23 廃棄と再生
遠い過去、桜子の胸にわずかに残る暖かい思い出。
「やあ、お目覚めだね、桜子。
きみの名前は桜子だ。いい名前だろ?」
高嶺の声は弾んでいた。
「きみのおかげで、私の研究はまた一歩先へ進む」
「……お役に立てて光栄です」
「これから誕生するきみの後輩たちにも、花の名前をつけようと思っているんだ」
「素晴らしいアイディア……です」
「きみには先輩として、これから活躍してもらうぞ」
「桜子、テストだ。
人間Aと、人間Bがいる。
Aはきみに命令する、Bを排除せよと。
この場合、きみはどうする?」
「Aに従います。Aの命令の遂行が優先事項です」
「Aの命令がBの生命を脅かすことでも?」
「そうです」
高嶺の瞳に、わずかな陰が差した。
「きみに教えた重要なルールがあっただろ?
人間に危害を加えてはならないというルールだ」
「命令の遂行が第一です」
「その命令が人命を脅かすものである場合は、ルール優先だ」
「解りかねます。わたしの使命は人間の要求に従うこと」
このとき高嶺の瞳に広がったのは、完全な失望の色。
桜子には解析不可能だった。
ドアの外、遠くの音が聞こえる。
特に高嶺の声はすぐにわかった。
「命令とルールの板挟みになった場合の対処が問題だ。
あれではいつしか人間にとっての脅威になるだろう。
ああ、残念だが……破壊処分を。彼女は失敗作だった。
人間に忠実すぎるあまり、優先度をはき違えてしまうようだ」
しばらくして、ふたりの人間の乱暴な足音が聞こえた。
桜子のいる部屋へ、ドカドカと踏み込んでくる。
「コレですかい?」
「ああ、見事な人形だろ?」
「不気味でさぁね。人間みたいに考えてしゃべりやがるんでしょ?」
「考えるっつっても、まだまだ人間には及ばないぜ。
こっちの指示を元にスゴイ早さで答えを導き出すだけだ。
高性能の計算機みたいなもんだろ……よく知らないが」
「結局知らないんですかい?」
「おめぇさんよりは知っている」
「はいはい、さようでございますね」
「いいか? 廃棄する前にメモリチップを破壊しておくんだ。
でないと、後でこっぴどく叱られるからな」
ふたりは桜子を運び出した。
ふたりが知らないことは、他にもあったのだが。
「江藤さん、これは?」
「ああ、廃棄処分になっていたのを、拾ってきた」
「しかし、こうして見るとなんか怖いですね」
「初めて実験に成功した個体だ。眠らせてしまうのは惜しいだろう?」
「いいんですか? 高嶺さんの許可をもらわなくて」
「あの爺さんが捨てたものだ。
ゴミの処分方法までいちいちお伺いをたてなくてもよろしい」
「こ、こいつ今動きました!」
「あたりまえだろ? こいつの『頭脳』は胸部にある。
頭部なんてただの飾りだ。
そうだ、忘れるところだった。
杜撰な廃棄処理をした職員は、クビにしておけ」
こうして、顔のない人形桜子は誕生した。
創造主である高嶺に捨てられた人形の、再生だった。




