・・・すげえ、生まれて始めて、パイルドライバーを見たぜ。
「しかし、野生動物ではないとなると。よもや、ドロボーの類いでしょうか?」
「にしては早起き過ぎないか? 爺さん婆さんじゃないんだから。こんな朝っぱらから何盗ろうってんだ?」
わたしたちも人の事は言えませんけど、と琥珀から茶々を入れられつつ、九龍は過去の記憶から今のシチュエーションに合致しうる仮定を選定する。
「待てよ、・・・そういえば、今日は陸上部の女子部がグラウンド使うはずだ。なら盗撮が妥当か。」
「なるほど。ところで先輩、何でそんなことを知ってるんです?」
「他意はない。去年からずっと保険委員でな。朝練で怪我したヤツがベッドを占領してた事が印象に残ってたもんで。」
なら安心です、と冗談めかして言う琥珀は自分の携帯端末を取り出し、電話番号の入力に移ろうとする。それを見て、九龍はちょっと待って、と言い制止する。
「一応、本当に見間違えだったら不味いから、通報はまだしないでおこう。」
「うーん、それもそうですね。念のため、いつでも電話掛けられるようスタンバっておきますね。」
そう言って、番号の入力画面のまま携帯端末を懐にしまい、タップひとつで電話が掛かるよう準備してから、先程の謎の影をふたりして追う。
裏口に差し掛かると、まず九龍が閉じられた門を軽々とよじ登り、門の頂上で手を差し伸ばして下にいる琥珀をうまい具合に引っ張り上げることで突破する。
手慣れた様子で校内への侵入を果たす九龍に、どうも腑に落ちない様子の琥珀は、そういえば、とふっと捨て置かれていた記憶を思い出すと、ハッキリと彼に聞こえるような声で訊く。
「そういえば、裏口から遅刻した不届きな輩が度々侵入する、という噂を聞いたことがあるんですけど、先輩もしかして常習犯ですか?」
ビクリ、と思い切り肩を跳ねる九龍は、ばっと勢いよく振り返ると、上っ面だけ張り付けた平静を保ちつつも、誰からみてもわかるような動揺を見せる。
「そ、そんなわけ────」
月並みな言葉を言いかける九龍は、やや冷たい空気の早朝に似つかわしくない、多量の汗を額に滲ませる彼に向けて、目を細めてさも怪訝そうな視線を刺してくる琥珀に観念したのか、観音に祈るように手を合わせて頭を下げる。
「・・・人には言わないでおいてくれ。頼む。」
意外なところで弱味を握られ、本心から頼み込む自分の先輩に軽く吹き出す琥珀。ばつが悪そうな顔をする九龍は咳払いで無理矢理流れを断ち切り、先程のシルエットと同様に茂みに紛れ校舎へ向けて息を潜めて近づいていく。
「そういえば、あの変なヤツもですけど、どうやって侵入するので?」
疑問に答えるように、九龍は五階建ての校舎の一階の窓を指差し、次に五階部分の端に指差す。彼の指すほうに何があったのか、琥珀が記憶をたどればすぐに答えが出た。
「五階は講堂ですよね? 学年集会とか、イベント事にはよくそこを使いますから。一階のほうは、用務員室ですね?」
「そ、今の時間、生徒はほぼいないが、用務員室の人が日課でな。講堂で座禅組んでるんだ。一階のそこ、窓空いてないか? それに乗じれば・・・という寸法だろう。」
「何で、用務員さんの日課まで知ってるんです?」
「念のため言うぞ。他意はない。用務員室の人とは昔世話になって、そのツテで知ってるだけだ。」
「や、疑ってる訳じゃないですよ。ただ、詳しいな~、と感心してるだけですよ。」
ホントかぁ? と九龍はやや訝しみつつも、用務員室のほうへ行けば、懸念通り鍵が掛かっておらず、半開きになっていた。全部を開けば人一人くらいは辛うじて入れそうな広がりをしていた。
泥棒の真似をしているようで後ろめたく思いながらも、ふたりは窓を抜けて用務員室を出て、校内へ侵入する。鳥の鳴き声しか聞こえない静寂の空間へ、何かが反響する。
「──ぎ─────────ぁあ!」
ビクリ、と肩が跳ねるふたり。耳が聞き間違えをしていなければ、この音源は人の肉声であるという結論が無言の内に両者が視線の合わせる間に付けられた。
雑音がほぼ無い今の時間帯で、発生源とおぼしき場所はすぐに特定できた。それがこのフロアであろうという推測も同時に行われ、ふたりは急いで、しかし慎重な足取りで校舎を走る。
一分もかからぬ内にそこへたどり着く。そして、視界に入ってきた内容に、九龍は反射的に目を被い、琥珀はほんの一瞬だけ脳がフリーズしたように錯覚する。
「─────何、この、展開?」
絞り出すようにして、疑問を言葉にする琥珀。目を素早く瞬きさせ、栄養が行き届かない脳に現状の映像記録を必死に送信し続けるのであった。
有り体に言えば、すでに事は終わっていた。やや身ボロな様子の成人男性が、作務衣を身に纏った筋骨粒々の男性に、プロレス技を決められ、白眼を剥き失神しているのだった。
「・・・すげえ、生まれて初めて、パイルドライバーを見たぜ。」
目の前に広がるあまりの事態に、九龍の口からそんな言葉が突いて出た。




