機械の王.2 『目覚めの唄』
2.目覚めの唄
目を開ける。
はじめに飛び込んできたのは、薄暗く白い天井。
次に、私と同じくらいの女の子。
私が寝ているベッドの横のソファに埋もれるように眠っている。
窓から差し込む光で、浮かび上がったのはまるで病院のような部屋。
でも私が居た村や隣の大きな街の病院でも見たことがない機械がたくさん置いある。
「…」
この街に連れて来られた状況を思い出す。
本当は思い出したくもない。
見たこともない、男の人が突然目の前に現れて私の腕を掴んだ。
トラックの荷台に詰め込まれて、腕に痛みを感じてそこで意識が途切れた。
次に目を覚ましたときには、檻の中で、檻の外には知らない人達。
会話の内容から、私は『売られた』のだと知った。
しかも、ミランジュから遠く離れた、ディノティクスのギガに連れて来られたと知り、愕然としたのを覚えている。
……その時から、私はまるで、熱に浮かされたような感覚に陥った。
意識はあるのに、私の魂が体から出たような浮遊感。
そして私は歌っていることに気が付いた。
私自身も、聞いたことがない言葉で、歌っていた。
すると、目の前の男はまるで操られているかのように檻を開け放った。
私が檻から抜け出し、建物から逃げても追いかけることなく、そのままだった。
私の意識は浮かんだまま、雨の降る、知らない街を歩いた。
まるで壁のような大きな建物の間を縫って、どう歩いたかも分からないまま、私は公園にたどり着いて、そしてまた意識を失った。
…意識を失う直前、天使のような、綺麗な人が手を差し伸べてくれた。
会ったことがないのに、どこか懐かしい顔。
まるで月のような銀色の髪の毛と、太陽のような眼が最後に見えた。
そして、目が、覚めて今。
あれは夢だった、のかしら?
「…おはよう、ございます。」
「きゃっ!」
ソファの少女が起きたみたいで、私は驚いてしまった。
「あ、あの、おはよう、ございます。」
何度か瞬きをして、見えた目は、とても綺麗な紅い瞳。
髪の毛は黒檀のように黒くて、肌は白くて、綺麗。
歳は私と同じくらい、なのかな?
でも、雰囲気がすごく大人っぽい。
「私は、フィリアといいます。ここは、どこなのでしょうか?」
「フィリア、様ですね。私はショウエンといいます。ここはギガの副都心地区にある、ノウエンコーポレーションが所有するビルの一室になります。…気分は、どうですか?昨晩は熱が出ていたみたいです。」
これを、と液体が入ったグラスを手渡される。
知らない人からもらったものを飲むことに、一瞬躊躇してしまうが、目の前の、ショウエンさんが私に害を加えるようにはなぜか感じられなくて、口をつけた。
「服は汚れていたのでこちらで着替えさせてもらいました。勿論、女性のスタッフが行いましたので安心して下さい。」
彼女の言葉で、自分が身につけている服が、着替えた覚えのないものだと気付く。
柔らかくて指触りがとても良い生地で、寝巻きなのだろうけど高いものだと分かる。
ガーゼのように柔らかで、羽根のように軽い。
「食欲はどうですか?」
私が答えるよりも早く、私のお腹が返事をした。
野菜の出汁が優しい、お米が入ったスープ。
胃に入ると、じんわりと体を温めてくれる。
初めて食べた料理だけど、小麦の他にお米も穫れるディノティクスや紫羅では一般的な滋養食なのだという。
「パンか、シリアルのほうが良かったですか?」
「いいえ、とても美味しいです。初めて食べましたけど、とても気に入りました。」
私の言葉にショウエンさんは安心してくれたみたい。
「ミランジュの主食はパンと聞いています。食べ慣れたものの方が良いと思うので、次からはそっちに切り替えますが。」
「ありがとうございます。嬉しいですけれども、その、今持ち合わせが全く無くて何もお支払いできないのです。」
考えなしに朝食を頂いてしまったけど、飢えが満たされてようやく思い至る。
今の私には、お金はおろか身分を証明するものすら、ない。
ご厚意とはいえ、保護してもらって、治療もしてもらって、その上服や、ご飯まで。
遠い異国の地で仕方はないとはいっても、施しを受けてばかりなのは気が咎められる。
「気にしないでください。私達ノウエンコーポレーションは、フィリアさんの様に犯罪に巻き込まれた者を保護する活動も行っているのです。実は、私も…その一人なのです。」
