25 アナベル
財団の研究室では、
高嶺草介氏の技術を応用した汎用タイプが、
次から次へと生産されていた。
キャンディタフト財団で行われていた実験。
それは、アンドロイドに、人間そっくりの感情を持たせる実験。
実在する人間の経験と記憶をデータ化し、人形たちの記憶装置に移植する。
積み上げられた膨大な経験と感情のデータは、
人形たちの人格の形成に役立つ。偽の記憶の積み重ねだ。
感情が芽生えなかった個体は間引きされ、廃棄場送りになる。
「ミスター毬屋、今日で退職するそうじゃないか」
研究室で作業を監視していた白衣の男は、後ろを振り返った。
「江藤理事長」
江藤は、この財団の初代理事長
高嶺草介氏を押しのけてトップの座についた人物だ。
「どうしても、ここに残る気はないのか?」
「ええ、戻ってこいと、妻の両親にせっつかれておりまして」
「奥方のご両親はどちらに?」
「アメリカ、テキサス州です」
「そうか。キミさえ望むのなら、あちらの支部にポストを用意することもできるぞ?
キミほどの人材を埋もれさせておくのはもったいないからな」
そして自分に都合が悪くなった途端に容赦なく潰す、と。
高嶺氏にしたように。
「いえ、お気持ちだけいただきますよ」
毬屋は、もう心を決めていた。
こんな仕事からは一刻も早く足を洗いたい。
子供のいなかった毬屋にとっては、
どの個体も我が子同然だった。
それが、江藤のような拝金主義の権化に利用されている。
財団設立当初の理念が失われた今、
毬屋がこの財団にいる意義もなければ、
協力する理由もなかった。
「妻の両親が牧場を経営しているんですよ。
だからそっちの手伝いをしようと思っています」
「そうか……それは残念だ」
毬屋は最後の作業を終えると、
慌ただしく帰り支度をした。
駐車場は、廃棄場を通り抜けた場所にある。
廃棄場は実験に失敗した人形の墓場だ。
ここには、警備員もいなければ監視カメラさえない。
廃棄された人形など、財団から見れば粗大ゴミに等しいからだろう。
掻き集められた人形の身体は、後日粉砕処理施設に送られる。
人形だとわかっていても不気味な光景だった。
毬屋自身もここを通る時は、足早に通り抜ける。
今日も小走りで走り抜けようとすると、
中からかすかに小刻みな機械音が聞こえた。
毬屋は、そのまま通り過ぎようかと思った。
今日でこの場所とは縁が切れる。
余計なことには首をつっこむまいと。
だが、もう一度聞こえたのは少女の声。
それは小さくとも生命の息吹。
そのまま通りすぎることなど到底できなかった。
「さあ、迎えにきたよ。私と一緒に帰ろう」
車に積んであった毛布にその娘を包み込むと、
毬屋は自宅へ連れ帰った。
そしてアナベルと名付け、
自分たち夫婦の娘として一緒に暮らすことにした。
次回更新は10月7日水曜日23:00の予定です。




