3話『超常的アナログ管理』
「さっき遮ってしまったけど、改めて説明をお願いしてもいいか?」
「もちろん!」
ちみっこ悪魔の表情がぱっと華やいだ。
幼いが、ゾッとするほどに整った顔が嬉しそうに笑い、はっとする。
ちみっこ悪魔はキリリと表情を引き締め、ごほんっごほんっと咳払いして、居住まいを正した。
幼い外見もあって、ころころと変わる表情や、どこか背伸びしたように見える言動は、可愛らしく微笑ましい。
優輝の口元が笑みを描いた。
「これからダンジョンについて説明するわね。まず、ダンジョンっていうのは……──」
優輝たちが生まれた世界とは異なる世界には、ダンジョン妖精たちが生み出した迷宮が世界各地に存在した。
迷宮に入り込む生き物たちの様々な感情や欲望、彼らが生み出すエネルギー。
更にはダンジョンが生み出す魔物との戦いによって流れる血や死体、あるいは彼らが外から持ち込んだあらゆる物。
その全てがダンジョンの『糧』となる。
その中でも特にダンジョンへと利益をもたらすのが、人間だった。
より多くの人間が探索し、冒険し、命をかけて戦うほど、ダンジョンは多くの『糧』を得て成長し、その階層をより深くしていく。
そして新しい階層に多くの人間が来るほど、深い階層を人間が探索するほど、彼らがより強い感情や欲望を抱くほど、人間一人あたりの『糧』は大きく膨れ上がった。
故にダンジョンはより深くへと人間を招き入れるため、彼らの欲望を刺激する報酬を用意し、感情を揺さぶり、構造を工夫し、彼らを誘う。
「つまり……ダンジョンは、人間を誘い込んで食べる存在ってことか」
「そう。私は大体200年くらい前に生まれたダンジョン妖精なの。その200年で16階層までダンジョンを育てたんだけど、ここ数十年くらいは全然成長ができなくて……」
ダンジョンは階層を重ねるごとに新階層の創造とその維持に得られた『糧』の消費が増えていく。
ダンジョンを成長させるには消費される『糧』、つまりは出費よりも、得られる『糧』──収益の方が大きくなければならない。
しかしそれが非常に難しい。
そもそも彼らダンジョン妖精は、顧客の中でも大きな割合を占める人間について全く理解していないのだ。
人間が望む物が分からないから、人間がこぞって探索するダンジョンを作れない。
「つまり冒険者は客ってことか?」
「客……?そう、なるかしら……?」
「で、死体も資源になると」
「……ダンジョンの糧になるから……間違ってはない、わね……?」
「ブラック企業より怖いな……いや、まあダンジョンが生き物なら弱肉強食ってだけなんだが」
「ぶらっく……?」
『糧』が何故か優輝の中で『客』と『資源』に変換され、首を傾げるちみっこ悪魔をよそに、優輝はふむふむとうなずいた。
「……続けていい?」
「ん?ああ続けてくれ」
ダンジョンにとって収益の逆転は、つまり飢餓と同じ。
収益がなければ出費を抑えるのは当然で、2階層や3階層で限界となってしまうダンジョンも珍しくなかった。
16階層までダンジョンを成長させたちみっこ悪魔は十分に優秀な方と言える。
「できれば自分のダンジョンは自分で育てたかったんだけど、他のダンジョン妖精が異世界の人間を召喚してダンジョンを管理させたことで一気にダンジョンを成長させたの」
その異世界人がちみっこ悪魔の言うダンジョンマスターだった。
ダンジョン妖精と契約し、不老不死の人外の身となる代わりにダンジョンを管理する役目を与えられる存在だ。
「それで君のダンジョンマスターとして呼ばれたのが俺、と」
「うん、そうよ」
「皐月は俺の眷属って言ってたが、眷属ってなんだ?」
「うーん、ダンジョンマスターの補佐、みたいな感じでダンジョンマスターには絶対服従するの」
「は?」
補佐か……と思っていた優輝は、聞こえてきた不穏な言葉にギョッとする。
「あっ、絶対服従はダンジョンマスターにだけでダンジョン妖精は違うわよ」
慌てるちみっこ悪魔だが、優輝が言いたいのはそこじゃない。
「……絶対服従ってことは眷属はダンジョンマスターに逆らえないのか?」
「?そうよ。何か問題なの?」
「問題っていうか……」
優輝は、隣で静かな寝息を立てて眠る皐月を見た。
もし皐月が、本当に優輝に逆らえなくなるのだとしたら……
生活する分には今まで通りにしていれば良いだけだ。
