパタン!と閉じると、地面に胡座をかいて、タブレットPCを膝に乗せ、開く。
電源スイッチを押すと、起動画面が表示される。
パスワードは省略されているのか、それとも何か使用者を識別しているのか、数秒してデスクトップ画面が表示された。
デスクトップにあるアイコンは、ほとんどが優輝の記憶にある自宅のタブレットPCと変わらない。
(……文字も日本語だし)
しかし、1個だけ見慣れないアイコンがあった。
「ダンジョン設計・管理アプリ……」
捻りのないド直球なアプリ名は、名付け能力が壊滅的な優輝のせいだろうか。
そのアプリをクリックしようと右手が無意識にマウスを探す。
「あ……マウスは無いのか。まあタッチパッドがあるし、タブレットPCだけでも十分ありがた……い…………」
気付けば優輝の右手の下にマウスが現れていた。優輝が自宅で愛用していたBluetoothのマウスだ。
「もう、なんでもありだな……」
「ま、また出た!今度は何?!」
マウスが現れた衝撃で、ちみっこ悪魔が正気に戻った。
宙を飛んで来て、タブレットPCを覗き込んで、優輝の手の下にあるマウスを凝視する。
「あー、さっき言った……」
タブレットPCだと説明しようとして、それだけだと伝わらない可能性に気が付き、優輝は説明の仕方を変えた。
「うん……まあ、ダンジョンの設計が楽になる道具だよ」
しかし色々考えて、良い伝え方が見つからず、最終的にそんなざっくりとしすぎた説明になる。
「ダンジョン設計が楽になる……?」
いかにも「信じてません」と言いたげな胡乱げな眼差しだ。
優輝はそれに苦笑いしながらマウスを動かし、アプリにカーソルを合わせた。
「ま、まずは見てなよ」
優輝の右人差し指が、2度マウスを左クリックする。
アプリは立ち上がるのに時間がかかることもなく、瞬時に開かれた。
「おっ、これって一時期皐月がハマってたスマホゲームじゃん」
(もしかして、そのアプリか……?)
優輝は一瞬焦ったが、よくよく見れば細かなところが違う。
「街を作る」というボタンが「ダンジョンを作る」になっているし、「街」という文字だった場所が全て「ダンジョン」へと置き換わっている。
(そもそもあれはスマホアプリだし)
優輝はど真ん中にデデンッ!と主張激しく配置されていた『ダンジョン作成のチュートリアルを受ける』というボタンを押した。
『初めまして!マスター。僕はマスターの案内人を任されたポルカだよ。これからダンジョン作成の基本を教えていくね。』
小さな可愛らしい二足歩行の子猫が画面に現れ、表示されたセリフを性別不詳の可愛らしい声で読み上げていく。
ゲーム版でもお世話になった案内人だ。珍しく名前の変更が可能だった彼、もしくは彼女の名前は皐月が付けた名前のままだった。
「うわっ、えっ、何?!」
「これから、ダンジョンの作り方の説明が始まるんだよ」
「は??説明?!なんで?!!」
とにかく混乱するロリっ子悪魔を、まぁまぁ落ち着いてと宥め、優輝はチュートリアルの基本的な説明を聞く。
『まずは、どのようなダンジョンを作るか、ダンジョンの方向性を決めよう!方向性を決めることで、ダンジョン作成時に目指すものが明確になって、安定したダンジョンの運営を行うことができるんだ。右上のダンジョンを作成する、を選択してみて!』
てし、てし、てし、と可愛い肉球が右上にある『ダンジョンを作成する』を叩く。
カチリとボタンを押すと、新しいウィンドウが開き、『ダンジョンの方向性』という文字の下に入力欄があった。
『ダンジョンの方向性は1度決めると例外を除いて変更することはできないんだ。
ダンジョンの方向性を変更することができる例外は3つだけだよ!
