機械の王.7 『偽りの庭』
7.偽りの庭
ディル達が病院を尋ねると、看護師はすぐにシスターの病室に彼らを通した。
病室にはシスターと呼ばれている、子供たちの親がベッドの上で上体を起こして、子供たちを優しく迎え入れた。
子供たちは、最初はこそ再会に喜んでいたがシスターの姿を見て、次第に涙ぐみ、そして声を上げて泣き出した。
フィリアも涙ぐんでいる。
無理もない。
腕と足はギプスで固定されて、顔もガーゼと包帯で覆われている。
子供たちを慰めながら、シスターはディルに頭を下げた。
「そうですか、あなたが、フィリアと子供たちを助けてくれたのですね。ありがとうございます。」
「私は居合わせただけです。ご容態は、いかがですか?」
「痛みは、正直ありますが峠は超えています。子供たちが戻ってきて、また頑張らないといけないですし、早く治さないと、ですね。」
「シスター、無理はしないで下さい。私達で、しばらくは生活していきますから。」
「そうだよ!ゆっくり休んでよシスター。」
「私達を守ってくれたから、怪我をしちゃったのよね…?だから、休んでね。」
子供たちの言葉に、シスターは目に涙を浮かべている。
「ありがとう、かわいい子供たち。…少し、ディルさんとお話したいから、外で待っていてもらえる?そうだわ、フィリア、一階に売店があるから、そこで皆とお菓子を買ってきなさいな、長旅で疲れているでしょうし甘いものでも。」
「分かりました、シスター。さあ皆、下に行きましょう。でも病院内は静かにしてなきゃだめよ?守れなかったらお菓子はなしだからね。」
はーい、と子供たちは声を揃えて返事をする。
そして慌てて口に手を当てる。
その様子にフィリアもシスターも笑顔になる。
「ではシスター、行ってきます。」
「ええ、行ってらっしゃい。」
フィリア達は病室から出ていった。
足音が遠くなり、そして聞こえなくなったのを見計らいシスターはディルに目線を移した。
その目は、笑っているのにどこか鋭い。
「…貴男は、一体どなたなのですか?」
「先程名刺をお渡ししたとおりです。ギガの服屋です。」
「ノウエンコーポレーションを知らないほど、私は田舎者ではありませんよ。世界中に支店を持つ、世界でも有数の大企業。その人が、どうやって誘拐された子供たちを取り戻したのか、私は知りたいのです。しかも時間を掛けずに送り届けてくれました。警察や、公的機関を利用したならもっと時間がかかってもおかしくありません。」
シスターはディルを疑っていた。
世界的な大企業とは言え、一般人がマフィアから誘拐された子供を助けることなど不可能に近い。
ディルが渡した名刺すら、本物なのか、疑っていた。
「疑うのは最もです。ですが、ギガの企業の一部は警察組織にも負けぬ私設武力組織を持っています。ノウエンも、公表はしていませんが似たような部署を持っているのです。」
「その方々が子供たちを助けた、そうおっしゃるのですね。」
ディルは答えなかったが、代わりに一つ、シスターに言葉を投げかけた。
「ところでシスター。貴女はミランジュの方なのに、ディノティクス、特にギガのことをよくご存知なのですね。なぜですか?」
「これでも、子供たちの親代わりです。親が愚かでは、子供が可哀想です。ですから、ミランジュのことだけではなく隣国のことも努めて学ぶようにしています。特にギガは、他の街に類を見ないほど技術が発展しています。外への興味を子供たちに持ってもらうには、うってつけの例だと思っているだけです。それが、なにか?」
シスターはよどみなく答える。
まるで、聞かれた時に答えれるように準備していたかのように。
「そうでしたか。いえ、あの孤児院には、ギガから運ばれてきたと思われる物が沢山ありましたから。てっきり、ギガにお知り合いがいるかと思いまして。」
ディルの言葉にシスターは驚きを隠せない。
「失礼しました。最初に子供たちを孤児院に送り届けた時に、つい中の様子を見てしまいました。ギガに住んでいるものですから、見つけた時に気になりまして。」
「い、いえ。それは構いません。はい。」
追求があっけなく終わったからか、シスターは肩透かしを食らったようだ。
しかし、次のディルの一言でシスターは表情を強張らせた。
「子供たちを運んだ、運送会社のパッケージでしたから。」
「!」
「しかもその運送会社は実態のない名前ばかりの会社。確かに実際に『モノ』は運んでいます。決して、表立っては運べないものを。」
「…一体、なんのことか。」
下手に否定をすれば、粗が出ると判断したのかシスターははぐらかす。
「…やはり、回りくどいことは性に合わないな。」
ディルの口調が一変する。
柔らかい、丁寧な口調から、冷静でどこか冷たいものに。
「シスター。貴女は、本当はギガの人間だ。二十年以上前から、ミランジュで『商品』を手に入れ、ギガへと送るマフィアの構成員。それが、貴女の正体。」
「!」
「孤児院の運営という人道的で尊敬される活動の裏で、毛皮が豊かな山岳地帯の希少な動物、ミランジュにしか生えない幻覚作用のある植物等、輸出が禁止されているモノを手に入れ、送った。」
「なにを仰っているのですか。私はそんなことは、決してしていません。」
「全て、分かっています。今では本当に孤児院を運営していることも。その運営資金も、かつての自分の報酬を切り崩して行っていることも。…その怪我が、フィリアや子供たちを連れて行かれまいと抵抗した結果のものであることも。」
「…」
シスターは言葉を紡ごうと口を動かすが、何を言えば良いのか、どう弁明すればよいのか分からなかった。