ショウエンさんは、幼い頃に犯罪組織に故郷を襲われたのだという。
その後、ノウエンコーポレーションの社員の一人に引き取られ、この街で生きていくことにしたらしい。
彼女の血縁のことは…聞けるような雰囲気ではなかった。
にわかには信じられない。
十年前のクーデター以来、ディノティクスの治安は悪化の一途をたどっているとニュースでは聞いていたけれど、遠い国のことだと思っていたのだ。
犯罪組織はいまだに残っていて、今では私の国にも、ミランジュでもその手は伸びている、という。
「ミランジュとの国交は正常化されていないこの国では、フィリアさんの身元を確認するまで時間が掛かります。それまでは、ここで貴女を匿います。」
「何から何まで、ありがとうございます。」
私は故郷の町の名前を彼女に伝えた。
調べて、もし私の家族に連絡が取れそうなら取ってくれるみたいだ。
だけど、私を拉致した組織が私を探していたとしたら時間がかかるらしい。
「あの、私を助けてくださったのは、今はどちらに?銀色の髪の、白い服を来た男性だったのですが。」
おぼろげな意識であってもはっきりと覚えている。
息を呑むほど美しい彫像の様な人。
なのにどこか、悲しい眼をしていた男の人。
年齢は、二十歳くらいにも見えたし、もっと年上にも見えた。
「それは、きっとディル様です。ノウエンコーポレーションの幹部の方で、保護活動の総括もされている方です。あの方は情報に通じていて、もしかしたらフィリア様のことも事前に知っていて、探してらっしゃったのかもしれません。」
「事前に?そんなことが可能なのですか?」
私がミランジュから誘拐されてきた情報など普通に考えて得れるわけではないのだけど。
「この街は機械都市。情報技術を持つものならば、あらゆる情報が手に入るのです。」
と、ショウエンさんは言った。
「そうなのですね。ミランジュでは、想像できないことです。…ところでショウエンさん。私のことは様付はいりません。」
ショウエンさんは丁寧な人で、私のことを様付けして呼んでくれているけど、貴族でも何でもない自分からすれば落ち着かない。
年齢も同じくらいだろうから、余計に。
「わかりました、フィリア、さん」
少女が目覚めたと聞いて、心が高鳴った。
逸る気持ちを押さえ込み、私室で少女を待つ。
彼女を失って、幾星霜。
ようやく見つけた、最愛の彼女。
そして部屋のドアが開き、ああ、彼女が。
「ディル様、お連れしました。」
木神の生まれ変わり、ショウエンが連れてきたのは、昨日、見つけた愛しき人。
「はじめまして、助けて頂いてありがとうございます。フィリア・イスレイルと申します。」
私に頭を下げ、礼を述べ、そして顔を上げる。
プラチナブロンド、ブルーアイ。
記憶にある彼女に似た色彩。
顔立ちこそ違いがあるが、まさしく彼女は、彼女であった。
「私はディル。礼には及ばない。…体調は?」
「お陰様で、大丈夫です。」
「それなら良かった。よければ、詳しく話を聞きたいのだが。」
「はい。ですが、私もあまり良く覚えていなのですが…」
少女-フィリアの話では
突然、それは襲ってきたのだと。
町にある学校から住んでいる村への下校の途中。
見たこともない男たちに無理やり車に押し込められたのだという。
そして、なにかを注射され、そのまま意識を手放したのだと。
注射の痕らしきものは確認済み。
それ意外の暴行の形跡がないのは、幸いだ。
そして目覚めた所で『唄』を歌い、あの公園まで逃れたのだと。
「助けていただいて、ありがとうございます。シスターに、連絡をとりたいのですが。」
「シスター?」
「はい。私、幼い頃に両親を失って、修道院が運営している孤児院で育ててもらっていたんです。今もそこでお世話になっているんです。」
「そうなのか。辛いことを聞いた。」
フィリアは首を振った。
「優しいシスターが引き取ってくれて、同じ様に身寄りをなくした子供たちと一緒で、寂しくはありませんですから。今頃、きっと心配していると思います。」
「わかった、君が居た村のことを教えてくれないか。連絡を試みるよ。」
「ありがとうございます。私が居たのは、ミランジュの西部のテベル村で住所は…」




