機械の王.1 『女神の降臨』
1.女神の来訪
それは地上の星が滲む雨の夜
人々は足早に目的地へと向かい、騒音は雨に吸い込まれる
機械都市ギガ
不夜都市、眠らない街
その摩天楼の一つ、ノウエンタワーの屋上に一つの影が浮かぶ。
宵闇でも分かる、銀色の髪。
太陽のような、月のようなやわらかな黄金瞳。
白磁の肌に人を思わせる色彩がない、髪と瞳。
人形のように整った顔立ちの青年。
白い服を身にまとい、眼下の星の海を見つめる。
雨の音に混じり、声が聞こえる。
それは古い童謡、子守唄。
その声は、空気を震わせ、心地よい。
音の精霊が歓喜に打ち震え、踊る。
間違いない。
彼女が、この街に来たのだ。
青年はふらり、と風に吹かれたかのように摩天楼から身を投げ出した。
身投げか。
しかし、青年の背から、奇妙なものが生える。
三対の鋼の翼。
見た目に反して軽やかに羽ばたき、青年を空へと押し上げる。
雨など意に返さない。
青年は夜空を駆ける。
向かう先は、機械都市の中にあって、僅かに設けられた緑。
第二緑地公園と呼ばれるそこは、昼間こそ人通りが多いのだが、深夜にほど近いしかも悪天候の今は人一人いない。
青年は水を含んだ芝生に足を降ろす。
まるでスポンジのように、水を讃え、青年が踏むたびにジワリと水を溢す。
青年は公園に設けられた庵に目を向ける。
日中日よけとなるそこは、人々の憩いの場であった。
だがいまそこには一つの白いものが横たわっていた。
「…ああ…」
その白いものを、少女を確かめ、青年はため息を漏らす。
それは、歓喜と、悲哀と、そして長きにわたる苦労が実った時に溢すそれが混じっていた。
青年は少女に近付く。
眠っているのかとも思ったが、荒い呼吸と赤い顔、そしてそっと触れた肌から感じる熱にに、雨に降られて熱を出しているのだと理解する。
「…?」
青年の姿に気づいた少女が、虚ろな目を向ける。
「…天使、様?…わたしのもとに、来てくださったの、ですね。」
少女の目から、一筋の涙。
そして少女は瞳を閉じた。
熱で朦朧としているのだろう。
青年は少女に自らの上着を被せ、抱き上げた。
細い体はやはり熱く、よくない状況だと改めて理解した。
「…今度は、必ず助ける。」
そして青年は、翼をはためかせた。
舞い戻った青年を迎えたのは、真っ白な服を纏った、白毛の少女。
しかし少女の身体には、ところどころ継ぎ目や、関節が見えており、彼女の身体が作りものであることを物語っている。
その表情、声は間違いなく人間のそれではあるが。
「おかえりなさいませ、ディル様。…その御方は、まさかイリア様?」
「そのとおりだ。リリィ、至急メディカルルームを準備してくれ。あとは、そうだな。起きていたらでいい。ショウエンを呼んでくれ。」
「承知しました。…ローズがメディカルルームで待機するそうです。では、ショウエン様をお呼びします。」
白い少女は廊下の奥に消える。
長い廊下をできるだけ揺れないように進む。
青年…ディルは腕の中の少女を見る。
暗い公園では分からなかった、プラチナブロンド。
閉じられた目の奥、薄っすらと見えたのは、蒼。
そして胸元で光る、黄金の宝珠。
それは自ら淡く光を放っている。
「イリア…」
ディルは呼びかける。
だが、少女は答えない。
それでもディルは満足そうに、微笑んだ。
「軽度の低体温症、脱水、疲労が見えますが、点滴をして睡眠をとれば回復すると思われます。…今夜は私が監視、守護に付きます。ディル様はお休み下さい。」
赤い服に赤い髪の少年が報告する。
少女はメディカルルームで診察を受け、身体を拭かれ、ベッドに横たわっている。
少年の報告どおり、点滴を受けながら、眠りについている。
「ディル様。」
「ショウエン。夜分にすまない…ついに、見つけた。」
黒曜の髪にブラッドルビーの瞳の、十代なかばの少女がメディカルルームに入ってくる。
就寝間際だったのか、寝間着姿だ。
「イリア様、ですか…?確かに力は、感じますがまだ、弱いみたいです。」
「恐らく半覚醒状態だ。しかし、よほど危ない目にあったようだ。」
荒く息をする少女を、ディルは心配そうに見つめる。
やがて同じ顔をした機械人形が三体、部屋に入ってきた。
一人は眠る少女のための寝巻きを。
もう一人は湯気の立つタオルをトレーに乗せている。
「ショウエン、すまないが今夜はここで休んでくれないだろうか。」
「はい。勿論です。もし、目を覚まされたら、どうすればいいですか?」
「まずは私に連絡を。それと、くれぐれも『クライシス』ということは明かさないようにしてくれ。」
「承知しました。」
ああ、遂に、遂に彼女を見つけることが出来た。
顔立ちは違うが、春の光のような金の髪、空のように青い瞳は、思い出の彼女よりも遥かに鮮やかに私の目に映った。
始まりました。
ディルが主役の物語です。
ヴィルのもう一人の兄である謎の存在です。
途中から本編第六章と同時に投稿していきますので気長にお待ちいただければと思います。