優輝は皐月の嫌がる事はしないのだから。
「問題っていう問題は無いが、歪だな」
そっと手を伸ばして頬を覆い、目元を撫でる。掌と指先に、温もりが伝わってきた。
対等関係にあるはずの夫婦が、一人は相手に逆らえず、もう一人は一方的にやりたい放題できる関係は歪だ。
お互いにそういう性癖があって、納得づくの関係ならともかく、優輝たち夫妻はノーマルである。
せいぜいが夜の営みのときに多少そういう雰囲気になる位だった。
周囲の助けを得られれば、逃げるという選択肢があるDVよりも、悲惨な関係ではないだろうか。
「ふーん?」
ちみっこ悪魔はよく分かっていなさそうだ。
優輝もここまでの会話で、彼らとの間に大きな価値観の違いがあることは理解している。
時間をかけて人間を教えた後ならともかく、今の状態では理解できないだろう。
それ以上は何も言わず、話の続きを促した。
「話を脱線させて悪い。続けてくれ」
「じゃあ続けるわね。で、肝心のダンジョンの運営方法だけど」
「うん」
ダンジョンとは、いつの世も夢に溢れる場所だ。
超常的な存在であり、人の技術では到底真似できない圧倒的な力を見せつける。
そんな場所で、彼らの心臓とも言えるダンジョン妖精たちはどのようにダンジョンを運営しているのか。
優輝は興味津々だった。
「まずは、ダンジョンからダンジョンの情報を引き出して、本として現す」
そう言ったちみっこ悪魔の手に、ポンッと一冊の本が現れた。
突然現れた本に、「おーっ」と顔を輝かせた優輝は、目の前に徐々に積み重なっていく本に、あれ?と首を傾げる。
「これで情報を確認する!」
「……これ、全部読むの?」
「?当たり前でしょ?」
きょとんとした表情は愛らしいが、中身は悪魔な少女に、優輝は言いたい。
───これはまさしく悪魔の所業だ、と
数十冊と積み重ねられた本は、一冊で大きめの辞典並だ。
しかも本の紙の厚みも日本で見る国語辞典並みの薄さ。
紙が厚くて、実際の分量はそれほどでも……というパターンではない。
間違いなく外見相応の文字数がある。
一番上の本を手に取ってまずは開いてみる。
見慣れない文字……ではなく日本語が書かれたそれに、優輝は顔を顰めた。
本の厚み、サイズ然り、紙の薄さ然り、文字のサイズも立派な国語辞典だった。
むしろ、文字の密集度はこちらが上だ。
ちみっこい文字がびっちりとある。
しかも翻訳が間に入る関係なのか、妙に言い回しがわかりづらい。
「それでー、その本が読み終わった後なんだけど」
しかめっ面でペラリ、ペラリと本をめくる優輝を気にせず、ちみっこ悪魔は説明を続ける。
「どんなダンジョンを作りたいか決めたら、適当に壁に刻んでダンジョンに取り込ませて認識させるの」
「………は?」
優輝は嫌な予感がした。
「それが終わったら、今度は一階層の具体的な構造を決めるんだけど、それも壁に刻んでダンジョンに取り込ませれば、刻んだ通りにダンジョンが作られるわ」
そして、それは的中する。
「………」
優輝は唖然とした。
ダンジョンと言えばどんな文明の世界観であっても、超常的な存在だった。
だからきっとラノベのステータスのような便利な管理の仕方があるのだろう、と勝手に思っていたのだ。
(それがまさかの、今どきの日本ではまず見かけない超アナログ方式……)
何も無いところから本を出現させたり、ダンジョンに取り込ませて認識させたり、ダンジョン管理を支える基盤は超常的なのに、肝心の設計の仕方はアナログ。
びっくりするほど原始的。
(そりゃあダンジョンを成長させるのが大変なわけだよ。)
ダンジョンの情報も、ダンジョン妖精たちが知りたいと思わなければ知ることもできない。
企業の問い合わせFAQのありがたみや、簡単な使い方ガイドの有能さがよく分かる。
「あー、その。パソコンでダンジョンの一元管理ができるアプリ、みたいなやつは無いのか?」
「ぱそ……いちげ……え、なに?」
「無いのか……」
パソコンやスマホでの簡単操作に慣れた現代人に、今更そんなアナログ式でやれなど、無茶ぶりに等しい。
(これはかなり苦労しそうだな。)
「それが何かは知らないけど、ダンジョン妖精はみんな私と同じ……え?」
「ん??」
二人の間に突然、ある物体が現れた。
優輝にとっては非常に見覚えのある、馴染み深い存在。
──タブレットPCが。
異世界人チート発動します。