1つ目、ダンジョン妖精がダンジョンマスターにダンジョンの管理権限を譲渡した時。
2つ目、ダンジョンマスターが新たなダンジョンマスターに地位を引き継いだ時。
3つ目、ダンジョンマスターから、ダンジョン妖精へと管理権限が返還された時。
これら例外以外では、絶対に変更はできないんだ。
とっても大切なことだから、焦らずゆっくり決めていこう!』
「方向性、か……」
優輝がダンジョンマスターへと就任したのは、突然のことだった。
それも死の間際で、どんなダンジョンを作りたいかなんて想像する余裕があるはずも無い。
「うーん」
(他のダンジョン妖精やダンジョンマスターは、どうしているんだろ)
優輝が疑問に思うと、ポルカがまた説明を始めた。
隣のちみっこ悪魔は、まだそんなポルカを胡乱な目で見ている。
『他のダンジョンの方向性を参考にしたい時は、右上の虫眼鏡マークを押すと、見ることができるよ!』
また可愛い肉球が右上の虫眼鏡マークを叩く。
真似をするつもりはないが、他のダンジョンはどうしているのかは気になる。
『人間のご飯が沢山出るダンジョン』
「あ……」
「これ私よ!なんだ、ポルカとか何とか言うやつ、真っ先に私のダンジョンを教えるなんてやるじゃない!」
1番上にあったのが誰のダンジョンかは、優輝もすぐに分かった。
先程まで胡乱な眼差しが嘘だったかのように手のひらを返し、ご機嫌なちみっこ悪魔のダンジョンだ。
「他にも色々なダンジョンがあるのよ!」
どんなダンジョンがあるか、どこのダンジョン妖精が凄いか。
そんなことを嬉しそうに話し始めた彼女は、まるで今日あったことを親に一生懸命話す子供のようだ。
(これは聞いてやらないとな。ポルカ、教えてくれてありがとう。せっかく教えてくれたのに、ごめんな)
先程のことからもしかしたら、と思って心の内でそっと話しかけるとポルカのセリフが変わる。
『お役に立てたなら良かった!全然気にしないで!』
空気を読んで声を出して読み上げないのを見て、ダンジョンという存在の応用力の高さを実感する。
(確かちみっこ悪魔は情報を引き出して、本として現すって言っていたな。)
本という形で情報を表に出せるというのなら、それは情報を必要な形で引き出せる、ということだ。
(つまりこのタブレットPCも、アプリも、ポルカも、俺の知識が元となって作り上げられた物ってことか。ポルカと対話ができるのも俺がAIを知っているからか。)
『うん、マスターの言う通りだよ!だから知識がないダンジョン妖精たちや、他のダンジョンマスターでは、マスターと同じダンジョン構築の仕方ができないんだ。』
(なるほどなぁ)
それなら彼らが知っている方法に限られる訳だ。
この世界での人間の文明は、まだ産業革命前夜といったところである。
この世界特有の技術もあるため、一部近未来的な部分もあるが、それでも現代ほどに発展していない。
どれだけダンジョンそのものが優れていても、使う側が知らなければどうしようもないということだ。
(ここら辺を突けば人を呼び込めそうだけど。)
ラノベやアニメで見るような、人の技術では決して作れない魔法の道具は、便利であればあるほど、そして人間の手では決して作れないものであればあるほど、人はやって来るだろう。
(うーん、でもなぁ)
優輝は悩む。
いきなりそんな高度な技術を使われた便利なものをポンポン放出したら、混乱を招きそうだ。
人の世の中が混乱した結果、危険なダンジョンとして見られ、人が来なくなれば本末転倒である。
どうしようかなぁ、と考え込んでいた優輝の目に、地面で静かに眠る皐月の姿が映る。
ふと、優輝は皐月との会話を思い出した。
それはとあるアニメを見ていた時の話だった。
『このポーションみたいに、すぐに効能が現れる温泉があればいいのに。』
『肩こりとか腰痛がすぐ治ったりとかか?』
『そうそう!あとは、ほら美肌の湯とかあるじゃない?あれが入ってすぐに効果が現れたりとか!もう30になると一気にお化粧の乗りが悪くなるのよ。お手入れしててもやっぱり限界があるのよね』
『夢みたいな温泉だよなぁ。もしあったらすげえ人が集まりそう。』
『集まらないはずないわよ!だって女性にとって、ううん、今は男の人だって肌の美しさは大切なものだもの。どの時代だって、どんな年齢だって綺麗でありたいって思わない人は居ないわ。』
「そうか……」
その時はただの戯れだった。
こんなのがあったらいいのになぁ、と現実には実現しない夢を語っていただけ。
しかし、ここはダンジョン。超常的な力をもち、あらゆる夢を叶えることのできる場所。
それなら即効性のある効能を持つ温泉だって、不可能であるはずもない。
「決めた。俺が作るのは、様々な効能の温泉で心の安らぎと、充実した生活を提供する。そんなダンジョンにする」
優輝はカタカタカタカタと、キーボードで入力し始めた。
――『様々な効能を持つ温泉で、人々に心の安らぎと充実した生活を提供するダンジョン』
入力された画面を見て満足そうにうんうんと頷いた優輝の隣で、ちみっこ悪魔は不思議そうな顔をした。
「温泉?温泉って何?」
「温泉って言うのは、あー」
いざ聞かれると全く知らない人に説明するのは難しい。
優輝は少し考えて、一番分かりやすそうな説明を選んだ。
「体を温めて疲れを癒やしたり、場所によっては特別な効能を持っていたりする、地下から自然に湧き出るお湯、かな。」
「そんなもので人が来るの?」
「来るよ。少なくとも皐月なら大喜びで毎日通う」
ちみっこ悪魔は怪訝な表情をしている。
皐月をチラリと見たが、理解できないと言いたげな眼差しだ。
「万人が温泉を好むわけじゃないけど、少なくともそこに人間が求めてやまない即効性のある効能があるなら別だ」
日本人は風呂好き、温泉好きというが、日本人全員がそういうわけではない。
烏の行水という言葉があるように、嫌いな人は嫌いだし、他人がいる場所で裸になるのが嫌な人もいる。
しかし、そこに人が求めてやまないものがあれば別だ。
多少の不快感を押してでも人は来るだろう。
「………」
ちみっこ悪魔には、温泉というものの価値がどうしても理解できなかった。
だからこそ、不安になる。
(もしかして、外れを引いた……?)
しかし、すでに契約は成った。
彼女には優輝が行うダンジョン管理に口を出す権利はない。
(もし人が来なかったらどうしよう……)
そんなちみっこ悪魔の不安は……
数十分後にはタブレットPCとアプリのとんでもっぷりに吹き飛ばされ、数ヶ月後には唖然とし、狂喜乱舞することになる事を……──彼女は知らない。
彼女は文字通り踊りあかします。
体力が無限なので本当に踊り明かします。




