いやまあ、どうにでもなるだろ
「ふわぁ……」
翌朝、イリスはいつになく早く起き出した。
一年にもおよぶ異世界生活で夜型のプロゲーマーはすっかり朝型になってしまっていた。なにせこの世界にはネットやゲームはもちろん、電灯すらなく、明かりとなるろうそくも暗くて高価な上にすぐに消費してしまって使い物にならない。
そんなイリスであっても今日は特に早かった。日はまだ完全には昇っておらず、西の空はまだ真っ暗だ。春が近いとはいえ、一日のうち最も冷え込むこの時間は息も白く、防寒着を着込んでも身体の芯から震えるほどに寒い。
「ううっ、さむ……」
もこもこに膨れ上がった上着の上から肩をさすりながらイリスは宿の裏手にある馬留めまでやってきた。すでに馬は起きていて、長い付き合いであるイリスの方をじっと見て「仕事か?」と聞いてきているかのようだ。
馬はすでに馬車に繋がれているのでいつでも出ることができる。イリスは荷台の幌を開けて馬車に乗り込んだ。
荷台に『チキンナイフ』と『冒険の壺』を置いた。イリスの持ち物はそれだけだったので、馬車の荷台はずいぶん広く感じられた。
これまでは持ち物の他に、いつも荷台の中には仲間たちがいたからだ。
荷台の中を見渡すと、いつものように仲間たちの楽しい笑い声が聞こえてくるようだった。
イリスは仲間たちに黙って宿を出るつもりだった。彼女たちには彼女たちの行く末があったし、イリスとしてももはや勇者として彼らの助力を頼むわけにはいかない。
でのあったのだが、はたと重大な事実に思い至った。
イリスは馬車の運転をしたことがなかった。
「いやまあ、どうにでもなるだろ」
そう思い直した。馬とは長い付き合いになるし、これまでの旅でメリアやミャーリーが馬車を操る姿を見てきたのだから、見よう見まねで何とかなるだろう。
そう考えて荷台から御者台に顔を出した。
そこには――
「おはようございます、勇者さま。御者のご用命はありませんか?」
そこにはいつものドレスに甲冑を着けた美貌の女騎士が笑顔で座っていた。その金髪は朝日に照らされてぴかぴか光っている。
「お前、何やってんだよ……」
イリスがジト目でメリアを見た、メリアは怯むことなく変わらぬ笑顔で
「何って、勇者さまのお越しをお待ちしていたんですよ。だって勇者さま、私がいないと何もできないじゃないですか」
「何もできなくなんて……!」
ない、と否定しようとしたが、事実何もできなかった。馬車の運転はもちろん、料理も寝床作りも、火をおこすことだってできやしない。
「ぐう……」
ぐうの音だけは無理やり絞り出したがそれ以上反論できない。
「いやでもお前、正義を成すための旅に出るんじゃないのかよ。いいのか、正義は?」
今までメリアがイリスとともにあったのは魔王を倒すことが最大の正義だと思っていたからだ。しかしその必要もなくなった今、メリアがイリスと行動をともにする必要はない。
「もちろん正義は成しますよ。でもそれって勇者さまと一緒でもできることですよね?」
「勇者さまってトラブルに遭いやすいたちですし」とまで言われてしまっては、もう「勝手にしろ」としか言いようがなかった。




