15 届かない手
「もう、やっぱりこうなっちゃったか」
椿はあたりを見渡した。が、他の皆の姿は見えない。
ホテルのイベントスペースに飛ばされたようだ。
色褪せていた何もかもの色彩は、いつの間にかよみがえっている。
聞こえてきたのは軽快な自動オルガンの奏でる音楽。
チラシが一枚足元に落ちていた。
『夜闇一座~一夜限りのスペクタクルショー』
椿の両親はマジシャンだ。
仕事で世界中を渡り歩いている。
椿自身、両親の顔を忘れてしまいそうなくらい。
幼少期からほったらかしだったのだ。
もしかしたら『家族』という感覚さえも、
理解できていないのかもしれない。
せっかく同じホテルにいるのだ。
この際、会いに行って文句のひとつも言ってやろう。
重いドアを押すと、遠くに見えるはきらびやかな舞台。
椿が立っているのは、真っ暗な客席。
ステージへ進もうとするも、どういうわけか足が動かない。
足元にうごめくバーリックのせいだった。
「邪魔しないで!」
ポシェットからトランプカードを取り出す。
放り投げたカードは椿の頭上で展開された。
カードは刃の雨となって、バーリックたちを切りつける。
遠く見えるステージ上には、父親と母親の姿が。
顔はよく見えない。
だが椿には、それが父と母だという確信があった。
椿は焦れた。そこにいるのに、近づけない。
「私はここにいる、父さん、母さん……気付いて」
『最後にお見せするは、とっておきのネタ。
今回初めて、ここに披露いたします』
弁舌なめらかにステージを進行していた父親だったが、
突如として椿に向かって語りかけてきた。
『椿、教えただろ? ステージに立つ時には、
本当は自信なんかなくても、あるふりをするんだ。
自己暗示さ。大見得切ってごらん』
やがてそのまま、ステージの幕は下りる。
「大見得切って……」
何故か声に出していた。
バーリックたちは、いつの間にか消えていた。
イベントスペースにいたはずの椿が立っていたのは、
ホテルの入り口だった。
うっすらとしか先の見えない霧の中で、
騎士は愛剣ブラックナイトの柄を握り直した。
次から次へとバーリックが攻めてくる。
パリーイングダガーを持つ左手が汗ばんできた。
受け流しても倒しても、
いつの間にか起き上がっては、また襲いかかってくる。
「くっ……これではきりが無い!
藍くん! 蘭子くん!
椿くん! 純くん! ……誰か!
ああ……そうだ、そうだった。確か床が抜けて、俺は……」
その時、他の人物の姿を闇の中に見た。
その青年の姿に、騎士は心を躍らせる。
「兄さん? 麻侖兄さん!」
『ん? ……きみは誰?』
「兄さん……俺……わたし、騎士だよ!」
『兄さん? きみみたいな娘、知らないけどな』
「兄さん! 兄さんが褒めてくれるのが嬉しくて……
兄さんみたいな剣士になりたくて、わたし、がんばったんだよ。
あんなに弱虫だったわたしも、仲間と一緒にバーリック退治しているんだ」
『バーリック? 何それ……変なの』
青年は鼻で笑った。
『そんなことより、コレを早く追い払ってよ。
きみが持っているその剣で、見事散らしてみせてよ』
「兄さん……私のこと忘れちゃった?」
話している最中にもかかわらず、バーリックが目の前に覆い被さる。
「今、邪魔をするか。ならば、見事散らして進ぜよう」
ブラックナイトで突くと、一撃でバーリックは霧散した。
青年の姿も消え去っていた。
ホテルの入り口で一人うなだれている騎士を残して。




