いや、見たことがある
馬車はカールトンを出て街道をゆっくり南に向けて歩いていた。戦争が終わったことにより、少しずつ街道を行く人々も多くなってきていている。周囲の畑では早くも種付けの前に人と牛が耕している所もあった。すれ違う人々は街が近いこともあってやや早足になっているようだった。
今日もいい天気だ。日が昇るにつれて少しずつ気温も上がり、道端では別の農夫と牛が休憩時間に入ったのか仲良く日なたで居眠りをしていた。
イリスは荷台から顔を出し、御者台で馬を操るメリアに話しかけた。
「こうやって二人だけで旅をするのも久しぶりだな。聖都に行くとき以来だ」
その言葉にメリアは首を傾げた。
「え……? もしかして勇者さま、気づいていらっしゃったのですか?」
そう言われてもしやと思った。
「気づいてって……まさか……!」
イリスは御者台に上がり込み、そこから立ち上がって荷台の上を見た。
果たして、荷台の幌の上には黒くて丸い何かが鎮座していた。
“何か”ではない。明らかにミャーリーだ。
「お前、朝からずっとそこで寝てたのか……!」
「うにゃ……?」
ミャーリーが寝ぼけ眼で身を起こし、イリスの方を見た。
イリスとミャーリーの視線が交差する。
しばらく見つめ合ったのち、イリスが折れた。大きくため息をつく。
「はぁ。もう勝手にしろ」
「わかったにゃ。勝手にするにゃ」
そう言ってミャーリーは再び荷台の上で丸くなった。
「ったく、あいつはいつまで経ってもお気楽だな。出してくれ」
イリスはメリアにそう頼んで荷台の方へと戻っていった。この先の道のりを検討しようと壺から地図を取りだしたところで気がついた。
「……? メリア? 馬車を出してくれ」
しかし、馬車は動かない。
「聞こえなかったのか? 馬車を出してくれ」
荷台から御者台に顔を出してメリアに直接頼むが、メリアは困ったような嬉しそうな顔でこちらを見るだけで馬車を動かそうとしない。
「どうしたんだよ」
「いえ、それが、その……」
メリアが正面を見るのに釣られるようにイリスも正面を見た。
そこには、馬車の正面を塞ぐようにひとりの鎧武者が立っていた。
王都へと向かうこの街道は整備されており、大きめの馬車がゆうにすれ違えるほどの道幅を持っている。にもかかわらずくだんの鎧武者はイリスの馬車の正面に立って動こうとしない。
顔をすっぽりと覆い隠す鉄兜、緑色のローブの上に要所要所を守る部分鎧を着けた見覚えのない鎧武者がそこに立っている。
見覚えのない……?
「いや、見たことがある」
確かに、鉄兜も部分鎧も見たことがない、というか新品のものだが、彼女がその下に着込んでいる緑色のローブと、その背格好はイリスがさんざん見慣れたものだ。
何より、そのシチュエーションは彼女が初めて現われたときと全く同じではないか。
「何やってんだ、デルフィ……」
ジト目で鎧武者を見ると、デルフィニウムは兜を脱いで、その下に隠れている満面の笑顔を日の下にさらした。
「鎧が重くて歩くのが大変だから、乗せてくれる馬車を探していたの。助かったの」
イリスはこの日何度目かのため息をついた。
「結局、今までとかわんねーじゃないか」
「いいえ、平和になった世界をめぐる旅ですよ」
御者台のメリアが言った。
「変わらにゃいのがいいにゃ。お魚がおいしいのも、日なたがあったかいのもかわらにゃいにゃ」
荷台の上で丸くなるミャーリーが言った。
「変わるものもあるし変わらないものもある。そうやって世界は巡っていくの」
荷台で鎧を磨きながらデルフィニウムが言った。
馬車はガタゴトと石畳を進んでいく。この風景も変わらないように見えて少しずつ変わっていくのだろう。現に、戦いは終わった。
「……ま、いいか」
肩をすくめつつ、イリスが言った。しかし、その表情は柔らかかった。
その後、勇者一行は西大陸をめぐり、あるときは村を襲った魔物を退治し、あるときは境界線を巡って争う人々を仲裁し、またあるときは人々の種付けを手伝って人々に喜ばれたりした。
勇者の旅はまだまだ続く。
はずだった――




