機械の王.3 『Deus Ex Machina 1』
3.Deus Ex Machina 1
ノウエンコーポレーション、情報統制室。
その部屋はまさしく、機械の玉座であった。
八角形の部屋の壁には高性能な演算機器が何台もはめ込まれ、風切り音を上げている。
その膨大な熱量を打ち消すために、演算機器を支える壁には冷却水が走り、部屋の温度は10℃を割り込んでいる。
部屋の中央にはキーボードと複数の画面が取り囲むように配置されいる。
天井からはケーブルが垂れ下がり、その先のゴーグルを男はかけている。
視界に映し出される情報に従い、キーボードに打ち込んでいく。
空気は常に循環し、風が吹いている。
体感温度は氷点下に近いはずなのだか、男は寒さなど感じないかのように淡々と動いている。
『ミランジュのテベル村ですが、少女の言うように修道院が一つあります。併設された孤児院では四日前に一人が行方不明になったそうです。行方不明になったのは十代後半の女性。少女の証言と一致します。』
ゴーグルに備わったヘッドホンからは彼の部下、Xの報告が流れる。
「X、誘拐犯の行方は」?」
『調べましたが、なにせ、ミランジュはここ程情報科学が発達していないので全ては追えていません。ですが、彼女は犯罪組織に誘拐されギガの人間に買われたようです。』
「こちらの情報どおりだな。」
『はい。それで、彼女を攫った犯罪組織ですがギガではなくバルベロを拠点にしているようです。ミランジュにも拠点を置いています。恐らくは、クライシスパニック、もしくは三年前の『殲滅作戦』に出来上がった新しい組織のようですが。』
「潰された組織が寄り集まって再編したのだろう。でなければ、短期間でミランジュまで手は出まい。」
『おっしゃる通りだと思います。』
通信の向こうの部下は主の言葉に同意する。
「これまでの調査結果をガラスに送ってくれ。彼女の故郷の様子が分かり次第、対処を決める。」
『承知しました。』
通信が途切れるが、男-ディルは変わらずキーボードを叩く。
この街に一歩でも足を踏み入れた瞬間から、全てものは彼の監視下に入る。
高度に機械化されたこの街において、その痕跡を残さず行動をすることは不可能である。
監視カメラ、通信記録、果ては決済記録まで。
機械の王たる彼からは、何人も、隠れることはできない。
ディルはイリアが逃げ出した建物の特定を既に完了している。
それが、ノウエンと競合する大企業が所有するビルの一つだという事もだ。
しかし、その企業は裏稼業に踏み入ったこともなく、むしろ辛酸を味わってきている。
ノウエンとは競合こそすれ、そちら側まではライバルではない。
ディルはそのビルのセキュリティーサーバに保管されているはずの監視カメラのデータを確認する。
一ヶ月前から昨日までの全てを高速で再生する。
どの日も三回、貨物用のトラックが出入りしている。
午前、午後、そして夜中だ。
多少前後はあるとはいえ、時間は概ね決まっている。
それ以外の車は全て乗用車であり、視線遮断シートも貼られていない普通の車ばかり。
ディルは貨物用トラックの運転手の顔を確認する。
入構の際にはIDと顔認証の二段階でチェックをかけているようだ。
車に塗装されている運送会社が持つ社員データと顔認証のデータを照らし合わせると、一人、どの運送会社にも登録されていない者がいた。
その男の過去の入構履歴を調べる。
半年前から、一ヶ月~二ヶ月に一度、決まって夜の時間帯に入っている。
ゲートが通過しているのに、その男が入構した履歴がない。
車も男も、全く記録がない。
ディルはトラックのナンバープレートから車の所属を割り出すことにした。
すると、個人事業者として登録されているトラックであり、所有者はギガの郊外にある衛星都市に住んでいることが分かった。
所有者の履歴は…とそこでディルは求めていた情報を手に入れた。
所有者の男の決済履歴には、ミランジュからギガまでの詳細な地形図と、道路地図を購入した情報。
そして例のビルに入稿する一週間前には必ず大量に現金を下ろしている。
『仕事』後、男の口座に運送業の運転手がもらえる給料のおよそ半年分が振り込まれていた。
よほど『高額な商品』を運んでいるのだろう。
残念ながら男の車にはカーナビ等の無線通知機器が設置されていなかったためその足取りは正確には追えない。
しかし、携帯端末(通話のみの旧式)の通話履歴からミランジュとギガを往復していることは判明している。
そして、例のビルの前に入る前に一晩、別の場所に寄っていることも。
そこまで調べて彼は機械の玉座を後にした。




