機械の王.6 『極寒の地へ』
6.極寒の地へ
ノウエンコーポレーション、情報統制室。
まさしく機械の玉座に一人、Xが佇む。
寒さに悴む手を動かし、部屋の主のディルとまでは行かないが、正確に、無駄なく情報を収集する。
同時に、一つの魔法を展開する。
それは、遠く離れた地へと移動する大魔法。
かつては神々が用いたとされる、失伝魔法。
それは緻密で複雑な魔法陣と、人間では命に関わるほどの魔力を有する高度な技である。
『準備はどうだ?』
「ひ、非常用電源を『ゲート』に接続しました。彼らを呼びます。」
『わかった、今から七十五秒後に発動する。』
イヤホンの向こうの上司、ディルの言葉が終わるとXの眼の前のモニターがカウントを開始する。
ディルは今はギガではなく、遠くミランジュにいた。
ノウエンコーポレーションの幹部として企業が有するプライベートジェットで入国し、仕事ついでの観光とばかりに、自然が色濃く残る西部の山岳地帯-即ちフィリアの故郷周辺へと向かった。
フィリアの故郷では、予想通り孤児院が襲撃された話でもちきりであり、その施設の長であったシスターは今も入院中だという。
意識はあるものの、怪我が酷く、治ったとしてもまた孤児院を運営できるか怪しいそうだ。
ディルは無人となった孤児院を訪ね、中の様子を探った。
建物こそ古いが、手入れが行き届き、資金面では苦労していないことが伺いしれた。
しかし、この施設の後援者の情報はなく、あくまでシスター個人が開いているという。
シスター自身が資産家、というわけでもない。
きっと、名前は出ないが奇特な資産家達が寄付しているのだ、というのが村での認識である。
しかし、ディルはある予想をしていた。
この施設の、本当の姿を。
「…」
ディルはシスターの書斎から、一冊の本を見つける。
そこに書かれていたのは、二重線で消された、電話番号。
番号の後ろには『配達業者』の文字が書かれているが、こちらも二重線。
その番号をすぐさま、ギガのデータベースで洗い出すと。
「ああ、やはりな。」
それは、フィリアを誘拐した男が使っている多くの携帯端末の一つであった。
「ねえ、フィリアおねえちゃん、本当に帰れるの?」
「私もっとここにいたーい。」
「だめよ、もう十分お世話になったじゃない。早く、シスターのところに帰りましょう。」
「でも、すっごく遠いんでしょ?本当に帰れるの?」
「車か、飛行機じゃないと、ミランジュには帰れないんでしょ。僕、もう車は嫌だよ…」
誘拐された時を思い出したのか、表情が曇る。
「お家に帰れるんだから、我儘言わないの。皆一緒だし、楽しい旅になるわ。だから少しは大人しくしなさいな。」
子供たちをあやしながら、フィリアはこれからの道中の思いやった。
ミランジュの中でも田舎であるフィリアの村へは、おそらく十日はかかるだろう。
飛行機なら数日短縮できるが、陸路ともなれば子供たちは退屈しきって、騒ぐに違いない。
自分や、少し年齢が高い子が世話をしたとしても、退屈する人数のほうが多いのだ。
せめて、子供たちに読める本でもあればいいのだが、持ち合わせがない今ではそれも叶わない。
『あー、マイクテスト。マイクテスト。』
突如、部屋のどこかから声が響く。
若い男の声。
しかし何故か震えている。
「はい!聞こえています。」
フィリアは返事をする。
『聞こえているようだな。では手短にいこうか。今から部屋の中央に模様が浮かぶ。色々出てくると思うが、その真中の円の中に全員集まれ。座ってもいいが、良いと言うまで絶対円の外には出るなよ。以上』
男は一気に捲し立てた。
ぶつり、とマイクが切れた瞬間、部屋の照明が暗くなり、部屋の床に次々と文字や図形が浮かび上がる。
それは円状に連なり、男が言った様に、真ん中に円が出来上がる。
「すげー!魔法陣じゃね?これ」
「なにか起きるのかな!?」
子供たちは床の模様に興味を示し、興奮している。
「はい皆、さっきの言葉の通り、真ん中に行きましょう?」
「でもフィリア姉ちゃん、もしこれが、ぼ、僕たちを傷付けるものだったどうしよう…」
心配性の男の子が勇気を出して話す。
「そんなことないわ。大丈夫よ。」
『疑われるとは心外だ。君たちを故郷に返すためなのに…っヘックション!』
再びどこかから声が聞こえた。
震える声といい嚔としい、まるでどこか寒い場所にいるようだ。
「本当に帰れるの?」
『ああ。だからさっさと、円の中に…ヘックション!!』
フィリアは急いで子供たちを円の中に入れた。
「皆入りました。」
『オッケー。んじゃ、やりますか。』
部屋の照明が消え、床の魔法陣だけが明かりになる。
きゃあ、っと子供達が声を上げた瞬間、部屋は、まばゆい光に包まれた。
フィリアも子供たちも思わず目を閉じる。
轟々と風の音が聞こえ、そして、浮遊感。
風を感じて、目を開けると。
「…ここ、は。」
部屋の中に居たはずなのに、いつの間にか外にいた。
しかも、肌寒く、懐かしい草の匂い。
孤児院の、見慣れた庭。
冷たい地下水を組み上げる手押しのポンプ。
さっきまでいた機械都市とはかけ離れた、だけど安心する景色。
「あ、お家、だ。お家だー!」
「本当だ!本当に、帰ってきたんだ!」
子供たちは悲鳴のような、歓喜の声を上げる。
「シスター!シスターどこ!?ただいま!」
一斉に皆、建物に入るが、親代わりでもあるシスターを見つけることができなかった。
代わりに居たのは。
「あ!白いお兄さん!」
自分たちを助けてくれた、ディルだった。
ディルは孤児院の庭に、ギガでXに展開させた魔法陣と同じものを描き、『門』を開いた。
ディルは自身の魔力を、Xはノウエンタワーの非常用電源を魔力の変わりに用いて転移魔法を発動させたのだ。
これなら時間差もなく、入国審査などという、煩わしいものを介さず長距離を移動できる。
ただし、膨大な魔力を持つディルは兎も角、対する方は人間の魔力容量では不可能であり、代行手段である『電力』を使っても、膨大なエネルギーが必要となる。
今回も、ノウエンタワーの非常用電源の出力装置がオーバーヒートしてしまい、恐らく修理は出来ないだろう。
かつて神々が地上に降り立つ際は、大地の精霊王である大蛇が地面を介して魔力を供給していたため発動ができたのだという。
その大蛇無き今は、リスクがあっても今回の様に魔力の代行手段を用いるしか無いのだ。
そして孤児院に戻った子供たちは、ディルからシスターの入院を聞き、彼に連れられるまま、入院先の病院へと向かった。
吐いたり冷蔵庫状態の部屋に入れられたり、Xは大変です。




