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ヤオヨロズ──中道録  作者: 隼理史幸
信頼という木と、恨みという根
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………で、この人どうすんの?

「……バッキャローめ!」


ビシッ、という音が静かな早朝の用務員室に二発響き渡る。


「ってて……。俺はともかく、琥珀さんにはデコピン勘弁してくれよ。」


額を押さえながら、青柳九龍は筋骨粒々な作務衣の用務員…鳥居金司…に苦言を呈する。しかし、彼は手を腰に添えて、毅然とした態度で答える。


「莫迦め。むしろデコピンで済ましてることにありがたく思え。理由があったとはいえ、後輩と一緒に忍び込むとは。それでも上級生か。」


ぐうの音も出ない、といった様子で俯く九龍。隣で同じようにデコピンを食らった琥珀は彼の顔を覗き込みながら、普段通りの表情で語りかける。


「まあまあ、唆したのはある意味わたしですので、気にすること無いです。むしろいい経験ですよ。」

「おでこを涙目で押さえてたら説得力無い気がするが……」

「……それは言わないお約束ですよ。」


といったやり取りをしていて、ふと部屋の片隅に目をやるふたり。鳥居用務員も腕を組み、それに対する処遇を鑑みている。


「……で、この人どうすんの?」


九龍がそれを指差す。鳥居用務員の手によって意識を飛ばされ、白眼を剥いたまま、用務員室に置いてあった有り合わせのもので簀巻きにされた、身ボロの男性への処遇を訪ねると、琥珀は思い出したかのように懐に手を突っ込む。


「とりあえず、通報してしまいます?」


九龍と鳥居用務員が頷きかけたその時、意識を刈り取られた男性の眼に生気が宿ると、築地に打ち上げられた魚のような身のよじり方をして、三人のほうを向く。


「………俺は、いったい、何を───」


この場に立つ三人へか、或いは自分へか。問いかけをする男性に、九龍と琥珀はどう答えるべきかを一瞬躊躇した。


ここに至るまでの経緯はふたりには概ね鳥居用務員から聞き及んでいる。講堂へ行く前に、花壇に水をやる仕事があったことを思い出した鳥居用務員は、侵入した男性に二階の階段の踊場で遭遇。咄嗟に逃げる男性へ、鳥居用務員は容赦なくプロレス技─パイルドライバーを行使、文字通り叩き潰す。そこへふたりが遭遇。男性を用務員室へ輸送、拘束という経緯である。


「どうする? ありのまま話すべきか? いくら不審者とはいえ情けは必要だろ……?」


ひそひそ声で琥珀に相談する九龍。彼の後輩へ掛ける声はどことなく震えぎみで、刻み込まれた恐怖感が彼女にもまざまざと感じられた。


「俺もまだちっちゃい頃、アレとは違う技を見たことがあるが、それでも鳥居さんのは確実に殺りに来てる。子供ながらにアレはヤベーと思ったぞ」

「……人間が白眼を剥くなんて、初めて見ましたからね。よく生きてるものと感心します」

「あんなの生で食らったらトラウマ待ったなしだ。大丈夫か……?」


肉体と精神へのダメージを慮り、掛ける言葉を探すふたり。そんな少年少女をよそに、当の作務衣の男が豪快な足取りで簀巻きの男性に近づき、声を掛ける。


「ハッハッハ。善哉、善哉。加減したとはいえ、よく生きてたなお前。」


───気遣いなど何のその、といわんばかりに男性に語りかける。正面から見えた逆三角形の男を見るや否や、男性の記憶がフラッシュバックしたかと思えば、みるみるうちに顔が恐怖で青ざめていく。


「────あの時の筋肉ゴリラぁ!?」

「莫迦め! ゴリラは森の賢人だ! 俺よかもっと優しいぞ!」


そういう話じゃなくない!? とふたり同時にツッコミが飛ぶ。簀巻きの男性は当の筋肉ゴリラへ距離を取ろうとぐるぐると回転するも、あっさりと拘束される。


「離せー! 死にたくなーい! ゴリラなんかに殺されたくなーい!!」

「だからゴリラじゃないって言っているだろうが!」


うねり抵抗を続ける簀巻きをまるで俵のように担ぐ鳥居用務員。片腕で人一人ぶん軽々と持ち上げながら、溜め息混じりに言い放つ。


「そも、ゴリラなら俺より弱い。一度野生のを倒したことあるからな。」

「しれっと人間やめてる発言しないでください!」


離せーっ、と叫び抵抗をするも、赤子の手をひねるが如く力の差には無駄な行為に他ならず、身ボロの男性にはもはやどうにもならなかった。


「んじゃ、俺はこいつを交番まで届けていく。朝っぱらからパトカー走らすのも悪いしな。お前らも一緒に行くぞ?」


まるで落とし物の財布を届ける要領で男性を担いで、部屋を後にしようとする鳥居用務員。あまりの豪快さにただただその後ろ姿を眺めるしかないふたりへ、振り返らずに追加で注文する。


「ああ、九龍。すまんが窓閉めてくれ。」

「あっ、はい。」


ふたつ返事で了解して、開けっぱなしの窓辺に近付く九龍。そこでふと、靴下の爪先に何かがぶつかるのを感じる。


「なんだ、これ?」


気になって拾い上げてみると、妙に年季の入った手帳であった。装丁が黒一色で、侵入した折には日陰になっていた為に、これが落ちていたことに気がつかなかったのだった。


題は何も書かれておらずポケットにも入るサイズから、用務員が付ける日誌ではないと推測する。鳥居用務員の日記か、と一瞬思うも、彼がそういったマメなことをする性格とは考えにくいと、これも却下する。九龍は俄然興味が湧き、適当な頁に爪を引っかけ手帳を開こうとする。


「おい九龍? 早く閉めてくれないか?」


背後からの声にハッとする九龍。咄嗟に懐に手帳をしまい、素早く窓を施錠して、すでに退室していたふたりに招かれるまま用務員室を後にする。

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