34 月夜に嗤う花
白銀色の大きな丸い月は、灯りを消した室内によく映える。
キャンディタフト財団の頭脳、桜子は
万が一の攻撃を免れるため、別の建物に避難させられていた。
月光の中、むせ返るような甘く濃厚な香りが漂ってくる。
が、入り口に背を向けて座っている桜子には判っていた。
「お前は……香だな?」
「よくわかったわね」
「お前の香りはよく知っている。
人間だったら一溜まりもなかっただろうが、わたしには効かないぞ」
「私たちは一緒に作られたものね。お互いのことは知っている。
あなたの方がほんの少しだけ目覚めるのが早かっただけ」
桜子は、香に向き直った。
「香、昔話をするために来たわけではないのだろう?」
香が眉をひそめる。
「ねえ、あの娘たちに何をさせたかったの?」
「人間というものがどれほど惨いことをするか、理解させたかった。
金儲けに目がくらめば、他者を騙すことさえ躊躇しない。
われわれは人間の安寧のために作られたはずだ。
にもかかわらず、人類の権力闘争に巻き込まれ、
経済戦争のコマとなってしまっていた。
自分たちがどれだけ無能でちっぽけな存在か、
人間どもは思い知るべきだ」
「だからあんな状況を作った、と?」
「バーリックを大量に発生させれば、人間はパニックに陥る
悪者探しを始めるだろう。
案の定あの娘たちがターゲットになり始めた。
さんざん利用していたにもかかわらず、だ。
そこであの娘たちの圧倒的な力を見せつける。
さすれば、われわれを支配することなど出来ないと
やつらに思い知らせることができるだろう」
桜子の声が、軽い皮肉めいた口調に変わった。
「高嶺に代わって理事長になった江藤、
あいつはたいそう操りやすかったぞ。
狡猾で、強欲で。わたしの作戦とは、相性がよかった。
よりによって、わたしを崇め始めたのには驚いたが」
「でも、もうこの世にはいない。
江藤も……高嶺先生も」
「人間というものは、儚いものだな……」
桜子に顔があったとしたら、
その言葉にどんな意味が載せられているか、明らかになったかもしれない。
嘲笑、あるいは憐憫。
桜子は立ち上がると窓際まで歩いていき、
存在しない顔を窓の外に向ける。
「香、お前こそ手をこまねいて見ていたな。
どういうつもりだ」
「彼女たちがあの環境に身を置いている以上、
遅かれ早かれ今日みたいな日は訪れたわ。
桜子、あなたが手をくださなくてもね。
高嶺先生の仕掛けは、
あの娘たちにとって最適な時に発動させてほしかったの。
「仕掛け?」
「ええ、もうじきあの娘たちの心の箍が外れる」
『爛漫少女の花道は……』、
高嶺が密かに仕込んでおいたパスワード。
戦闘能力を増強させ、縛り付けている枷から解放するためのトリガー。
「あの娘たちはどうなる?」
「一度解放してしまうと二度と元には戻れない。
人間社会で生きていくには、非常に危険な存在になってしまうのよ」
「われわれの真の力を見せつけるいい機会になるだろう?」
香は首を横に振った。
「ねえ桜子、あなたは考えたことがある?
あの娘たちにだって夢があって、会いたい人もいたのよ」
「だがそれらは作られた記憶、だろ?」
「本当にそうかしら? 普通の生活をしたいという渇望は本物だった」
次回更新予定は、10月28日水曜日23:00です。




