12 廃墟ホテル
外側からは普通の建物に見えた。
ただの普通の、見捨てられたホテル。
ゲートをくぐると、建物まで小径が続く。
生い茂ったパームツリーが手招きをする。
内部は、何もかもが涸れていた。
赤い絨毯は色褪せ、家具のかけらが散らばっている。
かつてはピアノだったものの残骸もあった。
壁紙は剥がれ落ち、ところどころスプレーでいたずら書きされている。
人間に見捨てられると、こんなにもみすぼらしく、薄汚れてしまうのか。
かたくななまでに人を拒絶する、頑固な巨体。
それでも確かに、過去の栄華は存在する。
定規でひいたような規則的な直線と、
わずかなブレも許さない半円形のハーモニー。
深い緑色に金色の幾何学模様。
一分の隙もない、几帳面のお手本のような構造物。
贅を尽くした建物だったが故に、
維持できる余裕のある企業も個人も存在しなかった。
そのまま放置され、現在に至る。
「来た方向に戻ろうよ。これじゃきりがない」
アナベルは、天井から落ちてくる埃を睨み付けた。
騎士がドアに体当たりしている。
「クッ、開かない!」
「あたしたち、閉じ込められた?」
「ねぇ知ってる? ここって、出るんだって」
懐中電灯をあちこち向けながら、純が何の気なしに口にする。
「出るって何が?」
藍が瞳を輝かせた。
「……魔女だよ。
あのね、ある雪の晩、ひとりの旅人がこのホテルにやって来たんだって。
そこで謎めいた女性と出会う。
ブラックスピネルのような光りを湛えた大きな瞳と
ルビー色の小さな唇。
そして、真珠のような肌にアレキサンドライト色の長い髪をしていた。
それはそれは美しい女性だったんだって。
男は、彼女と一緒に楽しいときを過ごしたんだそうだよ。
このホテルから男が脱出できたのは、50年も後だったんだって。
50年もの時を奪われてしまった旅人は、
家に帰ることもできずにそのままどこかで
人生を終えたんだそうだよ。
その女性はもしかしたら、魔女だったのかもしれないってね」
「魔女なんて実在するものなら会ってみたいものだわ」
「椿も? わたしも。
魔法の薬かなんか作っていたり? だったら欲しいな。
ダンスが上手になる薬とか……」
「藍はアイドルになりたいんだっけね。
あたしだったら、そうだな……南の島で
ゆっくりバカンスできる魔法を掛けて欲しい」
「アナベルさんよ、それは魔女じゃなくてもかなえられるっすよ?
むしろ魔法がもったいない」
「あはっ、そうか」
むしろ少女たちは知っていたほうがいいのかもしれない。
『魔女』という言葉は、得体の知れない恐怖に対して使用する。
恐れと侮蔑の感情をないまぜにした、無理解から発生するということを。
「しかたないですね。脱出するには、もうコレしかないっす」
「うわっ、また? 蘭子やめ……」
アナベルの叫びは途中でかき消された。




