9 もうひとつの花
「すまん、瑞花君、伝えるのが遅くなったな。
今後は毬屋くんと協力して、生徒たちの監視を続けてくれ」
指令官は、ユキに向かって言った。
キャンディタフト財団の司令官室は、シンプルかつモダンな空間だった。
天井から吊るされた丸いぼんぼりのような照明が、空間をやわらかく照らしている。
デスクに乗った沢山の写真立てが、盾のようにユキの前に立ちはだかっていた。
自分たちの愛する祖母を攻撃する者は許さないとばかりに。
「わたくしひとりでは心許ない、ということですか?」
指令官は、慎重に言葉を運ぶ。
「君の能力を疑っているわけではないぞ。
逆に……君にしかこんなことは頼めない。
君は、イベリス学園の教師になって何年経つかな?」
「……5年です」
「その間、生徒たちの面倒を本当によく見てくれた。改めて礼を言わせてもらおう」
「わたくしの仕事ですから」
「君、今の仕事にやりがいを感じているかな?」
「もちろんです」
「生徒たちを支えるため、プライベートな時間も犠牲にしているのだろう?」
「いえ……そんなことは」
ユキはまた、デスク上の写真立てに目をやった。
ユキ自身は、自分が将来こんな風になれるとは、夢にも思っていない。
「毬屋くんの派遣は、君へのボーナスだと思ってくれ。
今までひとりでは手が回らないこともあっただろう?
毬屋くんなら、より深く生徒たちの懐に入り込むことが出来るだろう。
私たち皆で取り組もうじゃないか」
「彼女なら、生徒たちと同じ才能を持っているから……ですか?」
「ああ、我々は、あの能力を非常に高く評価している。
できれば生徒たちとは、友好的な関係をこのまま続けたい。
そのために外界からの余計な情報は遮断し、
彼女たちが任務に専念出来る環境をつくる。
これは桜子様のご意志でもある」
桜子様……財団の上層部の、さらに上のほうにいる人物。
ユキ自身、直接会ったことはない。
桜子という人物がどこでどのようにして財団に加わったのか、
ユキには知りようがなかった。
謎めいた人物。
だが財団に影響力を振るうことが出来るのは確実だ。
キャンディタフト財団の最上階の一室。
照明は、薄暗く抑えられている。
財団内の噂によると、この部屋の主は自分の部屋にひきこもったままで、
モニター越しにしか人と会わないという。
人は彼女のことを、こう呼ぶ。
『桜子様』と。
画面に映った長官を消すと、椅子の背もたれに深く沈み込んだ。
人と話すと、どっと疲労する。
「爛漫少女の花道は……」
遠いどこかで、誰かに教わったフレーズを口ずさんでみた。
胸のあたりがフワッと暖かくなり、活力がみなぎる。
懐かしくも、優しい記憶。
だが、この先は思い出さない方がいい。
曲がり角の先に、待っているものは幸福とは限らないのだから。
ヴェールの付いたヘッドドレスのせいで、桜子の表情は見えない。
もしかしたら、微笑んでいたのかもしれない。
そうであってほしいと願う者は、もういないが。