そして項垂れ、首を横に降った。
「…おっしゃる通りです。私は元々、マフィアの調達係として出自を偽りここに来ました。潰れる直前だった教会を買い取り、孤児院を運営しました。何回もトラックの出入りがあっても、孤児院ですから大人数を賄う物資が届いたのだと皆疑いません。しかし、十年前、ギガのある巨大な組織の首領が亡くなった時ギガは荒れました。その時に私のいた組織は打撃を受け、しばらくは『輸出』が困難な状況になりました。…子供達は、本当は商品として育てていて、時期が来たら『送る』予定でした。しかし長く接していると情が湧いてきました。特に、あの子、フィリアが私にそう思わせたのです。」
「フィリアが?」
「はい。彼女は、誰も教えていないのに自然と歌を歌えるようになったのです。その歌声は、どこか気持ちを安らげる、不思議なものでした。裏組織で、人に言えぬ、畜生にも劣る行いをしている私が感じたことのない穏やかな気持。安息の日々を子供たちはもたらしてくれたのです。私は、それを手放すのが怖くなったのです。」
「…」
ディルは、フィリアが唄の女神の転生者だと知っている。
彼女の歌声は聞くものの精神を操る。
穏やかであれと願えば、穏やかに。
かつての女神は、全てもの、健やかで安らかであれと願う心優しい乙女だった。
それは、生まれ変わっても変わらなかったのだと、ディルは内心喜んだ。
「数年前、ギガで警察組織によるマフィアの一掃作戦があり、私の組織は跡形なく消えたと、聞きました。ですから私は、これからの余生を子供たちの為に使おうと、願ったのです。…しかし、その考えは甘かった。組織が無くなっても、それはまた組織が立ち上がる。ギガの外に逃げていた残党組織を再編し私にコンタクトを取ってきたのです。しかも、『クライシス』と呼ばれていたギガの中でも一番大きかったマフィアが壊滅し、その後釜に座ろうと資金を集めていました。それで、子供たちを、売る、と。…ですが、私は従うことができなかった。この地に来て知ってしまった安息を、手放せなかった。」
「それで、フィリアや子供たちをかばったのか。」
「子供たちのなかで一番、年齢が高かったのがフィリアです。あの子はとても美しい。だから、売られればどんな目に合うかも容易に想像が付きます。彼らはフィリアだけではなく、年端もいかない子供たちまで攫っていった。」
「マフィアの人身売買の目的は、今までのような性商品としてだけではない。生体実験、そして臓器売買のために取引され始めている。」
ディルは淡々と話す。
「ええ、それも知っています。だから、子供たちはもう、帰ってこない、、と思っ、、て」
シスターは涙を流し、嗚咽をこぼした。
ディルは落ち着くまでシスターを見つめていた。
「すみません、お見苦しいところを。」
「構わない。これからは、どうするつもりだ。」
「出来るだけ早く引っ越します。上手くいくかは、分かりませんが組織から逃げます。」
「それは最もだ。しかし、裏組織の執拗さは身にしみているはずだ。素直に従ったほうが、貴女自身は安全だ。」
シスターは首を横に降った。
「一度逆らったのです。生きていると知られれば、この先いつかは殺されます。その前に子供たちだけでも安全な場所に移したいのです。」
シスターの言葉に、ディルは僅か、ほんの僅かに表情を緩めた。
「では一つ、取引をしよう。貴女たちの身の安全を保証する。どこかに引っ越す必要もない。ただ一つ、条件を飲めば。…フィリアの身柄を、こちらで保護したい。」
「一体、何を。身の安全の保証など、できるはずがありません。確かに、あなた方の企業は大きく、武装部門も強いかもしれません。しかし、隣国の、裏組織と繋がりのある孤児院を後援するなんて、デメリットでしかありません。しかもフィリアを?一体、なんの目的で。」
シスターが懐疑の目でディルを見る。
「フィリアの声は研究対象になる。そして同時に野放しにしていはいけない力だ。今はその美しさのみ関心をよせられてるだろうが、いずれその力を欲する者たちが彼女を手に入れようとするだろう。ノウエンの庇護下であればそれも防げる。」
「お断りまします。フィリアは一人の人間で、私の子供です。実験動物のような扱いを受けるのは、容認できません。それに、ギガは危険です。あなた方、『表』の人たちが、守りきれる保証もありません!」
ディルの申し出にシスターは興奮している。
「…誤解があるようだ。フィリアには決して不自由はさせない。希望があれば学校、就労すべて叶える。彼女の安全は保証する。…貴女が心配しているような、性的搾取などもっての他だ。そしてもう一つの誤解、いや誤認か。十数年、秘密を守り通し、この地に馴染んだ貴女を信頼して話そう。…クライシスは、滅んでなどいない。」
「!…ま、さか。あなた、は。いえ、あなた方、は…?」
「ノウエンコーポレーション創設者ゼブル・ノウエンの急死とギガの混乱。これだけ言えば、十分だろう。」
シスターは目を見開き、息をするのも困難なほどの衝撃を受けた。
咳き込み、ディルを見て、しかし、頭の中では様々なことが渦巻いて、言葉を発することができない。
「信じる信じないは自由だが、明日、貴女は再度認識するだろう。我々のことを。」
ディルは放心状態のシスターを残し、病室を後にした。
すれ違った看護師に、シスターを疲れさせてしまったと詫び、様子を見るように言付け、フィリア達が待つ売店へと向かった。
表ではゼブルの死は抗争に巻き込まれた、もしくは事故死になっています。
本当は、勿論、違いますが。




